『知識ゼロからの日本絵画入門』(安河内眞美・著)のレビュー
私は仕事でビジネス実用系の本を作っているので、仕事の一環として最近売れているビジネス書とか実用書とかもよく読むのですが、最近はちゃんと「読む」ことがめっきり減ってきてしまいました。
この理由を考えると、単純に私が年をとってしまったことがあるのかもしれません。
結局、ビジネス書とかハウツー本で書かれていることは同じことの繰り返しであり、既知の情報ばかりになってきてしまったので、「おもしろい」と感じる機会が減ってきてしまったのです。
なので、そういったビジネス書はあくまで仕事のための資料、マーケティングの素材として淡々と「目を通す」だけになりました。
よほどおもしろいものであれば別ですが、そうでなければわざわざレビューを書いたりブログで紹介しようという気にもならなくなりつつあるのは、進歩なのか精神的後退のはじまりなのか、自分では判断がつきにくい部分でもあります。
もうひとつ最近感じるのは、長時間集中して本を読むのがしんどくなってきた、ということです。
ベストセラーになった『スマホ脳』でも書かれていましたが、スマートフォンを日常的に使い、細切れの情報を日常的に取得するのが当たり前になった私たちは、長時間に渡ってひとつのコンテンツに没入する集中力みたいなものが失われてきているようです。
なので私も最近は、とくに分厚い本、小難しい本だとなかなか最後まで読みきれなくなるということが増えてきました。困ったもんです。
ただ、私は自分がそのような状態になったことが必ずしも悪いことだとは思っていません。
それはなぜかというと、見方を変えれば、「自分の感覚が世間一般のそれに近づいてきた」とも捉えられると思っているからです。
そもそも話ですが、文化庁の世論調査によれば年間7冊以上の本を読む人は3%くらいだそうです。
月に1冊でも本を読んでいればそれだけで年間12冊読んでいることになるわけですから、そうすると日本国民の読書量の上位3%以内に確実に入ることになります。
日本人の人口を1億2000万人とすると、3%というのは360万人ですね。
ビジネス書の場合、いわゆるベストセラーとよばれるのは、明確な基準があるわけではありませんが「10万部以上」が目安です。
そもそも日常的に本を読む人の母数が360万人しかいないのであれば、10万部も売れるのがどれだけすごいことかが改めてわかります。
ただ、上で「日常的に本を読む人」という表現をしましたが、それでも「年に7冊」なのです。
ということは、この人たちは月に1冊も買いません。
1ヶ月に買う本の冊数は0.58冊にすぎないのです。
出版社というのは、この「月に0.58冊しか買わない人たちにどうやって選んでもらうか」というフィールドでしのぎを削り、毎日毎日大量の本をつくっているわけですね。
自分で書いていてもなかなかゲンナリしてきますが、なかなかシビアな世界です。
編集者という本をつくる仕事をしている人は、どうしても必然的にこの上位3%のなかに入ってきてしまうのですが、これは言い方を変えれば「一般的な人ではない」ということになってしまうのです。
つまり、本に詳しくて本を読むのが好きな編集者が、自分の読みたいと思える本にこだわりすぎると、その内容は本をそんなに読まない一般の人たちの感覚から乖離してしまい、あまり売れない本になってしまう可能性が高いといえます。
その意味で、「長い本を読むのがしんどくなってきた」「本を読む量が減ってきた」というのは、一般の人々の感性がわかるようになってきたという捉え方もできるわけで、売れる本をつくるためには意外と悪くないのかも……という考え方が浮かぶわけです。
(もちろん、最初から本を読む習慣がない人と、ある程度の読書を積み重ねてきてから本を読まなくなってきた人では、感性の違いにズレはあると思いますが)
ここまで長々と書いてきましたが、これは要するに最近私が「読書メーター」もこのブログの更新もしていなかったことの言い訳にすぎません。
では本の紹介をしましょう。
テレビ東京系列の人気長寿番組「開運!なんでも鑑定団」のレギュラー鑑定士としてその筋の人にはおなじみであり、番組内でも日本画を専門的に鑑定している安河内眞美先生による「日本絵画」の入門書です。
とくに用語の使い方については説明されていないのですが、「日本画」ではなく「日本絵画」という言葉が使われている点が意味深長です。
調べてみると、あまり明確な定義はないみたいなのですが、日本人が描けばそれが日本画になるわけではなく、一定の様式とか画材とか、そういうものものの縛りがあるのかもしれません。
最近はビジネス書界隈でも「アート」という言葉が使われる機会は多いです。
その嚆矢となったのはこの本でしょう。
ビジネスとは関係なさそうな「アート」の感覚こそが、じつはこれからのビジネスの世界では大事になるよ、ということを主張する一冊です。
これ以降、ビジネスパーソンに向けて美術の教養を身につけることを目的とした本が数多く出版されることになりますが、そのほとんどは「西洋美術」に終止しています。
また、ビジネスパーソン向けではないものでも、絵画の入門書は圧倒的に西洋美術のほうが多いです。
でも、日本画よりも西洋画に惹かれてしまうのは私もわかります。
単純に、西洋画のほうがインパクトが強くて派手なんですよね。
最近は伊藤若冲とか河鍋暁斎といった日本人画家の作品も注目されつつありますが、彼らはどちらかというと日本絵画の本流からはちょっと外れた人たちで、言い方は悪いですがゲテモノです。
もっとオーソドックスなものでも、印象に強く残るのはやっぱり見た目のインパクトが強烈なものばかりですね。
本書ではもちろんこういった絵も紹介するのですが、それとあわせてもっと地味~な、いわゆる「やまと絵」とよばれる平安時代から続く伝統的な日本絵画の作品なども多数紹介されています。
さて本書の冒頭で安河内先生はこのように言っています。
私はつねひごろ、日本絵画の特徴は「線」にあると思っています。この本に出てくるすべての絵が、筆を用い、一本の線を最小単位にして描かれています。版画も原画は筆で描いていますし、尾形光琳がいくら型紙を使っているといっても、もとは型紙も筆で描いた一本の先からできています。
一本の線を描く。それが木に見えたり、山に見えたり、鳥に見えたり……。日本画の基本は線にあります。それぞれの絵師たちが描く、線に注目してみてください。
この線というのはつまり輪郭線のことです。
絵画の人物がなんかを見ていると、たまに「なんかこの絵はマンガっぽいな」と感じることがありますが、そういう場合はだいたい輪郭線をはっきり描いています。
実際の人間には輪郭線なんてありません。
実際の人間は平面ではないからです。
西洋の絵画でも、ルネサンス以前のゴシックの宗教画とかは別ですが、遠近法が確立されたくらいになると、多くの絵でははっきりとした輪郭線が描かれなくなります。
それに対して日本の絵画は、水墨画だろうが、やまと絵だろうが、浮世絵だろうが、はっきりとした輪郭線で平面的に描かれているものがほとんどです。
これが日本絵画の最大の特徴であるということですね。
当然、時代の変化とともに日本の絵画の特徴はどんどん変わっていくわけですが、個人的にこの本を読んでいて「なるほどなあ」と感じたのは、尾形光琳の「燕子花図屏風」です。
この絵は型を使って描かれているといわれています。光琳は染め物・呉服商の次男。型使いは着物の図柄づくりの発想です。屏風の右隻の第2扇と第5扇の絵柄を比べてみてください。つぼみを目で追うと、そっくりであることに気づきます。
(中略)
つまり「絵がうまい」「よく描き込んである」ことを目指しているわけではないのです。この絵は、美しい空間をつくるためのデザイン、意匠です。この屏風のある部屋に身をおくと、リズムが聞こえてくるかのようです。その感覚たるや、ほかの絵師の絵に比べても卓越しています。まさに現代の空間デザイナーの仕事です。
なるほどたしかに、そういわれてみると花そものもはのっぺりしているのですが、全体としてみたときに、濃淡の分かれた青と緑の配色が絶妙なバランスで配置してあり、すごくおしゃれなわけです。
背景が金色なので豪奢だし、けっこうハッキリとした色を使っているのに下品には見えず、オシャレに見えます。
絵師というよりも配置の妙、デザイン的なうまさが卓越していますね。
こういうことがわかってくると、日本の絵画をみるのもなかなかおもしろくなるものです。
後記
Amazonのオリジナル映画『トゥモロー・ウォー』を見ました。
最初、SFドラマなのかと思ったのですが、単発映画なんですね。
とはいっても2時間20分あるのでなかなかの長さでした。
感想を端的に言うと、「エンタメとしておもしろいけど、それ以上ではない」というものでした。
突如、30年後の未来からやってきた人々が「人類がエイリアンに襲われて滅亡しそうだ」と助けを求めにやってくるので、巨大タイムリープ装置を使って現代人たちをどんどん戦力として30年後の未来に送り込み、エイリアンと戦うという物語です。
この設定を読むと、後半のシナリオ的に一捻りや二捻りくらいできそうな感じなのですが、そういう捻りがなかったのがちょっと残念でした。
人が死んだりするシーンはあるものの、「清廉潔白な主人公」「家族愛」「意思疎通のできない凶悪な敵」「円満解決なハッピーエンド」など、家族と一緒でも安心して鑑賞できるファミリームービーで、まあお行儀のよい映画です。
4連休が暇なら、観てもいいかもしれません。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。