食用クローンが許された世界で起きるどんでん返しの殺人事件 ~『人間の顔は食べづらい』のレビュー
「怖いもの見たさ」という言葉があるように、平和な社会に生きている人間にとって「恐怖を感じる」というのはひとつのエンターテイメントだ。
もくじ
だから人は好き好んでジェットコースターに乗ったり、ホラー映画を見たりする。
「食べられる」というエンターテイメント
恐怖の根源を突き詰めて考えると、「死」がある。
恐怖を売りにしたエンターテイメントは、結局のところ「死の疑似体験」ともいえる。
ただ、おなじ「死」でも、頭ひとつ跳びぬけて人を魅了しているんじゃないかと思うのが「自分が何ものかに食べられる」という死に方だ。(もしくは単なる私の趣味なのかもしれない)
映画の『ジュラシック・パーク』シリーズしかり、マンガ『進撃の巨人』しかり。
最近だと『食糧人類』もそうだけど、自分が単に殺されるよりも、生きたまま食べられることによって死ぬことはより強いおぞましさを感じるのではないだろうか。
食糧人類?Starving Anonymous?(1) (ヤングマガジンコミックス)
- 作者: 蔵石ユウ,イナベカズ,水谷健吾
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/09/20
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『人間の顔は食べづらい』
というわけで、今回紹介するのがこちらの小説。
舞台は現代日本風の世界だが、作中では過去に発生したウイルスの万円により肉が食べられなくなり、栄養を補うためという名目で、「プラナリアセンター関連法案」が成立。
その結果、特定の場所で製造された自分のクローンに限り、食べることが許されている。
処理場では生育したクローンを太らせ、首を落としてから注文者のところに出荷する。
首を届けないのは、さすがに自分と同じ顔が来ると気味が悪いからだ。
軸となる二つの事件
そんな社会で、2つの事件が起こる。
ひとつ目の事件は、クローン法に反対していた議員がホテルから転落死した事件。
そしてもうひとつは、クローン法の立役者である人物が注文したクローン肉に、その頭部が「血液だけでなく、脳漿もお飲みになっては如何?」という脅迫めいたメッセージとともに配送された事件である。
物語は主要な登場人物数人の視点から語られるため、だれが主人公かというのは判然としない。
ただ、メインの語り部はプラナリアでクローン肉から頭部を切り落とす仕事に従事している柴田和志という男だ。
主人公の秘密
彼には秘密がある。
法律で禁止されている、クローンの個人培養を行い、自宅の秘密の地下室で自分のクローンを育てているのである。
ほかの登場人物も、一癖、二癖ある人物ばかりだ。
なにか腹に一物抱え、それぞれの思惑で動き回っている。
下手なことを書くとネタバレになってしまいそうだが、ひとつヒントを。
本書の解説を書いているのは『向日葵の咲かない夏』を書いた道尾秀介氏である。
ちゃんとミステリー
さて感想だけど、まあまあおもしろかった。
登場人物がごちゃごちゃして、「この人いる意味ある?」というキャラクターもいたりするのが気になるし、事件のトリックそのものもちょっと粗削りな部分があるけれど、独創的でグロテスクな世界観とミステリーを組み合わせていてなかなか新鮮だ。
まさかの真相ももちろん本書の特徴なんだけど、個人的には生首配送事件の真相をめぐって繰り広げられる推理ショー。
被害者を含めて登場人物が推理を披露し、その穴を突きながら次の人物が新たな推理を披露していくのが矢継ぎ早に行われていく。
設定自体は飛び道具的だが、わりとミステリファンが喜びそうな展開がしっかり用意されているのでご一読あれ。
今日の一首
8.
わが庵(いほ)は 都のたつみ しかぞすむ
世をうぢ山と 人はいふなり
現代語訳:
私の庵は京都の東南にある宇治山にあり、このように心静かに暮らしています。
でも、人々は私が世を憂いてこの山に暮らしているといっているようですね。
解説:
解釈は分かれるらしいが、「しかぞ」はしかも住んでいるような深い山の中という意味があるとかないとか。「うぢ山」というのは宇治山と「憂し山」をかけている。人々の根拠のないうわさを聞いて、相変わらずだなあと笑い飛ばしているような明るい一首。ちなみに、喜撰法師は六歌仙のひとりとして有名だが、詳しい生い立ちなどはわかっておらず、確実に喜撰法師が詠んだ歌とわかっているのはこれだけらしい。
後記
ようやく映画の『夜は短し歩けよ乙女』を見た。
監督はテレビアニメ『四畳半神話大系』もつくった湯浅政明さん。
独自の絵柄とデフォルメが強めの動き、そしてポップな色遣いが全開だ。
この映画の場合、特徴的だったのが「時間」。
原作は1年間の物語として「春夏秋冬」でそれぞれ話が完結した連作短編形式になっているが、映画だとそれができない。
そこでこの映画では「もしかしたらすべての出来事がたった一夜の出来事だったのかもしれない」という解釈を加えることで、「時間」という軸で筋を通している。
この「時間」という要素を加えたのはおもしろくて、それによりヒロインの「黒髪の乙女」とヴィラン的な立ち位置の李白さんの対立構造が際立つ仕組みになっている。
この作品の場合、大きな魅力はやっぱり作者である森見登美彦さんの軽妙な文体にあると思うので、どれだけのおもしろさか不安もあったけれど、これはこれでかなり楽しめる作品だった。
- 作者: 森見登美彦
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/12/25
- メディア: 文庫
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今回はこんなところで。
それではお粗末さまでした。