本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『名探偵のままでいて』(小西マサテル・著)のレビュー


今回紹介するのはこちら。

 

 

宝島社が主催している「このミステリーがすごい!」で2023年の大賞を受賞した作品です。

 

著者の小西マサテルさんは、小説家としてはこれがデビュー作になりますが、もともとお笑い芸人から放送作家に転身してラジオ番組「ナインティナインのオールナイトニッポン」などの構成をずっと担当していたようです。帯にはナイナイの岡村さんによる推薦コメントがついていますが、これはそういう経緯があるからみたいです。

 

本書をざっくり説明すると認知症になってしまった祖父のところに孫娘(社会人)が身の回りで起きた謎を持ち込んで解決してもらう安楽椅子探偵モノの連作短編集」です。なお、祖父のところに持ち込まれるのは主人公の身の回りで起きたいわゆる「日常の謎」なんですが、「日常の謎」とは言いつつ、けっこう内容はヘビーです。けっこう人が死んでしまっていたり、ドロドロっとしたものが多いです。タイトルやカバーの雰囲気ほど、ほのぼのした世界観ではないということろには注意が必要かもしれません。

 

さて、この本は「名探偵なのに認知症である」ということがミソであり、高齢化が進む日本ならではの作品っぽくていいなあと私が感じたところでもあります。

 

とはいえ、ちょっと私がガッカリしたのは、認知症認知症でも、レビー小体型認知症であるということろでした。本書でも説明されていますが、認知症には大きく3つの種類があり、いわゆる「ボケた」といわれやすいのはアルツハイマー認知症です。レビー小体型認知症の最大の特徴は、幻視をともなうということろであり、本書ではまさに名探偵役のおじいちゃんが真相にたどり着くとき、幻視を見ながら謎を解明していくという描写をとっています。

 

私がガッカリしたポイントは、祖父が意外と、推理しているとき以外でもしっかりした人として描写されている点でした。まあ要するに、「ふだんは人の名前も忘れるくらいボケまくっているのに、謎がやって来たときにだけ脳みそが覚醒して冴えわたるおじいちゃんになるキャラ」なのかなあと思っていたら、意外とそのギャップがなかったところがちょっと不満だったわけです。こういうギャップがあるキャラが好きな人は、亜愛一郎のシリーズを読んでみてください。

 

 

ちなみに本書『名探偵のままでいて』は、トリック自体はそんなにたいしたことはありません。また、連作短編ということで、全編を通じてちょっとした謎というか、真の犯人みたいなものが出てくるのですが、それもまあ、そこそこミステリを読む人であれば、なんとなく展開の予想はつくものではないかなと思います。

 

ただ、私はそれが悪いとも思いません。むしろ、本書のなかでも、登場人物のキャラクタのひとりが、古典的ミステリについて「登場人物が多すぎてわかりにくい」などの批判をしていますが、これはそのとおりで、やたらトリックに凝って玄人好みにすると、必然的に設定が入り組んだものになったり登場人物が多くなりすぎてわかりにくくなってしまいます。

 

そうするとなにが起こるのかというと、「本として売りにくい」ことになるわけです。ふだんあまりミステリとかを読まないライト層にも買ってもらおうとするのであれば、このくらいのライトで、ちょっと突っ込みどころはあるけれどシンプルめなトリックのほうがビジネス的には売りやすいという側面はあります。

 

そこらへんのバランスというか、「ミステリ小説」というマーケットのなかでどのポジションを狙って、どのくらいの売上規模を想定しながら売り出していくかを考えるのは編集者とか出版社の営業部の戦略になってきます。

 

※このあたりの戦略は出版社ごと、あるいは賞の種類によって変わってくるはずなので、もしもこういう賞に自分が書いた作品を応募しようと考えている人がいるのであれば、過去の受賞作品から、その賞を主催してる出版社なりがどういう意図で受賞作品を売り出そうとしているのかの意図を読み取りつつ、どんな作品を投稿するべきかを考えたほうが効率的と言えるかもしれません。

 

ちなみに、私が「これは編集者がいい仕事したな~」と感じたのは本書のタイトルです。

 

この作品、応募されたときには『物語は紫煙の彼方に』というタイトルだったようです。紫煙はタバコの煙です。名探偵役の祖父は、推理に入るときにタバコを一服しながらやるので、おそらくこういうタイトルにしたものと思います。これはよくないタイトルですね。

 

まず、タバコを連想させるものをタイトルに使って全面的に押し出すのは、ヒットをつくるうえででは得策ではありません。いまはタバコを吸わない人が増えていますし、タバコに対してネガティブイメージが強いので、もしも『物語は紫煙の彼方に』というタイトルとともに、おじいちゃんがタバコを吸ってるイラストの表紙なんかにしたら、一気に手に取る人は減るでしょう。

 

また、本書は基本的に祖父と孫娘のお互いにいたわりあうハートフルなやり取りがメインの物語なわけですが、『物語は紫煙の彼方に』というタイトルではそういったほんわかした雰囲気がまったく表現されていないのがもったいないところです。どちらかというと、なんだかヘビースモーカーな私立探偵が出てくるハードボイルドな作品のようにも感じられてしまいます。

 

『名探偵のままでいて』というタイトルは、祖父のところに謎を持ちかけてくる孫娘のセリフだと読み取れます。それにともない、カバーもおそらく孫娘をイメージした女性の、ほんわかと温かみを感じるイラストになっています。

 

「名探偵のままでいて」という言葉からは、名探偵のように明晰な頭脳をもった祖父が、認知症により少しずつ変わっていってしまうさまを惜しみつつ「いつまでも、名探偵のようなおじいちゃんのままでいて」という願いが込められたセリフです。(ただし、実際にはこのセリフは物語に登場しないですが)

 

なんかそのうちドラマ化でもしそうな作品だなあという感じはしました。ヘビーなミステリマニアには物足りなさを感じるかもしれませんが、ほんわかしたライトなミステリを楽しみたい人にはぴったりな一冊ではないでしょうか。