手コキから始まる青春SF~『ビアンカ・オーバースタディ』のレビュー~
映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』を見た。
もくじ
のだけど、私はいまいち、この作品の良さが理解できなかった。
前半はおもしろい。
結婚をして幸せな生活を送るはずだった主人公の女性がとある謀略によって離婚させられ、綾野剛演じる怪しい男の指示に従うようになっていくわけだ。
が、最終的にこの男は何がしたかったのかわからないまま終わってしまう感じがモヤモヤした。
『ビアンカ・オーバースタディ』
というわけで、大して興味を抱かなかった映画についてはこれ以上語らない。
それよりも今回紹介するのはこちら。
- 作者: 筒井康隆,いとうのいぢ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/08/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 20人 クリック: 1,628回
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表紙だけ見るといかにもなラノベだが、そのイメージはちょっと読んだだけで覆されてしまうはずだ。
なにしろ、主人公である美少女、ビアンカちゃんはいきなり自分のお気に入りの男子生徒のイチモツを握りしめて手コキを始めてしまうのである。
たしかにライトノベルでは主人公がヒロインの女の子のまたぐらに頭を突っ込むなど、冒頭からラッキースケベに遭うケースは多い。
だがしかし、それはあくまで想定外の事態として繰り広げられるものであり、本作のように主人公の女の子が自分からエロスをかますものではないわけだ。その点で、しょっぱなからアノ筒井康隆らしさがフルスロットルな作品になっているといえなくもない。
人間の生殖が見たい
とりあえずあらすじ。
とある高校に通うビアンカは超絶美少女。でも彼女は恋愛には目も向けず、放課後になると生物学実験室にこもってバフンウニの生殖活動を観察していた。しかし、彼女はひっそりとその実験を続けながら夢見ていたのだ。
「人間の生殖の仕組みを見たいなぁ」
そこでふと、ビアンカは思い立って教室を出て、いつも生物学実験室の前にいるビアンカに想いを寄せる男子生徒・塩崎哲也を呼び寄せる。彼女はついに我慢できなくなり、塩崎の陰茎を手コキして精子を採取し、その観察を始めるのだった。
やがて彼女は生死を観察するだけでは物足りなくなり、人間の受精の瞬間を見てみたくなる。そういえば、自分はそろそろ生理が近い……。そこで彼女が取った行動は――。
このあらすじは本当に、物語のさわりの部分にすぎないのだが、これだけでも本書が相当ぶっ飛んだものであることが理解できると思う。
まずもう、いきなり主人公の美少女が手コキを始めるのが異常極まりない。
やがてこの物語がどうなっていくのかというと、時空を飛び越えたりモンスターを生み出したり、最終的にはバトルを繰り広げたりするわけだ。
つまり、あらすじはほんの序の口であり、ここから後半に行くにつれて、物語はどんどんカオスになっていくのである。
77歳の作家が書いたライトノベル
そして驚くべきは、この作品を執筆した作家・筒井康隆御大は、執筆当時になんと77歳の喜寿だったということである。
まずこの年になってライトノベルを書いてみようという意気込みがすごいし、自分が得意とするお下劣っぷりとSFとグロテスクさを存分に織り交ぜながら、「なるほどこれはライトノベルだな」と思わせるだけのラノベのテンプレをしっかりコピーしているのは脱帽しかできない。
あの結末の真相
ちなみに、本作は最後の最後で資本主義と共産主義の行く末や、二次元やフィクションのなかの女の子にしか欲情できない男の問題点をあげつらったりしていて、ライトノベルとしてライトノベルを批判するようなメタ的な発言があるが、これはおそらく筒井御大が突発的に書いてしまったものだと思われる。
そもそもあとがきを読むと、本作はまず3分の1を書いて2年が経ち、もう3分の1を書いてまた2年が経ち、それから残りの3分の1を書いてやっと完成した作品なのだという。
そう思いながら読んでみると、たしかに前半3分の1と中盤3分の1と後半3分の1で、大分ストーリー展開に飛躍がある(ように感じられる)。
そもそも、私は直近でこちらの本も読んだのだが、
この短編集を読んでみても、筒井御大があまり先の展開を考えずに勢いだけで作品を作るタイプの作家であることがうかがい知れる。
ちょっと引用しよう。
さて、ここまで書いて作者、実はあとが続かなくなった。いや、続けることはできるのだが、どう書いたところで今までに書いた類似の話を越す面白い結末にはならぬ。読者も先刻ご承知の通り、以後、男女人畜入り乱れてのドタバタ愛欲絵巻となるのであるが、どうせ予定調和に終わるのであり、そんなものは書いてもしかたがない。ここは作者が無理に結末を書くよりも、読者の突拍子もないご想像にお任せした方がよいと判断し、筆を擱くのである。
実は先日も、作中にお名前を出した京極夏彦氏との対談で、「それ以上書いたら面白くなくなるという場面は擱筆すべきである。面白い部分のみ発表すればよい。小説に結末がなければいけないという法律はないのだ」という互いの結論を確認しあったばかりなのである。
と、いうわけで、残念ながら今回この話はこれまでとさせて戴く。願わくば読者諸氏のご理解の賜らんことを。
『稲荷の紋三郎』より
とんでもないジジイだ。
書いてもおもしろくならないからと、勝手に物語を終わらせやがった!
で、これを頭に入れつつ『ビアンカ・オーバースタディ』を読み直してみると、そもそも3分の1で筆が止まったということ自体、筒井御大の意欲がかなり削がれながらの執筆活動だったのではないのかと憶測できるのである。
んで、最終的なまとめ方上手く思いつかなかったから、ライトノベルの批判や資本主義および共産主義の批判を交えつつ、なんかフワッと終わらせちゃったんじゃないかとも思えるのだ。
もちろん、著者の深謀遠慮な思想を類推することが無意味であり、無粋であることも重々承知しているので、これ以上述べることはしない。
オマージュもたっぷり
ちなみに、筒井御大と京極氏は仲が良いようで、実は本作にもその京極氏の作品からオマージュされたとしか思えない「ウブメ効果」なるものがでてくる。
ほかにも、自身の代表作である『時をかける少女』をセルフオマージュしたような設定など、いろいろと悪ふざけが散らしてあるので、暇で死にそうな人は読んでみるのも悪くはない。
ただ、結末にはあまり期待しないほうがいいかもしれない。
おわりに
太田が悪い。
- 作者: 筒井康隆,いとうのいぢ
- 出版社/メーカー: 講談社
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今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。