本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『バケモノの子』のレビュー

7月に日本テレビの『金曜ロードSHOW!』で3週連続、細田守氏が監督した長編アニメ映画を放送していたのを見た人も多いだろう。私もそうだ。放送順は『サマーウォーズ』(2009年)→『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)→『時をかける少女』(2006年)の順番だった。

個人的に気になるのは「なんでこの放送順なのか?」という点。とりあえず、3作品の興行収入を調べてみた。これはWikiに載っていた数値である。

時をかける少女』:2.6億円

サマーウォーズ』:16.5億円

おおかみこどもの雨と雪』:42.2億円

これを見ると、得心がいく。

とりあえず先発には人気がありそうなものを持っていくのがセオリーなので、数字だけを見れば『おおかみこども』が候補だ。しかし、あの作品はほかの2作に比べるとちょっと暗く、盛り上がりに欠ける。ちょっと大人向けなので、子どもの食いつきが良くないだろう。となると、先発候補としてふさわしいのは『サマーウォーズ』だ。

『おおかみこども』を最後に持ってくるのもいただけない。そもそも、この3週連続放送イベントは新作『バケモノの子』のプロモーションのための戦略だ。派手目のものを先に2つとも放送してしまうと、最後の『おおかみこども』の視聴率が落ちる可能性がある。だから、本作を間に持ってくるこの放送順になったのだろう。……と、私は勝手に考えている。

徒花、『時かけ』の魅力を語る

徒花がこの3作品の中で一番好きなのはダンゼン『時をかける少女』である。エンターテイメント性で見れば『サマーウォーズ』のほうが圧倒的に完成度が高いが、時かけ』にはまだそこまで大衆に迎合していない、制作陣の「ひとりよがり」な部分が随所に見れるのだ。

実際、この映画は身にシアターで公開されたものであり、2.6億円という興行収入はロングランにロングランを重ねた末の偉業だった。まさに、細田監督が日本を代表するアニメ映画監督として脚光を浴びた出世作と言って差し支えないだろう。

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たとえばそれが、これ見よがしのカットで写る背景や光。また、物語とはまったく関係のない、高校生の日常シーンをカットとして挿入しているのが本作の特徴だ。これは観客に高校生時代という青春、もしくは大人に向けてはノスタルジアを味わわせる効果がもちろんあるだろうが、「絵」を見せるというカットはそこはかとなくマイナーっぽさを感じさせる。私はこういうのが好きだ。

この部分には新海誠監督との親和性を見出せる。

新海監督は『ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』などの作品を世に送り出し、最近では氏の手がけるアニメーションが大成建設Z会のCMなどにも起用された。


新海誠 大成建設 CM アニメ 「ボスポラス海峡トンネル」篇 - YouTube


Z会 「クロスロード」 120秒Ver. - YouTube

作品の知名度は高いと思うのだが、それでも細田監督の作品ほど大衆的とは言いがたい。細田監督は「青春」「家族愛」「恋愛」などいくつかのテーマを盛り込むが、新海監督はいずれの作品でも純粋に「男女の愛」だけを描き続けている部分でも強いこだわりを感じられる。もしくは、私が単純に「家族愛」とかよりも「男女の愛」のほうが好きなだけかもしれない。

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新海監督の作品の最大の特徴は、圧倒的な背景描写と「光」の演出である。映像の中に空間、そして空気の存在を感じられるような精緻さは初めて見ると圧倒される。そして、新海監督の作品には、物語には直接の関係はない風景や人々のカットがちょいちょい入ってくるのである。個人的には2013年に公開された『言の葉の庭』が好み。湿気た空気感が見事に表現されていた。この作品は新宿御苑がメインの舞台となっている。

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話を『時かけ』に戻すと、私がこの作品を気に入っているもうひとつの理由は、やはり最後、川辺の土手での別れのシーンである。いまのところ、細田監督の作品の中でアレを越えるシーンは思い浮かばない。真琴と千昭の会話ももちろんいいのだが、個人的に一番クるのは真琴が泣き出す瞬間。ちょっと、いまいち理屈では説明できないのが、タイミングが絶妙としか言いようがない。

新海監督の『ほしのこえ』のキャッチコピーが「私たちは、たぶん、宇宙と地上に引き裂かれる恋人の、最初の世代だ。」らしいが、ならば

私たちは、たぶん、未来と過去に引き裂かれる恋人の、最初の2人だ。」

だろうか。いや、最初かどうかはわからんが。しかし、青春であることは確かである。

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細田守氏について

1967年富山県生まれ。幼いころからアニメが好きだったようで、金沢美術工芸大学美術工芸学部を卒業後はスタジオ時振りの入社試験に挑み、最終先行まで残るも、不採用となった。ただしこれは、細田氏の技術不足というわけではないらしい。宮崎駿氏から宛てられた手紙に「君のような人間をジブリに)入れると、かえって君の才能を削ぐと考えて、入れるのをやめた」と書かれていたようなので、単純に方向性の違いをスタジオジブリ側が感じ取ったようだ。

というわけで、ジブリに落ちた細田氏は東映動画(現・東映アニメーションに入社。精密な原画で知られる山下高明氏を師と仰ぎ(ただし、2人は同い年である)、1993年に公開されたアニメ映画『Coo 遠い海から来たクー』では作画監督補佐を務めている(残念ながらこの作品はDVD化されていないようなので、以下で紹介しているのは原作小説である)

遠い海から来たCOO(クー)

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その後は演出家、さらには監督としての道を進み始める。なかでも出世作の一つとなったのは2000年に公開された『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』である。この作品はわずか40分の時間ながら、ネット空間でのバトルシーンは『サマーウォーズ』を連想させる(こっちのほうが先だけど)描写があり、おもしろい。

その後、細田監督にとって禍根……というか、なんとも苦い思い出になったのが、スタジオジブリが2004年に公開した映画『ハウルの動く城』である。

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当初、この映画の監督は細田氏だったのだが、なんだかジブリ内でいざこざがあったらしく、結構出来上がっていた作品をすべて白紙に戻し、宮崎駿氏主導で作り直され、公開されたという経緯がある。

ここらへんの内情はまったくわからないが、やはりこの2人のアニメに対する方向性にはズレがあったに違いない。宮崎氏自身もそれに気づいたからこそ、細田氏をジブリに採用しなかったのだろう。まぁ結局、この映画は終始シナリオやキャラクターの設定が支離滅裂で、世間一般の評価は高くない。個人的にはそんなに嫌いではないのだが。。

さて、この一件でちょっとケチがついてしまった細田氏だが、再び高いクオリティの作品で評価される。それが、2002~2003年にテレビで放送されていたアニメ『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』第40話「どれみと魔女をやめた魔女」である。

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さらに、『ぼくらのウォーゲーム』に惚れた現代美術家村上隆氏の依頼により、ルイ・ヴィトンの店頭プロモーション用短編アニメーション『SUPERFLAT MONOGRAM』を制作。村上氏の代名詞といえるあの花とともに、細田氏お得意のデジタルワールドを描き出した。


Superflat Monogram - Louis Vuitton - - YouTube

さらに、2005年には劇場版ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島の監督を務めて、同年に東映を退社。フリーの活動を始めて、2006年に『時をかける少女』を公開したのである。

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現在は2011年に設立したアニメ映画制作会社、株式会社地図(通称:スタジオ地図)で働いている。おもしろいのは、この会社のロゴマークとして『時をかける少女』の真琴のシルエットが採用されている点。ジブリがトトロのシルエットを採用しているのに対抗しているように感じる。

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ちなみに、知っている人は知っているが知らない人は知らない細田監督にまつわる「アタリマエ知識」のひとつに、「細田監督の作品には影がない」がある。通称「影なし作画」と呼ばれているもので、人物の顔や体に影がないのだ。影がないのでその分アニメーターの手間や時間がかからずに済むが、その代わりにつねにキャラクターを動かし続けなければ平面でのっぺりとした印象になってしまうらしい。しかしだからこそ、キャラクターたちが活き活きと画面の中で動き回るうえ、「動」と「静」がハッキリしてメリハリのある画面になるようだ。ここら辺は、アニメの作画についてはトーシロの私はそんなに語れない。

バケモノの子』のレビュー(ネタバレなし)

というわけで、土曜日に渋谷・道玄坂のTOHOシネマズで『バケモノの子』を見てきた。この映画はメインの舞台が渋谷なので、もし可能ならばこの映画館で見るのがオススメだ。

さて、内容だが、『劣化版サマーウォーズという感じ。

大衆向けの娯楽映画だが、エンタメとしては『サマーウォーズ』のほうが質が高い。細田監督は「人間味」を重視するのでメインの登場人物にあえてプロの声優を使わず、人間的に近い素人(芸能人)を起用するらしいが、今回の、とくに広瀬すずの演技にはどうにも違和感があった。『サマーウォーズ』ではそうした違和感は感じなかったのだが、どうしてこの違和感が出たりなかったりするのかはよくわからない。

また、サマーウォーズ』と比べるとどうも盛り上がりに欠ける。とくにクライマックスのバトルシーンは絵面が派手な割には、なんだか拍子抜けするような決着のつき方。もうすこし、周りの登場人物が活躍してもいいのではなかろうか。あと、敵役がクジラになるのも意味が分からない。以下、ちょっとネタバレが含まれるので反転(かなり長いので注意)一郎彦がクジラになったのは楓の落としたメルヴィルの『白鯨』のページを目にしたからだが、疑問点が2つある。①赤ん坊のころに猪王山に拾われて人間の教育を受けていなかっただろう一郎丸がなぜ『鯨』という漢字をすんなり読め、しかも見たことがないだろうクジラの姿になれたのか? ②なぜ一郎丸はクジラになろうと思ったのか? 彼のコンプレックスは父のような長い牙と鼻を持たないことだったのに、クジラはそうしたものとまったく関係ない。たしかにクジラは父を模した長い牙があったが、だったら彼自身が巨大なイノシシになるほうが自然だ。私が思うのは、そもそも当初のアイディアとして『渋谷に巨大なクジラが現れたらおもしろい』という発想があり、それを実現するためにメルヴィルの『白鯨』を持ち出しただけのように感じられる。どうしてもこの要素が、物語の核心とはあまり関係がなく、浮いて見える。

さらに、キャラクターの扱いである。登場人物の多さ的にはさほど変わらない気がするのだが、宗師さまたちの扱いはちょっと雑な気がした。また、個人的に一番不満なのは主人公と出会って行動を共にする小さな生き物・チコの扱いである。チコは九太が初めて出会うバケモノ(?)なのだが、この存在について誰も触れないし、なにも説明されない。一応、劇中でチコの役割はあるのだが、正直言ってあまり存在意義を感じられないキャラクターだった。もっとどこか、ひとつ印象に残る活躍の場面を与えてあげてもよかったのではなかろうか……。

もちろん、サマーウォーズ』には至らないとはいえ、本作は満足度の高い作品ではある。「父と子」というこれまでの細田監督作品にはないテーマが掲げられていたし、このテーマを訴求力は存分に発揮されていた。感動できるシーンもいくつかある。徒花の周りの席は女性客が多かったが、随所でグシュグシュと鼻をすする音が聞こえた。1,800円を支払って劇場に見に行くレベルは十分に満たしている

徒花としては、できたら今度は「冬」を前面に押し出した作品を作ってほしいと思っている。いずれの作品も、興行収入的な意味もあってか夏に公開するものばかりなので、どうしても舞台設定が「夏」になりがちなのである。しかし、もっと冬のわびしさ、切なさを感じさせてくれる作品が出てくれば、それはそれでとてもおもしろそうだと思うのだ。

 

というわけで、お粗末さまでした。