『星籠の海』(本)のレビュー(ネタバレなし)~映画化がうれしくて島田荘司と御手洗潔について紹介したくてたまらないんだ~
探偵ミタライの事件簿 星籠の海 - 映画予告編[ 玉木宏 主演]
いよいよ6月4日に『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』が公開される。
もくじ
というわけで、いそいで原作の本を買って読み終えた。今回はそのレビューと、著者の島田荘司、および御手洗潔シリーズについて。
島田荘司について
1948年、広島県福山市生まれ。武蔵野美術大学商業美術デザイン科を卒業後、ダンプカーの運転手、ライター、ミュージシャンなどを経て、1981年に名探偵・御手洗潔が登場する『占星術殺人事件』(投稿時の題名は『占星術のマジック』)が江戸川乱歩賞最終候補作品となり小説家としてデビューする。
以後、名探偵・御手洗潔(みたらい・きよし)を主人公とするシリーズ作品を生み出したほか、刑事・吉敷竹史を主人公にしたシリーズを手掛けたり(こちらは『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』が初出)している。
日本のSFの大御所が筒井康隆だとすれば、島田荘司はミステリーの大御所といっても過言ではない。島田御大が日本のミステリー界に与えた影響は大きく、綾辻行人、我孫子武丸、司凍季、霧舎巧、麻生荘太郎、松田十刻の名付け親となったほか、伊坂幸太郎も次のように語っている。(太字は徒花)
――自分でも小説を書こうと思ったきっかけは?
伊坂 : 島田さんにハマっていた高校生の頃、うちの親から『絵とは何か』という美術評論の本をもらったんです。その帯に、「人生とは一回限りである。しかも短い。その短い人生を想像力にぶちこめたらそんな幸せなことはないと思う」という言葉があって。高校生の僕としては、単純にそういうふうに生きたいなと思っちゃったんですね。想像力を使って生きるって幸せかな、と。それで小説だったら自分でゼロから作ることができるのかなと思い、大学に入ったら時間もあるだろうから書こう、と思っていました。
――ミステリを書こうと?
伊坂 : そうですね。でも、島田さんにハマっていなかったら、それほどミステリというジャンルにこだわっていなかったんかもしれません。
最近は自ら執筆する傍ら、アジア全体のミステリーの発展のためにいろいろ精力的に活動していて、2008年には台湾の作品を対象にした「島田荘司推理小説賞」を発足させたり、アジア各地域の本格推理小説を翻訳・刊行した「島田荘司選 アジア本格リーグ」というシリーズを各国で刊行したりしている。また、出身地である広島県福山市でも「福山ミステリー文学新人賞」の審査員を務めたりしている。
かくいう私も、じつはミステリーにはまったのは島田御大がきっかけだ。たしか、中学生の時あたりに初めて『占星術殺人事件』を読み、幼心ながらその鮮やかすぎるトリックに度肝を抜かれたものである(いまから考えると、よくこの本を中学生が読めたなぁと思う)。私が本格ミステリー好きになり、「人が死なないミステリーはつまらん」と口にするのは、明らかに島田御大の影響を受けている。
御手洗潔シリーズが長らく映像化されなかった理由
御手洗潔は島田御大が生み出した占星術師であり、脳科学者であり、そして名探偵である。アメリカの学校を飛び級して名門大学に入り、20代前半でコロンビア大学の助教授になるほどの頭脳の持ち主で、ジャズミュージシャンとしての腕前も確かな万能マンだが、人の名前はよく忘れ(生年月日はすぐ覚える)、大の女嫌い(犬をはじめとした動物は好き)。難しい事件以外には興味を示さず、ひとたび謎解きに没頭すると寝食を忘れて街を徘徊したりする、まさに変人中の変人である。惚れっぽくてヘタレな小説家・石岡和己(いしおか・かずみ)とともに、横浜の馬車道に事務所を構えていたが、のちに渡欧して世界各国を渡り歩くようになった。
さて、このたび映画化されたそんな御手洗潔が主人公のシリーズだが、映画化には布石があった。それが、2015年3月に放送された『天才探偵ミタライ〜難解事件ファイル「傘を折る女」』である(原作は『UFO大通り』に収録)。このニュースを聞いたとき、私を含めた日本全国の島田荘司ファン、および御手洗潔ファンがどれだけ狂喜乱舞したかは筆舌に尽くしがたい。
なにしろ、御手洗潔が小説の中でデビューしたのは1981年のことであり、30年以上がたって、ようやく映像化されたのだ。人気を誇っていた御手洗潔の映像化になぜここまで時間がかかったのかといえば、答えは単純、島田御大が渋っていたからである。
『星籠の海』の下巻、解説を書いた大矢博子氏によれば、雑誌『インポケット』の2013年11月号において、島田御大はその理由を語っている。曰く「まだ作品が少ないうちに映像化され、万が一それが失敗だった場合に受ける影響を当時は考えた」とのこと。そもそも御手洗潔の名前の由来は、御大の少年時代の渾名である「便所そうじ」から取られたものであるため、御大にとってはまさに自分自身に等しいキャラクターだったからこそ、ひときわ愛着があったのだろう。
しかし、御手洗潔シリーズは2016年現在で28作品が執筆され、その人気は不動のものになった。もう、どのように映像化されても「御手洗潔」というキャラクターは揺るがないだろう。そうした心境の変化があり、さらに御大自身がNHK大河ドラマ『篤姫』で坂本龍馬役を演じた玉木宏を見てピンときたおかげで、このドラマ化が決まったのである。そして結果、玉木宏演じる御手洗潔はネットを中心にファンの間でも非常に好意的に受け止められ、今度は映画化が決定した。(twitterの発言からは心配する声も聞かれたが)
傘を折る女、視聴率8.6%と出たそうだね。これは第2弾、微妙だね。でもNET界に湧きあがる熱い感想や高度な書き込み、押し寄せる漫画のクオリティーに、視聴率だけではもう測れない特別な力を、われわれは感じさせたと思います。それこそはアジアを引っ張る日本の力です。みなさん、ありがとう!
— 島田荘司 (@S_S_Kingdom) 2015年3月9日
コミカライズはされてた御手洗潔
ただ、ただ……ぶっちゃけ、私は「玉木宏か……うーん」という感想だった。なぜなら、私の頭の中での御手洗潔は、かつて出版されていたパロディマンガ『ちっぱーみたらいくん』 でできあがっていたからだ。とくに、初めて御手洗潔に出会うと同時期にこのマンガも読んでいたのが大きかったのだろう。
私の頭の中の御手洗は長身痩躯でちょっと影のあるモジャモジャ頭の男だったので、爽やかイケメンサラサラヘアーの玉木宏とちょっとイメージ上でのズレを感じていたのである。ちなみに、映像化は遅かったがコミカライズは割とされていて、ほかにも『御手洗くんの冒険』というのもあった。
また、2012年には『ミタライ 探偵御手洗潔の事件記録』というものも刊行されている。こっちでもやっぱりモジャモジャ頭だ。
ミタライ 探偵御手洗潔の事件記録(3) (モーニング KC)
- 作者: 原点火,島田荘司
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/04/23
- メディア: コミック
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でもまあいいや! とにかく私は映像化された御手洗潔シリーズがうれしくてたまらない、一ファンのひとりなのだ。
御手洗潔シリーズはこの順番で読んどけ!
というわけで、ここからは初めて御手洗潔シリーズを読む人に向けて、徒花がおススメする読書の順番をお伝えしていく。『星籠の海』だけ読むのもいいが、本書は上下巻でそれなりのボリュームがあるので、まずは御手洗さんと石岡くんについて慣れておいた方が楽しめるのではないだろうか、と考えたからだ。
①『御手洗潔の挨拶』
御手洗さんと石岡君が活躍する初期の短編集で、2人のキャラクターや関係性を知るのに一番適しているのでは。もちろん、トリックや状況設定もミステリーの王道的なもので、楽しめる。なかでも、『数字錠』は人気が高い。
もしくは、同様の短編集でもある『御手洗潔のダンス』でもいい。
②『占星術殺人事件』
まっとうに考えれば御手洗潔のデビュー作である本作を読むのがスジなのだが、これから読み始めるのはおススメできない。なぜなら、本作は序盤からいきなりよくわからない手記が結構なボリュームで続く、かなり初見に厳しい作品だからだ。もちろん、長編なので、本全体もけっこうあるので、読むのがしんどい。
その代わり、トリックは超一級品。色あせることのない、日本を代表するミステリーの傑作だ。なお、本書を読む前に絶対に蘇部健一氏の『六枚のとんかつ』を読んではいけない。いいか、読むなよ、絶対だぞ!
③『異邦の騎士』
前2冊を読んだら、ぜひとも本作を読んでほしい。本作を読めば、まず御手洗さんと石岡くんのファンになるはずだ。あまり語りすぎるとネタバレにしかならないので、このくらいにしておく。
④『斜め屋敷の犯罪』
ぶっちゃけ、上記3作を読めばあとはもうどの順番で読んでもいいが、シリーズを通じて出てくる新たな登場人物などもいるので、できれば残りは出版年数の古い順番から読んでいけばいい。というわけで、2作目である『斜め屋敷の犯罪』がおススメだ。こちらはミステリー界の鉄板である「屋敷モノ」だ。
オマケ『眩暈』
こちらは個人的に一番好きな作品。なんというか、舞台設定というか、「こんなに大風呂敷広げて、どうやって回収するんだよ……」というのがなるほど納得させられた作品であるからだ。
『星籠の海』について
さて映画化される本作は2013年に刊行されたもので、知ってはいたが、なかなか読む機会がなかった。というのは、近年の島田御大の作品がいささか「新本格」から離れ、社会派、歴史ミステリに傾倒していたからだ。
とくに、『溺れる人魚』とか『リベルタスの寓話』など、海外を舞台にした作品が多くなり、あまり地理とか世界史に明るくない私にとって、ちょっと離れていた時期があったのである。(『リベルタスの寓話』はサイン本だけど!!うふふ…)
しかし、映画化されるのであれば、なんとしてもそれまでに『星籠の海』を読まねばならんと決意し、3連休を利用して一気に読み切った。
御手洗潔シリーズは作品の中でも時系列があって、時系列が後のものになると御手洗潔も年を取って石岡くんと別れ、なんだか若いころのようにはっちゃけることの少ない大人になってしまう。しかし、本作の時系列はまだ御手洗さんが石岡くんと一緒に馬車道に事務所を構えていた時代の話であり(そのため、舞台設定は1990年代)、まだ若くて元気はつらつとした御手洗さんが読めたので、個人的にはかなりうれしかった。また、島田御大も知らないうちに剽軽な爺になったのか、文章にはこれまで以上にユーモアがちりばめられ、なかなか笑えるシーンも多い作品だったように思う。
また、文庫版の解説でも述べられていたことだが、本作品は御大にとって初めての試みがなされた作品でもある。それは、島田御大の生まれ故郷である広島県福山市、および瀬戸内海を舞台にしている、という点だ。つまり、今回は海外ではなく国内が舞台であり、歴史的な要素も日本史がかかわってくる。日本史であれば私は理解しやすいので、その点でも私にとっては非常にありがたい作品であった。
あらすじとレビュー(ネタバレなし)
では、あらすじ。
馬車道で暮らす御手洗と石岡の元にある女性が相談に訪れる。聞けば、彼女の実家である瀬戸内海の小島・興居島(ごごしま)の海に、昨年あたりから月に1~2体くらいの頻度で「死体が湧く」ようになったのだという。島民は誰も死んでいないし、行方不明者もいないうえ、死体は損傷が激しく、いったいどこの誰なのかさっぱりわからない。強く興味を引かれた御手洗は、石岡を伴ってその島に向かうが、それは瀬戸内海を揺るがす事件の始まりだった。
死体が湧く島、福山市で発生した女性の不審死、赤ん坊の誘拐事件、暗躍するカルト教団、そして新たに発見された幕末の古文書に記された謎の言葉「星籠」――すべての謎が御手洗の鮮やかな推理によって一つに結ばれていく。
このように、長編ならではのいろいろな要素てんこ盛りで、実際、かなりおもしろい・・・・・・のだが、惜しむらくは、それが「ミステリーとしてのおもしろさ」なのではなく、「エンターテイメント小説としてのおもしろさ」になってしまっている点だ。ミステリーの醍醐味といえる3つの要素「フーダニット(犯人)」「ハウダニット(トリック)」「ワイダニット(動機)」がけっこう早々に明らかにされてしまうので、ミステリーならではのカタストロフィを感じることはできなかった。ちなみに、あらすじのなかで説明した「死体の湧く島」の謎は、アッサリ過ぎるほどアッサリと謎解きされてしまう。
その代わりといっては何だが、胸がときめくのはタイトルにもなっている「星籠」の正体と、それにまつわる日本史ミステリーだ。これについて、ちょっと説明しよう。
幕末、浦賀に来航したペリーは日本に開国を迫り、結果として、当時の江戸幕府は要求を呑んだ。そのとき、江戸幕府の老中首座として対応したのが福山藩の藩主であった阿部正弘である。一般には、彼が優柔不断であったがために開国せざるを得なくなったような印象があるが、じつは阿部はかなりの切れ者だった。幕府はアジア諸国が欧米によって次々に植民地化されている情報をつかんでいたため、日本が同じことにならないよう、阿部は黒船に対する最終手段として、「星籠」という秘密兵器をひそかに準備していたというのだ。
「阿部正弘公肖像画」の白黒写真二世五姓田芳柳筆 福山誠之館蔵
そしてこの星籠は、もとをたどれば戦国時代に瀬戸内海を制した村上水軍(海賊)が開発したものだという。村上水軍はかつて織田信長が作った強固な装甲を持つ「鉄甲船」の前に敗北したが、そののち、この鉄甲船を打ち破る「岩流星籠」を作り出し、その図面をずっと保持していたというのだ。もちろん半分くらいはフィクションではあるが、「時計仕掛けの海」と称される瀬戸内海の特殊な事情とそれらを巧みに利用した村上水軍のすごさなどは読んでいておもしろい。
――とはいえ、エンタメ小説としても突っ込みどころがないわけではない。以下、箇条書きにしてみる。
●やっぱりもうちょっと本格的な謎解き要素はほしかったよね
●ヒロくん、ちょっとかわいそう過ぎない? 彼は彼でとある人の行動を変える大きな役割を持っているけど・・・・・・。
●ワトソン役の石岡くんの置いていかれっぷりがいつにましてひどい。語り部なのに「あれ? いたの?」レベル。
●ラストの終わり方がちょっと強引過ぎるようにも思う。もうちょっと、御手洗さんが前に出て全面対決してくれればよかったのになぁ・・・・・・。
●すべてが終わった後の物語の幕の引き方がちょっと適当な感じ。まぁ、そこはあまり気にしないが
●出会う女性ファンたちの言動で「御手洗と石岡の関係」を邪推する描写がけっこう難解も出てきて、後半になると辟易してくる
●舞台は90年代後半だけど、書かれたのは2011年以降だから、国際情勢とかいろいろなところで当時の時代設定からすると違和感を覚えるような箇所があるような・・・・・・
・・・とまあこんな感じで、いろいろと細かくケチをつけようとおもえばいくらでもつけられるが、全体的に判断すると、十分他人におススメできる作品といえるのではなかろうか。なお、本書は「単行本」「kindle」「文庫」と3つのフォーマットが出ているが、kindleよりも文庫本のほうが安い。
おわりに
というわけで、これで心置きなく映画を座して待つことができる。とはいえ、すでに広瀬アリス(妹は現在超売れっ子の広瀬すず)さんが演じるオリジナルキャラクターがいるなど地雷臭を感じる今日この頃。おそらく、事務所のリクエストとかそういう裏事情があるのでしょう。
また、原作がかなりのボリュームなので必然的にかなりの部分がカットされるかれるか改変されるかは必然。映画の公開が楽しくもあり、そして恐ろしくもある。まぁ、映画と小説は別の作品ということで、映画は映画として楽しむことにしましょう・・・。
それでは、お粗末さまでした。