『完全なる首長竜の日』のレビュー~あからさますぎる伏線が虚をつく物語~
ミステリーが別にそれほど好きじゃなくても、名前くらいは知っているだろう『このミステリーがすごい!』(以下「このミス」)というランキング。
もくじ
「このミス」について
始まったのは1988年とけっこうその歴史は長く、もう30年近く続いている。芥川賞や直木賞のように大賞だけを選ぶのではなく、ランキング形式で大賞作品に順位をつけて発表するのが特徴的だ。過去の受賞作は、有名どころだと、宮部みゆき氏の『模倣犯』(2002年受賞)、東野圭吾氏の『容疑者Xの献身』(2006年受賞)、井坂幸太郎氏の『ゴールデンスランバー』(2009年受賞)、貴志祐介氏の『悪の教典』(2011年受賞)などがあり、いずれも映画化されている。
また、最近だと横山秀夫氏の『64(ロクヨン)』も映画が5月7日に公開される。
また、『この○○がすごい!』シリーズをほかにも出ていて、ミステリーの次に有名なのは『このライトノベルがすごい!』じゃないかと思う。そしてじつは、2014~2016年度の3年間、ずーっとある作品が1位を独占しているのである。それが、こちら。
最近はライトノベルからすっかり離れてしまっているが、そんなにおもしろいと評価されているのならば一度くらい読んでみようかしらんと思ってみたり。一応、Amazonの欲しいものリストに入れておく。
「このミス」ランキングと「このミス」大賞は別物です
「このミス」を刊行しているのは宝島社だが、同社は公平を期するためにあえて自社で刊行したミステリー作品はこのランキングに入れないようにしている。実際、宝島社から刊行されているミステリーではあまり記憶に残るような名作はない……。
その代わりか、宝島社はNEC、メモリーテックと組んで、「このミス」ランキングとは別に「『このミステリーがすごい!』大賞」というのも作っている。こちらはライトノベルの新人賞とかと同じように、まだ本になっていない原稿を集めて選ぶもので、大賞に選ばれた作品は宝島社から刊行されるというシステムだ。
つまり、本の帯に「このミスランキング1位!」と書かれているのと、「このミス大賞受賞!」と書かれているのでは、全然性質が別であるということを読者は知っておかなければならない。
このミス大賞受賞作で有名なのは浅倉卓弥氏の『四日間の奇蹟』(2002年)、海堂尊氏の『チーム・バチスタの栄光』(2005年)、中山七里氏の『さよならドビュッシー』(2009年)
そして、今回徒花が読んだ乾緑郎氏の『完全なる首長竜の日』(2010年)あたりではなかろうか。
【映画化】完全なる首長竜の日 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
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乾緑郎氏について
乾緑郎(いぬい・ろくろう)氏は1971年生まれで、東京都出身。東洋鍼灸専門学校を卒業して鍼灸師の資格を持っている、小説家としては異色の経歴の持ち主だ。さらに、演劇を志して小劇場の俳優などもやっていたという。演劇や舞台の脚本も手掛ける傍ら、小説の執筆も同時並行で行い、39歳の時に小説家としてデビューした。
ただし、デビュー作は本作ではなく、そのちょっと前に第2回朝日時代小説大賞を受賞した時代小説『忍び外伝』である。
作品数はあまり多くないが、その後は『鷹野鍼灸院の事件簿』という、いかにも著者らしい作品などを書いていたが、こちらはあまりパッとしない。
装丁の雰囲気とかを見る限り、宝島社としては大人気となった『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズみたいなものを目指そうとしていたのかもしれない。
ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)
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ただし、2014年に新潮社から刊行されたSF作品『機巧のイヴ』は評価が高く、こちらは第43回星雲賞日本長編部門参考候補になったほか、『年刊日本SF傑作選』にも収録されている。
なお、現時点での最新作は集英社から刊行されたコチラの本である。
『完全なる首長竜の日』のレビュー
ここから本題。まずはあらすじ。
人気少女マンガ家・和敦美(かず・きよみ)は仕事の傍ら、西湘コーマワークセンターという医療機関に定期的に通っていた。そこには、自殺未遂の末にずっと昏睡状態のままでいる彼女の弟・浩市がいるのだ。彼女はSCインターフェースという特殊な機械を使い、「センシング」という方法で眠り続けている弟とときおり会話を行っていた。
センシングを行うと、彼女の様々な記憶がよみがえる。幼少時代に訪れた親戚の島で弟とともに溺れかけたこと、教養のない祖父のラーメン屋に遊びに行ったことなど……。しかし、いくら対話を続けても、浩市は目を覚ますことなく、往々にして彼はそうした世界のなかでも自殺を図り、センシングを強制終了させるのだった。
やがて、敦美の前に仲野泰子(なかの・やすこ)という女性が現れる。彼女は敦美のマンガのファンだった息子・由多加(ゆたか)が自殺してコーマワークセンターに運ばれた後、死んだというのだが、その息子の精神が浩市の精神に憑依(ポゼッション)したのではないかというのだ。そして、自分が浩市とセンシングを行えば、息子の死の真相が明らかになるのではないかと考えていた。
センシングを繰り返すうち、敦美は日常生活のなかでもセンシングに似た体験を繰り返すようになる。果たしてどこまでが現実で、どこからがセンシングの世界なのか? なぜ、浩市は自殺を繰り返すのか? やがて敦美は真実に気づきはじめるのだった。
ジャンルはSFミステリー……なのだが、殺人事件などは一切起こらない。かといって、「日常ミステリ」のようにほんわか・のんびりとした雰囲気でもなく、なかなか似たような作品を探すのが難しい、特殊な作品となっている。ミステリーは基本的にハウダニット(トリック)、ワイダニット(動機)、フーダニット(犯人)を問いかけるものが多いのだが、本作に限っては問われているのはいずれでもないのだ(こじつけて考えれば、なぜ浩市は自殺を繰り返すのか?――つまりワイダニットに当たるが)。
徒花は「殺人事件が起きなきゃつまらん」と思っている人間ではあるのだが、本作に限っては「まぁ、アリっちゃアリ」と思えた。なぜかというと、殺人事件は起きないけれどちゃんとミステリーしている作品だったからだ。
どういうことかというと、本作においては真相に関するヒントを、かなり作品中にちりばめているのである。しかも、その配置方法がなんとも上手い。なんというか、よく本を読む人であるほどスルーしがちになってしまうような提示方法をしているので、真相が明らかにされると「なんであんなにヒントが出されていたのに自分はことごとくスルーしてたんだろう」と思ってしまう。
これは、ひとえに作者の力量の高さと目の付け所の巧みさがなせる業だろう。現実と虚構が交差するきわめて読者に混乱をもたらす世界観であるにもかかわらず、「適度な混乱」と「読みやすさ」をとてもいいバランスで提供している。同じようなシーンや情景の描写が何度か繰り返されるところはちょっと冗長に感じないでもないが、それすら伏線のひとつであったことに読後は気づかされるだろう。ただし、最後の終わり方はいろいろと含みを残しているので、あまりスッキリはしないかもしれないけど。
おわりに
本書は2013年に佐藤健さん、綾瀬はるかさん主演で映画化されている。
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こちらはあんまり、評価は高くない。徒花は見ていないのだが、あらすじなどを見ると原作からかけ離れたストーリーになっていて、しかもこれ原作のネタバレも入ってねえかとむにゃむにゃ。とりあえずこれは観なくてもいいやと思った。
こんなところで、お粗末さまでした。