『バーティミアス サマルカンドの秘宝』(ジョナサン・ストラウド著)のレビュー
私たちの人生は有限であり、無限に近い本のすべてを読むことはできません。
生きている間に読める本は、この世に存在する本のごくごく一部だけであり、そのなかで自分が「最高におもしろい!」と呼べる本に出会えるのは奇跡に近いでしょう。
だからこそ、読書人たちは日々、いろいろな本を読みながら、その本との出会いを夢見ているのかもしれません。
今回紹介するこの『バーティミアス』は、私にとってこれまで生きてきた中で一二を争うくらい、「最高におもしろい本」になりました。
ただ、この本と出会えたのは完全に偶然です。
私は二週間に一度くらいのペースで図書館に行きます。
それまではAmazonで「欲しい物リスト」に入れている本を予約し、借りていたりしたのですが、最近はフラフラと書棚を回ってなんとなく選ぶことが多くなりました。
契機は、子どもの誕生です。
子どもを連れて絵本コーナーに行くと、ついでに自分もなにか読める本はないかな、と児童書のコーナーを見てみます。
そこで、たまたま新しく届いた本として、こちらが置かれているのを見つけました。
ティーン向けのファンタジーっぽいということで、気楽に借りてみましたが、これがなかなかおもしろかったのです。
舞台はイギリス、おそらく近未来(?)です。
文明が崩壊し、動物たちが凶暴化して、ゾンビみたいな怪物もウロウロしているみたいな世界観です。
そんななか、無法者として泥棒などをしながら一人で生きる少女・スカーレットが、なにか不思議な力を持つ少年・ブラウンと出会い、ブラウンを取り戻そうとする謎の組織から逃げながら、水没都市・ロンドンを目指して旅をする、という物語でした。
この『スカーレットとブラウン』、おもしろいことはおもしろいのですが、じつはこの一冊でしっかり完結しているわけではなく、しかも刊行されたばかりでまだ続編もなかったので、どうしようかなと思いました。
そこでふと著者のプロフィールを見ると、『バーティミアス』という作品のほうが有名で、人気があるらしい、ということがわかります。
であれば、『バーティミアス』もちょっくら読んでみるか、と同じ図書館で二週間後に借りたのですが、まあーーー、これがバチクソおもしろかったわけです。
ハリー・ポッターシリーズも、「賢者の石」を最初に読んだのはたしか中学生の頃だったと思いますが、かなりおもしろくて、徹夜して読んでいた記憶がありますが、久しぶりにそんな感覚を思い出す、イギリス作家が得意とする王道魔法ファンタジーです。
というか、なぜ『バーティミアス』がいまだに映画化していないのか意味がわからない、そのくらいおもしろい作品でした。
全三部作で、その第一部が「サマルカンドの秘宝」になっています。
これが「上」「中」「下」と別れているから、ティーン向けのファンタジーとしては、そこそこのボリュームがありますね。
まずはあらすじを紹介します。
物語の舞台は、魔法使いたちが政治や社会の養殖についている世界のロンドン。魔法使いたちはペンタクル(魔法陣)や呪文を駆使して、異世界から妖霊(アフリートやジン、インプなど)を呼び出して使役することで、強大な力を持っていた。
孤児であり、まだ新米魔法使いのナサニエルは、かつて自分をバカにして恥をかかせたエリート魔法使い・ラブレースに復讐するため、師匠に隠れてこっそりと齢5,000歳以上のベテランの妖霊バーティミアスを召喚する。
ナサニエルはバーティミアスに、ラブレースが非常に大事にしている魔術アイテム「サマルカンドのアミュレット」を盗み出すように指示。あらゆる魔術、魔法を跳ね除ける最強アイテムであるサマルカンドのアミュレットを盗み出すことに成功したが、じつはそのアイテムは、ラブレースとその仲間が企む邪悪な計画に必須のアイテムだった。
ちょっとしたイタズラのつもりで始めたナサニエルとバーティミアスの行動は、やがてイギリス政府を巻き込む大事件へと発展していく……
なんといっても最高なのが、妖霊(ジン)のバーティミアスのキャラクターと、ナサニエルとのコンビネーションですね。
この物語は、バーティミアスが一人称で語るパートと、三人称視点で語るパートから構成されています。
冒頭はけっこう、バーティミアスが語るパートが多いのですが、自分を呼び出したナサニエルがまだまだヒヨッコ魔法使いだとすぐに気づくと、なんとかナサニエルを唆して裏切ったりできないかと終始考えています。
自分はベテラン妖霊であり、ソロモンともしゃべったことがあるというくらい自尊心が高いです。
ナサニエルもナサニエルで、経験も思慮もまったく足りない、すごく青臭い少年なのですが、そのくせプライドと野心だけは大きくて、自分の師匠のことはバカにするし、バーティミアスのことも信用せず、傲慢に見えるように振る舞います。
要は、似た者同士である、ということです。
経験値や能力的には圧倒的にバーティミアスが上ですが、ただ、呪文で使役しているのはナサニエルなので、彼の司令には従わざるを得ないし、彼が死んでしまうとバーティミアスにとっても困ることになる状況が作られるので、バーティミアスは渋々、ナサニエルのことを守ったり、助言したりします。
ブツブツ文句を言いながらも結局はいろいろしてくれるわけで、ツンデレといえばツンデレですね。
そんな2人が絶妙な距離感と関係性を築きながら、最終的にはお互いに力を出し合い、下巻で強大すぎる敵を打倒していきます。
これはイギリスファンタジーの特徴なのかもしれませんが、ハリポタなどもそうだったけれど、「嫌なヤツは徹底的に嫌なヤツ」というのがありますね。
嫌なヤツに限らず、「このキャラクターはこういう役割」というのが明確で、それを強調させる意味合いがあるように思います。
本作の嫌なヤツ筆頭はラブレースですが、それに負けず劣らずクソなのが、ナサニエルの師匠アーサー・アンダーウッドです。
もともと才能の少ない、そのくせプライドは高い人間ですが、最終的に自分が危機に陥ると、自分を最優先して自分の弟子であるナサニエルを売り飛ばそうとするあたり、まさにクソ師匠でした。
なお、ラブレースは悪いやつですが、じつはアンダーウッドよりもナサニエルの実力を買っていたみたいで、ナサニエルを自分たちの仲間に引き込もうといろいろ考えてくれていたみたいです。
いやもうとにかく、最初っから最後まで、飽きることなく読めてしまう名作でした。
第二部と第三部を読むのが楽しみすぎます。
後記
映画『ミッドサマー』を見ました。
画面が明るいホラー映画です。
躁うつ病を患う妹と家族が一家心中してしまったことに心の傷を追った女子大生が、彼氏と彼氏の仲間たちとともに、レポート作成のためにスウェーデンで夏至祭を行う村を訪れるという物語です。
幽霊とか怪物とかが出てくるわけではなく、閉鎖された村、特異な慣習に翻弄される部外者を描くもので、見た目がショッキングとかというよりも精神的にダメージを追わせてくるタイプのものです。
似てる感じだと、『アルカディア』もそうだったかも。
『ミッドサマー』の特徴は、なんといっても画面の美しさでしょう。
ホラー映画なのに、「きれいさ」にこだわっている。
映像としての美しさ、カットなどはすばらしいです。
まあストーリーは、その意味では特筆するべきほどでもないかもしれませんが、伏線とかをしっかり貼っているので、二度目に見たらいろいろ気づきもあるかもしれません。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。