『時の娘』のレビュー~SFとロマンスが融合した作品集~
SFというのは「Science Fiction」の略で、命名したのは世界初のSF雑誌『アメージング・ストーリーズ』の初代編集長、ヒューゴー・ガーンズバックという人物らしい。ロボットが出てきたり、宇宙旅行をしたり、クローンをはじめとした科学技術が発達した世界を舞台にしたりしている。
特徴的なものをいくつか挙げると、電気の代わりに蒸気機関が発達した世界を描く『スチームパンク』、文明が崩壊した後の世界を描く『ディストピア』、宇宙空間を舞台にした冒険活劇『スペースオペラ』、機械などによって人間の意識が拡張した世界を描く『サイバーパンク』などがある。
そのなかの一ジャンルとして人気があるのが、「時間」をテーマにしたSFだ。タイムマシンが出てきて過去を改変したり、パラレルワールドが出てくるものもこれに分類されたりする。
「時間SF×ロマンス」の魅力
時間SFはロマンス――つまり男女の恋愛――と親和性が高い。私もそうした作品が好きだ。『タイム・マシン』『時をかける少女』『イル・マーレ』『ミッドナイト・イン・パリ』『ライオンハート』などなど。
なぜ、この組み合わせはこんなにも魅力的なのだろうか。
恋愛ものには男女を阻む障害が必要だ。それは恋敵だったり、立場(身分や人種)の違いだったり、病気や事故による死だったりする。中でも強力なのは「死」だろう。『世界の中心で愛を叫ぶ』『天国の本屋~恋火~』『Love Letter』『いま、会いにゆきます』など、邦画だけでも愛する人の死をテーマにした作品は数知れない。
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もちろんこうしたものもいい。障害は大きければ大きいほど、受け手を引き込むからだ。しかし、「死」はもろ刃の剣でもある。最終的に、思いあう2人が結ばれる可能性はないし、むしろ、結ばれてしまったら白けてしまうからである。結果、(登場人物の気持ちとしては整理ができたとしても)客観的事実としてはバッドエンドにしかなりえないのである。
その点、「時間」によって隔てられた恋人たちというシチュエーションは、「死」と同じくらいの「どうしようもない感」を出しつつ、ちょっとした希望を持たせることもできる。「死」ほど絶対的なものではないが、状況が特異であるがためにちょっとした奇跡を起こし、ハッピーエンドで終わることもバッドエンドで終わることもできるのだ。つまり、受け手にとってはこの物語の結末がどのように締めくくられるのかが予想しにくく、そこに人を引き込む強い引力を持っている、と考えられるのである。
『時の娘』のレビュー(ネタバレなし)
というわけで、前置きが長くなったが、今回読み終えたのは海外の時間ロマンスSFを集めた短編集『時の娘』である。
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翻訳・編者は中村融(なかむら・とおる)氏。1960年、愛知県生まれで、中央大学を卒業後、大日本印刷での勤務を経て、翻訳家となっている。H.G.ウェルズの『宇宙戦争』やアンソロジー『地球の静止する日 SF映画原作傑作選』などの翻訳を手掛けている。
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本作の編者あとがきにも書かれているが、やはり「時間SF×ロマンス」というジャンルは人気が高いらしいので、それにマッチする作品を選んでまとめた1冊だ。収められている作品は著者もバラバラなので、以下、それぞれ少しずつ述べていく。
『チャリティのことづて』ウィリアム・M・リー
著者については詳細が全く不明で、中村氏が調べた限りでは著書が3作しかないという。この作品にはタイムマシンや高度なテクノロジーなどは一切出てこないが、どういうわけか数百年の時間を隔てて意思疎通できるようになった2人の男女が登場する。どちらかというとロマンス色が強い作品だ。
『むかしをいまに』デーモン・ナイト
著者は1922年に生まれたアメリカの作家で、数多くの短編を遺している。中村氏曰く「技巧家」で、本作はこの本の中でもとびぬけて異色の作品だ。なにしろ、最初から最後まで完全に時間の流れが逆転しているのである。宇宙は今も膨張を続けているというが、膨張しきった後、宇宙はどうなるのだろうか。この作品の中で舞台となっているのはおそらく膨張しきった宇宙が縮小し始め、それとともに「未来から過去へ時間が流れるようになった世界」である。読んでいるとおかしな気分になってくるが、それがかなりおもしろい。こちらはロマンス色が弱く、SF色が強い作品だ。
『台詞指導』ジャック・フィニィ
著者は1911年生まれのアメリカの作家で、SFのみならずファンタジー、ミステリー作品も手掛けた大家である。個人的には本書の中で一番SFとロマンスのバランスがよく、しかもそれが簡潔にまとめられている点で、作家の力量の大きさが発揮されているように感じた。しかも、登場するキャラクターたちがとても活き活きとしているのだ。ロマンスSFの場合、時間という大きな障害があるがゆえに男女は案外すんなり結びつきそうなものだが、この作品では単に「時間」という障壁の力のみに頼ることなく、ドラマティックな展開を生み出している。さすがである。
『かえりみれば』ウィルマー・H・シラス
著者は1908年、アメリカ生まれ。女性である。作品は多くないが、原子力発電所の事故によって生まれたミュータントの天才児を書いた『少年の秘密』がデビュー作だ。本作にもあまりハイテクな機械や理論などは出てこない。また、あまり意味があるとは思えないこまごまとした描写が多く、あまり好きになれない作品だった。
『時のいたみ』バート・K・ファイラー
著者の詳細は不明で、作品も5作しかない。かなりの短編で、全体として落ち着いた雰囲気。これもあまり好みじゃなかった。
『時が新しかったころ』ロバート・F・ヤング
1915年生まれのアメリカの作家。ロマンスSF作品として有名な『たんぽぽ娘』の著者であり、ロマンスSFといったら欠かせない名前の人物だ。本作は恐竜が跋扈する時代にタイムトラベルした未来人が主人公で、ロボットなどを使ったアクション要素が強いが、同時に火星人も出てきたりして、SFのさまざまな要素が入り乱れている。もちろん、きちんとロマンス部分も押さえ、意外性はないものの、安心して読んでいける質の高さだ。若干物語の長さを感じるのと、もうちょっとセンスのいいタイトルはないものかとは思ったが。
『時の娘』チャールズ・L・ハーネス
1915年生まれのアメリカの作家。弁理士であると同時にSF小説も執筆していた人物で、複雑なタイム・パラドックスを扱う作品が特徴的。表題作となっている本作もそんなタイム・パラドックスに真正面から挑んだもので、一応ロマンス色はあるものの、淡い恋のようなきれいな感じではない。タイトルとはまったく印象の異なる一作。
『出会いのとき巡りて』C・L・ムーア
1911年にアメリカで生まれた作家で、本名はキャサリン・ルシール・ムーア。執筆していたときは女性だということを隠していた。スペースオペラの傑作《ノースウェスト・スミス》シリーズのほか、ファンタジー作品《処女戦士ジレル》シリーズで有名。本作はベルト型のタイムマシンでさまざまな時間を旅する男を主人公にしたもので、スケールは本書の中でも一番大きいが、どうにもまとめきれていないようにも感じたのであまり印象に残っていない。
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『インキーに詫びる』ロバート・M・グリーン・ジュニア
著者は覆面作家で、1964年に初めてこの名前で雑誌に載った。中村氏はその文才などから見て、その正体は著名な作家ではないかと推測している。中村氏は最初の解説で「隠れた秀作」と絶賛しているが、ちょっと技巧に凝りすぎていて話の構造がつかみづらいし、私にはどうにもその面白さがよくわからなかったのが正直なところ。読み進めていても、あまり話の内容が頭に入ってこなかった。
以上。
著名なSF作家の作品も入っていて、バリエーションも豊富で、しかも文庫サイズ920円(税抜)なので、買って損はない1冊だろう。
それでは、お粗末さまでした。