企画職の人は必読の「思考の道具箱」 ~『1秒でつかむ』のレビュー
本というのは16ページが1つの区切りだ。
もくじ
なぜかというと、製本では16ページが単位となっているからだ。
くわしくはこのあたりの説明を読んでみてほしい。
別につくろうと思えば、16ページ以外の本もつくれるが、そうすると製本するときに余計なコストがかかり、お金が無駄になる。
本の制作費を会社の設定した原価基準以下にしないといけない編集者は、制作費を効率化するため、16ページでちょうど割り切れる数にしたいと考える(この16ページのまとまりを「一折」という)。
ビジネス書の場合は200ページくらいのものが多いので、だいたい208ページ、224ページ、256ページのものが多い。
このページに収めるため、行数をうまく調整したり、余ったりしたら最後に自社広告(自分の会社で出している本の広告ページ)をいれたりする。
地味だけど、こういうのも編集者の仕事だ。
『1秒でつかむ』
さて、今回紹介するのはこちらの本だ。
1秒でつかむ 「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術
- 作者: 高橋弘樹
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2018/12/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ページ数は520ページ。
「あれ、16の倍数じゃないじゃん」と思った人もいるかもしれないが、無理やりページ数を調整するのが難しい場合は、最後だけ8ページで調整することもある。
つまり、520ページの場合「16ページ×32+8ページ」という構成の本であるわけだ。
よくあるビジネス書は200ページくらいなので、そういう本の2倍のページということで、かなり分厚い本だ。
(ただし、200ページくらいの本はあまり薄くならないように、1ページの紙を厚めにしているので、分厚さ的には2倍も差がないかもしれない)
本書の価格は定価1,800円。
単純計算すると、200ページで1,400円の本より、ページあたりの金額は安い。
200ページで定価1,400円の本:1ページ当たり7円
520ページで定価1,800円の本:1ページ当たり約0.29円
メチャクチャ、コスパがいい本
要するになにがいいたいかというと、1,800円とというちょっと普通の本より高めの価格設定ではあるけれど、かなりお買い得の一冊である、ということだ。
もちろん、いくらページ数が多くても、中身がスカスカで時間だけ食われるような駄本では意味がない。
この本の場合はどうか。
めちゃくちゃ内容が濃い。
はっきりいって、これだけの内容がぎっしり500ページ以上書かれていて、こんな内容が1,800円で購入できるというのは出血大サービスというか、むしろこんなに安くていいのかな?と思ってしまうほどである。
とくに、企画職、クリエイティブ職、コンテンツ制作、ディレクションをするような人は、つねにデスクの上に本書を置いておいて、困ったときにぱらぱらめくるのを習慣にしておきたいくらいだ。
著者は『家、ついて行ってイイですか?』のプロデューサー
そろそろ本の内容に入ろう。
本書の著者、高橋弘樹氏は、テレビ東京で『家、ついて行ってイイですか?』をはじめとする人気番組を手掛けたプロデューサーだ。
人気番組……とはいえ、関東圏でない人だとよく知らない人もいると思うので、この番組について説明しよう。
この番組では、ディレクターさんが終電のなくなった町でこれから帰宅する人を捕まえ、
「家までのタクシー代を出すので、家までついていっていろいろお話し聞かせてもらってもいいですか?」
と交渉する。
テレビ局のスタジオで芸能人が話をするバラエティではなく、むしろ、ごくごく普通の市井の人々が抱えているドラマをあぶりだす、一種のドキュメンタリー番組だ。
ちなみに、著書は過去にも仕事術にまつわる本を出している。
TVディレクターの演出術: 物事の魅力を引き出す方法 (ちくま新書)
- 作者: 高橋弘樹
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2013/11/05
- メディア: 新書
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本書にかけた著者の意気込み
では、著者がどういう気持ちでこの本をつくりあげたか。
それについては、「はじめに」のこのあたりに凝縮されている。
考えうるすべての技術を、テレビ朝日の横にあるTSUTAYAでひたすら書き続け、32の技術にまとめ、一滴残らず詰め込みました。
それを、読むだけではなく、「体験」してもらうのが本書の目的です。
この本が目指すのは、「圧倒的実用力」。読んだあと「やる気が出た」とか、「なんか、変わった気がする」と、「思ってもらうこと」ではありません。
「リアルに強力な武器を得た」という状態に、なる。
そのために、さまざまな仕掛けをこらしました。
「1秒たりとも、飽きないで観てもらいたい」。
テレビマンはいつも、そう思ってテレビ番組を作っています。
なぜなら、テレビとは、世の中でもっともいらない業種。
常々、そう思っているからです。なくなっても誰も困らないからです。米や電気と違って、テレビがなくなっても、お腹が空いたり、体調が悪くなったりして、生命の危機にさらされるようになるわけではないからです。とりわけ、テレビ局のバラエティ制作部門というのは、世界でいちばんいらない職業なんです。
しかし、だからこそ、常に「おもしろくするためにはどうしたらいいのか」、そのプロフェッショナルになろうと努力します。
だから、「1秒」にこだわる。
どの業界よりシビアに、1秒単位で「興味を持ってもらう」「飽きさせない」ことに徹底的にこだわって突き詰められた技術は、本来そこまで突き詰める必要がない「テレビ以外のコンテンツ」に導入すれば、圧倒的に差別化する武器になります。
読者が「体験」し、実感できる本
この引用した部分の中で、ぜひとも気になってほしいのは「さまざまな仕掛けをこらしました」という部分だ。
ビジネス書の場合、基本的には著者の経験やエピソードを交えながらハウツーを教え、読者はそれをなぞるだけなのだが、本書の著者はそれでは飽き足らず、実際に自分が実践していることを読者にリアルタイムで「感じてほしい」と考えた。
たとえば、24個目の武器として「快適ひっぱり力」というものを説明している。
これは要するに「受け手につねに疑問を抱かせ続けることは大事だけど、ひとつの疑問をひっぱりすぎるとうざいよね」ということを教えてくれている。
本書の場合、これを単に言葉で説明するだけではなく、実際に、それ以前のページであえて意図的にダラダラと引っ張る部分をつくっておき「この部分、ウザいと感じませんでしたか?」と読者に問いかけるわけだ。
こんな感じで、著者が実際に仕事をしながら勝ち得てきたありとあらゆる手法がギュギュッと凝縮されている。
見出しだけでも、おもしろい。
・バランス崩壊力
・「1年=15か月」力
・うんこ漏らす力
・チェーホフの銃力
・東野圭吾力
などなど。
ぜひ一度、読んでみてほしい。
聊斎志異が気になる
あ、ちなみに、著者の高橋さんはおそらくかなりの博覧強記で、この本を読んでいるだけでもさまざまなコンテンツに常日頃から触れ、刺激を受けて、センサーを研ぎ澄ましていることがわかる。
そのなかで個人的に興味がわいたのは、P92で紹介されている「聊斎志異(りょうさいしい)」というものだ。
これは著者に言わせれば、清代中国語版の『世にも奇妙な物語』で、オカルト要素のある物語を集めた短編集らしい。
とりあえず、岩波少年文語版で読んでみよう。
後記
映画『七つの会議』を見てきました。
TBSのドラマ脚本常連の池井戸潤氏の小説が原作となっている、サラリーマン・クライム。
普段、ぜんぜん池井戸作品とかドラマは見ないのだけど、映画だと2時間くらいで見終わるし、本作の場合は「空飛ぶタイヤ」ほど社会紋だっぽくなくて、もっとエンターテイメントよりな感じがしたので見てきた。
結果、すごいおもしろかった。
主人公は仕事に対するやる気がまったくないのに、なぜかあまり上司からお咎めを受けないダメ社員。
むしろ、彼のことを探っていく人間が次々と消えたり、左遷されたりしてしまう。
彼は何を知っていて、会社でなにが起きているのか?
伏線の張り方が絶妙で、「なるほど、そういうことね」と納得させられる。
しかも、さきほどの「快適ひっぱり力」ではないけれど、話の展開もスピーディで、ひとつのなぞについてあまり引っ張りすぎず、ひとつの謎を解き明かしたと思ったらさらにそこには裏があった! ……など、とにかく観客を飽きさせない見事なシナリオ。
エンターテイメントとはかくあるべきという、ひとつのお手本のようだった。
あ、ちなみにAmazonプライムで『トゥームレイダー ファーストミッション』も観た。
こちらは死ぬほどつまらなかった。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。