本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『なぜレストランのメニューで3行目を選んでしまうのか?』のレビューまがいのもの~開始28ページで読むのをやめた奇跡の1冊~

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ビジネス書や自己啓発書、人生論、そのほかの実用書は、多くの場合「著者 対 読者」という構造になる。厳密に言えば小説だって同じだが、小説の場合はメタ的なケース(ミステリーで言う「読者への挑戦状」とか)でない限り、小説の中に著者の存在を感じることはまずない。

 

「著者 対 読者」という構造がある本で大切になるのが、その距離感である。たいていの場合、読者はその本を書いた人物とは面識がないはずだ。つまり、初対面である。にもかかわらず、世の中の書籍にはやたらなれなれしい文章でつづられている本が少なからず存在する。言ってみればこれは、初対面でいきなりタメ語を使われるに等しい。徒花は人見知りしがちなので、こうした文章は苦手だ。

「なれなれしい文章」の特徴

誤解されると困るが、これは「文章に敬語を使え」とか「汚い言葉を使うな」という意味ではない。かくいう私のブログも「だ・である調」で統一している。じゃあ徒花はいったいどんな文章が「なれなれしい」と感じるのかといえば、おもに以下の4点がある。

  • やたら読者に同意を求める「~ですよね?」
  • やたら読者に問いかける「~じゃないですか?」「~だと思いませんか?」
  • やたら読者に呼びかける「~しましょう!」
  • やたら文末が口語体になる「~なんですよ」

注意していただきたいのは、文頭の「やたら」というのが大切である点。これらの表現が使われていても、著者がアクセントや強調の意図を持って文章の中でワンポイントとして使うなら私も理解できるし、許容できる。また、ネタとして使うのもわかる。

だが、全体の文章がこの調子で続くと、読んでいて「面倒くさいセールスマンのマシンガントークを受けている」ような印象を受けて、だんだん読むのがしんどくなってくる。

もしかすると著者もなんとか読者に共感を抱かせようと努力した結果なのかもしれないし、こうした書き方でその気になる読者もいるのかもしれない。だが、ただでさえ本というのは「著者→読者」へと情報が一方通行の媒体なので、こうした表層的な手法で読者の心理を誘導しようとする姿勢はどうにも気に食わないのである。

※ちなみに「なれなれしい文章」はブログでも散見される

『なぜレストランのメニューで3行目を選んでしまうのか?』のレビューまがいのもの

なぜレストランのメニューで3行目を選んでしまうのか?

なぜレストランのメニューで3行目を選んでしまうのか?

 

なぜ冒頭から文章論なんて語ったのかというと、今回読んだこの本がその「なれなれしい文章」でつづられていたからである。読んでいる間もムカムカしていたが、なぜ自分がそんな気持ちになるのかよくわからなかった。しかし、よくよく考えてみると、本書の文章を形容するのにぴったりな言葉が「なれなれしい」なのである。

たとえば、冒頭からこんな感じだ。

最初から唐突ですが、まずひとつ、お願いです。

今から、あなたの仕事で、どうしてもやりたくないことを、頭に描いてみてください。

今から10秒間で。さぁどうぞ!

やかましいわ!!

冒頭から「なれなれしさ」はフルスロットルである。

最初にこれだけは約束してください。

たった今、「成功する!」と腹に決めること。

注文が多いな!

そのうち体中にクリームを塗ってから読んでくださいとでもいいそうな勢いである。「はじめに」の最後はこんな文章で締めくくられる。

そこから一歩を勇気を持って踏み出しましょう。成功の“扉”を自らの手で開きましょう!!

余計なお世話だわ!

そして文章もちょっとおかしい。「一歩を勇気を持って」よりも「勇気を持って一歩を」のほうがよほど自然な日本語になる。ここまでで開始5ページだが、「はじめに」だけでそれ以上読み進めたくなくなる本に出会ったのは初めてである。

ちなみにこの著者、フードビジネスコンサルタントをしている人物で、著者プロフィールにはやたらとカッコつけたキメ顔も掲載されている。だからといってイケメンなわけではなく、なんだかアゴが長く、キモいを通り越してキモチワルイ。しかも公式サイトでのプロフィールによれば「100%失敗しない男」「成功請負人」を自負しているようだ。大変おめでたいアゴである。

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※著者・氏家秀太氏の写真は以下の公式サイトより。アゴに手を添えているのはカモフラージュの一種かもしれない。下は芸人の小籔千豊氏で、吉本興業株式会社 芸人プロフィール | 小籔千豊からひっぱってきた。

foroimprendi.jp

とんでもない誤変換がある

まぁ、あんまりバカにしすぎてもかわいそうなので、文章の「なれなれしさ」をいったん脇に置いておいて、それ以外の部分をレビューしていこう。

――と思ったら、いきなり28ページにとんでもない誤字がある。

たとえば“女性に指示される”こともお店づくりには必要なことで、現代の飲食店経営には欠かせません。

これを見た瞬間、それこそアゴが外れそうになった。文脈的に考えて「指示」は「支持」の誤変換だろう。

まず大前提として、読者に金を払って買ってもらう書籍の中に誤字や脱字は許されない。とはいえ私も本を作る側の人間なので、どれだけ読み直しても刊行したあとにミスを発見することがあるのは知っているし、ぶっちゃけ些細なミスであればいちいちこんなふうに揚げ足をとって批判したりしない。

しかし、ダブルクォーテーション(“”)で囲って強調している部分にこんな明らかな誤変換があるのはとんでもない失態である。びっくりした。私が読んでいるのは初刷りなので増刷したものは修正されているのかもしれないが、そもそも本書が増刷されているかは甚だ疑問であるので、いま新刊で買ってもこの誤変換は修正されていない可能性がある。

この時点で私はすっかり読む気をなくし、ここで本を置いた。というわけで、開始28ページで本書のレビューは終了である。

もしかしたらこのあと、飲食店経営者にとっては目から鱗が落ちる革新的なことが書いてあったり、涙なしにはページをめくれない感動秘話があったりするのかもしれないが、私には分からない。だが、少なくとも世の中にはこれよりも出来のいい飲食店経営者向けの実用書は星の数ほどあるはずだ。

まぁ、…………よくいえばいろいろな意味で学ぶことの多かった一冊とはいえる。私にとって「著者と読者の距離感」を考えるきっかけをつくってくれたのは間違いなく本書である。また、本書はこれから本を作っていく上での反面教師として、あらためて誤植の危険性も思い出させてくれた。

 

――でもね、これだけは言える。新刊で1500円(税抜き)を出してこの本を購入するのはカネをドブに捨てるようなものだよ

 

それでは、お粗末さまでした。