本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『ステレオタイプの科学』(クロード・スティール著)のレビュー

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よほど情報の伝播が遅い僻地(つまりど田舎)などでない限り、「女性だから」「高卒だから」などという理由で人をあからさまに差別するようなことは少なくなりました。

ただ、じつは差別行為を行わなくても「女性だから~の傾向がある」と本人が思い込んでいる(あるいは「社会的にそう思われている」)ということを意識してしまうと、それが本人のパフォーマンスに影響を与えてしまうのです。

そのことについて書かれているのが本書です。

 

 

特定のアイデンティティ(人種、性別、年齢、経済状況、恋愛指向など)によって特定のアイデンティティを持っているがゆえに対処しなければならない物事のことをアイデンティティ付随条件と呼ぶのですが、本書のメインテーマになっているのがその一つである「ステレオタイプ脅威」です。

ステレオタイプというのはつまり「固定観念」のことで、たとえば「黒人は暴力的」「女性は数学が苦手」などのような、別に根拠があるわけじゃないけど、世間一般の多くの人が特定の人達に対して抱いているイメージのことですね。

 

本書の第1章に出てくる実験では、白人男性と黒人男性にそれぞれ「運動神経を測定する」という実験の目的を告げてからゴルフをやってもらいました。

そうすると、白人は何も告げられなかったときとくらべてスコアが落ちましたが、黒人のスコアは変わらなかったのです。

これは、「黒人のほうが運動神経がいい」というステレオタイプが影響していることを示唆しています。

反対に、「これはスポーツ・インテリジェンスを測定する実験だ」と告げられると、今度は黒人の方がスコアが下がってしまうのです。

こちらは、黒人より白人のほうがインテリジェントだというステレオタイプに支配されてしまうことを示唆しています。

 

もうひとつおもしろいのは、こうしたステレオタイプ驚異にさらされる人のほうが、「過剰努力」によってかえって本来のパフォーマンスを発揮できなかったりすることもあるということです。

著者の友人の話ですが、プリンストン大学で「必須だけどとても難しい」科目があり、真面目に受けて成績が悪いと医科大学院に入れなくなるものがありました。

そこで、歴代のプリンストン学生たちはこの科目の攻略法として、一度目は履修登録しないで二度目で成績をつけてもらう方法や、レベルの低い大学で履修してその単位をプリンストンに移す方法などでしのいでいました。

さて、白人やアジア系の学生はこうしたアドバイスを聞き入れ、こうした「ズルい方法」を実践するのですが、黒人の学生は拒絶して真正面からこの講義に挑み、みすみす医科大学院に進みにくくなることがあるという。

つまり、ステレオタイプ(黒人は頭が悪い)というステレオタイプをはねのけようとするために、もっと楽で効率的な方法を避けてしまう傾向があるということです。

 

もうひとつ本書でおもしろいのは、ほんとうにこうしたステレオタイプ脅威が人間のパフォーマンスに影響を与えるのかということを調べる過程がわりと詳細に述べられている点ですね。

著者は大学の先生なので、すべてを「仮定」として考え、その仮定が正しいかどうかをうまく証明できるような実験を考えます。

その際、ほかの要素が実験に影響を与えないように、ほかの要素を除外できるような実験の設定をしたりして、調査結果をとっていくのです。

心理学系の話ではよくこうした社会実験のようなものがエピソードとして提示されることが多いですが、実際に研究者たちがどのようなことを考えながら実験を行っているのかまではわからないことが多いです。

そのあたりの思考回路が覗き見できるのはちょっとめずらしいですね。

もちろん、結論だけをさっさと知りたいという人にはちょっと回りくどく感じるかも知れませんが。

また、これは大学の先生が書いたからかもしれませんが、全体的に文章がちょっと回りくどいというか、若干わかりにくく感じる箇所が多いです。

あるいは翻訳がよくないのか。

それと、アメリカの本なのでどうしても人種によるステレオタイプが多いですが、ここらへんは各自で日本に当てはめていくべきでしょうね。

ともあれ、なかなかおもしろい本ではありました。

 

 

後記

センゴク』を2巻まで読みました。

 

センゴク(1) (ヤングマガジンコミックス)
 

 

主人公は織田信長に攻め落とされた斎藤家家臣の仙石権兵衛秀久。

若くて体格が良くて馬鹿力であることだけが取り柄ですが、信長に気に入られて家臣になり、秀吉の配下になるという物語です。

やたらと織田信長がかっこよく描かれています。

残酷だけどどこか照れ屋で、カリスマ性がすごいですね。

秀吉も、秘境で抜け目がないけど憎めない感じが味があります。

あと、わりと戦国時代の戦い方や用語の解説などもしっかりしてくれるので、勉強にもなりました。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

『カッコーの歌』(フランシス・ハーディング著)のレビュー

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すばらしい物語に国境はありませんが、ことファンタジーというジャンルで言えば、ミステリーに並んで良質な作品がどんどん出てくるのはイギリスですね。

ちょっと挙げてみましたが、有名すぎる作品ばかりでキリがありません。

 

ハリー・ポッターと賢者の石 (1)

ハリー・ポッターと賢者の石 (1)

 
ガリヴァー旅行記 (岩波文庫)

ガリヴァー旅行記 (岩波文庫)

 
ドリトル先生ものがたり 全13冊セット 美装ケース入り (岩波少年文庫)
 
ライオンと魔女―ナルニア国ものがたり〈1〉 (岩波少年文庫)

ライオンと魔女―ナルニア国ものがたり〈1〉 (岩波少年文庫)

  • 作者:C.S.ルイス
  • 発売日: 2000/06/16
  • メディア: ペーパーバック
 
クリスマス・キャロル (新潮文庫)

クリスマス・キャロル (新潮文庫)

 

 

ほかにもピーター・ラビットやくまのプーさんパディントンなどキャラクターの宝庫です。

日本もそうですが、島国だとエンタメやキャラクターコンテンツが生まれやすい土壌があったりするのでしょうか。

 

さて今回紹介するこちらの本も、ファンタジー大国イギリスが生んだ小説家によるダーク・ファンタジーです。

 

カッコーの歌

カッコーの歌

 

 

作品の数はさほど多くありません。

調べた限りでは、邦訳されているのは『影を呑んだ少女』『嘘の木』と本書の3冊です。どれから読もうかちょっと悩んだのですが、なんとなくあらすじを読んでこちらからチャレンジしてみました。

 

影を呑んだ少女

影を呑んだ少女

 
嘘の木

嘘の木

 

 

あらすじはこんな感じです。

「あと七日」笑い声と共に言葉が聞こえる。 わたしは……わたしはトリス。池に落ちて記憶を失ったらしい。母、父、そして妹ペン。ペンはわたしをきらっている、わたしが偽者だと言う。破りとられた日記帳のページ、異常な食欲、恐ろしい記憶。そして耳もとでささやく声。「あと六日」。わたしに何が起きているの? 大評判となった『嘘の木』の著者が放つ、ファンタジーの傑作。英国幻想文学大賞受賞、カーネギー賞最終候補作。

 

これを読んでもなんとなくわかるように、この物語は記憶失った少女による7日間の物語です。

記憶を取り戻し、自分が何者であるかを知り、そして本当の自分を奪還する物語なのです。

といっても、最初の3日間くらいはびっくりするくらいあっという間に過ぎ去ります。

冒頭は主人公がひたすら悩み、しゃべる人形たちや自分の異常な食欲に悩むさまが続きます。

最初は若干まどろっこしい感じもしますが、中盤になって少女が自分の正体に気づき、いろいろと動き始めると物語のペースは一気にトップギアくらいに入り、加速していきます。

そこから一気に読める感じですね。

 

これは小説全般に関して言えることだと思うのですが、小説というのはマニュアル車に似ています。

最初はローギアからゆっくり発進して、セカンド、サード、トップとギアチェンジしていきます。

ただし、ギアチェンジするタイミングは著者や作品によってまちまちです。

最初からトップギアで始まる小説もあるし、ローギアが半分くらいまで続くものもあります。

読者としてはギアチェンジした瞬間がけっこう快感で、そこで弾みがつくといわゆる「一気読み必至」な状態になります。

うまい小説というのはこのギアチェンジのタイミングが絶妙で、読者が飽きそうなタイミングを見計らって絶妙なタイミングでギアを変えてくるわけです。

もちろん、セカンドからまたローギアに戻したりすることもあります。

 

この小説の場合、ちょっと序盤のローギア局面が多いような印象はありました。

冒頭、自分が何者なのかわからずに混乱する主人公・トリスの描写がけっこう続きます。

ギアが変わるのは、トリスが自分の正体を知り、行動を起こすようになってからです。

問題の原因が一人の魔法使いにあることがわかり、彼女は異形の者たち(ビサイダー)が住まう下腹界(アンダーベリー)へと向かうのです。

そのときの、アンダーベリーに入るときにどうすればいいか。

無事に戻ってくるためには雄鶏を袋に入れておき、入り口のところにナイフを突き立てておく必要があるのです。

こういう設定、いかにもファンタジーっぽいですよね。

好きです。こういうの。

 

カバーは暗めですが、話の進行自体は中盤以降、盛り上がってきてグイグイ読めます。

フランシス・ハーディングの別の本も読んでみようと思えました。

ファンタジー好きの人はぜひ。

 

カッコーの歌

カッコーの歌

 

 

後記

『どるから』がおもしろいです。

 

どるから (1) (バンブーコミックス)

どるから (1) (バンブーコミックス)

 

 

最初はちょっとエッチなシーンがある空手女子のマンガかなーと思ったのですが、これがまったく違うんですね。

あらすじはこんな感じです。

脱税の罪で実刑判決を受けたK-1創始者石井館長。1年間の刑期を終え静岡刑務所を出所した石井館長だったが、その直後、トラックにはねられ即死。そしてその魂はなんと女子高生・一ノ瀬ケイに乗り移ってしまう!K-1創世記から20年――格闘界のフィクサー石井和義が女子高生に憑依(!?)し、もう一度「空手」に向き合う青春浪漫ストーリー。

女子高生に乗り移ったオジサンが、存亡の危機にある街の空手道場の経営を立て直そうというストーリーなのですが、これがけっこう本格的なマーケティング用語とかしっかりとしたプロモーション戦略にそったものになっていて、格闘マンガと言うよりもビジネスマンガとしての側面が強いのです。

これはちょっと意外な展開で、引き込まれました。

ちなみに、私は格闘技に疎いので知らなかったのですが、石井館長というのは著者の一人としてしっかり名前が出ているK-1創始者石井和義さんで、石井さんは実際に脱税の容疑で2007~2008年まで収監されていましたとさ。

LINEマンガで無料で読めるから、暇だったらぜひ。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

『思うことから、すべては始まる』(植木宣隆・著)のレビュー

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発売前から業界内では話題になっていた本なので、すぐに読みました。

 

思うことから、すべては始まる

思うことから、すべては始まる

 

 

本書は戦後2番目(当時)の大ヒットとなった春山茂雄著『脳内革命』(410万部)を編集し、現在はサンマーク出版という会社の社長を務めている人物による編集論の本です。

 

脳内革命―脳から出るホルモンが生き方を変える

脳内革命―脳から出るホルモンが生き方を変える

  • 作者:春山 茂雄
  • 発売日: 1995/05/01
  • メディア: 単行本
 

 

サンマーク出版という会社は、都内に住んでいる方であれば、たとえ出版関係者ではなくても名前を目にする機会が多いのではないかなと思います。

山手線や中央線などのドア横に大きな広告をよく出している会社だからです。

そもそも、電車にこのような広告を初めて出したのはサンマーク出版で、それが絶大な効果を発揮したために他者が真似しているのが現状です。

サンマーク出版は社員数50名程度の中小出版社で、もちろん講談社集英社小学館KADOKAWAなどと比べると売上高自体は小さいと思いますが、1995年からの25年間で8冊ものミリオンセラー(100万部突破)を出してきたスゴい会社です。

このあたりの本を出している会社です。

 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

  • 作者:近藤麻理恵
  • 発売日: 2010/12/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
生き方

生き方

 
モデルが秘密にしたがる体幹リセットダイエット

モデルが秘密にしたがる体幹リセットダイエット

  • 作者:佐久間健一
  • 発売日: 2017/05/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
コーヒーが冷めないうちに

コーヒーが冷めないうちに

  • 作者:川口俊和
  • 発売日: 2015/12/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法

どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法

  • 作者:Eiko
  • 発売日: 2016/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

100万部という数字、マンガなどと比べるとどうしても大したことがないように思いますが(マンガだと数百万部はザラにあります)、上記のような実用書の単行本の場合、最近は初版5000部くらいからスタートするのが普通です。

そのうち、一度でも増刷するのが10%程度と言われていて、1万部を超えればまあ優秀な方、3万部を超えれば「ヒット」と言ってもいいくらい、10万部を超えれば「ベストセラー」などと呼ばれます。

 

そうしたなかでミリオンセラーを排出しているだけでもスゴいのですが、サンマーク出版のもっとスゴいところは、こうしたミリオンセラーを「無名著者」でやっている点です。

私もなんだかんだ10年近く編集者をしてきてしみじみと実感するのですが、やはり本を売るためには著者のネームバリューというのはかなり大きな要素です。

最近は減少傾向にありますが、書籍の発行点数が増え続けて毎日新しい本が書店に送り出されているため、書棚の入れ替えは高速で行われます。

そのため、新刊として発売して1~2週間くらいで動きが鈍い本はどんどん返品されてしまうのです。

それを防ぐ1つの手段が著者の知名度であり、知名度が高いからこそ初速が出せて、そのあとも売り伸ばしやすくなるという事実があります。

サンマーク出版の場合、稲盛和夫さんはちょっと別格ですが、たとえば近藤麻理恵(こんまり)さんなども出版された当時は世間的にまったく知られていない人でした。

ほかの著者の方も、タイトルは知っているけれど、著者名は覚えていないというケースが多いのではないでしょうか。

言ってみれば、それだけしっかりしたコンセプトと、時流・世間のニーズをガッチリつかんだ本を生み出しているということでしょう。

本書はそんな会社の社長が編集論、本の作り方に関して持論をまとめているわけですから、実用書の編集をしている人間であればまず間違いなく読む本だと思います。

 

さて、本書のベースになっているのは「サンマーク出版かるた」というものです。

これはサンマーク出版内で共有されている出版の極意のようなもので、「いろは」順で本づくりの心構えをまとめたもの。これまで公にはされていませんでした。

どれも大変ためになる内容なのですが、私がとりわけ感銘を受けたものをいくつかピックアップしてご紹介しましょう。

残りの内容はぜひ本書を読んでみてください。

 

「ま」まずは「そう思うこと」から

これはタイトルにもなっている項目です。

一冊の本が出来上がるとき、もちろん著者の思いが先にある場合もありますが、ビジネス実用書の場合は「こんな本を世に送り出したい」という編集者の思いがすべての始まりになります。

私も経験がありますが、いい企画のときは頭の中にふんわりと一冊の本が浮かび上がってくるんですよね。

だから、この項目をタイトルにした意味はよくわかりますし、すごく納得できます。

 

「あ」圧倒的な「量」が「質」へと転化する

このあたりは見城徹さんの著書『たった一人の熱狂』に通じるところもあるように思いますが、とかく編集者は著者に連絡をする前に徹底的なリサーチをするものです。

 

たった一人の熱狂 (幻冬舎文庫)

たった一人の熱狂 (幻冬舎文庫)

  • 作者:見城 徹
  • 発売日: 2016/04/12
  • メディア: 文庫
 

 

著書を全部読み込むのは当然として、インタビューやウェブの記事、動画などを見て、それを自分なりにまとめてから提案したりします。

とくに人気の著者の場合、各社から執筆依頼が届いているわけですから、その編集者が単に思いつきで連絡をしてきただけなのか、それとも「こいつ、本気で自分の本を作りたいと思ってるんだな」と思ってもらえるかはこういうところで差がついたりします。

このあたり、本当に大変なことも多いし、相手によってどのようなアプローチを取るべきかは異なるのですが、編集者の仕事の醍醐味でもあるのです。

 

編集者が書いた編集術の本なので、編集という仕事をしている人にとってはたいへん役に立つ内容ですが、まあ企画職、ディレクション系の仕事をしている人にも役に立つ内容ではないでしょうか。

同じく編集論なら、こちらの本もおすすめです。

 

編集 -悪い本ほどすぐできる 良い本ほどむずかしい-

編集 -悪い本ほどすぐできる 良い本ほどむずかしい-

  • 作者:豊田 きいち
  • 発売日: 2016/07/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  

後記

最近はアンジャッシュ渡部建さんの不倫騒動がありましたが、その流れで知り合いの女性ライターさんとセックスについての話になり、そこでメチャクチャ考えさせられたので自分の考えをまとめる意味でも書いておきます。

その女性ライターいわく「セックスがしたくないわけじゃなくて、自分のことを好きでもない男とセックスするのが嫌」なのだそうです。

これはなかなか言い得て妙な発言です。

よく「好きじゃない男とセックスはしたくない」という意見は聞いたりしますが、これをもっと正確に表現すると、まさに彼女が言ったように「自分のことを好きじゃない男とセックスはしたくない」というほうが正しいと思うのです。

 

私は男なので女性の気持ちはわかりませんが、まず大前提として99%の男は恋愛のモチベーションとして「セックスしたい」があります(そうじゃない男もごくごくごくごくごく少数いると思いますが)。

合コンとかナンパとか恋愛工学とか出会い系サイトとかで男が甲斐甲斐しく動き回るのはこの生まれながらにプログラミングされた本能に基づいているのですが、だいたいそういう恋愛シーンでうまくいかない男性というのは「好き」と「セックスしたい」の順番が逆になっていることが多いと思うのです。

とはいっても、別に「セックスしたい」という気持ちが悪いわけではありません。

問題は順番です。

つまり、「好きだからセックスしたい」のか「セックスしたいから好きだと言っている」のかでは、天と地ほどの差があるということです。

もてない男というのは後者の道を爆進しているケースが多く、それを小手先のテクニックや話術などでカバーしようとして失敗します。

 

んで、私はこの話をしていて、本づくり(というかビジネス全般)にも似ているかもしれないと感じました。

編集者であれば「売れる本を作りたい」という野心を持っています。

これは、恋愛において「セックスしたい」と考えるのと同じです。この気持を持つこと自体は悪いことではありません。

でも、「売れる本をつくるにはどうすればいいのか」だけを考えていると、どうしても売れる本はつくれないのです。

すごく綺麗事のように聞こえてしまいますが、「どうすれば読者の役に立つ本になるか」「どうすれば読者が楽しめる本になるか」ということを考えて本づくりをしていると、その本は売れたりするのです。

女性も読者も賢いですから、そういうのは見抜かれます。

もちろん、若いとどうしても「セックスしたい」「仕事で成果を出したい」「売れるものをつくりたい」という気持ちが先に出てしまうものなので、そこはしょうがないところもあると思います。

偉そうに語っている私も、この年齢になってやっとそのあたりのことが腑に落ちるようになってきました。(とはいえまだまだ修行中)

難しいですね。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

『1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法』(クリス・ヒューズ)のレビュー

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成功者たちの本が世の中には溢れています。

なぜ人々が成功者たちの本を読みたがるかというと、「彼らの真似をすれば自分も成功者に慣れる」という考え(信仰?)があるからです。

ロジック自体は明快で、「成功するには正しい方法がある。そのロジックを知って実践すれば成功できる」というものですね。

まあ、そのロジックが正しかったとしても、実践することが出来ないのが凡人の悲しいところではあるのですが、そもそも社会的成功には少なからず「運」の要素が絡んでくると思うのです。

 

どんな能力を持つことが社会的成功につながるかは、時代背景によって変わります。

たとえば孫正義さんが戦国時代に生まれてしまったら、もしかしたら足軽としてあっけなく弓矢に当たって何事をなすこともなく死んでしまっていたかもしれません。

(もちろん、大商人としてやっぱり大成するかもしれませんが)

あるいは別に「時代」なんていうたいそれたことでなくても、たとえば私が北朝鮮に生まれていたら、こんなふうに好きに本を読んでブログを書くなんてことはできていないでしょう。

日本人として生まれてこの年齢まで大きな病気も怪我もなく、自分がやりたい仕事につけて、生活できて、好きな本を読んで文章をかけるのは大変「幸運」なことです。

いわゆる社会的成功をするか否かも、この「運」が絡んでくる要素が大きいというのは、今回紹介する本で少し実感しました。

 

1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法

1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法

 

 

本書の著者クリス・ヒューズ氏はたまたまハーバード大学マーク・ザッカーバーグという青年とルームメイトになり、たまたまフェイスブックというサービスを展開するのを手伝ったことにより、もう一生働かなくてもいい大金を手にするのです。

とはいえ、彼はその後、バラク・オバマ大統領の選挙キャンペーンのオンライン戦略をマネジメントして成功を収めていますし、超頭が切れるザッカーバーグに気に入られたくらいですから(そもそもハーバードに合格しているし)、地頭はいいし努力もしていることは間違いありません。

ただ、おそらく彼くらいの能力を持っている人はほかにもいたにもかかわらず、マーク・ザッカーバーグに出会ったのは彼で、若いうちから超大金を手に入れたというのは、まあ言ってみれば宝くじに近い感覚でしょう。

実際、彼も次のように言っています。

僕はフェイスブックを去ってかなり経ってからも、市民団体や企業、学校などに呼ばれ、人々を鼓舞し奮い立たせるようなフェイスブックの物語を伝えた。才能と努力をつぎ込めば自分も同じように成功できるのだと聴衆は信じたがっていた。僕らの成功の秘訣を知り、それに続きたいと考えていた。だから僕は彼らが望むとおりの物語をつくろうとした。努力の末にすばらしい成果を上げたときの達成感を知っていたし、フェイスブックは実際、途方もない大成功だった。

しかしそれは先達が積み重ねてきたものとはまるで種類の違う成功だった。これまでの世代は努力を重ね、前の世代よりも少しずつよい暮らしを手に入れてきた。だが僕のフェイスブックでの経験は、たとえるなら宝くじに当選する感覚に近かった。

誰もが学生寮のサクセスストーリーに熱狂したが、僕自身は釈然としなかった。自分が何かの天才だなんて思えなかった。

 

さて、とはいっても「成功」と「運」がどうのこうのというのは、この本のメインテーマではありません。

著者のヒューズさんは自らの幸運によって働かなくてもいいくらいの大金を手に入れた結果、社会に蔓延している覆しようのない巨大な経済的格差の存在を身を以て実感し、それをなんとかできないかという社会活動を始めたのです。

その結果、彼が結論としてたどり着き、本書で提言しているのが「保証所得」というシステムです。

 

年収五万ドル未満の世帯の、何らかのかたちで働いている成人一人につき月五〇〇ドルの保証所得を政府が支給する。

つまり一人につき年六〇〇〇ドル、既婚夫婦なら一万二〇〇〇ドルの計算だ。年三万八〇〇〇ドルの収入しかない夫婦の世帯は年収が五万ドルになり、手取りが大幅に増える。ウォルマートで時給一〇ドルで週二五時間働く独身労働者は、所得が一万三〇〇〇ドルから一万九〇〇〇ドルに押し上げられる。

 

これは、日本では2ちゃんねる創設者のひろゆきさんなどが盛んに提唱している「ベーシック・インカム(BI)」と似ていますが、BIが支給する対象を一切限定しない(つまり貧乏人も金持ちも誰でももらえる)のに対し、こちらは対象が「働いている成人」に限定されます。

また、ヒューズ氏の案では、この保証所得の財源は年収二五万ドル(日本円だとおよそ年収2600万円)を超えるアメリカの最富裕層が全面的に負担するようです。

こうすることにより、全国民に一律お金を配るよりもコストが少ない、と主張しています(だれが保証所得の対象者化を選別する人的・時間的コストがどのくらいかかるのかなどは不明ですが)。

 

本書の後半はそんな「保証所得」の話になっていておもしろさが半減してしまいますが(それが著者の伝えたいことなんですけどね)、個人的には前半、著者のフェイスブックとの関わりやオバマ大統領のエピソードのほうがおもしろいです。

 

1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法

1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法

 

 

後記

マンガ『二月の勝者』を読みました。

 

 

進学塾講師の先生たちの受験にまつわる物語です。

受験マンガといえば有名なのは『ドラゴン桜』ですね。

 

ドラゴン桜(1) (モーニングコミックス)

ドラゴン桜(1) (モーニングコミックス)

 

 

こちらは高校生の大学受験がテーマで、弁護士が経営難に苦しむ高校を助けるという物語です。

ドラマが話題となりましたが、こちらの『二月の勝者』もドラマ化されるみたいです。

本作で大きなウェイトを占めるのが「お金」。

言ってみれば「受験とお金の真実」です。

正直な話、親の年収と子どもの成績・大学進学率には正の相関関係があり、年収の高い家庭の子どもほど成績が良くなります。

私自身が塾に通った経験もほとんどないし、親の苦悩も子どもの思いもよくわからないので、このマンガの内容がどのくらいのリアリティを持っているのかは不明ですが、各主人公である黒木蔵人らにもいろいろな過去があるようで、各家庭の人間ドラマも垣間見れ、なかなか楽しく読めました。

ドラマになったらまた話題になるかもしれないですね。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

『友だち幻想』(菅野仁・著)のレビュー

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私は友だちが多い方ではないです。

いまも付き合いがあるのは高校時代に1人、大学時代に2人の計3人でしょうか。

友だちの定義は難しいですし、男女によって差が出る気もしますが、私の場合は「なにも理由がなくても会える間柄」が基準かなと思っています。

実際、計3人と述べましたが、この3人とは定期的に連絡をとっているわけではありません。

LINEをするのも、年に数回くらい、実際に会うのは年に一度あるかないかくらいの頻度ですね。

ただ、どれだけ時間が空いてしまっても、気軽に「飯でもくおうぜ」と呼びかけられる関係性は、この年齢になるとなかなかありがたみを感じますね。

 

……と、友だちという関係についてこんなふうに妙にありがたみを感じてしまうのは自分がいつの間にかオジサンになってしまったからなのかもしれないですが、一方で友だちという関係について悩みを抱えている人もきっと少なくないわけで、そういう人にとってこの本はありがたい存在なのでしょう。

 

 

この本、初版は2008年ともう10年以上前ですが、2018年に日テレ系の番組「世界一受けたい授業」でピースの又吉さんが本書を紹介したことで人気に火が付き、25万部を突破したようです。

余談ですが、「世界一受けたい授業」はTBSの「王様のブランチ」と並んで、書籍をよく紹介してくれる出版業界にとってたいへんありがたい番組の一つであります。

 

さて、本書の帯には「『みんな仲良く』という重圧に苦しんでいる人へ」というコピーが大きく乗っていますので、読者対象としては小学生、中学生、高校生、大学生、あとはママ友との付き合いなどで問題を抱えているお母さんなどでしょうか。

 

じつは私自身は、率直に言えばそういう人の気持ちはよくわかりません。

というのも、学生時代からあまり友人関係を重視しない人間だったからです。

今でも覚えているのですが、中学時代、家が近くて一緒に下校する友人が1人いたのですが、私は「今日はなんか一人で帰りたい気分だから一人で帰らせてくれ」とつたえ、週に一度くらいは一人で帰っていました。

そんな失礼極まりない私に対して友人関係を続けてくれていた彼は、いま考えると大変広い心の持ち主だったと思います。

いかんせん当時はまだ携帯も持っていなかったので、いまでは彼と連絡がつかない状態ですが、いいやつでしたね。

そんな感じなので当然ながら団体行動はできず、部活は幽霊部員、大学に入ったサークルでもレアキャラ(前触れもなく現れてフッといなくなる奴)でした。

 

よく考えれば、書籍の編集者も、ぜんぜんチームプレーを必要としない職種ですね。

もちろん、ライターやデザイナー、イラストレーター、印刷会社の人など、関係する人々をまとめてディレクションする立場なのですが、いわゆるなれ合い的なものではなく、プロジェクトごとに関係がリセットされます。

企画を立てるのも、著者と交渉するのも、個人プレーばかりです。

著者の人たちともわりとビジネスライクでドライな付き合い方しかしないし、そもそもお酒が飲めないので、著者とお酒を飲みに行くということもせず、せいぜいたまにコーヒーをご一緒して雑談するくらいの関係性ですが、それで仕事は滞りなく行えています。

攻殻機動隊的な言い方をすれば「あるとすればスタンドプレーから生じるチームワークだけ」な感じですね。

 

今回のエントリーに関してはやたらと自分語りが多くなってしまいますが、とにかく私自身がこういう性格なので、じつのところを言えば本書で述べられている内容についてとくにこれといった感銘を受けたことはなくて、どちらかというと、普段自分が友だちという関係についてぼんやりと考えていることをいい感じで言語化してくれているなあと言ったような印象でした。

ピースの又吉さんもそうですが、おそらく読書家という人種は、本当に人間関係に困っていてこの本に救いを求めるというよりも、私のように本書の内容に納得感を抱く人が多いのではないでしょうか。

読書家という人たちには、なにしろ「本」という最高の友人がいるわけですしね。

 

さて本書の中身に入りましょう。

本書のキーワードとなるのは「並存性」というやつです。

現代社会においては、「気の合わない人」といっしょの時間や空間を過ごすという経験をせざるを得ない機会が多くなっているのです。だから「気の合わない人と一緒にいる作法」ということを真剣に考えなければならないと思います。そしてそれが、「並存性」というキーワードで私が表そうとしている中味です。

私たちはすべての人と友だちにならなくてもいいし、すべての人と良好な関係をつくる必要もありません。

ただ、そうはいっても気に食わないやつのそばにいなければならないことは多々あるので、そういう人たちとはうまく付き合う方法を学んだほうがいいということですね。

並存性というのは、「異なるものが同時に存在する」という意味です。

この並存性を日常で実践するのがどういうことかというと、つまり「やりすごす」ということです。

同じ空間にいても必要最低限のコミュニケーションしかとらない。

接触頻度をなるたけ減らす。

これが大事ということですね。

菅野先生は「態度保留」と称していますが、大人であれば、仕事上でお付き合いする多くの人がこの態度保留の関係性でお付き合いしているんじゃないでしょうか。

 

もうひとつ、本書のタイトルになっている「友だち幻想」とはなんでしょうか。

世の中には「この世には自分のことを百パーセント理解し、受け入れてくれる人がどこかにいるはずだ」と考えている人がいるようです。

これは幻想であり、そんなものは存在しないと菅野先生は言います。

自分の考え、価値観が百パーセント共有できる人間がいたとしたら、それはもはや他者ではなく、自分の分身であるということです。

友だちのみならず、恋愛や親子関係でもこうした幻想を持ちやすいものですが、恋人であろうが親子であろうが、人間としては赤の他人であるわけですから、そもそもこういう幻想を抱かないようにするだけで一気に生きやすくなるということですね。

内容は少し抽象的なところも多いですが、適度にイラストもまじり、平易な言葉で書かれています。

もともと本をよく読む人には益の少なめな本かもしれないですが、人間カン家に振り回されてしまうことが多いのであれば、大いに学びになる一冊です。

 

 

後記

LINEマンガで無料だったのでこちらのマンガを2巻まで読んでみました。

 

 

海の底で魚たちと幸せに暮らしていた人魚姫のエラ。ある日、仲間の魚・鰹男が人間に捕まったということで助けに地上へ上がります。

しかし、居酒屋で見つけたのはかつての友の変わり果てた(料理された)姿。

その無残な光景に人魚姫は帰ろうとしますが、そこで隣の席にいた飲兵衛がもらした「(料理されたのに食べてもらえないなんて)これじゃあ釣られたカツオも成仏できねぇな」という一言でエラは意を決してカツオのたたきを口にします。

その瞬間、エラはあまりの美味しさに感動。それから、いろいろな展開で仲間の魚たちを食べてしまうという異色の罪悪ファンタジーグルメマンガなのです。

とはいえ、展開だけでいえば、もう最近はありとあらゆるグルメマンガが登場していますから驚きはあまりありません。

エラが食事をするときにちょっとエロく見せるのも、「食戟のソーマ」で慣れてます。

この作品で個人的におもしろかったのは、好きあらば突っ込んでくる小ネタというかパロディですね。

ありとあらゆるマンガ、アニメ、ゲーム、テレビ番組やドラマなど、気づかないとスルーしてしまうようなところにネタが仕込まれています。

意外とそういうグルメマンガはなかったような気がするので、なかなか楽しめました。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。