本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『姫百合たちの放課後』のレビュー~小説の執筆は作家のオナニーである~

f:id:Ada_bana:20160226180239j:plain

ゲイの人で、尻に突っ込まれる人を「ネコ」、突っ込む人を「タチ」という。(どっちもできる人は「リバ」)

もくじ

語源は定かではないが、Yahoo!知恵袋には次のような回答があった。

諸説あるようですが…

タチ(攻め)…「太刀(男性器の隠喩)」「立役(歌舞伎の男役)」

ネコ(受け)…女性器を指すスラング『プッシーキャット』、「ネコグルマ(工事現場で使われる一輪車のこと、押している姿を、押している人が攻め、押されているネコグルマが受けの人のように見えるから)」

――というのは私も知識としては知っていたのだが、じつはこの言葉、ゲイのみならずレズビアンの人にも使う、ということは寡聞にて知らなかった。きっかけはこちらの本である。(ちなみに、レズビアンのことを「レズ」と略すと蔑称と受け取る人もいるので、略するなら「ビアン」といったほうが無難)

姫百合たちの放課後 (ハヤカワ文庫JA)

姫百合たちの放課後 (ハヤカワ文庫JA)

 

というわけで、今回はこちらの本のレビュー。

説明する必要はあまりないかもしれないが、レズビアンのことを百合という。これはWikiによれば、1970年代にゲイ向けの雑誌『薔薇族』編集長の伊藤文學(いとう・ぶんがく)氏が生み出した言葉で、ゲイの人を俗に「薔薇」と呼ぶので、それを女性に対応させたというわけだ。ちなみに、男性同士の恋愛を「薔薇」と呼ぶのは、一説によれば古代ギリシャでは、男性同性愛者は薔薇の木の元で互いの愛を確かめ合った」からということらしいが、真偽は定かではない。

薔薇/ 薔薇族/ Bara/ 同人用語の基礎知識

まずは著者紹介からいきませう。

森奈津子氏について

1966年、東京都生まれ。東京女子短期大学の英語科、立教大学の法学科、そして日本バーテンダースクールのバーテンダー科を卒業している。

15歳でSF作家になることを志し、1988年にSF作品を企画・制作する集団「スタジオぬえ」に加入してSF小説を執筆。星新一眉村卓筒井康隆ジョージ・アレック・エフィンジャーオースン・スコット・カードタニス・リー、C・J・チェリイ、エリザベス・リンなどを好んでいたようだ。
(上記の内容はこちらがソース)

デビュー作は1991年に刊行された『お嬢さまとお呼び!』で、こちらは全10巻がリリースされた人気シリーズとなる。SF色もレズビアン色もない、勝気なお嬢さまを主人公にしたティーン向けのライトノベルだ。もともとは学研レモン文庫というレーベルから出ていたのだが、同レーベルが撤退し、現在はKADOKAWA / エンターブレインビーズログ文庫というレーベルから全4巻で販売されているkindle版もあるが、ちと高い)

その後、しばらくは『花園学園』シリーズ、『ふしぎの丘』シリーズなど、おとなしめの作品を発表していたが、いつのころからかレズビアンおよびSM色の出たSFやらホラーやらギャグやらを次々と発表。

徒花はまだこの著者の本を1冊しか読んでいないので類推でしかいえないが、おそらく西城秀樹のおかげです』『電脳娼婦』あたりはSF色が強い作品と思われる。ホラーはノンセクシュアル』『あんただけ死なない』あたりだろう。(そのうち読んでみる)

西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)

西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)

 

 

ノンセクシュアル (ハルキ・ホラー文庫)

ノンセクシュアル (ハルキ・ホラー文庫)

 

ほかの人気作は『耽美なわしら』シリーズだろうか。

耽美なわしら〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

耽美なわしら〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

 

しかも、ミステリー作家の西澤保彦氏は彼女を主役にした作品『小説家-森奈津子の華麗なる事件簿』も発表している(ただし、Amazonのレビューは芳しくない)。徒花は西澤保彦さん好きだが、これは買おうかどうしようか、ちょっと悩ましい。

『姫百合たちの放課後』について

姫百合たちの放課後 (ハヤカワ文庫JA)

姫百合たちの放課後 (ハヤカワ文庫JA)

 

というわけで、森奈津子処女だった徒花はこちらの作品で菊花を散らすことにした。

本書はもともとフィールドワイという版元から2004年に刊行された単行本を2008年になって早川書房が文庫化したもので、単行本の収録作品に私小説風の書き下ろし『ひとりあそびの青春』を加えたもの(エッセーではない)ギャグ色の強いもの、SF色の強いもの、そして耽美的なものと、森氏が得意とするジャンルが適度に散らばっている(ホラーがないのが残念だったが)ので、入門書としてはピッタリなのではなかろうか。

以下、それぞれの作品のあらすじと所感を述べていく。ついでに、それぞれの作品の傾向を「ギャグ」「SF」「エロス」の3要素で表現した。ちなみに、最高は★5つ。

『姫百合たちの放課後』

ギャグ:★★★★★
SF:―
エロス:★★

あらすじ:

女子高生の純子は美しい先輩・静香に恋焦がれ、ピアノを奏でる静香を視姦眺めるのが日課だった。そんなある日、ドSとの噂があるボディービル愛好会のアマゾネス・美夜子が静香と談笑している姿を見つけ、純子はショックを受ける。このままでは美しき美夜子先輩が、あのアマゾネスの毒牙にかかってしまう――危機感を覚えた純子は、自分に好意を抱いている旧友・レイとアマゾネスをくっつけることで、静香を救おうとするのだった。

エロスがあると期待して読んでいたのだが、残念ながら本作はそういった官能的なシーンは一切なく(下ネタは当然のごとく出てくる)、終始ギャグで彩られている。ただし、ギャグのクオリティは高く、ひとりで勝手に百合女学生に酔いしれる純子と、男勝りのイケメンながら純子に恋して頭が当たらないレイの掛け合いはおもしろいので、それだけで読む価値がある

惜しいのは、ちょっと展開的に物足りない部分がある点。もう少しオチをひねってくれれば、より良かった。ただし、本作と次の『姫百合日記』は雑誌「フリーネ」に連載された作品らしいので(「フリーネ」は2号で休刊)、このシリーズがもっと続いていたらおもしろい展開になっただろうと、残念な限りである。

『姫百合日記』

ギャグ:★★★
SF:―
エロス:★★

あらすじ:省略

『姫百合たちの放課後』の続編(というよりも後日譚)で、純子とレイの交換日記が交互に繰り返される作り。前作に比べると物語的な展開はなく、ギャグの切れも悪いのでイマイチ。

『放課後の生活指導』

ギャグ:―
SF:―
エロス:★★★★★

あらすじ:

中学校教師の紀子は担任するクラスの生徒、貴恵の相談を受けた。彼女は同級生の美羽に恋心を抱いていて、そのことに戸惑いを覚えていたのだ。紀子は「思春期によくある疑似恋愛」と貴恵を諭して帰したが、そのことを聞いた美羽は激怒した。自分たちが抱いている感情は紛れもなく本物なのだ! そして、以前から紀子に対して“自分と同じにおい”を感じ取っていた美羽は、紀子にもレズビアンの快楽を教え込むことを決意し、「悩みに乗ってほしい」と持ちかけて、紀子を生活指導室に誘い込むのだった。

本作は完全なるレズビアンポルノで、ギャグはなし。濡れ場もしっかり描写されている、というよりも、その濡れ場が本作のもっとも盛り上がるシーンである。しかも、女子中学生が担任の女教師を調教するという、かなり刺激的なシチュエーションだ。前2作でギャグに対する期待が高まっていたところでこの作品に出くわしたのだから、私は面食らってしまったが、まぁこれはこれで楽しめた。

なお、あとがきによれば、ポルノ作品でよくある「男子生徒が女教師を調教する」というシチュエーションにレズビアン要素を付加したパロディであるらしい。

『花と指』

ギャグ:★
SF:★★
エロス:★★★★

あらすじ:

自慰行為の美しさを競う競技がオリンピックの正式種目に採用され、若い男女が「自慰道」に切磋琢磨する世界。卓越したテクニックと恵まれた容姿で美しい自慰を見せる美麗は、コーチから「あなたは感じてるふりをしているだけなのよ」「恋をしなさい」と自らの欠点を指摘され、ショックを受ける。一方、美麗に勝るとも劣らないものの、地味な美貌で損をしていたチヨは、勇気を振り絞って美麗に愛の手紙を書いたが、あっけなく振られてしまい、愛情が憎しみに変わっていた。

やがて、大会も押し迫ったある日、美麗はケガによって右手が使えなくなってしまう。そこでコーチは、美麗とチヨを二人羽織で同時に出場させるという荒業を指令した(もちろん、これはルール違反)。こうして、史上初の試みが行われることになる。

本作は「フリーネ」の遺志を継ぐ雑誌「アニース」のために書かれたもののひとつで、著者はこのあとに収録されている『一九九一年の生体実験』『2001年宇宙の足袋』と合わせて、自ら「偽史シリーズ」と呼んでいる(厳密にいうと、本作の舞台はパラレルワールドといったほうが正確だが)。なお、タイトルはてっきり少女マンガ誌の『花とゆめ』からとったのかと思ったが、実際には団鬼六花と蛇をオマージュしたものらしい。

花と蛇〈1〉誘拐の巻 (幻冬舎アウトロー文庫)

花と蛇〈1〉誘拐の巻 (幻冬舎アウトロー文庫)

 

編集部からはレズビアンが楽しめるレズビアンのための官能小説を」というリクエストを受けて書かれたため、濡れ場シーンの描写は丁寧に描かれているが、いかんせんシチュエーションが「競技の場」となっているので、読んでいる時の興奮の度合いは低め。また、状況はおもしろいが、キャラクターによるギャグはないので、ちょっと物足りない感じがするが、発想が楽しい作品。

『2001年宇宙の足袋』

ギャグ:★★
SF:★★★
エロス:★★★★

あらすじ:

突如、地球はエイリアン率いるUFOの襲撃に見舞われた。高度な科学技術を有する彼らの艦隊は瞬く間に地球の都市部の空を覆い、侵略を仕掛ける。だが、そんな彼らは自らを賢者と名乗り、ある要求を出してきたのだ。彼らの文明において最高の経緯の示し方は「同性同士の性行為を見せること」なのだといい、地球人にもそれを求めたのだ。そして、とある会社で事務員として働いていた優香はその代表に選ばれてしまう。彼女は以前から恋焦がれていた会社の先輩・路恵を相手に選び、地球の運命を左右するセックスに挑む!

もう、あらすじを自分で読み返すだけでバカバカしさがしたたり落ちてくるが、だがそれがいい。個人的には、物語の設定的にも、ギャグとSFとエロスの要素が入り混じったバランス的にも、本作のほうが好き。

タイトルはもちろん、名作映画2001年宇宙の旅をオマージュしたもの。なぜ「足袋」なのかは、本作を読めばわかる。こちらはまさしく「偽史」である。

『お面の告白』

ギャグ:★
SF:―
エロス:★★★

あらすじ:

ゴーストライターとして活動する由紀は、とあるアイドルの手記執筆の仕事を受ける。しかし、編集者のミスでアイドルのインタビューテープがおしゃかになってしまい、彼女は「素材なしでなんとか書いて」というとんでもない無茶ブリを受けるのだった。自棄になりながら、「だったら自分が勝手に彼女の高校生時代を作ってしまえ!」と執筆を始める由紀。しかし、その内容は次第に由紀本人の高校生時代の思い出――自らに恋心を抱いていながらも結ばれなかった同級生の双葉への思い――が入り混じり、とんでもない官能小説へと変化していくのだった。

こちらはもちろん、仮面の告白をオマージュしたタイトル。主人公の名前も、著者である三島由紀夫からとられている。ミステリー好きとしては、小説の中でもうひとつ小説が出てくると思わず叙述トリック的なものが登場するのではないかと身構えてしまうが、本作に限ってはそんな必要はなかった。

仮面の告白 (新潮文庫)

仮面の告白 (新潮文庫)

 

他の作品に比べると若干ページ数が多く、展開がどうにも単調なので冗長な印象を受ける。ギャグらしいギャグもないし、エロスシーンのシチュエーションも女子生徒同士のものといたって平凡なので、本書のほかの作品と比べると色あせて見えた。タイトルにもひねりがあまりなく、出来栄えはイマイチ。

『一九九一年の生体実験』

ギャグ:★★★
SF:―
エロス:★★★★★

あらすじ:

スケ番と呼ばれる不良少女が一世を風靡していた時代。スケ番の実力者・真理奈は財界への影響力を確保すべく、超名門お嬢様学校である聖テレジア女学館高等部に単身乗り込み、支配を試みた。だが、そんな彼女の応対にあたったのは生徒会長の絹絵で、お茶を出してもてなされた真理奈は肩透かしを食らう――それこそが絹絵の策略だったのだ。お茶に入れられていた薬によって真理奈が目覚めると、彼女は手足を縛られ、絹絵によって女同士の悦びをその体に刻み込まされるのだった……。

偽史シリーズの3作目。女たらしな生徒会長の絹絵、威勢のよい番長の真理奈、副会長でありそんな2人のツッコミ役(物質的にはツッコまない)である虹子、そして純真な下級生・セリカと、キャラクターの役割分担がしっかりできていて、まさしく百合コメディここにあり、という感じの作品。お嬢様が男勝りのスケ番を緊縛してことに及ぶというシチュエーションもなかなか魅力的だ。

作品の落としどころも、意外性には欠けるものの、妥当で十分楽しめる。完結した短編としては、本書の中でもかなりクオリティの高い一作ではなかろうか。

『お姉様は飛行機恐怖症』

ギャグ:★★★★★
SF:―
エロス:★★★★

あらすじ:

読書とピアノが趣味な汀子と、水泳部でバリバリ体育会系の里奈は親が再婚した同士の義姉妹。親睦を深めるためと、2人は一緒に香港へ旅行に出かけることになった。しかし、飛行機が出発したところで、じつは姉である汀子がかなりの飛行機恐怖症であることが判明。彼女はありとあらゆる最悪を想定して「この飛行機は墜落する!」と訴えてくるのだった。果たして、彼女たちは無事、香港にたどり着けるのか?

個人的には本作の中で一番好き。主要な登場人物はまさにこの姉妹だけで、シチュエーションも限られているのだが、ボケの汀子とツッコミの里奈の会話が心地よい。これはもう、百合コメディというよりは百合コントである。ページ数は『お面の告白』と同じくらい長めの作品なのだが、そんな長さを感じさせないおもしろさだった。

そしてもちろん、ふたりの濡れ場もしっかりある。ここまで読んでくると、「この著者はお嬢様系がタチで、威勢の良い女の子が緊縛されて無理矢理犯されるシチュエーションが好きなんだな」ということがわかってくる。

番外編『ひとりあそびの青春』

森、という名前の女性が自らバイセクシャルであることを明かしつつ、自らの性体験を告白していく私小説私小説」と「エッセイ」はわりと混同されがちだが、前者はフィクションが混じり、後者はフィクションが混じらないという点で明確な違いがある。そのため、本作に書かれている事実関係について、どこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションなのかは判然としない。なお、こちらはどこかに掲載した作品ではなく、単行本化にあたって書き下ろされたものである。

基本的には独白によって話が進んでいくので物語的なおもしろさはないが、注目すべきは彼女の哲学である。ちょっと引用しよう。

なお、余談ではあるが、私は性器に関する単語で「陰」「恥」といった負のイメージの漢字を含むものには、少なからぬ抵抗感をいだいている。陰部、陰毛、陰茎、恥部、恥毛、恥丘……。

(中略)

よって、私は官能小説執筆の際には、そのような単語を使うことはできるだけ回避している。たとえば、「恥丘」ではなう「ビーナスの丘」であり、「陰毛」「恥毛」ではなく「愛らしい草原」であり、「陰部」「恥部」ではなく「世にも美しい部分」であるといった具合に、機会があるごとに、私はおのれの反骨精神を官能表現で示しているわけである。

私小説とはいえ、ここらへんの哲学は偽らざる森氏のポリシーだろう。たしかにパラパラと読み返してみると、ここまでに収録された作品の中でこうした言葉遣いは使われていない。

これを読んでよくよく考えてみれば、官能小説ほど言葉の選び方に慎重なジャンルはないかもしれない。官能小説の目的のひとつは読者の性欲をかきたてることであり、場合によっては性器について、直接的な表現を避けたほうがエロスを感じさせることがあるだろうからだ。徒花は残念ながらあまり官能小説を読んだことがないので作家ごとの表現のくせ……というか特徴の違いは分からないのだが、調べてみたらおもしろいかもしれない。

作家の執筆活動はオナニーである

というわけで、ここまで来た段階でようやく本エントリーのタイトルとなっている内容に踏み込む。私がなるほどなぁと思ったのは、こちらのページである次のやり取りだった。(太字は徒花)

森 >  官能小説を書くときは「自分と読者、共通のオカズを作る」ぐらいの意気込みで書いてますね。妄想するのは好きですから。同じように、他のジャンルを書いているときでも、内容がなんらかの代償行為になっていることは多いと思います。と言うより、代償行為でなくては、楽しく書けないような気がします。小説をけなすときに「作者のオナニーのようだ」という表現が使われますが、私が言われても「そうだ、これが私のオナニーだ。文句あるか」ってこたえるしかないですね。

ケダ >  お金を払ってでも見たいオナニーと、金をやると言われても見たくないオナニーがありますよね。森先生のオナニーはお金を払うに値するものなので、これからもお金を払って存分に拝見したいと思っていますっ!……あ、あの、もちろん小説のことですけど(焦)。

森 >  んまっ。うれしい(笑)。

このやり取りは、もしかしたら小説というものの本質を言い表しているのかもしれない。小説はほかの商品・サービスと同様、対価としてお金を払う売り物であるわけだが、「お客様は神様」という精神との親和性が低い商品だ。ビジネス書などの作家やライターはまた意識が違うかもしれないが、小説家は基本的に「自分が書きたい話」を書くのが仕事であって、それがたまたま世間一般に受け入れられればベストセラーになるものなのだろう。たとえば村上春樹は、読者のことを考えて『ノルウェイの森』を書いたわけではないはずだ(想像だけど)

その意味で、100万部を越えるベストセラーであろうが、売れない自費出版や同人誌であろうが、その本質は結局、作者が自分の表現欲を満たすための行為であり、オナニーと言い換えられる。ただ、売れるオナニーと売れないオナニーがあるだけなのだ。

おわりに

書いていて思ったが、この哲学はなにも小説や絵画、音楽といった文化的価値を有するものだけに限った話ではない。食べ物だろうが、事務用品だろうが、法人向けサービスだろうが、自分が世の中に提供しているものを「自分も利用したい」と思っているか否かはけっこう大事なことだと思う。私だって、編集者として仕事をするうえで心がけているのは「自分がお金を出してでも読みたい本を作る」ということだ(現実問題として、手掛けたすべての本にこれが当てはまるわけじゃないけど……)

レズビアンコメディ小説のレビューを書いて、まさかこんな結論に達するとは思わなかった、が。

 

それでは、お粗末さまでした。