『アリストテレス 無敵の弁論術』のレビュー~ロジックだけじゃ人は説得できない~
ロジカルシンキング――いわゆる「論理的思考能力」というのは、ビジネス書ではよく取り上げられるテーマだ。
もくじ
しかし、真顔で理路整然と正論を述べられると「イラッ☆」とするのが人の性である。ロジックじゃ人の心は動かせない。そこで最近は、話す内容ではなく「話し方」に重点を置いた本がよく出ている。代表的なのは、コチラだ。
こちらは2013年に刊行されたもので、かなり売れた。というか、いまも売れ続けている。調子に乗って続編も出している。
著者の佐々木圭一氏はコピーライターだ。そのため、本書は本当に「伝え方」に特化している。逆にいえば、本書では伝える内容を磨くことはできないのだ。
『アリストテレス 無敵の弁論術』と著者についての概要
ま、本書のレビューなんて腐るほどあるだろうから、もちろん徒花はこの本のレビューを書かない。今回紹介するのはこちらである。
本書、ワンルックするとシンプルにロジカルなトークのメソッドをティーチするだけのブックにも見えるが、じつはそうではない。なにしろ、「相手を説得するためには人格も大切」とか言っちゃうのだ。
とはいえ、著者の高橋健太郎氏は別にアリストテレスを専門的に研究している大学の先生とかではない。この人は元ライターの作家である。ただ、古典や名著をテーマに「日本語」「コミュニケーション」といったテーマの本をいくつか執筆しているようだ。以下に挙げてみよう。
3つの弁論術
本書では人を説得するための弁論術を3つに分けている。
●感情的な弁論術
人々の感情(怒り、悲しみ、期待)などを強く刺激する言葉を巧みに使うことで、中身がぜんぜんロジカルじゃなくても相手をその気にさせてしまう方法。
●論理的な弁論術
自分の言っていることが正しいことを主張するために論証を順序だてて組み立て、相手の「納得」を積み重ねることでその気にさせてしまう方法。
●理性的な弁論術
論理的な弁論術をベースにしながら、そこに「感情論」を付加する。相手の頭と心に同時に働きかける方法で、相手をその気にさせてしまう方法。
著者によれば、アリストテレスが推奨したのは3つ目の「理性的な弁論術」であり、同氏の記した名著『弁論術』でも、少なからず「聴衆の心への働きかけ」にページが割かれているという。
- 作者: アリストテレス,Aristotelis,戸塚七郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1992/03/16
- メディア: 文庫
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説得には、以下の3つの要素が必要だという。
1.話者の人柄
2.聴衆の気分
3.内容の正しさ
そう、ここで「相手を説得するためには人格も大切」という内容が出てくるわけだ。1.は端的に言うと、「オオカミ少年の話は誰も信じない」のと同じである。
2.は、感覚的に理解できる人も多いのではないだろうか。私だって、新しい企画を上司に見せるときは、できるだけ期限のよさそうなときを見計らって渡すようにしている。
基本はこれさえ覚えておけばいいわけだが、本書では具体的に、「議論の必勝パターン=トポス」を具体的に紹介している。ここでは割愛するけど。
聴衆を誘導するのに友好な5つの感情
さて、今回は感情誘導に重点を置いていく。アリストテレスによれば人間の感情は14に分類できるというが、なかでも「怒り」「友愛(話者が自分に好意を持っていると感じさせる)」「恐れ」「恥(「世界の基準はこうですよ」とか)」「憐れみ」の5つの感情はとくに議論に関して強い効果を発揮するので、うまくつかっていけということだ。
ちなみに、「怒り」は本来、自分の敵対者に対して怒りを向けさせる方法だが、いわゆる「炎上商法」と呼ばれるものはあえて自分に対して「怒り」の感情を向けさせる変則テクニックといえる。これも結局、話者によって聴衆の感情をコントロールしようとする手法のひとつに過ぎない。
詭弁のテクニック
本書では最後に、「悪用厳禁!」と銘打って、偽トポス=詭弁のパターンについても紹介している。詭弁というのは、一見すると論理的に見えるけど、実はぜんぜん論理的菜じゃない論のことだ。以下、簡単に紹介していこう。
●結論らしさの詭弁
よくよくチェックすると、根拠と結論の間にまったくつながりがないパターン。以下、具体例を引用。(「まったく新しい発想」と「大きなヒットが見込まれる」の間にはまったくつながりがない)
「(中略)今回、我が社で売り出す新商品は、今までにないまったく新しい発想で作られました。したがって、大きなヒットが見込まれます」
●多義性の詭弁
言葉の解釈の広さを逆手に取り、わざと相手に誤解させるパターン。以下、具体例を引用。
人物A「このプランですと、他に比べ、コストがかかりませんよ。ですからオススメです」
人物B「(後日)コストがかからないって言ってたのに、毎月結構なお金がかかるわよ。安くすむプランじゃなかったの?」
人物A「私は、毎月の維持コストについては言ってません。導入コストについて言ったんです。(以下略)」
●分割と合成の詭弁
単体で正しい事柄を組み合わせたり、それを分解したりするとそれも正しいままだと思いがちだが、それは違う。そうした人の錯覚を恣意的に誘導するのがこれだ。以下、具体例を引用。
「この薬、倍飲んだら副作用が出るなら、その半分だって体に良くないんじゃないの?」
「ヒット商品Aとヒット商品Bの特徴を併せ持った商品を作れば、ヒットするだろう」
●付帯的結果の詭弁
「たまたま起きたこと」を、あたかも関連性があるかのように話す方法。以下、具体例を引用。
「トマトばかり食べたら痩せました。トマトってダイエットにいいんですね」
●条件の詭弁
本当はある前提条件がないと成立しないことを、あたかも無条件で成立するかのように言うこと。以下、具体例を引用。
例えばある解説者が、猟奇的な殺人事件について、犯罪者の動機を忖度したうえで、
「それは、その犯罪者の立場から見れば、正しい行為だったのでしょう」
とコメントしたとします。それをもって悪意のある人物は
「あの解説者は、人殺しを正しいと考えている。とんでもないヤツだ!」
などと主張するわけです。
ここでは「犯罪者の立場から見れば」という条件が無視されています。
個人的には、この詭弁が一番、今の世の中で広く使われているように感じる。
おわりに
弁論術は単に相手を説得するツールとして使うだけではなく、相手から説得されそうになるのを防ぐためにも役立つ。実際、テレビの人たちは理性的に見てみるといろいろへんなことを言っている。ちょっと賢いB層であれよ。
それでは、お粗末さまでした。