本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『バールの正しい使い方』(青本雪平・著)のレビュー

今回紹介するのはこちら。

この本、書店でたまたま見かけて、なんとなく惹かれて買ったものの、しばらく積読になっていた一冊です。つい先日、ふいに読んでみたら予想外(←失礼)におもしろくて一気に読んでしまいました。

んで、この作品についていろいろ考察も書きたいのですが、たとえばこの本に通底しているテーマとか、タイトルの意味とかをちょっと書くだけでもすごいネタバレになってしまうので、ちょっと憚られてしまいます。

といっても、べつにこの作品の場合は、たとえば最後の最後にすごいどんでん返しがあるとか、驚くべきトリックがあるとか、そういうわけではありません。

ただ、情緒面のところで、読んでいくと「あー、なるほどそういうことだったのかー」という思いを抱くだろうと思うのです。むしろ、そうした情緒面のカタルシスを損なわないようにすることのほうが大事なのではないかなと思いました。

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ということで、本の内容もおもしろかったんですが、私がまずいいたいのは、この本のカバーデザインの秀逸さです。

私も本づくりに携わっている人間で、装丁づくりもやるわけですが、ざんねんなことに私はデザインセンスがからっきしないので、いつも装丁づくりには四苦八苦しているというか、デザイナーさんにおんぶにだっこしてもらってます。

そのくらいデザインについてはなにもいえないわけですが、この本のカバーデザインに関しては、そんなデザインおんちな私でも「ウワアッ!」と思ってしまうほど秀逸でした。

Twitterなんかでもたまに話題になることですが、デザインって、単にカッコよければいいってもんでもありません。むしろ私は、ベストセラーになるカバーデザインは「適度なダサい」ことが必要な条件であるとすら思っています。

大事なのはデザインの目的と意図です。本のカバーデザインに関していえば、その本の想定読者とか、あるいは著者が伝えたいことがデザインで読者に伝わるかどうかが大事になってきます。

このあたりは、別に編集者じゃなくても、ふだん書店で本を選んでいる人が自然とやっている選別でしょう。

たとえばメチャクチャ怖いホラー小説が読みたいなと思っている人は、たまたま目に入ったおどろおどろしいカバーデザインの本を手に取りやすいと思います。それは、デザイナーが「ホラー好きな人が手に取りたくなるようなデザイン」の本にしたからです。

ここで想定読者とデザインの意図のあいだにミスマッチが起きると、ほんとうだったらその本を買ってくれるはずだった読者がその本を手に取らない……という悲劇が起こってしまいます。

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ただし、場合によってはカバーデザインで意図的にズレをつくることもあります。私は、この本の場合はデザインがそうしたズレを意図的につくったものだと感じました。

というのもこの本、帯がかかった状態の印象と、帯を取ったときの印象がかなり変わるからです。下の画像、左が帯あり、右が帯なしです。

 

帯ありのときは、真っ白な背景に赤いバールがニョキッと飛び出しただけのシンプルなデザインになっています。

バールというのは本来、ドアをこじ開けるための道具ですが、金属でできた先端が尖った道具なのでゲームなどでは武器の1つとしても使われることが多く、物騒な印象も受けます。鮮やかな赤色は血を連想もさせます。

それにくわえて、帯では「ミステリの傑作」的な文言が踊っています。ミステリという言葉の組み合わせとタイトルおよびビジュアルの印象により、なにかバールによって良くないことが起こることを印象付ける感じがします。

一方、帯をとると、こんな感じでうつくしい花が咲き乱れている風景になります。まあ、これも見ようによっては、花のあいだからバールが突き出ている不気味な光景とも受け取れるんですが、物語を読み終えたあとでこれをみると、このデザインの意匠にうなってしまいます。

どういうことかというと、この作品、表向きはミステリと銘打ってはいますが、どちらかというとひとりの少年の成長物語だからです。んで、最終的にその結論が、バールという剣呑なアイテムとはまったく印象が真逆の、なんとも心温まるやさしい物語になっているのです。

だから、「帯を取ると初めて美しい花が咲き乱れている様子がわかる」というこの本の装丁の仕組みそのものが、この物語の構造をデザインによって表現しているわけです。

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とにもかくにもそういう物語であるため、殺伐としたホラーテイストも混じった学園ミステリものかと期待して読み進めていくと、じつはこの話はひとりの少年が成長していく過程を描くひとつの児童文学作品であるとわかります。

なので、読んだ人のなかには、自分が期待していたようなミステリ作品ではないとわかり、とガッカリする人もいるかもしれません。私もどちらかというとホンワカした話より、そういう殺伐とした話のほうが好きだったりするタイプですが、あまりそこでガッカリはしませんでした。

なぜそこで自分がガッカリしなかったのか……は正直よくわかりません。

ただ、ひとつ考えられるのは、話の展開が読者にも意図させないくらい緩やかに、ちょっとずつ、ミステリからフェードアウトしていったことが要因なのではないかなと思います。

だから、読んでいるうちになんとなく自分の心境も変化していったのかもしれません。もしそうだとしたら、そうした構成そのものが非常に巧みであることの証左でしょう。

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さてこの物語のあらすじをかんたんに紹介すると「シングルファーザー家庭の小学生の男の子が、父親の仕事の都合で転校を繰り返す先で、バールにまつわるうわさと、いろいろウソをつく人たち、そしてふしぎな事件に出会う」という物語です。

主人公の男の名前は要目礼恩(かなめ・れおん)で、これは物語を中盤くらいまで読むとわかりますが、カメレオンをもじった名前であることがわかります。

彼はあまりにも大人びてクールな少年で、転校を繰り返しすぎたために、周囲の人間関係を分析してその場にふさわしい言動をする人間に擬態します。こうした主人公の性格も物語の大事なポイントになっています。

あまりこれ以上中身について語るのは冒頭で述べたようにはばかられるので、気になった人はぜひ読んでみてください。

今日はこんなところで。お粗末さまでした。