『憂鬱でなければ、仕事じゃない』のレビュー~おまえは“仕事”で闘っているか?~
出版業界には俗に「名物編集者」と呼ばれたりする人物がいるが、昨今一番有名な編集者は見城徹氏ではなかろうか。
というわけで、今回は早速、本書の著者である見城氏について説明していく。ちなみに、本書はアメーバなどを運営するサイバーエージェントの社長・藤田晋氏との共著という形を取っているが、根本的には見城氏の考え方、生きる姿勢をまとめた一冊なので、藤田氏はオマケ程度にしか説明しない。
見城徹氏について
ちなみに徒花はこの本も読んだ。たしかに漢字の成り立ちをいい話でまとめたような感じでなるほどと思う部分もなくはないのだが、どうしても読んでいると偽善臭さを感じて胸糞が悪くなる。そもそも、本当に漢字にそんな意味が込められているのかはなはだ疑問だし。まぁ、この本についてはどうでもよろしい。
話を見城氏に戻そう。すでにこの会社で見城氏は頭角を現す。つまり、自分が編集を担当した本でヒット作を生み出したわけだ。それが、『公文式算数の秘密』である。これ、うわさによれば初めて自分で企画をした本らしいから、つまり編集者としてのデビュー作である。時代が違うとはいえ、いきなり38万部のヒットを飛ばすというのは尋常ならざることである。
その後、1975年に角川書店に移る。角川書店は現在KADOKAWAとして業界最大のグループを築いているが、当時はまだ「角川書店」という一出版社だった。所属としては雑誌『小説 野生時代』の副編集長 → 『月刊カドカワ』編集長を歴任。『月刊カドカワ』は1998年に廃刊となったが、野生時代は現在も残っている。
小説 野性時代 第142号 (KADOKAWA文芸MOOK 144)
- 作者: 角川書店編集部
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
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ここで、見城氏はヒット作を連発。つかこうへい氏の『蒲田行進曲』、村松友視氏の『時代屋の女房』、山田詠美氏の『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』、景山民夫氏の『遠い海から来たCOO』などの直木三十五賞受賞作をはじめ、森村誠一氏の『人間の証明』、五木寛之氏の『燃える秋』、村上龍氏の『トパーズ』などのヒット作を手掛けたのである。
こうした実績から、41歳の時点で取締役編集部長に昇進。その名前は出版業界に知れ渡るようになったのだった。その後、1993年には退社。この年、角川一族の角川春樹氏が逮捕されたことがきっかけのひとつだった。この春樹氏もかなりの傑物で、見城氏は師と仰いでいて、一緒に働いていた当時、かなりの無理難題に応えていたようである。
幻冬舎の誕生から著書の発表まで
角川書店退社後、1994年にいよいよ見城氏は自らの出版社、幻冬舎を立ち上げる。ちなみに、幻冬舎という名前を決めたのは作家の五木寛之で、シンボルマークとなっている槍をかかげた人のシルエットのモデルは見城氏本人だとされている。
幻冬舎は創業当初から五木寛之、北方謙三、篠山紀信、村上龍、山田詠美、吉本ばなななど、錚々たる顔ぶれの書籍を次々に発表したが、これもひとえに実績を積み、これらの人々と信頼関係を築いてきた見城氏あっての技である。さらに、62作で新たに幻冬舎文庫というレーベルを立ち上げ、話題をさらった。
その後も見城氏は石原慎太郎氏の『弟』、唐沢寿明氏の『ふたり』、郷ひろみ氏の『ダディ』、天童荒太氏の『永遠の仔』、村上龍氏の『13歳のハローワーク』などを刊行。最近でも木藤亜也氏の『1リットルの涙』、山田宗樹氏の『嫌われ松子の一生』、劇団ひとり氏の『陰日向に咲く』、渡辺淳一氏の『愛の流刑地』など、話題作を次々と世に送り出している。もちろんいまも現役で、なにかしら企んでいることだろう。
自身の著書は、太田出版から出た『編集者という病』(2007年)でデビュー。同社の元社長・高瀬幸途氏とは親交があり、本書の編集は同氏が務めた。
ちなみに、うわさではあの『絶歌』はまず最初に幻冬舎に持ち込まれたが見城氏が敬遠し、太田出版に持ち込まれた、という話もある。真相は不明だが、ありえそうな話だ。久しぶりに太田出版のホームページを見たら、いまはもう『絶歌』についての但し書きはなくなっていた。最近では話題としてもすっかり薄れた感じ。結局、世間のたいていの人々にとって、一時の話題に過ぎなかったということだろう。
藤田晋氏について
藤田晋氏は青山学院大学を卒業後、人材派遣会社・インテリジェンスでの勤務を経て、1998年にサイバーエージェントを立ち上げた人物である。
『憂鬱でなければ、仕事じゃない』のレビュー(ネタバレあり)
というわけで本書は、編集者として文句のつけようのないキャリアを築いた見城氏の仕事論、人生訓などをまとめた一冊である。基本的には「見城氏の名言 → 見城氏自身による解説・関連するエピソード → 藤田氏がなんか付け足す」という構造になっている。内容的には『たった一人の熱狂』と同じで、正直言って、こちらのほうが藤田氏という余計な人がいないので読みやすく、オススメだ。
とにかくこの本はまずタイトルがうまい。多くの働く人を惹きつけるタイトルだ。仕事というものに対する定義や印象は人それぞれだが、「仕事=大変」という思いを持っている人は多い。そこで憂鬱になったりすると「自分はこの仕事に向いていないんじゃないか」とか考えてしまうものだが、そんなときに本屋でこの本のタイトルを見るとなんだか希望が持てる――という寸法である。
とにかくいろいろと熱い言葉にあふれているので、今回のエントリーではそのなかのいくつかをピックアップして紹介していこう。
①「ふもとの太った豚になるな 頂上で凍え死ぬ豹になれ」
これはアーネスト・ヘミングウェイの短編『キリマンジャロの雪』に出てくる一節からとったものと説明しているが、おそらくそれにイギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの名著『功利主義論』の一節である「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。」をもじった表現だろう。いかにも出版人らしい言い回しだ。満足した安定よりも、孤独で厳しい道を選び、頂点に挑み続ける気概が感じられる。
②「天使のようにしたたかに、悪魔のように繊細に」
恩義を相手に与えるために新設を施す天使のような行いはしたたかなことであり、逆に何かを得ようと企む悪魔の行いをするときには繊細にならざるを得ない。これも、「天使のように繊細に、悪魔のようにしたたかに」は月並みな比喩と一蹴し、ありふれた結果以上のものを求めようとするときには、このことを意識しなければならないと断じている。
③「『この世あらざるもの』を作れ」
「大衆の本性とは自分たちが行けない世界、なれない存在に興味を覚える一方で、そうなれない自分に安心を覚える矛盾を抱えたものである」と述べる見城氏。まさにこれは本という文化であると同時にエンターテイメントである仕事に携わる同氏だからこそいえる言葉だろう。
④「スムーズに進んだ仕事は疑え」
これは私もかなり共感できる言葉である。誰しも仕事で面倒な事態にはなりたくないと考えるが、やはりいいものを作ろうとするとどうしても面倒なことが起こるものだ。見城氏はあえて苦しいほう、不可能だと思われるほうに向かう。それがいつか、目に見えるかたちで大きな実を結ぶのだ。
⑤「憂鬱でなければ、仕事じゃない」
タイトルにもなっている言葉である。見城氏は朝起きると手帳を見て、現在抱えている仕事を確認し、そのなかに憂鬱なことが3つ以上ないと不安になるという。かけたくない電話、会いたくない人、やりたくない業務、そうしたことに思い悩むことこそが仕事の神髄であり、それがやりがいであり、尋常ならざる成果を生むという。
簡単に5つだけ説明したが、基本的に見城氏の仕事は「自分を追い込むスタイル」で一貫している。ハッキリ言って、本作りというのは手を抜こうと思えばいくらでも抜ける仕事だし、こだわろうと思えばどこまでもこだわれる仕事だ。そして、読者は決してバカではないので、タイトルや装丁だけ繕った見かけ倒しの本は決してベストセラーにはならない。見城氏の手掛ける本が次々とベストセラーになるのもうなずける話だ。
この働き方はかなり大変だ。幻冬舎の人はさぞかしストレスフルな環境で日夜仕事に励んでいるのだろうと心中お察し申し上げる。しかし、やはりこうしたマインドが会社全体に浸透しているのだろうと感じることが私には多々あった。
私は割と「まだ本を出してない人を発掘する」のが好きなので、日々ネットサーフィンをしながらおもしろいことを主張している人を探し、「本を書いてみませんか?」とコンタクトを取ってみたりするのだが、ちょっと出足が遅いとすでにそういう人には他社が先に唾をつけていたりする。そして経験上、なぜか幻冬舎が私よりも先に声をかけていることがとっても多いのだ! 「また幻冬舎かよ!」と私は胸の中で毒づきながら、しかし同時に感服してしまうのである。
本書は出版人はもちろん、働くすべての人を熱くさせるような名言に満ち溢れている。問いかけられているのは「おまえは闘っているか?」というものだ。ぜひ読んでみていただきたい。もちろん、藤田氏の余計なコメントのない『たった一人の熱狂』のほうがおススメだが。
というわけで、お粗末さまでした。