ほのぼのしない「おとぎ話ミステリ」 ~『むかしむかしあるところに、死体がありました。』のレビュー
おとぎ話を題材にしたミステリーそのものは、そんなに珍しくはない。
あと、ここ数年でヒットしたものだと、小林泰三の『アリス殺し』シリーズも、いわゆる童話の世界で繰り広げられる殺人劇という意味では同じだろう。
おとぎ話が物語をつくる上で便利な理由
童話やおとぎ話は「だれでもなんとなく物語を知っている」というところが最大の強みだ。
auのCMでもずっと「三太郎(桃太郎、金太郎、浦島太郎)」をモチーフにしたシリーズが続いているけれど、日本人なら「桃太郎はこういう話」という共通認識があるので、そういう前提条件をいちいち説明しなくても老若男女に親和性のあるものがつくれる。
つまり、物語のベースとして誰もが知っているものを置いておくと、そこに一工夫加えてエッジを立たせることでおもしろい物語が組み立てやすい構造があるわけだ。
んで、今回紹介するのがこちら。
特徴的な装画を手掛けたのはマンガ家の五月女ケイ子さん。
代表作には、『古事記』をこの漢字の絵柄でゆるゆるマンガ化したこちらがある。
おもしろいで、ぜひ読んでみてほしい。
- 作者: え/五月女ケイ子,ぶん/細川徹,五月女ケイ子,細川徹
- 出版社/メーカー: ティー・オーエンタテインメント
- 発売日: 2010/12/22
- メディア: 単行本
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五月女さんも童話をモチーフにしているマンガ化さんだから、本書のテーマにピッタリの人選、というわけだ。
カバーのイメージほどギャグ要素はない
さて、本書は「一寸法師」や「浦島太郎」「花咲かじいさん」など、日本の有名なおとぎ話の世界で巻き起こる凄惨な殺人事件をめぐるミステリー短編集だ。
表紙の五月女さんのイラストのせいでなんだかギャグテイストっぽい印象も受けるが、中身を読んでみるとけっこうシリアスなので、笑いを期待すると悪い意味で裏切られてしまうかもしれない。
また、「不在証明(アリバイ)」「倒叙」「密室」「絶海の孤島(クローズドサークル)」などなど、わりとガッツリとミステリー要素をふんだんに散りばめた、どちらかというとミステリーファンが気軽に楽しめる作品といったほうが正しいかもしれない。
ちなみに、著者の青柳碧人さんは『浜村渚の計算ノート』シリーズで人気を博し、それ以外にもたくさんの著書を出している多作な人。
私は読んだことがないのだが、こちらも単なる学園ミステリではなく、「義務教育から数学が排除された世界」が舞台となっている。
では以下、ネタバレしない程度に、収録作品を簡単に紹介していこう。
一寸法師の不在証明
一寸法師が姫を助けるために鬼の腹に入ってチクチク攻撃している時、とある村で男が殺された。家来の1人は検非違使を名乗る謎の男・黒三日月と調査を進め、次第に一寸法師が怪しいのではないかと思い始めるが、男が殺されたらしい時間、一寸法師は鬼の腹の中にいたので鉄壁のアリバイがある。本当にお所を殺したのは一寸法師なのか?
まずは王道ともいえる「アリバイ崩し」もの。
てっきり、「黒三日月」がどの物語でも登場するホームズ役なのかと思いきや、そうでもない。
トリックの鍵は、「打ち出の小槌」。
そして、物語の中でふかされる特別ルールにこそ解明の取っ掛かりがある。
花咲か死者伝説
殿様の前で見事に枯れ木に花を咲かせた爺さんが、山道の斜面で撲殺死体で見つかった。灰を持ったまま坂道を転げ落ちたためか、爺さんのあとには点々と花が咲いていて、手には「ぺんぺん草」が握らえていた。村人たちは総出で爺さん殺しの犯人を調べ始めるが、真相に気づいたのは、ただ一匹の犬だけだった。
こちらはいわゆる「ダイイングメッセージ」もの。
そして、語り部は初代の犬が死んだあと、同様に爺さんに拾われた野良犬となっている。
後味はよくない。
つるの倒叙返し
雪の降る夜、与兵衛の家に金を貸していた庄屋がやってくる。返せないなら村を追い出すと脅された与兵衛は、庄屋を殺して死体を隠す。また雪の降る夜、与兵衛のもとに助けた鶴が化けた女がやってきて、機織りをして与兵衛を助ける。村人の権次郎は行方不明になった庄屋が殺されたのではと下手人を探すが、なかなか見つからない。庄屋はいったい、どこへ消えたのか?
こちらは「倒叙」もの。
倒叙というのは、犯人の視点から物語が語られ、トリックが最初から読者に明らかにされるちょっと変わったミステリーだ。
ただし! この物語の場合は「倒叙"返し”」としているので、ここでちょっとひねりがある。
つまり、倒叙であると同時に叙述(←ネタバレOKな人だけ反転)ものでもあるわけだ。
密室竜宮城
亀を助けた浦島太郎が訪れた龍宮城で、おいせという踊り子が首に昆布を巻き付けられて殺された。だが、殺害現場である「冬の間」には内側から閂がかかり、唯一あるもう1つの出口はがっしりしたサンゴに覆わえていて出入りできない。一体誰がなぜ、どうやって彼女を殺し、そして部屋から抜け出したのか? 犯人がわからないまま龍宮城を立ち去った浦島太郎は、玉手箱を開けて初めて、事件の真相に気づくのだった。
こちらはミステリーの花形ともいえる「密室」もの。
ヒントはまさに「玉手箱」。
とはいっても、玉手箱自体は原作のおとぎ話と変わらず、浦島太郎を老化させるだけだ。
だけど、それが大きなヒントになっている。
絶海の鬼ヶ島
鬼たちが平和に暮らす鬼ヶ島。だが、その島にはかつて、桃太郎という残酷な虐殺者が現れ、鬼たちを殺害した島でもある。生き残った鬼たちは恐ろしい桃太郎を伝え、13人という人数で慎ましやかに暮らしていた。だが、ある日突然、1人の鬼が殺されているのが発見される。それを契機に、次々と鬼たちの死体が見つかり、どんどん鬼たちが減っていく。閉ざされた島でどんどん死体に変わる島民たち。そして最後に生き残った鬼太は、昔話に伝え聞いた恐ろしい怪物、桃太郎に襲われる――。
これが最後の物語。
アガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせる、「クローズドサークル」ものだ。
実はこの話の中でも打ち出の小槌など、ほかの物語に出てきていたマジックアイテムが登場することで、一連の物語が同じ世界の中で起こっていたことが暗示させる。
まあ、こちらも後味がわるい。
というわけで、全体的にマジメで、ときにブラック・人間の底意地の悪さを感じさせる一冊だが、最初に述べたように、おとぎ話がベースになっているせいで全体のストーリーがつかみやすいし、読みやすい。
ミステリ初心者からミステリ好きまで、読んで損はない一冊。
後記
アマプラで『ゴースト・イン・ザ・シェル』を見た。
言わずもがな、名作アニメ『攻殻機動隊』をハリウッドで実写化した映画だ。
私は攻殻機動隊だったら劇場版もTVアニメシリーズもARIZEも原作マンガも読んでいる。
見たり読んだりしたことがある人はわかると思うが、マンガ、劇場版、テレビアニメ版はそれぞれ世界観だけを共有したパラレルワールドのストーリーと言うか、別個の作品として捉えるべきであって、それはこの実写版も同じだと思う。
つまり、あくまでも全身義体とか電脳化といった要素だけを引き継いだまったく別の作品だと考えれば、まあこれはこれでおもしろいSF映画なんじゃないかってことだ。
なお、ほかの作品群では「草薙素子」という日本人女性として描かれている主人公が、この映画だとスカーレット・ヨハンソン演じるミラ・キリアン少佐となっていて、これが劇場公開前にホワイトウォッシュ(原作の主人公を無理やり白人に置き換えること)ではないかという批判もあったようだが、じつは、違う。
映画をちゃんと見ればわかるのだが、むしろ、この主人公をスカーレット・ヨハンソンがミラ少佐という役で演じることに意味があるのであり、むしろ、ホワイトウォッシュそのものを批判するような作品でもあるわけだ。
まあ、かくいう私も攻殻機動隊が大好きなのでなかなか見る勇気がなかったわけだが、結果的には悪い映画ではなかった。(絶賛するほどではないが)
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。