本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

持ち上げておいて落とす技術~『紫のアリス』のレビュー~

今回紹介するのはこちら。

 

新装版 紫のアリス (文春文庫)

新装版 紫のアリス (文春文庫)

 

 

『不思議の国のアリス』をモチーフにしたサイコミステリー。

 

アリスをモチーフにしたミステリーと言えば、最近はスマッシュヒットしたのがこちら。

 

アリス殺し (創元クライム・クラブ)

アリス殺し (創元クライム・クラブ)

 

 

本作は人気が出て、いまや小林泰三センセはファンタジーミステリーばかり書かされるようになってしまった感がある。最近の本はこちら。

 

わざわざゾンビを殺す人間なんていない。

わざわざゾンビを殺す人間なんていない。

 

 

というわけで、本作はこの『アリス殺し』の二匹目のどじょうを狙ったものかと思ったら、本作はもともと1998年に単行本として刊行された本で、2000年に文庫化されたものをカバーを変えて新たに売り出したものらしい。つまり、出版社が昨今のアリスブームから、古い作品を掘り起こして売り直そうという魂胆なのだろう。読んでいて『職安』という言葉が出てきたり、スマホやパソコンがまったく出てこないので古臭いなぁと感じたが、98年刊行の本なら古臭さを感じてもしかたがないと一人で納得していた。

 

とあえずあらすじはこちら。

 

30歳を目前にしていたOLの紗季は、不倫相手だった男との関係を解消し、会社を退職して町をさまよっていたが、ふいに直立するシロウサギを目にする。兎を追いかけた紗季は死体を発見するが、後で探しに来ると、その死体はなくなっていた。

それからというもの、彼女の前には人語を解する兎や山高帽をかぶったマッドハッターが現れる。これは夢か、現実なのか。やがて、かつての不倫相手が転落死し、自分と友人が車にひかれそうになるなど、彼女の前に危険が迫る。やがて事件の真相をたどっていくうち、彼女は不意に、自分が学生時代にアリスの演劇を行ったこと、そして、そこで有栖を演じていた少女の不慮の事故のことを思い出すのだった。

 

ぶっちゃけ、本作が20年近く前に刊行された作品だということを勘案しても、出来栄えはちょっと冴えない。駄作というほどひどいわけではないが、秀作には程遠い。敢えて言えば「凡作」だろうか。つまり、読んでも読まなくてもいい本だ。

 

これは私の好みによるところが大きいのだが、あらすじを読んでみてもらってもわかる通り、主人公はあまり正常な精神状態ではない。リアルでウサギちゃんが見えちゃう女の子がいたら、私は遠くで見守るだけにしておきたい。にもかからわず、読者は著者の思惑によってこの精神が不安定な主人公の視点を通してしか小説内の世界を把握することができないので、果たしてどこからどこまでが夢で、錯覚で、幻なのか、なかなか判断がつきづらいことこの上ない。特に後半になると、もともと頼りなかった主人公のメンタルは干からびたモヤシのように信頼できなくなってしまうので、非常に心もとない。

 

また、こうしたサイコスリラーでは仕方がない部分ではあるのだが、どうしても物語の真相がある程度読めてしまうのは否めない。たとえば「じつは主人公が犯人なんじゃねーの」とか「やたら親切にしてくる人は黒幕じゃねーの」とか「主人公の記憶がねつ造されてるんじゃね―の」とか(ネタバレになるかもなのでカッコ内反転)。それにしても、予想を超える驚きは得られなかったのは残念であった。

 

個人的にそれよりもおもしろかったのは、本書の最後に加えられている解説だ。書いているのは、個人的に好みなパズラー作家・西澤保彦センセである。西澤センセの作品なら、とりあえず『七かい死んだ男』は読んでいただきたい。ミステリーとSFがハイレベルで融合した傑作。

 

七回死んだ男 (講談社文庫)

七回死んだ男 (講談社文庫)

 

 

西澤センセがこのようなサイコなミステリーの解説を書くこと自体にちょっと違和感を抱いてしまう。そしてそれを読んでみると、やはりというか、西澤センセも、実は解説を引き受けつつ、本書をさほど評価していないのではないかというのが行間から読めてしまう(いや、私の勘違いかもしれないが)

ちょっと引用してみよう。

 

以上の点を踏まえた上で本作品『紫のアリス』を読むと、柴田よしきという作家の底知れぬ力量が明らかになろう。なんと大胆な試みをやってのけるのんかと同業者としては鳥肌が立つ思いだ。物語が始まるや柴田はいきなり、主要人物の池内紗季という女性が、ナラトラジーでいうところの「信頼できない語り手」であることを包み隠さず提示し、そればかりか折に触れて強調しさえする。もちろん『紫のアリス』は一人称ではなく三人称形式なのだが、語り手の視点を担っているのが紗季であることは疑い得ない。にもかかわらず「退職手続直後の意識的空白」や「顕現する死への希求」そして「精神安定剤による副作用」等々、その肝心の紗季の情報管理再現性(=記憶)には決定的な欠落があるのだということを、読者いきなり堂々と知らされるのである。換言すれば、ちょっとミステリを読みなれた読者なら、紗季が過去の●●●●●●●●、ひいては現在の●●●●●●●●、●●●●●●●●●●に深くかかわっている、いやそれどころか●●●●が●●かもしれないという可能性を視野に入れて読むべきだろう。否、むしろそう読んでほしいと作者である柴田は宣言しているにも等しい。加えて紗季を取り巻く<不思議の国のアリス>をモティーフとした一連の怪現象や、なぜか老人ばかり住んでいるマンション等のお膳立てが揃えば、彼女に接近してくる連中が●●であることは(具体的な意図の解明は後になるにせよ)明らかで、紗季が畑山菊子と食事をしているところへ約束をすっぽかされたはずの新田拓郎が偶然を装って登場するシーンなど、あまりにも露骨すぎて「ちょっと待て」と突っ込みを入れたくなるほどだ。

※ネタバレになりそうな箇所は伏字にした

 

なんというか、私はこの部分を読んでいて思わず吹き出しそうになったのだが、解説という名を装って著者を持ち上げているように見せかけながら、巧妙におちょくりつつ作品をけなす手腕にはアッパレを差し上げたい気分である。いやもちろん、西澤センセにはそうした意図はまったくなく、私が単にひねくれた読み方をしているだけなのかもしれないが。

 

ちなみに、本書の帯には「書店員が選んだもう一度読みたい文庫第1位」という文字が躍っていた。これはTSUTAYA BOOKSの書店員が以下のサイトで発表しているものなのだが、具体的にどこの店のだれがおススメしているのかとか、どのように選んだのかはまったく明らかにされていないので、ちょっとアヤシイ。

もし、書店員がこの本を読んで本気で「もう一度読みたい文庫第1位」に選んだのだとしたら、私はそんなセンスの悪い書店員のいる店からは本を買いたくないと思ってしまう。


ちなみに、サイコミステリーだったら、小説ではないがアニメ『パーフェクト・ブルー』は傑作だ。見たことがない人は一度は見る価値がある。

 

パーフェクトブルー 【通常版】 [DVD]

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今日の一首

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87.

村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に

霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

寂蓮法師

 

現代語訳:

いきなり降ってきた雨の梅雨がまだひかない槇の葉に

霧が立ち上っている秋の夕暮が美しいなあ

 

解説:

歌自体は別に技巧が凝らされているわけでもなく、目の前の情景を素直に読んだものなの。だが、上の句では「槇の葉」という細かい部分に目を移している一方で、下の句になると「霧」や「秋の夕暮」といった大きな景色の変化に言及していて、読み手の視点の変化を一緒に体感できる。また、秋の風景だが、モミジではなく「槇」を選んだところにもセンスが感じられる一首。

 

後記

 

子ども頃にも母親に言われたことがあるが、私はたまに寝言を言うらしい。先日も、奥さんに「夜中にいきなり大声で笑いだしたから不気味だった」と指摘された。たしかに夜中、隣で寝ている人間がいきなりけっこうな大声で笑い始めたらかなり奇異の目で見るだろう。

いびきと違って、寝言は基本的によほど頻度が高かったりしない限りとくに問題はないようだが、寝言を言っている本人としては恥ずかしかったりする……はずもなく、寝ているときにやっていることだからまったく身に覚えがないのだ。むしろ、自分は寝ている間にそんなにオモシロいことをやっていたのかという、ちょっと誇らしい気分にもなったりならなかったりする。それだけ。

 

新装版 紫のアリス (文春文庫)

新装版 紫のアリス (文春文庫)

 

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。