本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『なめらかな世界と、その敵』(伴名練・著)のレビュー

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伴名練(はんな・れん)という作家さんの名前を初めて知ったのは、『アステリズムに花束を』というアンソロジーを読んだときです。

 

 

ただ、そのときはとくにこの作家さんの作品がすごくよかったという印象は、正直な所ありませんでした。

本書に収録されていたのは『彼岸花』という、吸血鬼が登場する往復書簡形式の耽美的な作品だったのですが、あんまりSFっぽい感じがしなかったからです。

 

その後、『なめらかな世界と、その敵』が刊行されたことは知っていたし、SFの単行本としては異例の売れ行きを見せていることもなんとなく存じていたのですが、ようやく読んだという次第でした。

 

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 

 

ちなみに、2013年に刊行されている『なめらかな社会と、その敵』という本もあります。

 

なめらかな社会とその敵

なめらかな社会とその敵

  • 作者:鈴木 健
  • 発売日: 2013/01/28
  • メディア: 単行本
 

 

こちらは「個人から分人へ」という新しい社会の人間のあり方を提唱している本なのですが、私は未読なのでどのくらい本書の内容と関連性があるのか、あるいは著者がこの本から何かしらのインスパイアを受けたのかなどはよくわかりません。

 

著者の伴名 練さんは1988年生まれで、商業出版のデビュー作は第17回日本ホラー小説大賞短編賞受賞を受賞した『少女禁区』です。

 

少女禁区 (角川ホラー文庫)

少女禁区 (角川ホラー文庫)

  • 作者:伴名 練
  • 発売日: 2010/10/23
  • メディア: 文庫
 

 

15歳の「私」の主人は、数百年に1度といわれる呪詛の才を持つ、驕慢な美少女。「お前が私の玩具になれ。死ぬまで私を楽しませろ」親殺しの噂もあるその少女は、彼のひとがたに釘を打ち、あらゆる呪詛を用いて、少年を玩具のように扱うが…!?死をこえてなお「私」を縛りつけるものとは―。哀切な痛みに満ちた、珠玉の2編を収録。瑞々しい感性がえがきだす、死と少女たちの物語。

 

さて本書には6つの短篇が収録されていますが、ほとんどはSF同人誌などで一度は公表されたものを大幅に加筆修正したものとなっています。

その辺りのご苦労についてはインタビューがありますので、気になる人は読んでみてください。

www.hayakawabooks.com

 

このインタビューを読んでみてもわかりますし、なにより『なめらかな世界と、その敵』を読むともっとよくわかるんですが、伴名練さんご自身がかなりのSFファンであり、過去のSF作品に対するオマージュにあふれています。

 

ただ、かといってSFに親しんでいる人間じゃないと楽しめないかというと、そんなことはなくて、ふだんSFをほとんど読んだことがない人でもギリギリ理解して楽しめるレベルに調整されています。

実際、読書メーターでほかの人の感想をザザッと見てみた感じでも、「ふだんはSF読まないからちょっと難しかったけど、でもおもしろかった」というような声がいくつか見られました。

 

たとえば『美亜羽へ贈る拳銃』という作品は伊藤計劃さんの『ハーモニー』に登場するミァハのことを指しているのですが、伴名さんも少し驚かれていたように、意外とわかんない人が多いのだなあと私も意外に思いました。

『ハーモニー』は劇場アニメにもなりましたし、コミック版もありますので、未読の方はぜひ読んでみてください。

 

ハーモニー(1) (角川コミックス・エース)

ハーモニー(1) (角川コミックス・エース)

 

 

では収録作品を簡単に紹介していきましょう。

 

『なめらかな世界と、その敵』

平行世界(パラレルワールド)を自由に行き来することで現実を変えるのが当たり前の世界で、とある事件によって平行世界への移動ができなくなってしまった同級生をなんとかしようとする少女の物語です。

舞台設定が「パラレルワールドへの行き来が自由自在」という人たちの世界なので、最初に読んでいると文章に面食らいます。

なにしろ、「私たちの常識」ではありえない展開がポンポンと当たり前のように出てくるので、私なんかは最初、同じ名前の登場人物がシームレスな感じで描かれているのだろうかなどと考えてしまいました。

混同しやすいのは、彼らがやっているのはタイムトラベルではなくてパラレルトラベルであるということです。

なので、すでに起きてしまった出来事をなかったことにはできないけれど、自分の設定を瞬時に変えられる感じでしょうか。

いくつもの平行世界をなめらかに移動するのがタイトルの意味ですが、「その敵」の意味はぜひ読んでみて確認してください。

 

ゼロ年代の臨界点』

明治時代の架空の日本SF小説黎明期の真実を第三者の視点からまとめた文章の形式で編まれた作品。

明治時代特有のなんだか耽美的な雰囲気的があって、これが『アステリズムに花束を』に収録されていた『彼岸花』に近いかも。

あくまでも第三者である書き手がさまざまな資料を元に推察を重ねながら各スタイルを取っているので、いわゆる小説のように登場人物たちのセリフや描写などはないのだけれど、読み進めていくうちに日本SFの基礎を作り上げた女性たちの恋愛・友情・尊敬・嫉妬などの感情が入り組んだいびつな関係性が浮かび上がってくるのはなかなかおもしろいし、最後の終わり方もわりと好き。

 

『美亜羽へ贈る拳銃』

脳へのインプラント事業で巨大な覇権を握る一族の青年・実継が、一族から勝手に独立した兄の結婚式場でいきなり自分を殺そうとしてきた超攻撃的天才科学者の少女(?)・美亜羽と恋に落ちるボーイ・ミーツ・ガール。

拳銃型の端末を脳に打ち込むことによって「特定の人間に対する揺るぎない愛」を得ることができるテクノロジーができている世界で、いろいろあって美亜羽は実継に恋をしてしまうようなインプラント施術を受けることになるのだけど、「これはちょっと美亜羽じゃないよね」みたいな違和感を持って実継は「もとの美亜羽」に戻そうとする。

ただ、実継のことを本当にすきでいる美亜羽という人格がまがい物であるわけでもなく、自分のエゴによって、自分のことを心から間違いなく好いてくれている女性の人格を消滅させることは正しいのかという葛藤に襲われたり。

美亜羽。俺が拳銃を贈った女性。決して相容れぬ二人。今、この腕の中で、静かに寝息を立てているのが、美亜羽なのか、それとも美亜羽なのか、自分には分からない。そんな事が分かるほど、自分は脳にも恋愛にも明るくない。ただ、もしかしたら――もしかしたら、彼女が今流している涙は、美亜羽が美亜羽のために流したものなのかも知れなかった。

 

ホーリーアイアンメイデン』

抱きしめられるだけで相手の攻撃的な気持ちを消し去ってしまう特殊能力を持った姉のことについてつづった妹の書簡によって構成される物語。

文章量はもっとも短く、これが一番ホラーっぽいかも。

最初は周りの人を癒やすような天使的な存在みたいに描かれている姉が、実はとんでもなく危険な存在なのかもしれないと、読み進めるうちに明らかになっていきます。

 

『シンギュラリティ・ソヴィエト』

東西冷戦時代に、ソヴィエト連合側が人間の肉体から演算能力を借りて実現した人工知能ヴォジャノーイを作り出したことで西側諸国との争いに勝利してリードしている世界を描いた歴史改変SF作品。

アメリカもヴォジャノーイに対抗するために「リンカーン」という人工知能を作り出しているけれど、リンカーンは「東西冷戦で資本主義陣営が勝利した仮想現実の世界」をつくりだし、西側の人々にその世界で生きることを推奨しています。

つまり、私たちが生きているこの世界……アメリカが初めて人類を月に送り出し、ソ連が崩壊してアメリカが世界を牽引している現実……はこのリンカーンが作り出した仮想現実の中の話なのかもしれないというとですね。

いちおう、ストーリー的にはソ連側の女性ヴィーカと、アメリカの記者として入国してきたマイケルがいろいろ腹を探り合うという筋書きになってはいますが、2人の行動や作戦はすべてヴォジャノーイやリンカーンが立てたものであって、人間は人工知能のコマとして使われているシンギュラリティ(ロシア語風に言えばシングリャルノスト)後の世界を描いています。

ほかの作品の登場人物たちが10~20代くらいの若々しいキャラクターたちが躍動しているのに比べて、ディストピア風の静謐な世界観と大人ばかりが登場するちょっと異色の作風ですが、個人的にはいちばん好きかも。

 

『ひかりより速く、ゆるやかに』

これは本書のための描き下ろし作品です。

修学旅行から帰る途中の新幹線が突如、完全に停止する事件が発生。

病気のために修学旅行に参加できなかった男子生徒と、校則違反で定額処分を食らっていた少女だけが難を逃れるのですが、じつは新幹線とその内部だけ、時間の速さが2600万分の1のスピードで超低速になっていることが明らかになります。

新幹線が次の停車駅である名古屋駅に到着するのはおよそ西暦4700年ころ。

残された家族たちは2000年以上あとに「自分たちの時間の流れ」に戻ってくるだろう子どもたちのためにさまざまな活動を開始します。

ほかにも、東海道新幹線が使えなくなることによってJRが経営液な大打撃を受けたり、「つぎもまた時間が遅くなるんじゃないか」という不安が人々の間に広まって物流が滞ったりするなど、時間を主軸にしながら、社会パニック性みたいなものも併せ持った作品になっています。

ちなみに、個に事件を発端に「時間を超えて再会を誓う男女」みたいなSF作品が乱造されることも描写されるので、かなりメタ的ですね。

それと同時に、本書では残された男子生徒と女子生徒、そして新幹線の中でゆるやかな時間の流れに取られてしまった少女とのいびつな関係性にも焦点が当てられ、SF作品の造り手からしてみるとなかなかエグい展開が描かれていたりもします。

 

 

はい、という感じで、けっこうさまざまなSFの要素を随所に詰め込みつつ、エンターテイメント性をもたせて幅広い人に読みやすく仕上げられています。

上質なSF単行本ですね。

おもしろかったです。

 

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 

 

後記

アニメ『バビロン』を見ました。

ネタバレを含むので、楽しみたい人は読まないほうがいいです。

www.amazon.co.jp

 

東京地検闘争部検事・正崎善(せいざき・ぜん)は、製薬会社の不祥事件を追ううちに一枚の奇妙な書面を発見する。そこに残されていたのは、毛や皮膚のまじった異様な血痕と、紙一面を埋め尽くすアルファベットの『F』の文字。捜査線上に浮かんだ参考人のもとを訪ねる正崎だが、そこには信じがたい光景が広がっていた。時を同じくして、東京都西部には『新域』と呼ばれる新たな独立自治体が誕生しようとしていた。正崎が事件の謎を追い求めるうちに、次第に巨大な陰謀が見え始め--?

 

物語のキーマンとなるのは曲世愛(まがせ・あい)という女性です。

彼女は特殊能力の持ち主で、原理などはサッパリわからないのですが、ちょっと耳元でささやくだけで人を「自殺させる」ことができるのです。

この曲世愛の影響もあり、新域では「自殺するのも人間が持っている権利のひとつだ」というロジックから、自殺を公に認める法案が成立してしまいます

これを機に「自殺は悪いことなのか?」という論争が沸き起こるという物語です。

 

主人公の正崎はこの曲世を危険人物だと早期に認識してなんとか身柄を確保しようとしますが、部下たちが次々に曲世の毒牙にかかり、どんどん自殺していきます。

とりわけ衝撃的なのが7話目。

超絶胸糞鬱展開となっているので、気をつけてご覧ください。

またこの作品、人がバンバン死ぬほか、自殺を肯定するような内容を含まれているので、R指定がかかっています。

 

すごくおもしろいアニメだったのですが、12話目のラストには賛否両論があるみたいですね。

とくにCパートです。

12話目だけエンディングのあとにCパートがあるのですが、それが果たして必要だったのか否か。

私も最初に見たときは「Cパートはいらんのではないか」と考えたのですが、それからもう少し考えてみて、まああってもいいんじゃないかと思いました。

 

アニメの中でも語られていますが、自殺の善悪を考えるためには、「そもそも善悪とはなにか」の定義をしなければなりません。

このアニメの中では「善=続くこと、悪=終わること」だと定義づけています。

人間も生物ですから、根源的な善は「自分の命を存続させること」だと言えるわけです。

となると、最後のCパートは、この『バビロン』という作品を「グッドエンド」で終わらせるために必要な措置である、とも考えられます。

終わらせることは悪なわけですからね。

間違えてはいけませんが、「ハッピーエンド」ではありません。

「バッドエンド」から「グッドエンド」への転換です。

これは制作側のたちの悪い冗談ともいえるでしょう。

 

ちなみに、この作品は原作小説があり、いまのところ3巻まで出ています。

 

バビロン 3 ―終― (講談社タイガ)

バビロン 3 ―終― (講談社タイガ)

  • 作者:野崎 まど
  • 発売日: 2017/11/22
  • メディア: 文庫
 

 

私は原作小説を読んでいないのですが、Amazonのレビューを見ると、どうも小説自体も「つづく」という感じで終わっているようです。

だから、4巻目がでることを考えていた人がいたようですが、まあ4巻目がでることはないでしょうね。

タイトルで「終」と書かれていますし、Amazonでも「全3巻」と出ています。

これも作者によるたちの悪い冗談なんでしょう。

「つづく」という形の終わり方なんだと思います。

でもこういういたずらごころ、私は好きなんですよね。

原作者の野崎まどさんの小説では『正解するカド』もアニメ化して話題になっていました。

こちらはコミックスでそのうち読んでみようと思います。

 

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。