本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

やる気をコントロールするいくつかの方法について~『スタンフォードの自分を変える教室』のレビュー~

編集者は書店に行くと、ほかの人が気にかけないものが気になる。

 

もくじ

 

それは「ほかのお客さん」である。

私なんかは書店に行くと、もちろんどの本が売れているのかをチェックするが、それと同じくらい、立ち読みしている人の動向が気になる。どの本を手に取り、どのあたりを読んでいるのか……など。

もし、自分が誰かに見られているような気がして、振り返ったらわざとらしく目をそらす人がいたら、それは編集者(もしくは出版関係者)かもしれない。信じるか信じないかはあなた次第。

 

『スタンフォードの自分を変える教室』

 

それはともかく、今回紹介するのはこちら。

 

 

この画像だと帯がなくなっているのでさびしい感じだが、文庫版も出ている。

 

 

スタンフォード大学で教鞭をふるっている心理学者のマクゴニガル先生(某魔法使い小説のせいで、つい「先生」とつけてしまう)の本である。

テーマは「意志力」

やらなければならないのにやる気が起きなかったり、
やってはいけないのにやってしまったり、
そういう多くの人々が抱える問題に対する解決策を提示する自己啓発書である。

 

中身はけっこうふにゃふにゃ

 

本書はかなりわかりやすくておもしろいのだが、それに一役買っているのは軽快な文章だろう。本書ではちょいちょい、いかにも軽いジョークがまぶされている。もちろんそれが本論を邪魔することはない。

ちょっと引用してみよう。

 

それでは、あなたの街の大通りを散歩します。さあ、想像してください。何とも気持ちのいいお天気で、陽射しは明るくそよ風が吹いています。街路樹にとまった小鳥たちは、ジョン・レノンの「イマジン」を歌っています。

そんなとき、突然――ジャジャーン! 通りがかりのケーキ屋さんのショーケースに鎮座ましましているのは、見たこともないほどおいしそうなストロベリー・チーズケーキ。

こってりと艶のある赤いソースが、なめらかでクリーミーなケーキにたっぷりとかかっています。いちごのスライスが何枚も美しくトッピングされていて、なつかしい子供時代の夏の味がよみがえってきます。「ちょっと、やめなさいよ。ダイエット中でしょ」なんてみずから戒めるひまもなく、あなたの足はケーキ屋さんの入り口にまっしぐら。ドアノブをぐいとひっぱり、ドアベルが高らかに鳴り響くなか、あなたはダラリと舌を出し、よだれを垂らしながら店に飛び込みます。

 

こんな感じ。

まあ、いまどきは心理学や脳科学をベースにした「やる気(意志力)」に関する自己啓発書は腐るほどあるので、どれだけ正しいことをいっていても人々からは支持されにくい。こうしたわかりやすさが求められているのだ。

 

「意志力」は鍛えられる

 

では本書の中から、いくつか内容をピックアップして紹介しよう。

 

腕をマッチョにしたいなら、やり方は簡単だ。毎日腕立て伏せをすればいい。

筋肉は継続的に負荷をかけることで、それに慣れるために増強されていく。

 

そしてじつは、意志力も筋肉と同じように、負荷をかけることで鍛えることができる……とマクゴニガル先生は教えてくれる。

しかも、それは本来の目的(禁煙とかダイエットとか)とは関係ないことでもいいのだ。腕を鍛えるには腕立て伏せしかないが、その点、意志力は融通が利くのである。

 

じゃあどうやって鍛えればいいのか?

たとえば、椅子に座るとついつい足を組んでしまう人は、それを我慢する。
たとえば、すぐ猫背になってしまう人はそれを意識的にやめる。
たとえば、夜だけタバコを吸うのをやめる。

こんな風に、少しずつでもいいから「何かを我慢する」ことを習慣化すると、次第に意志力が鍛えられていくのだ。

 

「肉体の限界」はだいたいウソ

 

ケープタウン大学のスポーツ科学の教授、ティモシー・ノークスがある実験をした。

彼が競技中のアスリートの運動中の体を調べたところ、「極限状態だ」と自己申告したアスリートの筋肉には生理的な不具合が何も見られなかったのだ。にもかかわらず、脳は筋肉に向かって運動をやめるように指示を出していたのである。

 

このことは、ノーベル賞を受賞した生理学者アーチボルト・ヒルがこのように提唱している。

「運動による疲労は筋肉疲労によって起きるのではなく、脳の中にある慎重なモニターが、極度の疲労を防ごうとして起こるのではないか」

このことが実証されたのだ。

 

さてじつは、このことはやっぱり意志力にも応用できる。

私たちは日常生活の中で時折「我慢の限界」を感じるが、それも脳が前頭前皮質のエネルギーを節約するために、あえて本当の限界よりも手前のところでストップをかけているのだ。

 

意志力は肉体が疲労していると落ちてしまうが、じつはその疲労そのものが「気のせい」である可能性がある。このことを知り、自ら「限界の先に行く」という意識を持って物事に取り組むことが大切なのだ。

 

To Doリストが「やる気」を奪う

 

ビジネス書なんかだと「やるべきことをリストに箇条書きにしろ」と書いてあることがあるが、じつは、これには弊害がある……とマクゴニガル先生は指摘する。

私たちは、やるべきことを羅列しただけで「やったつもり」になってしまうことが往々にしてあるのだ。

 

そもそも、私たちは基本的に「サボりたい」と考える生き物である。不必要なエネルギーは抑えようとするのが自然だ。だから、実際には努力の成果が出ていなくても「成果が出たっぽい」と脳が感じてしまうと、そこで努力するのをやめてしまうのだ。

 

これは私個人も非常に頷ける。

本を作る工程で「ゲラ」というものがある。実際の本のページに沿ったレイアウトをデザイナーさんに作ってもらうのだ。しかし、これは危険な作業である。

なぜなら、一度原稿がゲラの形になってしまうと、「もう本になった」ような気分になってしまうからだ。恰好がついてしまうのである。

そうすると、そこからさらに原稿を精査しようとか、もっとレイアウトを工夫しようという意欲が損なわれてしまう。だから、私は生原稿の段階でできるだけ何度も読み返し、ゲラに組んでもらう作業は慎重にしている。

 

もっと卑近な例で例えれば、「ダイエット用品を購入しただけでダイエットをした気分になる」といえばわかりやすいかもしれない。

 

サラダを食べようとしたのにハンバーガーを頼んでしまう不思議

 

引用しよう。

 

想像してください。ランチタイムですが、あなたにはあまり時間がありません。何かさっと買ってくるなら、ファストフード店がいちばん便利。でも、健康の改善のために体重に気をつけているので、太りそうなメニューは避けたいところです。

お店の列に並んだところ、うれしいことにいつものメニューのほかに新メニューのサラダがいろいろ増えています。このお店はオフィスのすぐ近くなので、お腹まわりの気になるあなたとしては、よくないかなと思いつつ、利用機会が増えていました。でも、おかげでもう後ろめたさを感じないですむ、とあなたは大喜びです。

列に並んで、ガーデンサラダにしようか、それともグリルドチキンサラダにしようかと悩んでいます。され、とうとう列の前に立ったあなたは、思いがけない言葉が自分の口から飛び出してくるのを聞きました……「ダブルチーズバーガーとフライドポテト」。

いったいどうしちゃったのでしょう? ついいつもの癖が出てしまったのでしょうか。

じつはメニューにヘルシーな品物が載っていたせいで、チーズバーガーとフライドポテトを注文したくなったのだと聞いたら、信じられますか?

 

じつはこれ、「いつでもサラダを食べられる」と思ってしまったことが原因なのだ。だから、今日はカロリーを高いものを食べて、サラダは明日食べよう……と考えてしまうのである。

 

人間にはひとつの癖がある。それは「明日の自分を過信する」というものだ。

いまの自分はハンバーガーを我慢してサラダを食べることができない。でも、明日の自分はきっとサラダを食べてくれるはずだ――と考えるのである。

 

マクゴニガル先生は断言する。

「いまできないことは、明日もできない」

当たり前だが、これがなかなか難しい。。。。。

さるドラマで「明日やろうはバカ野郎」という台詞があったが、けだし名言である。

 

「脅し」には効果がない、なぜなら

 

タバコの箱には「肺がんになるリスクがあります」と大々的に書かれている。これは喫煙者を脅しているのだ。しかし、じつはこれには効果がない。なぜなら、次のようなメカニズムが働くからだ。

 

喫煙者がたばこの広告を見る

自分は将来、肺がんになって死ぬかもしれないな……と暗い気持ちになる

脳のどこかから叫び声が聞こえてくる。

「心配ご無用、そんなときはタバコを吸えば気分がよくなるよ!」

 

もちろん、この広告はまだタバコを吸ったことがない人には効果的かもしれないが、すでに長年タバコを吸っている人には「やけくそ」状態を生み出し、逆効果となってしまう可能性があるのだ。

 

人間の行動原理のひとつには「恐怖の回避」があるが、マクゴニガル先生によれば、恐怖に訴えかけるような目にしたとき、人間にはその事実から目をそむけ、解決を先延ばしにしたくなる心理が働くという。

 

また、人間は一度なにかにチャレンジして失敗し、取り返しのつかない状況になる「もうどうにでもなれ」のスイッチがオンになる。

前述したように、人間は基本的にナマケモノだ。つまり、脅迫への反発や無視、そして取り返しのつかない失敗によって、自己の行為を正当化させようとしてしまう傾向がある。だから、人を追い込むような方法で相手の行動を変えさせようとしても、たいがいはうまくいかないのだ。

 

あなたのなかには2人の「あなた」がいる

 

一人目のあなた(A)はグウタラだ。努力や我慢が大嫌いで、ワガママ、自己中心的である。

もう一人のあなた(B)は几帳面で努力家、厳格で、他人に優しい。

どんな人間にも、こうした性格を持った2人の人間が同居している。そして、ときには(A)が主導権を握り、ときには(B)が主導権を握る。

 

はっきりいって、いつでも(B)の人間に主導権を握らせるのは不可能だ。どんなに努力家で真面目な人でも、たまには(A)が主導権を握る。

しかし大切なのは、「自分のなかには(A)(B)という2人の人間がいる」ということを認識している3人目のあなた(C)を作り出すことなのだ。この(C)がいるか否かはかなり大きな違いになる。

(C)は(A)と(B)の上司的な存在である。どのようなときに(A)に任せ、どのようなときに(B)に任せるかジャッジを下す。こういう人だと、いつのまにか(B)がしゃしゃり出てきて勝手なことをやることを阻止できる。

 

おわりに

 

今回のエントリーで紹介したのは本書のごくごく一部なので、意志力を鍛えて「自分を変えたい」と思っているなら、本書を読んでみて欲しい。

かくいう私は、なんとか自分のなかに徒花(C)を生み出そうとしているが、なかなか暴れん坊の徒花(B)を押さえつけられないでいるが、これもトレーニングを続けることできっとなんとかなるだろうと楽観視している。

 

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

 

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。