本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『ぼくらの七日間戦争』(宗田理・著)のレビュー

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タイトルは知っているけど読んだことなかった名作シリーズのひとつ。

 

ぼくらの七日間戦争 (角川つばさ文庫)

ぼくらの七日間戦争 (角川つばさ文庫)

  • 作者:宗田 理
  • 発売日: 2009/03/03
  • メディア: 単行本
 

 

表紙やイラストこそ、非常に爽やかな健全児童文学っぽい感じですが、いやはや中身を読んでみるとなかなかアナーキーな一冊です。

それもそのはず、本作が刊行されたのは1985年で、中学生である主人公たちの両親には1960年代に盛り上がった学生運動に参加していた人間がいます。

学生運動については、私も世代ではないので実感としてはよく知らず、あくまで歴史上の出来事みたいな感じの知識しかないのですが、要するにベトナム戦争に反対する左翼思想の大学生たちが大学に立てこもって警官隊と闘ったものですね。

 

著者の宗田理さんは1928年生まれなので、おそらく学生運動に自ら参加した盛大ではないと思います。

それより、現在92歳のようですが、いまだ存命のようでびっくりです。

 

さて、あらすじは以下のようなものになっています。

1学期の終業式の日、東京下町の中学校に通う、菊地英治ら1年2組の男子生徒達が突如行方不明となる。親たちは懸命に英治らを探すが全く見つからない。実は英治らは、荒川河川敷の廃工場に立てこもって、外にいる橋口純子ら女子生徒と、体罰によって大怪我を負った谷本聡と協力し、廃工場を日本大学全学共闘会議をまねた「解放区」とし、校則で抑圧する教師や勉強を押し付ける親に対し、反旗を翻していたのだ。だが、1年2組の男子生徒の柿沼直樹は、それに参加する前に誘拐されてしまう。英治たちは廃工場で出会った老人・瀬川卓蔵と共に彼を救出しに奮闘すると同時に、突入してきた教師に様々な仕掛けで対抗し、隣町の市長の談合を生中継するなど、悪い大人たちをこらしめる。

 

まんま、学生運動ですね。

まあ、大学生はもう大人なので武装して立てこもったらシャレにならないですが、中学生が花火やら爆竹やら迷路やら落とし穴で武装するくらいなら、エンターテイメントとして楽しめるというものです。

 

彼らが闘っているのは体罰をしたりする教師で、いまだったら体育教師が竹刀を持っているだけでSNSがざわつき、怪我なんて追わせようもんならたちまちニュースになってしまうと思うので、このあたりにも時代を感じます。

ただ、大人には腕力とか権力でかなわない子どもたちが、知恵を絞りながらいろいろな道具を駆使し、偉ぶっている大人たちに一泡吹かせる痛快さは今の時代も変わりませんね。

だいたい彼ら、最終的には政治家と企業の社長の密会現場を盗聴してそれを世間に公表するというジャーナリスト顔負けのことまでしでかします。

 

最初、登場人物が多い上に、名前がみんな没個性的で、いったいだれがどういう役回りなのか混乱してきますが、まあそれはあんまり神経質にならなくても物語の進行上、あまり問題ありません。

とりあえず主人公が「菊池英治」であることがわかっていれば十分でしょう。

文体は別に子ども向けのような感じは一切なく、登場する中学生たちもなんだかやたら大人っぽい話し方をするのが印象的ですね。

でも、そのおかげもあるし、シナリオが進むテンポも軽快なので、サクサクと読み進めていけます。

 

さて、この作品を読んでひとつ思うのは、現代社会は「明確な敵」が不在になってしまったせいで、かえってめんどくさいことになっているよね、ってことです。

この作品で、中学生の主人公たちは、自分に暴力を振るう教師や、勉強を高圧的に矯正してくる親などに反発し、彼らを「共通の敵」としてクラスの男子全員が一致団結して協力します。

途中で裏切り者とか、仲間割れとかは起きません。

みんな、自分が得意なことを役割分担して、和気あいあいと7日間の共同生活を営むのです。

 

それに比べると、現代社会は暴力教師もいないし、高圧的に子供に勉強を押しつけたりする親というのも減ってしまったんじゃないでしょうか。

要するに、大人たちが「物分りが良くなってしまった」ということですね。

もちろんLGBTとか、各種ハラスメントなど、まだまだ無理腕人は一部にいますが、そうした人たちももっと時代が進んでいけば、かつての体育教師のように減っていくでしょう。

 

なぜみんな、物分りが良くなったのかというと、これは世界が小さくなったからです。

これは比喩的な表現ですが、インターネットの発達による個々人が受け取る情報量が爆発的に増加し、みんな「自分以外の人たちがなにを考え、どう感じているのか」を知る機会が増えたわけですね。

 

いまは、ちょっとした問題発言に対して多くの人がネット上で攻撃する炎上がちょくちょく起きていますが、これは共通の敵がいない世界で、パッと現れた敵キャラのようなものだと思うわけです。

いまはみんなが「いい人」ばかりなので、イライラしていて、だれかにアタリたくても、攻撃できそうな相手がなかなか見つからない状況だからこそ、「攻撃してもいい相手」とみんなに認定されてしまうと、集中砲火を受けてしまうわけです。

 

この状況は誰が何をどうやっても解決することはないと思います。

そういう時代だと思うのです。

もちろん、あと30年くらいしたら、また人々の意識が一巡してさらに高いレベルの社会になるかも知れないし、あるいは戦争が起きたりして共通の敵が出てきて日本人が一致団結するかもしれないし、人類が滅亡しているかもしれないですが、いまのところはどうしようもなさそうですね。

 

こういう時代で、多くの人にカタルシスを与えるものってなんだろうなということは、ボンヤリと考えたりします。

シン・ゴジラ』が大ヒットしたのは、みんなで協力して倒さないといけない敵をつくりだして、それにリアリティをもたせることができたからなんでしょうね。

 

ぼくらの七日間戦争 (角川つばさ文庫)

ぼくらの七日間戦争 (角川つばさ文庫)

  • 作者:宗田 理
  • 発売日: 2009/03/03
  • メディア: 単行本
 

 

後記

 

読みました。

名探偵コナン』とかつて双璧をなした少年向け推理マンガ『金田一少年の事件簿』で実際に反抗を計画・実行した犯人たちの立場から、あの事件のBサイドを覗き見るとというスピンオフギャグマンガです。

たしかに、こうしたフィクションで完全犯罪を成し遂げようとする犯人たちって、めちゃくちゃ裏で苦労しているんですよね。

さまざまなトリックを仕掛けるためにあっちこっち駆け回って、必死こいてアリバイを作ったり、ほかの人たちを誘導したり、ニセの手がかりを残したりと、とにかくたいへんです。

そのうえで、殺人という重労働もこなさないといけないわけです。

 

そしてもちろん、そんな苦労を知らないボヤッとした高校生男子にあっさり真相を見抜かれ、ときには逆に罠にかけられて、衆人環視のなかでぐうの音も出ない感じで理詰めにされるわけですから、なかなか悲惨ですね。

 

あ、ちなみにこの作品、『金田一少年の事件簿』のネタバレをガッツリやるので、読んだことがない人はまず先にネタ元作品を読むことをつよくおすすめします。

私が小さいころ金田一少年とコナンが同じチャンネルでゴールデンタイムにやっていたのが懐かしいですね。

いまは平日の夜はアニメがすっかり無くなってしまったのも、時代の変化を感じます。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。