『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(奥山真司・監修)のレビュー
地政学というのはわかるようでよくわからない学問であります。
実際、本書の冒頭、「はじめに」で監修を務めた奥山真司さんも次のように述べています。
地政学とは何なのでしょう。研究者によっていろいろな答えがあると思いますが、私は「国際政治を冷酷に見る視点やアプローチ」と考えています。
それがどういう学問なのか自体が「研究者によっていろいろな答えがある」のは学問としてどうなのかというツッコミを入れたくなります。
が、まあそこは置いておいて、いわゆる自然科学や数学のように明確な答えがあるものではなく、どちらかというと哲学とか経済学のようなものだと捉えれば問題ないのではないでしょう。
地政学を学んだからといって、一般の人がなにがどうなるというわけでもありません。
でも、地理の一環として知っていると国際紛争とか大国の思惑みたいなものがなんとなくわかるようになるかもしれません。
本書はそんな地政学を、知識ゼロの人でもわかるように160ページの短さにまとめ、さらにフルカラー、イラストもりもりにして、徹底的にわかりやすくつくられた本です。
中面で使っているイラストも、国家をかなりデフォルメしたかわいらしいデザインになっていて、難易度の低さをこれでもかとアピールしています。
価格も1200円と安く、読むのが早い人なら1時間くらいで読み終えられる一冊でしょう。
さて本書の構成は次のような感じです。
第1章 基本的な6つの概念
第2章 日本の地政学
第4章 アジア・中東・ヨーロッパの地政学
日本の本なので、読者に関心が高いであろう「日本」だけが独立して章立てされてページ数も割かれていますが、本書のキモは第3章です。
地政学というのは要するに、世界をコントロールするために大国はどのような戦略を打ち立てて実行すればいいのかを示すものなので、メインの登場人物はアメリカと中国、ついでにロシアみたいな感じです。
あんまり私たちがふだん意識することはないかもしれませんが、いま世界はアメリカの支配下に置かれています。
「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和」ともいわれます。
かつては「パクス・ロマーナ(ローマによる平和)」とか「パクス・モンゴリカ(モンゴル帝国による平和)」とか「パクス・ブリタニカ(イギリスによる平和)」というものもありました。
人間というのは結局のところ「メチャクチャ強い存在」というのがいて、独裁のような体制になっていないと、いろいろなところで小競り合いが起きて戦いが頻発してしまいます。
日本でも、戦国時代はたいへんだったけど、徳川家康が天下統一して江戸時代になったら平和な世の中になったよね、的な感じですね。
このあたりはイギリスの哲学者ホッブズの『リヴァイアサン』あたりから解明されています。
アメリカは長らく「世界の警察」を自認して、たとえ自国の領土ではなくても、国同士の小競り合いが起きたり内戦が起きたりすると軍事的に介入してきました(ただし、基本的には自分の経済と関係のある地域に限ります)。
そんなアメリカが影響力を発揮してきたのは第一次世界大戦あたりからで、第二次世界大戦が終わると「アメリカとソ連の二強体制」が確立します(冷戦)。
その後、ソ連が崩壊したことにより、ここからは明確な「アメリカ一強体制」となりました。
これを考えると、パクス・アメリカーナが始まったのは1991年のことであり、まだ30年くらいしかたっていないことがわかります。
パクス・ロマーナがだいたい200年、パクス・モンゴリカが100年ちょっとくらい、パクス・ブリタニカが100年足らずくらいなので、それを考えるとまだまだパクス・アメリカーナは続きそうな気はしますね。
とはいえ、科学技術の発展、とりわけインターネットによるグローバリゼーションで世界の距離が近くなったので、秩序の崩壊は過去の歴史よりも速く進む可能性は否定できません。
もしかすると50年後くらい(2070年代)くらいにはアメリカが非常に弱体化して、また世界的な混迷の時期がやって来ることはありえます。
で、じゃあなんでアメリカが世界最強の国になれたのかという話なのですが、その理由の1に、アメリカの地政学的な優位性があるわけです。
地政学では「ランドパワー」という大陸の勢力と、「シーパワー」という海洋の勢力がつねにぶつかるという考え方をします。
ランドパワーの代表格が中国やロシアです。
アメリカは北米大陸の大半を領土とするのでランドパワーに見えますが、判断基準は「自由に航海できる概要とたくさん接しているか」なので、アメリカは「超大きな島国」であると判断されます。
つまり、日本とかイギリスと同じです。
太平洋にも大西洋にも自由に出られるし、強い敵対国家が近くにないから自国を侵略される恐れもほぼないということです。
本書によれば、時代にもよりますが、世界でランドパワーとシーパワーのどちらが優位になるかは変わるそうです。
現代はシーパワーが優位な時代です。
というのも、グローバリゼーションによる貨物の輸送などでやっぱり主力になるのは海運だからです。
大量の資材とか、石油とか、商品などを安く送るにはコンテナ船などを使うのがいちばんいいから、海のルートを自国の支配下に置くのがすごく重要なのです。
アメリカが「世界の警察」を自認してアジアとか中東とかの紛争に介入するのも、基本的には自分の国に石油などを搬入するための海運ルートで影響力をたかめるためです。
また、中国が「赤い舌」などとよばれるように、東南アジア諸国にいろいろ圧力をかけて自分の領土であると主張するのも、このあたりの海運ルートを自分の支配下に置きたいという思惑から来ています。
日本の尖閣諸島の領有権を主張するのも、基本的には海運ルートを確保したいからです。
中国から見てみると、日本ほどジャマな国はありません。
中国から太平洋に最短ルートで出ようとすると、どうしてもアメリカの子分である日本の領海を通らざるを得ないからです。
北方領土がロシアからなかなか返還されないのも、ロシアにとってこのエリアから自由に太平洋に進出できるルートを確保しておくことが、地政学的にめちゃくちゃ大事だからです。
こんな感じで、地政学のことを知っておくと国際政治のことがなんとなくわかるようになり、おもしろいかもしれません。
後記
地政学関連でいえば、『売国機関』もおもしろいかもしれません。
Kindle Unlimitedで無料だったので3巻まで読んでみました。
どういう話かというと、西は「クライス連邦」、東は「ガルダリケ王国」という大国に挟まれた小国「チュファルテク合同共和国」で、<売国機関>と自国民たちに罵られながらも両国に祖国が飲み込まれないように奮闘する軍人たちの物語です。
合同共和国は要するに、対立する2つの大国の緩衝地帯みたいなものです。
連邦と王国が戦争するとなったら、戦場は合同共和国になるということですね。
単行本にも書かれていますが、舞台となる小国はポーランドがモデルです。
となると、第二次世界大戦の時代でいえば、西の連邦国家はドイツ、東の王国はソ連ということになります。
カルロ・ゼンさんはおそらくかなりの歴史オタク、軍事オタクなので、幼女戦記もそうですが、かなりハイコンテクストな作品となっています。
どういうことかというと、「近世ヨーロッパ史」や「戦争史」あるいは「政治」の話がないと、なかなか物語が理解できないということです。
私もその方面の知識は疎いので、なかなか主人公たちの置かれている状況を理解するのに時間がかかりました。
ただ、そのあたりさえ把握できれば、濃い~キャラクターと権謀術数うずまく複雑な物語の妙味を堪能できるのではないでしょうか。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。