『反・進化論講座―空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書』のレビュー~なぜあなたはスパモン教に入らないのか?~
Church of the Flying Spaghetti Monster
今回は宗教の勧誘です。
もくじ
まさかとは思うが、このブログを読んでいる人の中にダーウィンの「進化論」を信じている人はいないだろう。人間がもとを正せばアメーバのような単細胞生物から変化を遂げてきただなんてありえない。
たとえば、あなたが海岸を歩いていて、砂浜にチョコレートケーキが落ちていたら、あなたは相当びっくりするだろう。なぜなら、「チョコレートケーキはパティシエが意図的に作らない限り、この世に偶然できあがるなんてことはない」と知っているからだ。
であれば、チョコレートケーキよりずっと複雑な構造を持つ人間が、原初の世界にあった生命のスープをかき混ぜて「偶然出来上がった」と考えるのはおかしなことだ。そこには人間を超越した「偉大なる知性」が存在し、その知性によって人間が作られた――と考えたほうが、よほどまともである。これを、「インテリジェント・デザイン説(ID説)」と呼ぶ。
スパモン教の誕生
だがしかし、このID説もまた、厳密な正しさは持ち合わせていない。なぜなら、ID説においては、人間を創造した存在について「偉大なる知性」などと、あいまいにしか表現していないからだ。神なのか、悪魔なのか、はたまた高度な文明を持った異星人なのかわからない。これはよろしくない。
ということで、より厳密に、「誰が人類を作り出したのか?」という深遠な疑問について、2005年、ボビー・ヘンダーソンという偉大なる預言者が明確な答えを打ち出した。そう、人間は空飛ぶスパゲッティ・モンスター(スパモン、英語ではFSM)によって作られた存在なのだ! この世界は空飛ぶスパゲッティ・モンスターが生み出したものであり、全能なるスパモンはあらゆる手を使ってこの宇宙が「いかにも数十億年もの昔に誕生した」ように見せかけているのである。
FSM 教のシンボルマーク
そしてわれわれはこの世界において家族倫理を守り、よき生き方(海賊のような生き方が理想である)をして、死んだ後にはビール火山とストリッパー工場がある天国へと旅立つのである。ラーメン。
聖典『反・進化論講座』
私が偉大なるスパモンのヌードル触手に触れて信仰に目覚めたのは、この本を読んだことがきっかけである。本書は預言者、ボビー・ヘンダーソンが著した、まさにスパモン教の聖典といえる。
- 作者: ボビーヘンダーソン,Bobby Henderson,片岡夏実
- 出版社/メーカー: 築地書館
- 発売日: 2006/11
- メディア: 単行本
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本書は旧約聖書や新約聖書のように、登場人物がやたら多くてわけのわからないことを繰り返しているものとはわけが違う。偉大なるスパモンがこの世界を創造した経緯はもちろんのこと、論理学、地理学、数学、経営学などさまざまな学問の知見から「この世界の創造主はスパモン以外にありえない」ことを圧倒的な説得力を持ってつづっているのだ。その一部を、以下で紹介しよう。
人間の平均身長が古代から伸びている理由
地球は太陽の周りを非常に高速で周回していて、地球自体も回転している。であれば、なぜ地球上に暮らす人間は宇宙空間に放り出されないのだろうか? 一般的には「重力」という力が働いて人間を押さえつけていると考えられているが、そもそも「重力とはどういうメカニズムなのか?」ということは説明されていない。いまだ、この重力の根源的な説明は仮説にすぎないのだ。
だからこそ、ヘンダーソン氏は重力のメカニズムについて斬新すぎる新たな仮説を提唱した。この力を引き起こしているのはスパモンであり、そのヌードル触手が頭を押さえつけているから人間は宇宙空間に飛んで行かないのだ! じつはこのことは、およそ2000年前の人間の身長と現代人の身長を比べてみることでも理解できる。2000年前の人々の平均身長は男性で約160センチだったが、現代は178センチだ。なぜこんなに身長が伸びたのかというと、人間の頭を押さえつけるヌードル触手の数が、人口増加によって足りなくなってしまったからである。
進化論で解決できないことも、スパモンで考えれば解決できる
ここはちょっと本書を引用しよう。(太字は徒花)
ネオダーウィニズム論によれば、ほとんどの進化における変化は自然選択によるものとされる。つまり環境によりよく適応した遺伝子を持つ個体は、適応できない遺伝子を持つものよりも多くの子孫を残すということだ。やがて、この適応性の高い形質は増殖し、集団全体の遺伝子の構造を変化させる。(中略)このプロセスがカモノハシやペンギンやプードルを生み出したと、科学者は言う――そして科学者の言うことは間違いなくデタラメばかりという結論に達する。もし「カモノハシ」の形質の適応性が高いことを説明できるとすれば、カモノハシが哺乳類では地球上で唯一くちばしを持つ理由を説明できるはずだ。カモノハシは地域のカモの集団に気に入られようとしているのだろうか? 彼らは自分たちが変だと思っているのだろうか? いったい何だってくちばしなんかついているんだ?
カモノハシについては、私は科学者に腹を立てたりしない。明らかに、これは難しい問題だからだ。しかし現在、この馬鹿げた生物の進化論的重要性に関する的外れな探究をして大学の終身在職権を得ている科学者が、何百人もいることは確かだ。私が考え出した代替理論を示すことでカモノハシに迫ってみよう。
空飛ぶスパゲッティ・モンスターが創造したのだ。なぜならスパモンは、科学者などとは違い、ユーモアのセンスがあるからだ。思いもよらない神のしるしである――そして間違っていることを誰かが証明するまで、これが私の説である。
明瞭かつ端的な仮説だ。これに反論し、ヘンダーソン氏の意見を否定することは難しい。なにしろスパモンは現代のいかなる科学的な装置をもってしても感知できない超越的な存在であるからだ。
人間の祖先は海賊である
というわけで、スパモン教では進化論を否定する。進化論では人間の祖先はチンパンジーであると主張し、その根拠として「人間とチンパンジーのDNAは95%共通である」ということを持ってくるが、バカを言ってはいけない。ヘンダーソン氏によれば、「私たちのDNAの99.9%は、海賊と共通している」という。Q.E.D.
もうちょっとこの論を強めてみよう。たとえば、男性の乳首は進化論によれば「石器時代には男性にも乳房があったから」などと説明しているが、これは誤りである。実際は「乳首は海賊にとって携帯気象台であり、乳首によって貿易風の方向や、寒さを感知していた」というのが正しい。
また、恐ろしい目に遭った時に立つ鳥肌は、進化論では「かつて人間の遠い祖先が、毛を逆立てて自分を大きく、恐ろしいものに見せようとしたときの名残」などと説明するが、これも頓珍漢な考えだ。実際は、「海賊が海に落ちたときに、鳥肌を立てることで自分の表面積を増やすことで浮力を増加させ、浮かびやすくするためのもの」である。
なお、誤解しないでいただきたいが、スパモン教は「進化」そのものを否定しているわけではない。ただ、「ある種が別の種に変化すること」を否定しているだけだ。緩やかな進化は、空飛ぶスパゲッティ・モンスターのヌードル触手によって導かれた可能性があることをだれも否定できない。
スパモン教はドグマを否定する
スパモンはこれまで人間が信じていたあらゆる宗教とは一線を画すものだ。なぜなら、この宗教は「あらゆるドグマ(教義)を否定する」からである。つまり、ちょっとわかりにくいのだが、スパモン教徒はスパモンのことを絶対的に信じているわけではない……ということだ。つまり、教徒自身が「スパモンが存在しない可能性」を残しているのである。そのため、スパモン教徒はスパモンが存在しないことが証明できるような証拠が登場すれば、自分たちの考え方を変える非常に高い柔軟性を持ち合わせているのだ。
ただし、スパモン教には「8つの本当にやめてほしいこと」が決められている。これを守ることはもちろん強制されているわけではないが、敬虔なスパモン教徒であるためには、次の8つは守るのが得策だ。これは古代の海賊、モージーがサルサ山で、スパモンから与えられた10枚の石板に記されていたものだが、残念ながらモージーは下山の途中で2枚を落としてしまったため、8つになっている。
1.ヌードル神を語るときに聖人ぶった独善的な野郎のような振る舞いをしないでほしい
2.ヌードル神の存在を抑圧、隷属、処罰、内臓の抜き取り、その他とにかく他人につらく当たる手段としないでほしい
3.人を外見や着ているものや話し方で判断しないでほしい。もちろん、性別で判断してもいけない。ファッションについての話は、ティール色とフクシア色の区別がつく女と、一部の男に任せなさい
4.あなた自身や、自発的に同意したあなたのパートナーを傷つける行為にふけらないでほしい
5.他人の偏狭や女性嫌悪や人種的偏見に、空腹で異議を唱えないでほしい。まずは食べて、それからク×野郎どもを追求しなさい
6.ヌードル神のために大金をかけて教会・寺院・モスク・神殿を建てないでほしい。お金を使うなら、以下3つのもっといい使い方をしなさい。
A.貧困をなくす
B.病気を治療する
C.平和に生きて、燃えるように愛して、通話料を値下げする
7.ヌードル神が自分に語りかけたと触れ回ることはやめてほしい
8.革製品とかローションとかをたくさん使うことにはまっていたら他人にしてほしいことを、他人にやることはやめてほしい。ただし、その相手がそれにはまっていたら、(第4項に従って)大いにやり、写真にとりなさい。そして、必ずコンドームをつけなさい! まったく、たかがゴム1枚じゃないか。
ヘンダーソンが答えちゃう
さらに、本書では預言者・ヘンダーソンが一般人からのあらゆる質問に答えるコーナーがある。一部、抜粋しよう。
Q スパモン教には明らかに一貫しない点や矛盾点があるけれど、どうつじつまをあわせるの?
A 第一に、そういった欠陥のように見えるものは、スパモンが信者の信仰心を試すために、周到に配置したものだ。第二に、ある程度の一貫性のなさは、宗教が普及するために必要なんだ――キリスト教やイスラム教なんかのようにね。
Q 無神論者やほかの宗教の信者、つまり異教徒はどうなるの? こういう人たちは地獄行き?
A いいえ。でもスパモンの天国の一番いい場所には入れないかもしれない。一番無難なのは、今すぐ改宗することだ。こんなふうに考えてみよう。もしパスタファリアニズムに改宗してからスパモンが存在しないことがわかっても、失うものは何もない。一方、改宗しない場合、スパモンがやはり実在したら、とんでもないバカを見ることになる。
Q 天国にはビール火山とストリッパー工場があるのなら、スパモン教の地獄はどうなってるの?
A はっきりしたことはわからないのだが、天国とあまり変わらないと想像している。ただしビールは気が抜けていてストリッパーは性病持ちだが。ラスベガスと似たり寄ったりだよ。
さあ、もうこれでスパモン教に改宗するしかない。
スパモン日本支部
スパモン教は全世界に教徒がいて、もちろん日本にも支部がある。
https://www.facebook.com/FSM.JPN/
128万いいねを集めていて、チョーカーやバッヂを販売しているようだ。偶像崇拝は「本当に止めて欲しいこと」には含まれていないので、おそらくセーフなのだろう。また、スパモン教はオランダで2016年1月に宗教として認定された。以下の記事も参考のこと。
おわりに
まぁ、マジメな話をすると、スパモン教はID説を学校教育に取り入れようとするアメリカ教育界の動きを受けて、「ID説が学校で教えられるなら、スパモン教だって教えられるべきだ!」という理屈から作られたパロディ宗教である。ID説は、表面的には人類の創造主を「偉大なる知性」といっているが、基本的に構成しているのはキリスト教徒なので、ヤハウェが作った……ということを学校で教えろということだ。
何かを批判したり反対するときに、ユーモアを用いて笑いに換えてしまうことは、実は多くの人を巻き込むのにとても有効な手段なのかもしれない。本書はさまざまな詭弁を用いて、笑いながら人々のリテラシーを高めることにも効果を発揮している。
ちなみに、本書の出版社である築地書館を聞いたことがなかったので調べてみたら、ほかにもなかなか香ばしい本をいくつも刊行しているおもしろい会社であることがわかった。以下、ちょっと紹介しよう。
- 作者: トーマス・D・シーリー,小山重郎
- 出版社/メーカー: 築地書館
- 発売日: 2016/05/30
- メディア: 単行本
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うーむ、興味深い。こういうおもしろい出版社が、日本にはひっそり存在する。
それでは、お粗末さまでした。