本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

大陸一の娼婦を目指す少女のサクセスストーリー~『芙蓉千里』のレビュー~

ジブリの大ヒット作『千と千尋の神隠し』は性風俗の現場で働くことで成長していく少女の物語であるというテーマがあって(詳細はこちらを参照)、私はそのことを覚えていたからなのだろうが、この本を読んだときに『千と千尋の神隠し』を思い出した。

 

芙蓉千里 (角川文庫)

芙蓉千里 (角川文庫)

 

 

 

もくじ


この物語も、親を失った少女フミが自ら女衒に志願してロシア・ハルビンの娼館にもぐりこみ、持ち前のたくましさや利発さで、男の欲望や女の嫉妬が渦巻く百鬼夜行の世界を生き抜きながら、自分の夢を追いかけ、恋をして、人生の選択に迫られるエンターテイメント作品だ。

 

おもしろかった理由

 

一言で表現すれば「おもしろかった」。

なぜそう感じたのかといえば、以下の理由があげられる。

 

●非常に読みやすい軽やかな筆致
●読者を飽きさせず、テンポよく進む物語
●悪役でも、個性豊かでどこか憎めない登場人物たち
●バカにされていた主人公が才覚を発揮してメキメキ頭角を現すサクセスっぷり
●日本、ロシア、中国、韓国の政情に翻弄される大河ロマン
●2人の男の間で揺れ動く恋慕と迫られる決断

などなど、かなり上質であっという間に読みきれる名作だった。

 
とくに、主人公であるフミの設定がとてもよい。

 

エンターテイメントの主人公には「目標」が必要だ。それは「海賊王になる」でも「火影になる」でも「豚になった両親を人間に戻す」でもいいのだが、本作の主人公フミの場合は「大陸一の娼婦になる」ことだった。

 

大どんでん返し創作法: 面白い物語を作るには ストーリーデザインの方法論 (PIKOZO文庫)

大どんでん返し創作法: 面白い物語を作るには ストーリーデザインの方法論 (PIKOZO文庫)

 

 

奥深い主人公の動機


ポイントは、なぜ彼女がそれを目指したのかという動機だが、これはほかの物語の主人公たちと同じように、過去のコンプレックスに基づいている。フミの育ての親は日本全国を旅する芸人だったが、あるとき、フミもなついていた遊女と駆け落ちしてフミを捨てて行った。


そのような仕打ちを受けて、ほかの人間だったら遊女を憎み、忌避するかもしれない。しかし、フミは愛する父親を奪い取ってフミを捨てさせたその遊女への尊敬をある意味こじらせて、日本を出て大陸一の遊女に自分がなることを目指すわけだ。それは、父を奪った遊女を見返すとか、父の愛を取り戻すといった単純な動機ではない。


それだけではない。物語が進むにつれて明らかになっていくのだが、じつは、彼女の本懐は、それですらない。おそらく、彼女は聡明であるがゆえに、理性的に物事を考え、理屈によって自分の本当の望みを無意識のうちに捻じ曲げて、それにまい進してしまったのだろうと思う。


本書は単純に、大陸一の遊女を目指す少女がそれを達成するまでのサクセスストーリーではない。むしろ、自分の望みだと信じて疑わなかった目標が本当は違っていたことを彼女自身が認め、素直になっていく過程が描かれた物語なのだ。

 

目標を勘違いしているケース


そして私が思うのは、「自分の人生の目標を勘違いしている」ということは現実世界にも非常によく見られるもので、それが過去の不遇や不幸・コンプレックスなどから生じているものなのは、変わらない。(そして、じつは身近にいる人は、その人が真に目標にしていることにうすうす勘付いていたりする)

 

だからこそ、私を含め、多くの読者はきっとこのフミの葛藤や苦悩に深く共感できるのだろう。

 

ちなみに続編が(3冊も!)あるが、個人的にはあまり読む気がしない(というか読む優先順位が低い)

 

北の舞姫 芙蓉千里II (角川文庫)

北の舞姫 芙蓉千里II (角川文庫)

 
暁の兄弟 芙蓉千里III (角川文庫)

暁の兄弟 芙蓉千里III (角川文庫)

 
永遠の曠野 芙蓉千里IV (角川文庫)

永遠の曠野 芙蓉千里IV (角川文庫)

 

 

あと、マンガ版もある模様。こっちはそのうち読んでみようかしらん。

 

芙蓉千里 (バーズコミックス スペシャル)

芙蓉千里 (バーズコミックス スペシャル)

 

 

 

今日の一首

 

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31.

朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに

よしのの里に 降れる白雪

坂上是則

 

現代語訳:

夜が明けるころ、夜明け前の月かと思って見てみたら、

吉野の里に降り積もった雪だったよ。

 

解説:

大和国(現在の奈良県)の地方官を勤めていた坂上是則が、吉野を訪れた明け方の情景を歌ったもの。特に技巧などは凝らされていないが、風景を描写して状況を説明しただけで、読み手の驚きや喜びなどが伝わってくる。ちなみに、吉野は桜の名所として有名だが、同時に雪の名所でもあるらしい。

 

後記

 

先日とある飲み会に行ったとき、ローカルラジオのプロデューサーから「ラジオに出演しませんか?」と誘われた。知り合いのMCの方と2人で、自著の出版を目指す人々のためになんやかんやと話すという内容だ。

 

私は断固お断りしたが、そのプロデューサーもさすがというべきか、「出たいという人は出したくないが、出たくないという人は是が非でも出したい」というスタンスの持ち主で、かなりしつこかったのが印象深い。ああでなければテレビとかラジオのプロデューサーというのは務まらないのだろう。(やり手の編集者にもそういう押しの強い人はいるし、私ももう少しそうありたいとは思っている)

 

とはいえ、そのときはいろいろな理由をつけて断ったが、顧みれば、私にもラジオに出て有名になってちやほやされてみたいという願望は少なからずある。ただ、やはり突然の申し出に私の口から出た言葉は「ムリです」というもので、そこらへんが、私もまだまだ自分の願望に素直になりきれていない部分なのだろうなあと思う。

 

自分の願望に素直になるのは、なかなか難しい。

 

今回はこんなところで。

お粗末さまでした。