覚えるためにメモをとるのはもうやめよう ~『メモの魔力』のレビュー
メモを取らない人はいないと思うけれど、メモについて真剣に考え、それに特化した本というのは案外なかったように思う。
もくじ
今回紹介するのは、そんなメモに特化してヒットしたこちらの一冊。
メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)
- 作者: 前田裕二
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2018/12/24
- メディア: 単行本
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著者の前田裕二氏は最近テレビなどにも出演している若手の実業家で、スマホアプリSHOWROOMを立ち上げた人物。
やはり幻冬舎で、『人生の勝算』という本で著作デビューしている。
こちらの本はどちらかというと、幼い頃から弾き語りをして自分でお金を稼いだ経験など、自伝的な要素を含んだ内容となっているが、『メモの魔力』は2作目ということで、よりテクニカルな部分に特化したビジネス書となっている。
とにかくメモしろ
本書の内容を一言で表現すれば
「とにかくメモしろ」
ということだ。
実際、著者は無自覚的に、執拗なくらいメモをする「メモ魔」であり、どんなときでもメモ帳を手放さないという。
なぜここまで狂ったようにメモをとるのか。それにはいくつか理由がありますが、まず何より大切な理由が、この残酷なまでに時間が限られている人生という旅の中で、「より本質的なことに少しでも多くの時間を割くため」です。
本質とは何かというと、コピーではなく創造、代替可能物ではなく代替不可能物、ということ。つまり、クリエイティブで新たな知的生産につながる思考や、自分にしか思いつかないような代替不可能性の高い思考。これら価値のある本質的思考に1秒でも多く時間を割くために、メモをしているのです。
普通の人がメモをとるのは、たとえば新しい仕事の手順を覚えるときというのが一番多いと思う。
これはつまり、自分の頭では覚えられないから、手帳などの外部記憶に留めるためにする行為だが、本書で薦めるメモというのはまったく違う。
覚えるためのメモでなく、気づくためのメモ
むしろ、本書で積極的にメモに書くべきことは「気付き」だ。
多くの人は、たとえクリエイティブな仕事をしている人ではなくても、日常生活の中でいろいろな「気付き」を日々感じている。
しかし、ほとんどの人はその気付きをスルーしてしまい、忘却してしまうし、その考えを深めるようなことをしない。
しかし、それをメモに書き出すという行為をすることで客観化することで、改めて自分の「気付き」に気づき、思考を深めることができるのだ。
本書では前田氏が実践している実際のメモのとり方の細かいレクチャーもされているが、それは本書における枝葉末節の部分であって、ぶっちゃけ、この方法通りにメモを取る必要はない。
むしろ、メモのとり方という形式にとらわれてしまうと、それをやることが面倒くさくなって続かなくなる可能性が高い。
メモ化に慣れていない人のためのフレーム
このように書くと、単純なことのように感じるが、実際にやってみると、自分の中の「気付き」をメモするというのは、案外難しい。
というのも、気付きというのはうまく言語化できないモヤモヤしたものであることが多いからだ。
気付きをメモするためには、そうした言葉にならないモヤモヤを、とにかく一度、言葉という目に見える形に落とし込まなければならない。
日頃から文章を書くことに慣れている人なら、これはたいした労力ではないのかもしれないが、そうではない人にとって、この「言語化」というのはけっこう難しいものなのだ。
本書では、そうした人に向けて、ひとつのフレーム(枠組み)を紹介している。
それが、
ファクト → 抽象化 → 転用
だ。
自分の中の気付きをいきなり文章にしようとすると、どうやって書けばいいのか途方に暮れてしまうが、まずファクト(事実)だけを書けばいいとわかれば、これは1つのとっかかりになる。
言語化が上手い人の特徴
あともう1つ、本書では「言語化がうまい人」の特徴として、次のように説明されている。
言語化がうまい人には、大きく分けて2つの特徴があります。
一つは、抽象化能力が高いこと。その中でもとりわけ、アナロジー能力が高い。アナロジーとは、一見無関係なものの間に何らかの共通点を見つけて、結びつける思考法です。身近で具体的な事例の特徴を探して、抽象化して、それをまた別の具体に当てはめるわけです。
例えば、秋元さんが僕のことをインタビューで答えてくださった際に、「前田くんは漁師みたいな男です」と言ったことがありました。僕と漁師では、具体レベルではそれなりの遠さがあります。どのくらい遠いところにある具体事例を抽象化すべきか、というセンスは、繰り返すうちに研ぎ澄まされていきます。
(中略)
二つ目は、抽象的な概念に名前をつける能力が高いこと。まだ呼び名が決まっていないものに標語をつける、キーワードをつける力です。抽象的で名前をつけにくい概念を、言葉という確かな形で、この世に存在させるのです。
例えば、「自己分析」という名前は、誰がつけたのかわかりませんが、とても直感的でわかりやすいですよね。これは良い言語化だと思います。もしもこれが「前田思考」という名前だったら、おそらく誰もが混乱するでしょう。「客観的に自分の内面を見つめて、分析していくことを、前田思考と言うんだよ」と言われたら「え? 前田? 誰?」と戸惑うはずです。
転用がすべて
メモによる気付きを武器にするために大切なのは、なによりも先に紹介したフレームの第3段階、「転用」だ。
事実を自分の中で振り返り、抽象化することで、ようやく別の分野に転用することができるようになる。
よく言われることだが、世の中に「完全なオリジナル」というものは存在しない。
どんなアイディアも、必ず自分が見聞きした何かしらの影響を受けていて、それをうまく真似して活用している。
もちろん、他の人のうまく行っている方法をそのまま真似すると単なるパクリだが、同じ手法を別の業界や別の仕事に転用すれば、新しいアイディアになることがある。
今回はそんなに紹介していないが、第三章以降ではメモを通じた自己分析の手法、及び人生の目的を導き出すための1000問の質問が用意されていたりする。
日々流れていってしまう自分の思考を力に変えるなら、読んでみて損はない一冊だ。
メモの魔力 -The Magic of Memos- (NewsPicks Book)
- 作者: 前田裕二
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2018/12/24
- メディア: Kindle版
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後記
10連休は山形の温泉に行ってきた。
最上川のすぐそばにある旅館でゆっくりできて、ついでに最上川の川下りも体験してきた。
五月雨をあつめて早し最上川
だいたいの人が一度は聞いたことがあると思う。
私も、実際に最上川を見て川下りをしてみるまではあまり意味なんかを考えたことがなかったが、実際に最上川を見て、川を下ってみると、芭蕉がこのように読んで意味がよく分かる。
ちょうど、私が川下りをしたときは雪解け水や雨が降ったあとだったので、川の水量が多く、なかなかすごい流れだった。
まさに、五月雨を集めてすごい勢いになるのだ。
ちなみに、芭蕉は最初、
五月雨をあつめて涼し最上川
と詠んだらしいが、実際に川下りをしてみて、その激流のあまりの凄まじさに、「涼し」を「早し」に変えたという逸話も残っている。
ちなみに、最上川には「三難所」と呼ばれる、船で下るときには注意しなければならない3つの難所がある。
それが、「碁点」「三ヶ瀬」「隼」だ。
「碁点」というのは、碁盤に置かれた石のように、点々と岩が突き出しているところ。
「三ヶ瀬」は三層の岩礁が列になっているところ。
そして「隼」は、岩礁が川底を覆っているために落差が大きく、ものすごい急流になっているので、隼のように駆け下りないといけない。
私は船に乗ってこの三難所を巡ったわけだが、隼だけは本当に危険らしいので、直前に引き返すことになっているらしい。
ただ、水量が多かったために岩がまったく見えず…あまり難所な感じがしなかったのだが、むしろそういうときこそ、岩が見えなくなるので危険らしい。
まあ、おもしろい体験だった。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。