『鬼谷子』で他人をコントロールする極意を学ぶ
パイナップル入り酢豚は断然アリ派の徒花です。(ハワイアンデライトも大好き)
もくじ
古典というのは長い年月に選別されて現在に残っている書物であるがゆえに、人々に信頼されている*1。
なかでも、日本においては中国の古代思想は人気が高い。孔子の『論語』とか、『孫子』とか、『老子』とか。
というわけで、今回紹介するのはこちらの1冊。
鬼谷子: 100%安全圏から、自分より強い者を言葉で動かす技術
- 作者: 高橋健太郎
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2016/01/15
- メディア: 単行本
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上記にあげた古典に比べると、知名度はすこぶる低い。
なにより、字面からして剣呑だ。Amazonで検索しても、あまり本が出てこない。
イメージとしては、昨今流行の「ブラック心理術」に近い。あとは、Daigo氏の本とか。
要は、法律的にはセーフだけど、倫理面で考えるとアウト(のように見える)な手法によって、相手を意のままに操ってしまおうというような趣旨の本である。
まずは、鬼谷子(きこくし)の概要から説明していこう。
鬼谷子について
まずタイトルの意味だが、これは『孫子』や『老子』と同様、人の名前である。
つまり、彼のお弟子さんが、お師匠様の考え方をまとめた本――といっていい。ちなみに、「子」というのは「先生」という意味なので、現代日本語風にタイトルを変えれば「鬼谷先生」になる。
鬼谷子については、あまり詳しい経歴などがわかっていない。
ただ、諸子百家(孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子など)が活躍した春秋戦国時代(紀元前770年頃~紀元前221年)の後半、いわゆる戦国七雄(秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓)が覇を競い合っていたころに、斉で生まれたと伝えられる。
ただし、実際は後世の人々が作り出した架空の人物ではないかともいわれている。
ちなみに、老子が源流のひとつとなった宗教・道教においては、彼のことを100歳以上生きたとして、「鬼谷子=真仙」とするようだ。
これはつまり仙人のことだが、仙人といっても「尸解仙(しかいせん)」「天仙」「地仙」などさまざまな種類がある。
鬼谷子がどの仙人なのかはよくわからない。
弟子の蘇秦・張儀
鬼谷子が実在したかは疑わしいとされているようだが、(いちおう)弟子であるとされる蘇秦(そしん)および張儀(ちょうぎ)は実在したと考えられるのが通説のようである。
蘇秦が『鬼谷子』を表したという主張もあるが、これも定かではない。なにしろ古すぎるから仕方がない。
この両名は縦横家(じゅうおうか)として知られている。
つまり、戦国時代にいろいろな国を渡り歩いて、謀略を進言したり、そそのかしたりした人々だ。
のちに、秦が統一を果たしたのも、この両名のおかげであるとされていたりする。
いろいろな逸話を読むと、蘇秦のほうが兄貴肌(もしくは上手)だったようだ。
陰陽について
というわけで個々から中身の紹介になっていくわけだが、ひとつだけ、事前知識として「陰陽」についてちょっと知識をかじっておかなければならない。(読み方は「おんみょう」ではなく「いんよう」である)
易経では次のように説明される。
「易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず(易有太極 是生兩儀 兩儀生四象 四象生八卦)」
ここでは単純に太極図を考えてもらうのがわかりやすい。つまり、次のようなことを留意していただきたい。
●この世のすべての物事は「陽」と「陰」に分けられる
●陽と陰はとどまることがない。陽が極まれば陰になり、陰が極まれば陽になる。世の中はこの繰り返しである
●太極図の中に小さい丸があるように、完全な陽もなければ、完全な陰もない。(陰中の陽、陽中の陰)
※この陽と陰をまとめて表現したものが「両義」ともされ(この解釈には諸説ある)、上記のメカニズムを含んだ「万物の根源」と考えておけばOK
鬼谷流・説得の流れ
鬼谷子では、自分の動作を「陽」と「陰」にわける。
たとえば、相手の動きを見るのは「陰」で、説得するために話しかけるのは「陽」である。概要が本書にあるので、そのまま載せる。
【陰】世界や相手の動きを見る(変)
↓
【陰】なすべき課題を定める(事)
↓
【陰】課題を解決するための策略を練る(謀)
↓
【陰】説得の仕方を決める(議)
↓
【陽】相手の前に進み出る(進)
↓
【陽】実際に相手を言葉で動かす(説)
↓
【陰】相手から去る(退)
【陰】の部分は、「相手に自分がなにをやっているかわからない状態」である。見ればわかるが、圧倒的に「陰」のほうが多い。
つまり、鬼谷子は陰――つまり、実際に説得する前段階を非常に重視するのだ。【陽】の部分は必要最低限にしなければならない。これがまず第一のポイントだ。
説得はまず、相手を知ることから
「「事」(課題)に取り組む場合には、人を制することを貴び、人に制せられることを貴ばず、と言う。この「人を制する」という意味は、相手の抱える「事」をはかって、把握することを言う。人に制せられる人間は、運命を制せられているのである。
だからこそ、聖人の行動原理は陰にあり、愚人の行動原理は陽にあるのだ。
知っている者は、易しいことに取り組むことになり、知らない者は難しいことに取り組むことになるのだ。ないことをあるとし、危ういことを安泰だとしてはいけない。このような姿勢で、知りもしない状態で無理矢理なにかをしたりはせず、まずは知っているということを貴ぶのだ」(謀篇第十)
つまり、相手をコントロールするか、それとも相手にコントロールされるかは、「どちらが先に相手の事(望み、悩み)を把握するか」にかかっている。
相手の気持ちがわかれば、相手をコントロールすることはたやすい。
相手の心を把握する「飛箝の術」
ということで、まずは相手と会話をして相手の「事」を読み取るのが大事なわけだが、もちろん、相手だってそんなに親しくもないやつに自分の目標を語ったり、悩みを語ったりするはずがない。
そこで、うまく相手に語らせる方法が必要になるのだ。
いくつかその方法が本書では紹介されているのだが、全部紹介するとネタバレになる。ここでは「飛箝(ひかん)の術」にとどめておこう。
これは、相手がなかなか本心を語らないときに用いる方法である。
「本音の言葉をつり上げる言葉を用いて、「飛箝」するのだ。
本音を引き出すための言葉の説き方は、あるいは「開」いて共感を示し、あるいは「閉」じて意見の異なることを示すことで行う」(飛箝第五)
具体的に説明すると、「自分が聞きたいことを相手が喋り始めたら大げさに相槌をうったり質問をしたりするが、そうじゃないことを喋り始めたら相槌をしないなど反応を薄くし、相手の話す内容を自然とコントロールしていく」ということだ。
当たり前だけど、喋っている人間は聞き手の反応を気にしている。
興味がなさそうなら話を早めに切り上げるし、興味を持っていそうならそのことについてもっと話したくなる。
もちろん、これは「飛箝(ひかん)の術」の初歩の初歩である。もっと高度な技になると、次のように説明される。
「うまく「事」が引き出せない相手には、まず相手の言葉を否定して圧倒し、その後、肯定しておだて上げる。あるいは、肯定しておだて上げておいて、そしる。あるいは、おだて上げることでそしる。あるいは、そしることでおだて上げればよい」(飛箝第五)
けっこう高度なテクニックだが、具体的な方法は本書で読まれよ。
あなたを害する5つの言葉
本書に書かれているのは単に「相手をコントロールする方法」だけではない。相手から言葉によるコントロールを受けそうになったとき、すぐにそれに気づいて注意するためのコツも教えてくれる。
その一部、とくに注意するべき5つの気をつけるべき言葉を紹介しよう。
①佞言(ねいげん)
こびへつらう言葉。とくに、単純に相手の気に入る言葉を並べ立てるだけではなく、相手の意図を読み取って、それにマッチするようなことを言うような言葉。たとえば、
A:「最近時間にルーズな人間が増えたよな」
B:「(Aさんはきっと最近の若者批判がしたいんだな……)たしかに! きっとゆとり教育の弊害ですね!」
こんな感じ。
②諛言(ゆげん)
これもこびへつらう言葉だが、相手が必要そうな知識をひけらかすことで歓心を買うような言説。たとえば、
A:「最近時間にルーズな人間が増えたよな」
B:「たしかに! この間、○○新聞の世論調査でも、それを裏付けるデータが発表されてましたよ。Aさんのおっしゃるとおりですね!」
こんな感じ。こういうのは、相手にしたがっているように見えて、じつは相手をコントロールしようとする意図が隠されている場合が多い。
③平言(へいげん)
「もうこれ以外は選択肢がない」ように相手に思い込ませるような言い方のこと。たとえば
脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方
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こんな感じ。
④戚言(せきげん)
「あなたのことが心配だから私はこういうことを言っているんですよ」などと、いかにも相手を慮った結果として提案しているという風を装ったもの。
これも、相手をコントロールしようとしている場合が多々ある。だいたいの商品・サービスはこの手法をとっている。
「あなたの会社を効率化させたいから、このコピー機を買ってください」
「あなたの健康を守りたいから、このヨーグルトを買ってください」
「あなたの願いをかなえたいから、この壷を買ってください」
⑤静言(せいげん)
話を静かに聞き、「粗を探して」反論できるポイントを探しているような言説。
これはどちらかというと、相手が静かに自分の話を聞いていたとしても、相手が完全に納得しているわけではないと、注意を喚起するための提言だと考えればいいだろう。
おわりに
本書ではほかにも「内揵(ないけん)」「揣摩(しま)の術」などなど、知っていると役立つ小手先のテクニックが満載だ。
だが、誤解してはいけないのは「相手の根本的な気持ちや目的を変えることは(ほぼ)不可能である」という点である。たとえば、自分のことをすいていない女性に好意を抱かせることはできない。
最後にもう一文、引用して今回は終わりにしよう。
「人の欲しないことを人に強いてはいけない、人の知らないことで人に教えてはいけない。人は好むところがあれば、学んでこれに従うし、嫌うところがあれば、避けてこれを遠ざけるようになるものである。
これが「『陰』に従って、『陽』で取る」ということである」(謀篇第十)
鬼谷子: 100%安全圏から、自分より強い者を言葉で動かす技術
- 作者: 高橋健太郎
- 出版社/メーカー: 草思社
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今回はこんなところで。
では、お粗末さまでした。
*1:もちろん、「古典=信頼できる」という安直な考えは危険ではあるが