ビジョン思考は一般人にはレベルが高すぎる ~『直感と論理をつなぐ思考法』をすごく簡単にまとめてみる
ビジネス書の場合、本の企画を会社に通すとき、重視されるものの1つはデータだ。
たとえば
・同じようなテーマの本でヒットしている本はあるのか?
・その著者の過去の本は売れているのか?
ということが問われる。
あと最近だと、
・SNSのフォロワー数はどのくらいか?
というのも重視される項目だ。
とくにまだ本を出していない場合、Twitterのフォロワー数やYoutubeのチャンネル登録者数は、出版できるかどうかの大きな指標になる。
あるいは、独自に配信しているメルマガの登録者数とか、ブログのページビュー数とか、オンラインサロンの会員数とか。
こうしたデータを重視するのは、結局のところ「安心したい」からだ。
たとえばまだ本を出したことのない著者の本を出す場合、一体どのくらい売れるのか、まったくわからない。
もしかしたらメチャクチャ売れるかもしれないし、ずっこけるかもしれない。
そういう、勝負がみんな怖い(とくにずっと続く出版不況で本が売れにくくなっているので、出版社もリスキーな勝負はしにくくなっている)。
その点、たてえばYoutubeのチャンネル登録者数が10万人いる人なら、出版の実績がなくても
「チャンネル登録者数が10万人だから、そのうちの5%の人が買ってくれるだけで5000部は売れるかもな」
という予測が立てやすくなるのである。
ただまあ、こういう本の作り方ばかりしていると、編集者としてはあまりおもしろくないことも事実だ。
売れることは大事だし、確実に赤字を出さない本を出す価値は計り知れないのだけれど、すべてをデータとロジックだけで判断されるようになると、窮屈なことことの上ない。
直感と論理をつなぐ「ビジョン思考」
というわけで前置きが長くなったが、今回紹介したいのがこの一冊。
著者の佐宗邦威(さそう・くにたけ)さんはP&Gで「ファブリーズ」や「レノア」などのマーケティングを手掛け、その後、ソニーに移ったあと、創型戦略デザインファームbiotopeを設立した人だ。
この本のタイトルにもなっている『直感と論理をつなぐ思考法』(=ビジョン思考)というのは、「論理的に導き出された戦略」や「データ分析に基づいたマーケティング」とは異なり、根拠のない「直感」や「妄想」を出発点にしながら、それを具体的な形で実現させる方法だ。
当たり前だが、妄想や直感に従っても、ただ闇雲に行動しているだけではビジネスとしては成り立たない。
なんだかんだいって、売上とか利益とかを出さないと、少なくとも現在の資本主義社会では成り立たない。
既存の3つの思考法
さて、本書ではビジネスにおける思考法として、従来の考え方を3つに大別している。
1.カイゼン思考
従来のやり方を踏襲しつつ改善・改良を加え続ける思考法。PDCAを回すこともこれに該当する。
この思考法で動いている世界で生きていると、「生産性を高めること」が絶対的正義になる。
ただ、この思考法だとそもそもAIやロボティクスがさらに台頭してくるだろうこれからの時代では通用しなくなる可能性が高い。
2.戦略思考
こちらはガムシャラに効率性を追い求めるのではなく、マーケティングを徹底させて「自分たちが勝てる目標を設定し、資源を集中分配する」ことを目的にする。
たとえばニッチな市場を開拓すること。
そもそも著者の佐宗氏が所属していたP&Gは、ゴリゴリこの戦略思考を実行している企業として有名だ。
徹底したマーケティングで勝てる「仮説」をつくり、それを実行に移しながら定量的にその成果を評価して、微調整を繰り返していく。
ただし、この思考法に偏っていると、自分で新しいゲーム、ルールをつくることができないというデメリットがある。
実際、佐宗氏がP&Gをやめたのも、戦略的に考えて生き残りをかける争いに限界を感じたためらしい。
3.デザイン思考
ここが佐宗氏が次にたどり着いた思考法で、じつは、以前に書いていたテーマがこの「デザイン思考」なのだ。
ちなみに、佐宗氏がこのデザイン思考を知るきっかけになったのは、ダニエル・ピンク氏の『ハイ・コンセプト』だという。
これもけっこうビジネス書の愛読者の人には人気のある本だ。
デザイン思考というのは、デザイナーがものをつくるときに行う思考プロセスをだれにでも実行できる形で実行できる考え方で、佐宗氏によれば
・手を動かして考える(プロトタイピング)
・五感を活用して統合する(両脳思考)
・生活者の課題をみんなで解決する(人間中心共創)
の3つがエッセンスらしい。
「プロトタイピング」はわかりやすいと思う。
アイディアが生まれるのを待つのではなく、まず手を動かしてみるということだ。
両脳思考というのは、要するに「右脳と左脳をどっちも使いましょう」ということで、具体的に言語とイメージのどちらでも表現することだ。
これはどちらが得意なのかが人によって異なるのだが、言葉にするのが苦手な人は言葉にする練習をしないといけないし、言葉だけで考えようとしてしまう人は「なんか気になるけどうまく言葉にできないこと」を絵にしたりしてみることをやってみるといい。
そして3つ目は、要するに「1人で考えるんじゃなくて仲間とアイディアを共有して発展させよう」ということである。
「自分モード」と「他人モード」
さて、これら3つの思考法を一通り体験した著者が、最終的にたどり着いたらしいのが「ビジョン思考」なわけだが、これはなんなのか?
これまでの思考法では、じつは抜けているものがある。
それは「自分モード」と「他人モード」だ。
ようするに、「これは本当に自分のやりたいことなのか」という基準がすっぽりと抜け落ちてしまいがちなのである。
ビジネスで成果を出したり、なにか問題を解決しようとデザインすることはいいのだけれど、それは結局「他人モード」の思考でしかない。
そうすると、たとえビジネス的な成功、社会的な成功を収めることができたとしても、虚無感に襲われることがある。
そこで大切なのは、自分が目指すべきもの…ビジョンを明確にして、その山を登ることだ。
ビジョン思考はレベルが高すぎやしないか?
というわけで、本書の後半ではこの「ビジョン思考」を手に入れるためのステップを紹介してくれるわけなのだが、私としては、いきなりビジョン思考を獲得しようとするのはどうなんだろうか、という思いもある。
というのも、「ビジョン思考」はたぶん、けっこうハイレベルな思考法なので、そもそもPDCAとか戦略的な思考とか、デザイン的な考え方すらできていない人がいきなりビジョン思考を身につけるのは無理ゲーなように思うのだ。
私が思うに、ビジョン思考が必要なのは、社会的な成功とかを手に入れた人が、「お金はあるけどなんか虚しい」という状況を脱して幸福になるための手段であって、そもそも仕事も満足にできないし、もっと金がほしい、出世したい、成功したいとギラギラした欲望を抱いて、それがエネルギーになっている人にはまだステップが先すぎる。
なので、この本を読んでビジョン施行を目指すのは個人の自由だが、まずはカイゼン、戦略思考、デザイン思考をしっかりとできて、お金とかに不自由しなくなってからこのビジョン思考のことについて学んでも遅くはないのではないかな、とも思う。
本書の後半ではこのビジョン思考を身につけるための、おもに自己分析の手法について書かれていくわけだが、ビジョン志向が(たぶん)そういう位置づけにあることを理解してから、この本は読んだほうがいいのではないだろうか。
後記
くわしくは紹介しないが、最近読んだほかの本はこのあたり。
タイトルは実用書っぽいが、中身はプロインタビュアー吉田豪氏のエッセーみたいな感じ。
前半は著者の自伝みたいな内容。
後半は実用書っぽいが、タイトルがすべて。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。