『コンピュータ、どうやってつくったんですか?』(川添愛・著)のレビュー
ちょっとご無沙汰していましたが、また更新します(理由はあとで)。
『2001年宇宙の旅』などで有名なSF作家のアーサー・C・クラークは、『未来のプロフィル』というエッセーのなかで、のちに「クラークの三法則」とよばれるものを書きました。
(1)高名で年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている。
(2)可能性の限界を測る唯一の方法は、その限界を少しだけ超越するまで挑戦することである。
(3)十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。
いちばん有名なのはたぶん3番めのやつです。
私たちはふだん、当たり前のようにパソコンやスマホを使っていますが、パソコンやスマホがどうやって動いているのかはまったく理解していません
別にそういった高度な電子機器に限った話ではなく、たとえば自動車がどうしてあんなに早く走れるのかも知らない人は多いと思います。
もちろん全員が全員、電子機器の仕組みと構造に通暁している必要もないでしょうが、個人的には、「自分が理解していないことを理解する」ことと、「理解しようとちょっとだけ努力する」ことではないかなと思います。
その意味で、本書はコンピュータの仕組みについて理解する大きな助けになります。
本書では、文明が中世くらいのままで止まって、飢餓や疫病、そして争いが頻発している世界に住む妖精が人間界にやってきて、コンピュータのことにやたらくわしい青年からコンピュータのしくみ・構造を聞き出し、それを持ち帰って自分たちの世界でもコンピュータが作れるようにしようと画策する物語形式になっています。
こういう「教える人」と「教わる人」の対話によって進む本は、それこそ『嫌われる勇気』のようにたくさんありますが、この本がちょっとおもしろいのは、ユーモアが適度にまぶされている点です。
たとえば人間の世界にやってきた理由について、妖精は次のように述べます。
はい。私の世界では、みんな働き過ぎて、疲れています。最近は、食べ物も足りなくて、争いもたくさん起こっています。病気も流行っています。とても困ったので、長老たちに相談して、守り神ドゲンカ・センバにお祈りすることにしました。そうしたら、ドゲンカ・センバからこんなお告げがありました。「ニンゲンノーモットルーコンピューターガーアレバーヨカー」です。解読したら、「人間が持っている、コンピュータがあればいい」という意味でした。
著者の川添愛さんは言語学の分野で博士号を持っている人のようですが、じつは作家で、こうしたキャラ設定や物語形式の原稿も自分で書いているようです。
こういった小説も書かれています。
ユーモアのセンスとか文章というのは人によって合う・合わないがありますが、とりあえず本書を読んでみて、私はフィーリングが合うように感じたので、ちょっとこのあたりの本も読んでみたくなりました。
さて『コンピュータ、どうやってつくったんですか?』は大きく3部から構成されています。
ちょっとこまかいですが、以下もくじです。
第1部 数字を情報であらわす
第1章 数字の歴史
・数と数字は違う
・数はどうして生まれたか
・数を表すという難問
・さまざまな数字
第2章 二進法の数字とコンピュータ
・コンピュータには二進法!
・電気・磁気・光
第3章 数字による情報の表現
・ものを区別するために数字を使う
・「1」と「0」だけでどれくらいのことを表せる?
・文字を数字で表す
・色を数字で表す
・音はどうやって表す?
・デジタルとアナログの違い
<コラム>バビロニア数学と、ゼロの発明
第2部 電気で計算を表す
第4章 コンピュータでの足し算
・二進法の足し算
・電気で1桁の足し算を表す:半加算器
・電気で2桁以上の足し算を表す:全加算器
第5章 「電気による計算」までの旅路
・論理学と数学の出会い:プール代数
・論理学と工学の出会い:論理回路
・スイッチをどんどん速く、小さく~リレーから真空管、そして半導体へ
第3部 プログラミングとは?
第6章 コンピュータに命令する
・コンピュータがコンピュータである理由
・どうやって機械に命令する?
第7章 命令を聞くしくみ
・もしコンピュータの頭脳が「妖精のいる部屋」だったら:CPU
・どうやって機械に命令する?
第8章 命令を実行する
・プログラムの実行を体験しよう
・データのやり取りと計算~データ転送命令と演算命令
・命令の流れを変える~ジャンプと条件分岐
第9章 コンピュータの誕生
・「命令とデータの同居」のインパクト
・コンピュータの赤ちゃん
<コラム>チューリングマシン
本書ではコンピュータの基礎知識として以下の3つを説明します。
・数字で情報を表すこと(デジタルであること)
・電気の操作によって計算をすること
・プログラムによって操作を実行すること
この本は大変わかりやすい部類に入ると思いますが、それでも私は2つ目の電気回路あたりが出てきたところから取りこぼされてしまうようになりました。
ただ、自分がちゃんと理解できた範囲で「なるほどな~」と納得できたのは「デジタルとアナログの違い」です。
コンピュータが「0」と「1」だけで動いている的なことはだれでも聞いたことがあるとは思います。
となると、必然的にコンピュータの計算は二進法になります。
たとえば
1+1=
という計算をする場合、十進法であれば答えは「2」になります。
が、コンピュータには「2」という数字がないので、「1+1」を0と1の組み合わせだけで表現しないといけません。
そのため
0=0
1=1
2=10
3=11
4=100
5=101
6=110
7=111
二進法ではこんな感じになります。
なんで二進法なのかといえば、0と1しか使わないほうが、いろいろな情報を数字で表しやすくなるからです。
たとえばモールス信号も「トン」「ツー」の2種類だけでいろいろなメッセージを相手に送ることができます。
コンピュータの場合、電気の「オン」「オフ」が数字を表すのに使われ、それでさまざまな計算をすることができるわけです。
このように情報を数字などの「互いに区別できる2つ以上の状態」を使って表現することをデジタルといいます。
デジタルの反対は「アナログ」ですが、アナログというのは自然界にある「連続的な量」を別の「連続的な量」で表すことを指します。
そうすると、デジタルでは変換できない「微妙なところ」をそのまま表現することができます。
たとえば極端な話をすれば、「時間の流れ」には本来、区切りはありません。
「3時1分1秒」のあと、すぐに「3時1分2秒」がくるわけではないですね。
「3時1分1秒」のあとには「3時1分1.1秒」がきて、その次は「3時1分1.11秒」が来たりします。
あんだか「アキレスと亀」みたいな話ですが、時間は細切れにしようと思えばいくらでも際限なく細切れにできるのです。
アナログ時計は、針と針の角度で表現することで、こうした際限なく細切れにされた時間も、論理上は表現できることになります。
デジタル時計の場合、もちろんすごく内部の機構を複雑化して、時間をこまかく表現することはできますが、際限なく表現することができません。
デジタルは情報を「0」「1」の2つにわけて、できるだけ近いかたちで表現する(標本化、サンプリング)するので、厳密に正しい時間を表現することができない、ということです。
よく、音質にこだわる人はレコードを買ったりします。
レコードは「音」を「溝」という情報にアナログ変換しているので、デジタルでは表現しきれないビミョーな音の違いがあるからなのでしょう。
さて、本書では最後、コンピュータの仕組みを教えてもらった妖精が故郷に還って時間を進め、人間より遥かに発展した社会を築き上げることに成功します。
でも、最後に妖精は、その世界で生まれた新たな問題を相談するのです。
それが……みんなが、「もう勉強はいらないんじゃないか」って言い始めたんです。そしたら長老たちまで、「確かに、今はなんでも全部機械がやってくれるんだから、学校も、勉強もなくしてしまおう。面倒くさいし、勉強できる奴はなんかムカつくし」って言い出して……
(中略)
私、悲しいです。せっかくここでいろいろ教えてもらって、自分の世界に伝えたのに、このままでは、コンピュータがどうやってできたのか、そして、なぜ動くのかを、わかる妖精がいなくなってしまいます。
まさにこれが、本書が書かれた理由のように思います。
とはいえ、やっぱりコンピュータの仕組みを理解するのはけっこう難しいです。
自分の日常生活の範囲外にあることばかりなので、なかなか脳みそがパンクしそうですが、本書で紹介されていた関連書籍等をゆるゆる読みつつ、もうちょっと自分でも理解を深めていきたいなあと思える一冊でした。
後記
なんだかもうずーーーーーーーっとブログを書いていないような気がしていました。
でも、ひとつ前の記事を見ると、更新日が2021年の7月30日でした。
つまり、たかだか書いていなかったのは4ヶ月弱くらいだったということです。
なんだか半年くらいは余裕で過ぎていたような気がしましたが、案外、時間が経ってないことに驚きました。
ブログの更新がなぜ滞っていたのかといえば、すごく単純で、めちゃくちゃ忙しかったからです。
ただ、公私ともにいい意味での忙しさではあります。
ただ、あまりそういう忙しさに慣れていなかったので、なかなかゆっくり本も読めない、ブログも書けない状態になっていました。
この状態にもやっと慣れて、ペースがだんだんつかめてきたので、またブログを再開します。
年末にはまた今年読んだ本のベスト10冊、まとめます。
最後に最近観て、おもしろかった映画を1つ。
台湾を舞台にしたアニメ映画です。
実在する台湾の田舎町出身で、アメリカにわたって現地男性と結婚したものの、夫婦仲がうまくいかず、実家に戻ってきた女性の物語です。
過去の子ども時代と、おとなになった今を重ね合わせるように交互にシーンが繰り広げられ、そこに中国も絡んだ政治問題なども織り込ませて、「幸福とはなにか」を観る人に問いかける内容になっています。
映像がきれいというか、日本とはやはりちょっと違う、台湾の日常の空気感がとても感じられます。
人生はままならんもんですが、そのままならなさがおもしろみなのかもしれません。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。