アイデアの生み出し方~『アイデア大全』のレビュー
書店に行くとたまにめまいがする。
とくにビジネス書のコーナーに行くと、たいして内容が変わらない本が山積みにされていて、「果たしてこれ以上新しいビジネス書を出す意味などあるのだろうか」と自問してしまうのである。
だがそれでも、「いい本」と「悪い本」は明確にある。それを見分けるのは難しいが「売れている」というのは間違いのないバロメータのひとつだ。だから売れる本はますます売れ、そうではない本はすぐに本棚から消えていく。。。
今回紹介するこちらの本も、いい一冊だった。売れ行きもいい。
アイデア大全――創造力とブレイクスルーを生み出す42のツール
- 作者: 読書猿
- 出版社/メーカー: フォレスト出版
- 発売日: 2017/01/22
- メディア: 単行本
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アイデアは誰でも求めるものだと思う。たとえその仕事が基本的にアイデアを求める類のものではなかったとしても、人は考えることをやめないし、そのなかには仕事のやり方を変えるようなアイデアが生まれることがある。
ビジネス書であると同時に、人文書でもある
本書はアイデアの生み出し方をただ羅列する本ではない。基本的には著者が選りすぐったアイデアの生み出し方を丁寧に分かりやすく説明してくれているのだが、それにとどまらず、「なぜそのような発想法が生まれたのか」「その発想は別の発想法とどのような関係性を持っているのか」という、はっきりいえば実務的にその発想法を使おうとしている人からすれば必ずしも必要ではない情報(歴史的経緯や相関性)にもかなりの文章量が割かれているのだ。
本書の「まえがき」から言葉を借りれば、本書は実用書であると同時に人文書でもあるのだ。少し引用しよう。
本書は、さまざまな発想法を集め、まとめるだけではなく、その根をたどり、横のつがなりを結び直すことにも努めた。
というのも、昨今のアイデアに関する書籍を眺めるに、紹介されている発想法が孤立した営みとして扱われ、他の知的営為とのつながりを取り上げることが稀であるように思えたからだ。
新しいものを生み出すことを志向するためか、古いものとの交渉は軽視されている。そのためにそれぞれの技法はその根を無視され、横のつながりさえ失っている。
しかし人の営みがすべてそうであるように、知とそれを生み出す営みは孤立しては成り立たない。
ここでは本書の内容をすべては紹介できないが、あらゆる発想法の根底にある、アイデアを生み出すための基本的な方法について、個人的な所感を持ちつつ語っていきたいと思う。
知らない者は、生み出せない
まず、アイデアには知識が必要だ。よく、小さな子どものほんのした発言などからヒット商品が生まれたエピソードが紹介されるが、それは子どもの「知識のなさ」が賞賛されているのではなく「固定観念(○○は○○でなければならない)から逸脱した発想」が賞賛されている。
ここを誤解すると、ロクに勉強も努力もせず、ただ自分の内側から湧き出てくる直観だけに頼って考えたりするが、それには限界がある。そもそも、自分の内側にどれだけの「深み」があるのかが問題なのだ。そのためには、インプットはあればあるほど、様々な可能性が広がる。
あと、自分では「これまでにない斬新な思いつきだ!」と思っても、調べてみると過去にすでに誰かが考えていることはよくあることである。
ただ、その一方で知識や経験が増えると、それだけ私たちのなかには固定観念が生まれやすい。そのため、私たちがアイデアを出すときに求められるのは「知識や経験は増やしつつ、でもそれを固定的にしない」という、一見すると相反するものであり、だからみんな苦労しているのだ。
足すか、引くか
本書では様々な発想法が紹介されているが、大まかに分けるとまず「何かを足す、もしくは引く」というのが有用な方法であることが理解できる。たとえば、「ファンタジーノベル」で考えてみよう。
ポイントとしては、足す場合は「全然関係がなさそうなもの」、引く場合は「絶対に必要そうなもの」を考えるとグッドだ。
●「ファンタジー + 経済学」
●「ファンタジー + 会計学」
●「ファンタジー + グルメ」
ダンジョン飯 1巻<ダンジョン飯> (ビームコミックス(ハルタ))
- 作者: 九井諒子
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / エンターブレイン
- 発売日: 2015/01/15
- メディア: Kindle版
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●「ファンタジー - 主人公の戦闘力」
とある魔術の禁書目録 1巻 (デジタル版ガンガンコミックス)
- 作者: 鎌池和馬,近木野中哉,灰村キヨタカ
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2012/03/12
- メディア: Kindle版
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●「ファンタジー - 主人公の成長」
要素を細分化する
「足すか、引くか」をする場合、それを構成する要素をできるだけ細分化しておく必要がある。たとえば上にあげたようなファンタジーというのはまだまだ大まかなくくりであって、ファンタジーと言っても、「異世界/現実世界」「科学技術の発展度合」「魔法の有無」「幽霊・妖怪・魔物の有無」「恋愛要素の有無」「バトルの有無」「学園」「ギャグの有無」などなど、いくらでも細分化できる。
あとはそれを組み合わせなおしたり、足したり引いたりすることで、アイデアは生み出せるわけだ。
ただ、単に細分化しても項目量ばかりが増えて整理がつかなくなってくるので、そんなときには本書で書かれている具体的なテクニックを使うと役に立つ。
占いというセレンディピティ
ここで個人的に、本書の中で特に面白いと思った項目をひとつ。それは、発想に「占い」の要素を組み込むものだ。
セレンディピティという言葉はよく知られていると思う。偶然性を意識するわけだが、その意味で「占い」というのはセレンディピティそのものだ。タロットカードとか生年月日といったことが、まったく関係ない物事の成否を決めるのだから。
新しい視点を組み込めば新しいアイデアが生み出せるのは、誰でも理解できることだと思う。しかし、にもかかわらずそれがなかなか実行できないのは、結局固定観念(メンタル・ブロック)が強力に阻害しているからだ。
それを外すひとつの方法が、論理的に考えれば絶対に結びつかない物事どうしに共通する意味を見出す行為であり、もっとも古くから人間が行ってきた占いともいえるのである。
奇抜なアイデアは伝え方が大事
ここで一つ注意を。
いくら奇抜で新しいアイデアを生み出せても、それが「ヒットするか」はまた別の問題だ。というのも、生み出す側の人間にメンタル・ブロックがあるのと同様に、それを受け取って消費する人々にも同じようなメンタル・ブロックがあるからだ。
つまり、いくら画期的でおもしろく、便利なアイデアを生み出せても、それをそのまま世に送り出すだけでは人々の共感は得られない可能性が高い。だからこそ、「どのように伝えるか」「どのようにパッケージングするか」というのが重要になってくるのだ。ある意味、新規性というのはあまり前に押し出すものではない。
だからこそ、本書も『アイデア大全』という、パッと見は単に発想法を集めたツールボックスとして発売したのではないかと思う。「本書はビジネス実用書であると同時に人文書でもある画期的な本です!」と売り出しても、人々は興味関心をひかれないだろう。なぜなら、ビジネス書を読みたい人は人文書には興味がないし、人文書を読みたい人はビジネス書に興味がないからだ。
おわりに
本書はもちろん、豊富な知識とそれをまとめ上げて体系化させた著者の力量に依るところが大きいが、それと同じくらい、既存のビジネス書と一定の差別化をさせつつ、「差別化させすぎない」というけっこう難しい塩梅を実現させた編集者の腕前も発揮された一冊だと思う。
というよりも、挿絵や写真をふんだんに使い、型判をちょっと大きめのものにして、黄色い紙にしたようなところからも、制作陣の気合の入れようが伝わってくる。こういう本が、私はたまらなく好きなのだ。
アイデア大全――創造力とブレイクスルーを生み出す42のツール
- 作者: 読書猿
- 出版社/メーカー: フォレスト出版
- 発売日: 2017/01/22
- メディア: 単行本
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今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。