本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

逆張りだけじゃ意味がない ~『書店員X』のレビュー~


投資をやっている人なら、まず知ってる言葉だと思う。要するに
 
「あえてみんなが行かないところに行くと、得するよ」
 
という意味だ。
 

変化の速い時代だからこそ


逆張りをするというのは、投資に限らず大事だ。とくに、現代のようにテクノロジーやトレンドがめまぐるしく変わる時代において、「成功者のマネをする」というはちょっと遅すぎる行動なのかもしれない。
 
 
タイトルをオリジナルカバーで隠し、シュリンク包装で立ち読みすらできなくした「文庫X」という取り組みは、その意味で、従来の書店における本の販売方法の逆張りを行った施策だった。
 
・タイトルも著者も隠された本なんて誰も買わないよ!
・著者やデザイナー、出版社に失礼だ!
・誰かがすぐにネタバレするに決まってる!
 
このような懸念や批判を跳ね除け、一台ムーブメントを起こし、「文庫X」を大成功させた仕掛け人であるさわや書店の店員・長江貴士氏の初著作がこちらだ。

 

書店員X - 「常識」に殺されない生き方 (中公新書ラクレ)
 

 

 ノンフィクションというより自己啓発

 
本書ではもちろん、長江氏が「文庫X」を思いついたいきさつや、実行に移すまでの過程、苦労、協力した人々などのエピソードが語られている。
 
ただ、本書はそんなサクセスストーリーの舞台裏を語った単なるドキュメンタリーではない。むしろ、長江氏が本書を通じて提示しているのは、業界や世間や自分のなかにあった常識を打破し、それを行動に移してしまうことの重要性である。
 
そんな長江氏の哲学や、「文庫X」やほかの書店企画、さらにはこれまでに読んできた書籍などからまとめられている。なので、本書はどちらかというと「働き方」「生き方」の姿勢を提示する自己啓発的な側面も強い
 
まずは引用しよう。
 
自分が何を売っているのかに自覚的でなければならない、ということは、昔からよく考えていた。「本」という、「文字が紙に印刷され製本された物質」を売っている、という認識では、書店の売り場は作れない。
(中略)
こんなふうに僕は、書店の「常識」を誰からも教わらなかったことで、誰もが「当たり前」だと思うことに疑問を抱いたり、自分がしていることの本質は何なのだろう? と考えたりすることが習慣化されていった。この経験は、今自分が仕事をしていく中で土台になっていると強く感じる。
 

本=貨幣説


これは本作りもまったく同じだ。私は最近「本は紙幣と似ている」と思っている。
 
たとえば1万円札の原価はだいたい20円くらいだといわれているが、みんなは1万円札に1万円の価値を感じている。それと同じように、本だって単純に紙代や印刷代などを考えれば、1000円や2000円もするわけがないのだ。
 
つまり、読者は「この本に書かれていることには1500円の価値がある」と信じて買ってくれているわけで、編集者である私は、本質的には紙の本を作っているわけではない。
 
冒頭で「逆張りが大事」と説いたが、この本質的な部分を見極めないまま「ただ目立つためだけの逆張り」をやっても意味がない。
 

ただの逆張りは意味がない

 
文庫Xの場合、この取り組みの目的は「表紙を隠して話題にすること」ではない。
 
僕にとって表紙を隠すのは「手段」の一つであって、「表紙を隠す企画」をやりたかったわけではないのだ。
では、表紙を隠すのは何のための「手段」だったのか。それは、「先入観を取り除くこと」だ。

 

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

 

 

目的が手段化すると、しゃにむに差別化してしまうように、単純に奇をてらっただけの企画を立てたり、商品を作ってしまう。そうではなく、自分が人々に提供したいものの本質を掘り下げ、その手段として適切かどうかを判断したうえで、逆張りを行わなければ意味がない。
 
本好きが読むよりも、マーケティング、プランニングの担当者が詠んだほうが役に立つかもしれない一冊だった。


今日の一首

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33.

ひさかたの 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ

紀友則

 

現代語訳:

日の光がのどかな春の日なのに、

どうして桜の花は慌ただしく散っていくのだろうか

 

解説:

「ひさかたの」は天、空、月などにかかる枕詞なので基本的に意味がないが、ここでは「日(ひ)」と同音でもある。また、「ひさかた」「光」「春」「日」「花」と「は」「ひ」が連なり、しかも「の」も続けて用いることで、口に出して読むと何とも心地よいリズムを生み出しているのがお見事。ちなみに、花といったら、それは桜のこと。


後記

 
ふとこの本が目についたので、気まぐれにやたら長いタイトルのライトノベルを集めてみた。
 

 

サブタイトルは含めず、メインタイトルだけの長さで。

 

勇者召喚されたけど自分だけがハズレ勇者で魔法もスキルもないハードモードだった (レッドライジングブックス)

勇者召喚されたけど自分だけがハズレ勇者で魔法もスキルもないハードモードだった (レッドライジングブックス)

 

 

長さ以外にも突っ込みどころ満載だけど、デザインを見てみるとタイトルの強調の仕方にいろいろと個性があっておもしろい。というか、いまどきの10代はライトノベルを読んでいるのだろうか。ライトノベルの読者層ってどのくらいなんだろうかと気になった。

 

今回はこんなところで。

お粗末様でした。