『ユダヤ式Why思考法』のレビュー~これであなたもユダヤ人になれる!……か?~
ユダヤ人というと、どういうイメージを持っているだろうか。
もくじ
世界の権力を牛耳る影の覇者? 祖国を追われ、ナチスに迫害されたかわいそうな流浪の民? 血も涙もない金の亡者?
もちろん、民族によって人格を定義するのはナンセンスだ。日本人がみんな、四角い眼鏡をかけてカメラを首からぶら下げた出っ歯のサラリーマンであるようなイメージを持つのと同じように。とはいえ、人間は得てして低きへ流れてしまう。簡単で、楽で、頭を使わなくてもいいほうに捉えてしまいがちである。
ユダヤ人といえば……
かくいう私も、ユダヤ人というとシャイロックを連想してしまう。ウィリアム・シェークスピアの喜劇のひとつ『ヴェニスの商人』に登場する業突く張りの金貸しユダヤ人である。
『ヴェニスの商人』なら、原作を読むのもいいが、2004年に公開された映画もなかなかおススメだ。この映画の中では、名優アル・パチーノ演じるシャイロックはただの吝嗇家ではない。むしろ、当時の社会の中でユダヤ人がいかに迫害されてきたか、そして娘との関係に悩むシャイロックにかなり焦点があてられている。『ヴェニスの商人』はシャイロックにとってみれば“悲劇”以外の何物でもないという主張も多い。
なお、「喜劇」とはいったものの、この作品は別に面白おかしく笑えるものではない。シェークスピアの悲劇と喜劇の区別の仕方は、単に物語がバッドエンドかハッピーエンドかの違いくらいである。純粋に笑える作品は『夏の夜の夢』くらいだろう。
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昔は『真夏の夜の夢』という題が付けられているものもあったが、おそらく物語の設定は五月祭り(5月)~夏至(6月)ではないかとされている。そのため、「真夏」と表現するのはふさわしくないと、最近では単に『夏の夜の夢』とするのが一般的だ。
ユダヤ人になる方法
さて、話がシェークスピアに脱線したが、ユダヤ人はちょっと変わった民族である。日本の場合、キリスト教を信じていようが仏教を信じていようが、日本国籍を持っていれば日本人だが、ユダヤ人の場合は違う。ハラーハーというユダヤの規則によれば「ユダヤ人を母に持つ子ども」か「正式なテストを受けてユダヤ教徒になった者」がユダヤ人として認知される*1。
つまり、現在は仏教徒でも、この試験を受けて合格すればユダヤ教に改宗してユダヤ人になれるというわけだ。もちろん、肌の色も関係ないので、現在では黒人のユダヤ人もいるらしい。
とはいえ、そのテストは超難関だ。ユダヤ教の教義を理解し、戒律を学び、コーシャーという食事制限をしたりする。このテストについての詳細は、ネットで調べてもイマイチどんな内容なのか出てこないので、真剣にユダヤ人を目指す人はとりあえず日本ユダヤ教団にでも問い合わせればいいのではないだろうか。必ず門前払いされるらしいが。
そして今回、レビューを書く『ユダヤ式Why思考法』の著者である石角完爾(いしずみ・かんじ)氏はこの試験をクリアし、2007年にユダヤ人となった数少ない日本人のひとりである。このプロフィールだけでも面白い。まずはこの石角氏について説明していこう。
石角完爾氏について
1947年京都府生まれ。京都大学在学中に国家公務員上級試験、司法試験に合格し、さらに首席で卒業、その後は通商産業省(現在の経済産業省)に入省した。その後、弁護士に転身してアメリカのハーバード大学、ペンシルベニア大学で学び、ウォールストリートの法律事務所シャーマン・アンド・スターリングで活動。現在は千代田国際経営法律事務所代表の代表、ドイツのレイドン・イシズミ法律事務所代表を兼任し、国際弁護士として活躍している。下は本人のWebサイト。
とまぁ、この経歴を見るだけでもタダ者ではないことがわかる。エリート中の超エリートで、勉強もできるし弁も立つ。超難関とされるユダヤ教の試験に合格するのもうなづける話だ。
さらに、自民党の顧問弁護士を務めたこともあり、中国共産党も交流があって、1964年に開催された東京オリンピックの時には聖火ランナーのリレーにも選ばれた。現在はスウェーデン在住だが、イスラエルにもたびたび訪れているという。もちろん、現在はユダヤ人なので割礼も受けている。
著作活動を始めたのは1987年。『「知」の管理術』から。その後、法律関係はもちろんビジネス書、経済書、ユダヤ人に関する本などを多数出版している。
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基本的には日本経済の先行きに悲観的で、安倍政権の政策にも否定的な見解を持っている。また、本人がかなり論理的で白黒はっきりつけたがる性格であるためか、日本独特の「あいまい主義」はお好きではないようで、日本人をディスる言葉が多い。
『ユダヤ式Why思考法』のレビュー(ネタバレあり)
内容を端的にまとめると「ユダヤ人が常日頃から実践しているすべてのことに「なぜ?」を問いかける姿勢と、議論によって論理的思考能力を高めることが必要である」ということが述べられている。特徴的なのは、各所にユダヤ教の旧約聖書とタルムードからの逸話がちりばめられているところだ。
タルムードというのはユダヤ教の議論がまとめられたものであり、石角氏によれば、ユダヤ人は日常的に旧約聖書やタルムードの内容、解釈について議論しているとのこと。結果的にそれが、ユダヤ人に高い論理的思考能力を育ませているという。ちょいちょい逸話がはさまれ、まるでクイズのように読者に問いかける形式をとっているので、淡々と読み進めるのではなく、まさに自分の頭をひねりながら読める。
たとえば、こんなものだ。
ナポレオンがヨーロッパを征服したとき、それぞれ征服した国の協力者に「お前たちに褒美を取らせるから、欲しいものをいいなさい」といった。
フランス人は「ワイン畑とワイン工場が欲しい」、ドイツ人は「麦畑とビール工場が欲しい」、イタリア人は「小麦畑とおいしいパスタ工場が欲しい」と申し出た。
ところがユダヤ人は「ニシンを2匹だけ欲しい」といった。
それを聞いた他国の人々は、「ナポレオン様がせっかくご褒美をくれるといっているのに、そんなちっぽけなものをもらって、ユダヤ人はバカだな」といって笑った。
【問題】
ユダヤ人は、なぜニシン2匹だけを褒美に望んだのか。
答えは本を読んで確かめてほしい。なかには「そんなのアリかよ!」と憤りたくなるようなものもあるが、そう考えてしまうことこそが既存の思考の枠にとらわれている証拠と言えるのかもしれない。
文章については、これは頭がいい人全般に言えることだが、大変わかりやすく、理解しやすい。大切なメッセージは何度も何度も繰り返し伝えるので一度読んだだけでもその部分が頭に残るし、理路整然とした主張は非常に説得力がある。いかに自分が既存の先入観にとらわれ、思考の幅を狭めていたかに気付かせてくれる内容で、ビジネスマンはもちろん、学生や主婦に至るまで、どんな立場の人が読んでもためになる内容と言えるだろう。
ただ、徒花はこの人のほかの本を読んでいないので、もしかするとほかの本の内容とは結構かぶっているのかもしれない。このあたりとかね。
ただ、それにしても個人的には本書の内容に素直に首肯できない部分もあるのは確かである。たとえば、石角氏は物事を情緒的にとらえる日本人の視点をユダヤ人のそれと対比させているが、私としては日本人的な情緒的視点を持つことも大切だと思っている。もちろん、石角氏の真意としてはそうした視点を完全否定しているわけではないのかもしれないが、こうした情緒的に豊かな面があったからこそ、日本人は豊かな文化を築けたのではないかと考えている。
そう、確かにこの本で紹介されている思考法はビジネスや政治的な交渉、裁判などの場では非常に役立つものであることは間違いない。ただ、アーティストにとっては無用の長物となる可能性もある。きちんと調べたわけではないが、そう考えると、ユダヤ人の文化的な象徴というものは少ないのではないだろうか。芸術という観点からすれば、そこは貧困なのかもしれない。
私が本を読むときのスタンスとして何度か言ったことがあるような気がするが、いかなる本であろうとも、その本の内容をうのみにすることは危険である。それは、この本でも述べられている「思考停止」につながるものだ。この本から学ぶべきこともあるが、それが絶対的な真理だと信じてはいけない。
とりあえず、本気でユダヤ人になるのならば、本書を読むのもいいが、やっぱり原点、旧約聖書を読み込むのが早いだろうとしか言えない。
というわけで、お粗末さまでした。