本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

エログロでなにがわるい~『最後の喫煙者』のレビュー~

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先日、両国で開催されている『大妖怪展』に行って来たからそのレビューをブログに書こうと思ったけど、その日は体調がMAX悪くて、思い返すとなにも印象に残ったことがないので、この件についてなにも書くことがない徒花です。

もくじ

今回紹介するのはこちら。

最後の喫煙者―自選ドタバタ傑作集〈1〉 (新潮文庫)

最後の喫煙者―自選ドタバタ傑作集〈1〉 (新潮文庫)

 

著者はいまさら説明するまでもないジャパンSF小説の大家・ヤスターカツツーイ氏。『時をかける少女』の原作者だが、それくらいしか知識のない人は同氏に対して「なんかキラキラした青春SFを書く人」というイメージしか持っていないかもしれない*1だが、それは大いなる誤解である。本書を読めば、Mr.ツツーイがトンデモナイ思考を隠し持った怪人であることが瞬く間に明らかになる。

本書を読むにあたっての注意事項

サブタイトルに「自選ドタバタ傑作集」と書かれているように、本書はいろいろな雑誌に掲載した短編小説の中から、コメディタッチの強く、大勢の人々がドタバタと慌てふためく様が楽しめる作品を選んで収録したものである。個々の物語は非常に短く、かつ単純なストーリーなので、気張らずにサラサラと読み進められる。

ただし、ひとつ注意することがある。本書に収められている作品はおおよそ次のどれかに必ず当てはまるため、お上品な作品が好きな読者は注意されたし。

●下品である。下ネタがナチュラルに、かつ大量に登場する

●非倫理的である。登場人物たちが当たり前のようにサクッと人をぶち殺したりする

●意味不明である。物語で起きる不条理に対し、論理的な説明や解釈がなされない

●オチがない。いわゆる起承転結的な美しい展開を期待するだけ無駄だ

物語を楽しむのではない。ナンセンスを楽しむのだ

とくに箇条書きの、最後のひとつは重要だ。

本書はジャンル的にSFなので、いろいろと世界でヘンなことが起こる。しかし、それに対する説明はされないし、解決もされない。基本的には「ヘンなことが起こる → ヒトビトが慌てふためく → おわり」という構造になっている。いわゆるちゃんとしたSFとか、ミステリみたいなものを期待しているとガッカリするかもしれない。

本書はストーリーテリングを楽しむものではない。そうではなく、著者の「発想力」「言葉の選び方」「文章のリズム」「キャラクター作り」に注目して、“読むことそのもの”を楽しむ小説集なのだ。だからこそ、本書について「意味不明だ」「説明不足だ」「読者を置いてけぼりにしている」などの点で批判するのは、それこそが「センスのないナンセンス」となってしまう。

各話紹介

以下、本書に収録されている作品について個人的な所感を述べていく。いつもどおりあらすじを書こうかとも思ったが、ほとんどが書くまでもない内容なので、簡単な作中の状況説明だけにとどめる。

『急流』

なぜか急に時間の進む速度が速くなってしまった世界の物語。

まさしく「ドタバタ」の名に恥じないドタバタぶりが展開されていて、読んでいてどうしても笑ってしまう。電車で読んでいると不審者扱いされるだろうから要注意だ*2。ちょっと引用してみよう。

時刻表通りの運行を至上命令と心得る乗務員がやたらとぶっとばしはじめ、危険極まりない状態になってきた。電車がプラットホームに入ってきてからベンチを立ってももう遅い。ドアが開いているうちに社内にとびこもうとして駆け出したりすれば、発車したあとの線路上にころげ落ちることになる。乗合バスにしても停留所に停まるが早いか発車するので、降りようという客は気をつけていなければならない。乗ろうとする者と降りようとする者が入口でつかみあっている間に発車したりする。降り損なったり乗り損なったりして転倒するものが続出、多少の怪我も覚悟せずしてバスに乗ろうとする者は人非人という風潮になり、ついには停車する前に発車するバスまであらわれた。

ここだけ切り取ってもおもしろいし、流れるようにつづられる文章にセンスがあふれている。しょっぱなに本作を持ってきたのはまさしくこれが「ドタバタ」の名を冠するにふさわしい一遍だからだろう。

『問題外科』

若い2人の外科医が間違えて健康な女性にオペをしてしまい、口封じも含めて抹殺する物語。

上の概要をちょっと読んでも我ながら「ナニイッテンダコイツ?」という感じだが、端的に説明すると上以外に方法がない。勧善懲悪などどこ吹く風で、品行下劣な2人の若者がたまたまベッドに寝ていた女性の腹を掻っ捌いてしまったので殺すことにしたのだが、どうせなら楽しみながら殺そうとする非人道ぶりが徹底されている。まさにエンターテイメントに必要な「エロ」「グロ」をコンパクトにまとめた作品だ。こういうの、けっこう好き。

『最後の喫煙者』

禁煙運動が盛り上がり、喫煙者が尋常ではない迫害を受けるようになった社会の物語。

発想としては安直な部類に入る。ただ、そうした社会の風潮に反対して数少ない仲間たちとレジスタンスを結成し、武力を以て徹底抗戦する主人公たちはなかなかアツい。結末はまぁ、ちょっとヒネリが効いているか。

『老境のターザン』

タイトルのとおり、年を取ったジャングルのターザンが体の不調に苦しみながら観光客の相手をする物語。

ターザンにも恋人のジェーンにもかつての面影はまったくなく、トンデモナイ人物として描かれている。最終的にはやっぱりバイオレンスな解決方法に帰結するのは、ある意味で期待通り。

『こぶ天才』

人間の背中に寄生して宿主の知性を上げる虫をひっつけることが当たり前になった社会の物語。

本書に収録されている作品のなかではかなり大人しめで、正統派SFの香りがする作品。社会や人間に対する皮肉も聞いているし、最後の最後のオチのくだらなさがまた味わい深い。わりと穏やかな作品だ。

ヤマザキ

織田信長本能寺の変によって死んだ直後の秀吉の対応を描いた物語。

途中まで読んでいると、ごくごく普通の歴史書である。信長の死後、秀吉が敵である毛利氏と和睦を結び、驚くべき速さで戻ってきたいわゆる「中国大返し」を題材にしているのだが、途中からだんだんオカシクなってくる。

そして最後の最後、そのオカシサをすべて抱えたまま、見事、秀吉は読者に対して投げっぱなしジャーマンをキメ、物語を締めくくるのである。

『喪失の日』

その日の夜に童貞が喪失できそうなことに期待を膨らませて一日を過ごす男の物語。

つまらん話。本書の中で一番つまらない。スケールも小さいし、言葉の選び方にもキレがない。読むのが億劫になってくる。エロスもない、バイオレンスもない。

『平行世界』

なぜかいきなり自宅と周囲の地域だけ、パラレルワールドと地続きになってしまった男の物語。

いかにもSFっぽい設定だが、肝心の主人公はというと、「なにもしない」。ほんとうに何もしない。語り部ではない主人公はいろいろやったりするのだが、肝心の語り部の主人公は最初から最後までなにもしないし、結局そのまま物語が終わる。ある意味、この物語が一番ナンセンスかもしれない。

『万延元年のラグビー

万延元年(1860年)に起きた大老井伊直弼暗殺事件(桜田門外の変)で切り落とされた井伊の首をめぐって、井伊家と首を横取りした遠藤家の間で繰り広げられる街中ラグビーの試合を描いた物語。

いろいろひどい。だがそれがいい

ちなみに、作品のタイトルはおそらく大江健三郎の小説『万延元年のフットボール』をパロったものだと思われる。もちろん、こちらの作品はいたってマジメな内容だ。

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

 

おわりに

偉そうに書いてきたが不肖ワタクシ、これまであまりツツーイ氏の作品を読んでこなかったが、本作でハマったのでしばらく意識的に読んでみようかと思う。できるだけくだらないやつから。あ、ちなみにこの自選ドタバタ傑作集、表紙のイラストを描いているのはしりあがり寿氏である。

傾いた世界―自選ドタバタ傑作集〈2〉 (新潮文庫)

傾いた世界―自選ドタバタ傑作集〈2〉 (新潮文庫)

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

*1:ほんとに、実際日本は読まないくせに知識だけある人は、ツツーイ氏がへたにいろいろな賞をとったりしているがためにこう考えている人がけっこう多い

*2:読んでいるのが本書だとバレると、さらに不審者扱いされるかもしれない