秋の夜長にちょうどいいサスペンス~『出版禁止』のレビュー~
今週のお題「読書の秋」
今回紹介する本はこちら。
テレビドラマの演出・脚本・ディレクションのほか、映画監督としても活躍している人の小説。ジャンルは「サスペンス」。
あらすじ:
著者、長江俊和はあるルポライターの未発表原稿を手に入れた。彼はそれを読み、これは世の中に発表するべきものだと判断。そのルポを前編にわたって掲載したのが本書である。
雑誌などに寄稿していたルポライターの「若橋呉成」は、7年前に起きた「熊切敏心中事件」の真実を探求するべく、その事件で生き残った心中未遂の女性、「新藤七緒」に取材を試みる。やがて調査を進めるうち、じつはこれは心中事件ではなく、事件で命を落とした熊切は政治的な陰謀によって抹殺されたのではないかと考えるようになる。
その一方、取材を重ねるうち、若橋は七緒にいつしか心を引かれていく。やがて彼女と生活を共にするようになった若橋は心中の後遺症に苦しむ七緒の姿を見て、彼女と一緒に心中することを試みるのだが……
本書は前編を通じて3部構成になっていて、本書の著者である長江氏が読者に語りかけるパートと、ルポライターの「若橋呉成」氏が残したルポでできている。ちなみに、若橋のルポは基本的に登場人物がすべて仮名である。
つまり、よくある物語の中でさらにもうひとつの物語が展開されるパターン。しかも本当に著者の長江氏が「雑誌で掲載禁止になったルポルタージュを発見した」ような書き方をしているので、読者はこれがフィクションだとわかっていながらも、奇妙なリアル感を持ちながら読み進めていくことになる。
本書はいたるところに結末を紐解くための複線やヒントがちりばめられていて、ネタバレを恐れるとあまり下手なことが書けない厄介な作品だが、どんでん返しが好きな人にはなかなか楽しめる一冊ではないだろうか。
ただし、ジャンルをわけるとしたらミステリーではなく「サスペンス」。ミステリーというほどしっかりとした謎解きではなく、最後まで明かされない謎や仕掛けがあったりする。その部分について考察しているブログもある。
謎解きを楽しむというよりも、君の悪い雰囲気の作品と後味の悪さを楽しむような本だと思う。本を読んで君が悪くなりたいときにはピッタリだ。秋の夜長にはちょうどいいかもしれない。
ちなみに、続編も出版されている。
あえて未読の方々が楽しめるヒントを差し上げるなら、最大のポイントは本書が作中作をメインに展開しているものだということだ。劇場版がAmazonビデオにあったので、そのうち見てみようと思う。
今日の一首
99.
人もをし 人も恨めし 味気なく
世を思ふ故に 物おもふ身は
後鳥羽院
現代語訳:
人を愛おしいとも思うし、恨めしいとも思う。
世の中はつまらないものだと思うがゆえに、思い悩んでしまう私にはね。
解説:
後鳥羽院が即位したころはすでに武士が台頭し、天皇であっても政治への影響力が弱まっている時代だった。だからこそ、この世の平和を考えるといろいろ悩んでしまうがゆえに読まれた一首。この9年後、後鳥羽院は鎌倉幕府を倒すために承久の乱を起こすも失敗し、隠岐に流される。
後記
『エスター』を久しぶりに見た。
おもしろいが、ネタバレ厳禁な映画なので、見るつもりがあるならあまりネットで調べないほうがいいと思われる。
ちなみに、これもホラーというよりサスペンス。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。