『シン・ニホン』(安宅和人・著)のレビュー
昨今のビジネス実用書は二極化が進んできています。
めちゃくちゃ簡単な本と、めちゃくちゃ難しい本です。
簡単な本はとにかく図版やイラストを使い、改行をたくさんして余白を多くし、大きな見出しなどをたくさん挟んで、いわゆる「文字文字しさ」を軽減させています。
とにかくわかりやすく、サクッと読み切れるというやつですね。
いま私が電子書籍で読み進めている『ワーク・シフト』でも書かれているのですが、スマートフォンによって四六時中インターネットに接続するのが当たり前になりつつある現代の私たちの時間は「細切れ」になっています。
よほど、本当に質の高い内容のものでない限り、私たちはおそらく、以前よりも「没入」することができなくなっている。そうなっている人が多いのでしょう。
しかし残念ながら、ほとんどの実用書はそこまで没入できるほどインタレスティングではないし、つくり手としてはできるだけ読者の母数を大きくしたいという欲求にかられてしまうから、内容が薄くてもとにかく誰でも読める本を目指してしまいます。
そうではない、めちゃくちゃ難しい本は洋書に多いです。
さきほど挙げた『ワーク・シフト』とその続編である『ライフ・シフト』もそうですが、『サピエンス全史』『ファクトフルネス』などなど、難しめの売れている本は大体洋書のイメージです。
FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
- 作者:ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド
- 発売日: 2019/01/11
- メディア: 単行本
そうしたなかで、ニューズピックスパブリッシングという2019年に生まれたばかりの出版レーベルは、どうしても薄くて軽いものになりがちな日本のビジネス書とは一線を画した、骨太で難易度の高い……ちょっと意地悪な言い方をすれば「意識の高い」本を生み出そうとしているといっていいでしょう。
『D2C』という本も読みましたが、こちらもおもしろい本でした。
※ちなみに、間違えやすいレーベルに「ニューズピックスブックス」というのがあります。こちらは2017年にニューズピックスとと幻冬舎がパートナーシップ契約を結んで生まれたもので、こちらはまたちょっと毛色が違います。こちらは『メモの魔力』『ハッタリの流儀』などが該当します。
※さらに余談ながらニューズピックスパブリッシングが創刊されるときに幻冬舎の社長とひと悶着起きたりしたのですが、まあそれは業界関係者でなければ全然関係ないことなので、ここでは割愛します。
今回紹介するのは、ニューズピックスパブリッシングから刊行された『シン・ニホン』という本です。
この本もかなり骨太です。
著者は『イシューからはじめよ』という、これまた重厚なビジネス書(25万部超)を書いた人で、現在は慶応義塾大学の教授を務め、内閣府のプロジェクトにも関わっているすごい人なのです。
本書ではズバリ、平成の30年にわたって緩やかに衰退してきた日本という国が、これからの世界でどうやって行けばいいのかということを、様々な統計データを紐解いてファクトを指し示しながら、クールに論じた一冊となっています。
正直言って、前半は読んでいると暗澹たる気分になってきます。
少子高齢化はもう止められないし、労働生産性は低いし、教育の分野もおそまつだし、データの処理能力もない、人材もいない、育てる環境がない……と明るい話題がないですね。
そうこうしているうちにアメリカがネットサービスのプラットフォームを抑えにかかっているし、中国は中国でぐいぐい発展を続けていると。
(個人的には、日本を地政学的に見ても巨大な国土を持つアメリカや中国と比べることがそもそも間違っているような気がしないでもないですが)
日本は「フェーズ2」に賭けるほかなし
ただ、ひとつ希望が述べられるとすれば、「そもそも歴史的に見ても、日本は現在のようなフェーズが得意な国ではないんだから、この次に来るフェーズで頑張ればまだ巻き返せるよね」という部分ですね。
これについては、P113「日本に希望はないのか」というところにあります。
確かに今の日本はイケていない。技術革新や産業革新の新しい波は引き起こせず、乗ることすらできなかった。企業価値レベルでは中韓にも大敗。大学も負け、人も作れず、データ×AIの視点でのさん大基本要素のいずれも勝負になっていない。近代になって以来、先の大戦の終戦前から敗戦直後を除けば、もっとも残念な20年だったと言ってもよい。そのため、もうやはり希望はないのかとこの何年か繰り返し聞かれるのだが、まったくそうではない、というのが僕の見解だ。
18世紀から始まるいわゆる産業革命をざっくり振り返ってみると、3つのフェーズに整理することができる。
第一のフェーズは、新しい技術やエネルギーがバラバラと出てきた時代。およそ100年ほども続いている。電気の発明や蒸気機関などはこの時代の産物だ。
第二のフェーズは、この新しい技術が実用性を持つようになり、さまざまな世界に実装された段階だ。エンジンやモーターなども小さくなり、クルマやミシン、家電などが続々と生まれた。
第三のフェーズは、この新しく生まれてきた機械や産業がつながり合って、航空システムのような複雑な生態系(エコシステム)と言うべきものが次々と生まれた段階だ。土管(通信回線)、通信技術、端末がつながり合うインターネットもこの段階で生まれている。
そもそも日本はこのとき鎖国をしていて、フェーズ1をまったく経験しないまま、明治維新と文明開化を経て急速に西欧諸国に追いつき、フェーズ2になってからまくりあげていった。
フィーチャーフォンが主流だった時代、日本で独自の進化を遂げた携帯電話のさまざまな機能は「ガラパゴスケータイ(ガラケー)」と自虐的に呼ばれたりましたが、そこからiPhoneという黒船がやってきてまたいろいろぶち壊されているのが現状だと思えば、むしろビッグデータやAIが実際の社会で実装されるようになってきたタイミングこそ、日本が得意とするタームであり、挽回するチャンスなんじゃないの?ということですね。
まあなるほど、それはたしかにそうかもしれないな、というのがありますね。
落合陽一さんの著書『日本再興戦略』でも、日本という国はやたらと公平性を重視する…つまり一律に変えようとする圧力が強いからこそ、社会に新しい技術を実装するときには一気にやろうとするというのが、強みになりうるという事が書いてありました。
「仕事」とはなにか?
本書ではそれ以外にもいろいろ、日本がどうするべきかが述べられているわけですが、かなり高度な内容なので私も理解しきれいないところがありますので、ここでの紹介は避けておきます。
気になる人は、ぜひ本書を購入して読んでみてください。
私が本書の中でもうひとつおもしろかったのは、ぜんぜん枝葉末節の部分なのですが、「仕事とはなにか」ということについての著者の解釈です。
仕事とは何か、何を行うことが世の中で価値を生み出すことなのか。これについて答えられる人は少ない。戦前のように尋常小学校を出てすぐ世の中に出る時代ではないものの、何をやることに意味があるのかは、少なくとも中等教育の前半(中学)あたりでまず落ち着いて考えておくべきだ。
ちなみに「仕事とは何か?」ということを、学生だけでなく社会人も含め、これまでずいぶん多くの人に聞いてきた。すると、お金をもらうこととか、時間を売ること、人の役に立つことなどの答えが返ってくることが多い。では失職して失業保険をもらうことや年金をもらうことは仕事なのか、成果報酬の人は仕事をしていないのか、人に親切にすることは仕事なのか、と聞けばさすがに誰もが違うとわかる。
ここで、物理の公式を著者は用います。すなわち
仕事=力×距離
つまり、「どれだけ大きな存在に対して、どれだけ変化(移動距離)を起こしたか」ということが物理でいう「仕事」であり、じつはこれは、現実社会における仕事の定義にも当てはめてみることができるかもしれないということなのです。
資本主義社会においてはお金をたくさん稼いだ人が評価されますが、それは「社会の血液」とも称されるお金を、それだけたくさん動かしたということだからですね。
ビジネス書の格差は社会の格差なのか
ニューズピックスパブリッシングの本について、先に私は「意識高い系」という表現をしたし、冒頭では「めちゃくちゃ簡単な本と、めちゃくちゃ難しい本への二極化が進んでいる」といいました。
この『シン・ニホン』はいま、すごく売れています。
もちろん、買った人の中で最後まで読んだ人はあまりいないと思いますし、私を含め、著者の主張・メッセージをすべて理解できている人はほとんどいないと思います。
でも、読まない人はそもそもこの本を読まないし、存在すら知らない人もいるでしょう。
それが悪いということはないと思うけれど、じつはこういうところでひっそりと「知識の格差」みたいなものが起こっているのかもしれないな…というのを感じたりするのです。
格差というと、多くの人は金銭的な者を思い浮かべると思うけれど、私がそれよりも格差として深刻だと思うのは、「知識」とか「意識」の格差です。
読書量に関しても、本を読む習慣を持っている人はますます本を読むけれど、そもそも本を読まない人はまったくといっていいほど読まない。
同じ読書家であっても、どれだけ難しい本、長大な物語に挑戦するかは異なります。
まあ、だからといって興味のない、最後まで読みきれない本を無理に読んでも意味ないですけどね。
後記
『ハッピー・デス・デイ』みました。
わがまま奔放な女子大生が自分の誕生日にお面をつけた殺人鬼に殺されてしまうのですが、死ぬとその日の朝に戻って、同じ一日を繰り返すという、ホラータイムリープものですね。
だんだん慣れてきた主人公は誰が自分を殺すのか、いろいろな手段を使って犯人を追求していくため、ミステリー的な要素もあり、おもしろかったです。
物語はテンポよくすすみ、結末には意外性もあって、最後はちゃんとハッピーエンド。
後味は良いですね。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。