「は」と「が」の違い~『マジ文章書けないんだけど』のレビュー~
今回紹介する本はこちら。
マジ文章書けないんだけど ~朝日新聞ベテラン校閲記者が教える一生モノの文章術~
- 作者: 前田安正
- 出版社/メーカー: 大和書房
- 発売日: 2017/04/19
- メディア: 単行本
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朝日新聞で校閲の仕事をしたり、国語・漢字についての特集やコラムを担当した、いわば「日本語オタク」な人が「正しい文章の書き方」について解説した本。
文章術に関する本は、以下に示すとおりいくつもある。個人的なおススメは次の3冊あたり。
新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)
- 作者: 唐木元
- 出版社/メーカー: インプレス
- 発売日: 2015/08/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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何を書けばいいかわからない人のための「うまく」「はやく」書ける文章術
- 作者: 山口拓朗
- 出版社/メーカー: 日本実業出版社
- 発売日: 2016/03/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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- 作者: 阿部紘久
- 出版社/メーカー: 日本実業出版社
- 発売日: 2009/07/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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そのように類書が多いなかで、本書は
・大学生が就活で受かるESの書き方がメインの内容
・全編を通じて物語り形式で進む
を特徴としている。
正直、メールの文面やビジネス用の文書の書き方を知りたい人は、もっと即効性のある上のようなハウツー本があるので、そちらを読めばいいと思う。
ただ本書の場合、さすが新聞社の校閲を務めた人物だけあって、良い意味でリクツっぽくて「お勉強」としての性格が強い。つまり、本当にわかりやすい文章を書くための基礎の基礎が順序だてて学べるのだ。
本書の細かいこだわり
あと、細かいことになるが、本書は章ごとにページの特色が異なる。つまり、使っているインクの色が違うのだ。具体的に説明すると、第1章は「黒と黄色」、第2章は「黒とピンク」、第3章は「黒と緑」、第4章は「黒と青」を使っている。
こうすると単純に1色で刷るよりもちょっとコストがかかるが、パッと見でいま、どの部分を読んでいるのかがわかりやすくなるので、読者に親切だ。
また、本のサイズもいわゆる四六判(ビジネス書によくある単行本のサイズ)ではなく、ちょっと天地が短い変形四六判を使っている。これはおそらく、縦横比でヨコの割合を長くすることで、ページを開きやすくする工夫だろう。
特に本書の場合、単に読むだけではなく、ところどころに読者に書き込んでもらうワークを挟んでいる。そのため、片手でページを押さえながら書き込みやすいように工夫しているのだ。
もうひとつ言うと、文章中のフォントの使い分けもこまかいこだわりが見られる。本書は生徒役の女子大学生「すず」と、教師役の「謎のおじさん」の対話によって進むのだが、すずのセリフは手書きのようなポップなフォントなのに対し、謎のおじさんのセリフはゴシックになっていて、パッと見ただけでどちらのセリフかがわかりやすい。
それはともかく、以下、本書の「なるほど」なポイントをいくつか抜粋してみよう。
「が」と「は」の違い
松田聖子の「赤いスイートピー」っていう歌があってね。作詞は松本隆、作曲は呉田軽穂(松任谷由実)。この2番の歌詞に面白いところがあるんだ。
<例1>
何故 あなたが時計をチラッと見るたび
泣きそうな気分になるの
ここで泣きそうな気分になっているのは、誰だかわかるかい?
――えー、そりゃ「私」でしょ。
なんで?私なんてどこにも書いてないし。
――なんでって…当たり前だからとしか言いようがないなあ。それに主語の「私」はなくても通じるでしょ、日本語では。
確かに日本語は、私とか僕とか英語のようにいちいち一人称の主語を入れなくても通じるからね。でもそれだけでは、答えにならないなあ。
じゃ、これはどうだい?
<例2>
何故 あなたは時計をチラッと見るたび
泣きそうな気分になるの?
――え、え、え? これは「あなた」でしょ。あれ? なんでだ?
これはほとんどの人が意識していないだろうが、「が」は格助詞、「は」係助詞なので、ベツモノ。説明するとちょっと複雑でわかりにくいので、本を読んで欲しい。
一つの文章で書くのは「ひとつ」だけ
本書の問題からひとつ抜粋。次の文章をもっとわかりやすく直してみてほしい。
商店街の抽選で当たった朝顔の種をまいたのだが、毎日の水やりが楽しみなのだけど、仕事が忙しいのでしっかり枯れないようにしたいと思って水やりをしている。
この文章、なにが言いたいのかはなんとなくわかるけど、読んでいると気持ちの悪さを感じると思う。それは、いろいろなことを一つの文章で言おうとしているからだ。
とくに注意したいのが「だが」という接続詞。これは本来、「逆接」のために使う言葉なの「だが」、この文章では単に違う内容の事柄を繋げるためだけに使っている。そのせいで、無駄に文章が長くなってしまっているのだ。
文章を書くときの原則として、ひとつの文にはひとつのメッセージを守らなければならない。
そこでこの場合、まずは要素に分ける。
(1)商店街の抽選で朝顔の種が当たった:過去の出来事
(2)朝顔の種をまいた:過去の出来事
(3)毎日の水やりが楽しみ:今の気持ち
(4)仕事が忙しい:今の状況
(5)枯れないようにしたいと思って水やりをしている:今の行動
まず、(1)と(2)はどちらも「過去の出来事」なので、ひとつにまとめられる。
商店街の抽選で朝顔の種が当たったので、それをまいた。
これでもまあOKだが、こんなに短い文章で「それ」という指示語を使う必要はない。
(A)商店街の抽選で当たった朝顔の種をまいた。
こちらのほうが「それ」がなくなり、さらにスッキリする。
これで、「過去の出来事を説明する」という意味で一つの文章を作れる。
残り(3)(4)(5)はどれも「今」の出来事だ。なので、これは3つまとめて一文にまとめられる。まず(3)と(5)は「水やり」という事柄でつながりがあるので、これをくっつけよう。
(B)枯れないように毎日の水やりを楽しんでいる。
これを(A)とくっつける。
(C)商店街の抽選で当たった朝顔の種をまいた。枯れないように毎日の水やりを楽しんでいる。
これだけでも書き手のメッセージは十分伝わる。ここで(3)をどう使うかが最後のポイントだ。(3)は「どれだけ楽しんでいるか」の程度を表現するためのツールとして使える。なので、(A)と(B)の間に挟もう。
(完成)
商店街の抽選で当たった朝顔の種をまいた。仕事は忙しいが、枯れないように毎日の水やりを楽しんでいる。
この完成形、じつは本に載っている回答とはちょっと違うところがある。なぜそういう違いが生まれたかというと、もともとの文章にあった「毎日の水やりが楽しみなのだけど、」という部分の解釈の違いが原因だろう。これはどちらが明確な正解というわけではない。
文章はなかなか「正解」がないものだし、正しく書けばそれがいいとは限らない。ただ、以前に紹介した『「言葉にできる」は武器になる』という一言が示すように、自分の考えを端的に、かつ性格に言葉にできることは少なからぬアドバンテージを生むので、学んで置いて損はないはずだ。おそらく今後、テレパシーで会話できる世界になるまで、「言葉」はコミュニケーションの道具として使われ続けるはずだから。
今日の一首
62.
夜をこめて 鳥の空音は 謀るとも
世に逢坂の 関は許さじ
清少納言
現代語訳:
夜が空ける前に鳥の鳴きまねをして騙そうとしても
あなたには絶対に会いませんからね!
解説:
この一首にはエピソードがある。
ある晩、藤原行成が清少納言のところに来たのだが、(たぶんナニもせずに)早々に帰ってしまった。翌日、行成から「鶏が鳴いたから朝だと思って帰ったんだよ」と言い訳の手紙が来るも、清少納言は「うそ鳴きの鶏ですか?」と手厳しく返事をする。
これは中国の古典『史記』に出てくる「函谷関の鶏鳴」にちなんでいて、函谷関という鶏の声がしないと門を開けない関所を通るため、孟嘗君という人物が鶏の鳴きまねがうまい者の手を借りて門を開けさせた逸話だ。清少納言はもちろん鳥の鳴き声なんて聞こえなかったので、函谷関の鶏鳴を持ち出し、ウィットに富んだ嫌味を言ったのである。
そこで行成は、「関は関でも、函谷関ではなくて、あなたと私が出会う逢坂の関所ですよ」とさらに手紙を送ったところ、その返事としてこの歌が送られた。つまり、「函谷関はウソの鳴き声で開いたかもしれないけど、私とあなたの逢坂の関はウソの鳥の声なんかでは開きませんよ(あなたには会いませんからね)」と突っぱねたのである。
ちなみに、清少納言は紫式部から「漢文が読める自分の教養をひけらかす嫌味な女」と呼ばれたが、たしかに教養はあったようで、この一首からもそれがうかがい知れる。
後記
先日、ハワイに行ってきました。
人生初の海外、初のハワイ。シュノーケリングとかパラセーリングとかダイヤモンドヘッド登頂とかいろいろやったけど、とりあえずここではそういうのは語らず、行き帰りの飛行機の中で見た映画の話をしよう。
『プロメテウス』
事前知識ゼロで見たが、どうもこの映画、あの『エイリアン』シリーズの前日譚的らしい。それにしても、登場人物たちの行動やストーリー展開が支離滅裂。結局、人類誕生のなぞについてもあまり明確に語られることがないまま、怪物に襲われていろいろ人が死ぬだけの映画だった。
『レゴムービー』
世界の崩壊をたくらむ悪役の企みを防ぐべく、伝説の道具を見つけてしまったごくごく平凡な主人公がいろいろ活躍する王道的なストーリー。最初はよくある王道ストーリーだが、後半に「レゴという舞台だからこその物語展開」が楽しめて、なかなか良かった。主人公が覚醒する作品は数多いが、ここまで明確に「覚醒する理由」が示されているのも珍しい。
『グレートウォール』
中国にある万里の長城が、じつは異形の怪物たちの侵入を阻むために作られたものであるという舞台設定の歴史ファンタジー。主人公は「火薬」を求めてヨーロッパからやってきた傭兵で、美人の女将軍にと一緒に戦ううち、「誰かのために戦う」ことの意義を見出していく。CGによるバトルシーンは圧巻だが、細かいところで物語展開やキャラづくりが雑。細かいところを気にしなければ楽しめるが、それにつけても最後まで意外性がまったくない物語展開で、後半になるとダレてくる。
『オデッセイ』
途中で寝てしまった。特に意味もなく、マット・デイモンつながり。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。