『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』のレビュー
一言に似た作品といっても、いろいろな言い方があるわけだ。
もくじ
紛らわしいので、一覧にしてまとめておこう。
悪いマネ
トレース:
日本語で「模写」という意味を持つ英語。オリジナルの作品を、創作者の意図せざるところで模倣したものが当たる。基本的に、この手法によって作られた作品を、他者が勝手に「作った」と公言しても評価されることはない。というか、まず袋叩きにされる。
パクリ:
日本語で、「盗む」という意味がある単語。語源はよくわかっていない。基本的にネガティブなイメージを持っていて、単純に作品のウリを剽窃した(もしくは劣化コピーした)ものなどに対して使われる。
エピゴーネン:
ドイツ語で「模倣」「亜流」「身代わり」などの意味を持つ言葉。元をたどれば古代ギリシャ語の「エピゴノイ(あとに生まれた者)」である。用法的には「パクリ」と同じで、基本的にはバカにするような意味を持っている。
ちょっとひねったマネ
パロディー:
日本語で言うと「本歌取(ほんかどり)」。語源は古代ギリシア文学において、ほかの詩歌の形式を模倣した作品「パロディア」から来たとされる。一般的にはオリジナルの作品とは区別され、オリジナルを風刺したり、笑いに変えたりした性質を付加したものとして認識される。
パスティーシュ:
フランス語で「模倣作品」という意味を持つ単語で、文芸作品においてよく使われる。ネガティブな意味はあまりなく、パロディと非常に近い意味を持っているが、必ずしも笑いの要素は必要ない。ストーリーや登場人物はもちろん、文体なども似せてくる場合がある。
カバー:
英語で「覆う」という意味を持つ単語。音楽業界においてよく使われ、他人が作って発表した曲を基本的にそのままほかの歌手が演奏・歌唱して作られた作品の事。本人がテイストを変えて再び発表した場合は「セルフ・カバー」などと表現されることもある。リズム、歌詞、タイトルなどはそのまま用いられることが多いが、場合によってはそれらも変更されることがある。
二次創作物:
オリジナル作品からキャラクターのみを抽出し、独自の物語や設定などを加えて手がけられた作品を指す場合が多い。場合によっては、複数のオリジナル作品のキャラクターをミックスさせて作られる場合もある。二次的な創作物ならすべて指しそうだが、一般的には特にオリジナリティが高く、エロい要素を付加したりしたものが該当するケースが多い。
マネっていうか、きっかけ
モチーフ:
フランス語で「動機、理由、主題」という意味の単語。創作物で使用される場合、創作の契機となった対象物に対して作り手が抱いた思いおよび要素を指すことが多い(たとえば、「ギリシャ神話をモチーフにした作品」など)。ストーリーや設定、キャラクターなどは独自のものが使用されることが多々あるため、説明してもらわないとなにをモチーフにしたのかは良くわからない場合も多い。(たとえば、アンデルセンの『雪の女王』を下敷きにした『アナと之の女王』など)
インスパイア:
「霊感」を意味する「インスピレーション」の動詞形で、「感化、啓発、鼓舞」などの意味を持っている。語源はラテン語で、「息吹を吹き込む」みたいな意味。モチーフと似ているが、ニュアンスとしてはもっと作品の製作者が受動的な印象。つまり、モチーフは創作者が意図的にモチーフになりうる作品を見つけた感じだが、インスパイアは「これがオレに作品を作らせた!」と言わしめるような影響を与えた出来事などを指す。
マネっていうか、感情
リスペクト:
「尊敬」という意味を持つ英単語。ただ、創作物において使用される場合は、「敬意を持った模倣」などと一般には受け取られる(模倣の度合いはケースバイケース)。敬意の有無は作り手がその意思を表明するか、もしくは作品ないから個々人の受け手が推測するしかないため、リスペクトしているか否かの判断はなかなか難しいところ。創作者によっては、これも「~をリスペクトした」と説明してくれないと、それに気づけない場合もある。
オマージュ:
フランス語で「ある作者が別の作者の作品を模倣することで示す敬意」という意味を持つ単語で、リスペクトと同じようなニュアンスを持っている(個人的なイメージとしては、リスペクトよりもオリジナルの要素を増した作品が多い気がする)。オリジナルの作品にどのくらい寄せるかは作品ごとに異なるが、敬意を見分けるのはやはり難しい。
トリビュート:
英語で「貢ぎ物、捧げ物」という意味を持つ単語。音楽業界で使われることが多く、意味的にはリスペクト・オマージュに近いが、「敬意を表明する」ことが主な目的に創作された作品に対して使われることが多く、その点で前2つの言葉とはニュアンスが異なる。たとえば、ある歌手の楽曲をいろいろなアーティストがカバーしたアルバムなどは「トリビュートアルバム」などと呼ばれる。
マネっていうか、作り直し
リメーク:
英語で「作り直し」という意味を持つ単語。オリジナルの作者本人、もしくは許可を受けた他者が基本的にオリジナル作品と同じように作った作品のことを指す。映画などでよく使われる。
リブート:
IT用語で、「再起動」という意味。映画業界でよく使われ、過去の人気作品を「イチから作り直す」手法によって公開された作品に対して用いられる。リメークに比べるとオリジナル要素が多く、オリジナル作品の核となるテーマやモチーフは継承しつつも、設定やストーリーはオリジナル作品とはまったく別のものとして作られることが多い。単体の作品というよりも、複数の作品によって構成されるシリーズもののイメージを刷新する場合に使われる場合が多い。
リ・イマジネーション:
英語で「再想像」という意味を持つ造語。比較的新しい言葉で、リブートよりももっとオリジナル要素を増やして、「これ完全に違う作品でしょ」といわれるくらいに改変を加えた作品に対して使われることが多い。(このあたりになってくると、もはやオリジナルに寄せることが良いことなのか悪いことなのか、よくわからなくなってくる)
以下も参照のこと。
リバイバル:
なにか悪いことが起こる直前に、その原因がある時間にタイムスリップすること……ではなくて、英語で「復活、再生」などの意味を持つ単語。基本的には演劇などで使われることが多く、設定やストーリーなどはオリジナルに基づき、キャストなどを一新して作品を復活させること。オリジナルの要素を付加するケースは少なく、ストーリーや設定などはオリジナルのものを基調としている場合が多数。
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リライト:
アジカンの代表曲。
じゃなくて、日本で言う「書き直し」。文章に限った表現で、すでに完成している文章を、内容はほぼ同じまま書き直して発表すること。実用書、ビジネス書などの本をたくさん出している著者の場合、ライターさんを使って過去の自著(複数)をリライトさせていることが多い。というか、これらの説明はほぼ、私がWikipediaとかニコニコ大百科とか、その他もろもろのサイトを参考にリライトしたものである。
高殿円氏について
ここからが本題で、この本を紹介する。
著者の高殿円(たかどの・まどか)氏は1976年生まれの小説家で、2000年に『マグダミリア 三つの星』が角川学園小説大賞奨励賞を受賞してデビューした。
マグダミリア三つの星〈1〉暁の王の章 (角川ティーンズルビー文庫)
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ぶっちゃけ、徒花は本書を読むまで高殿氏を知らなかったが、『神曲奏界ポリフォニカ』のホワイト・シリーズの作者さんだと説明すれば、私と同じようにピンとくる人がいるかもしれない。
同作は「シェアード・ワールド」といって、同じ世界観・キャラクターを使って、個別のストーリーを小説、アニメ、キネティックゲームとして同時に展開していたのが当時話題になっていて、当初は「クリムゾン・シリーズ」「ブラック・シリーズ」「ホワイト・シリーズ」の3つだった。そのうちの「ホワイト・シリーズ」のライトノベル版を担当したのが高殿氏である、というわけだ。
神曲奏界ポリフォニカ ウェイワード・クリムゾン <クリムゾンシリーズ1> (GAノベル)
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神曲奏界ポリフォニカ インスペクター・ブラック 神曲奏界ポリフォニカ ブラック (GA文庫)
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まぁ、読んでないのであんまり深くは語れないのだが。
高殿氏は同時に一般向けの小説も書いていて、なかでも早川書房から刊行されている「トッカン」シリーズが代表的だ。
これは税務署vs脱税者の争いをおもしろおかしく描いた社会派コメディで、マンガ化のほか、テレビドラマ化もされた。
トッカン 特別国税徴収官 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
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『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』の概要
ここからが本エントリーの本論である。長かった。
本作は、シャーロック・ホームズシリーズのパスティーシュであり、登場人物の名前や配役などは基本的にオリジナルに基づいている。ただし、オリジナルとは大きく違う点がいくつかあるので、まとめておこう。
●舞台が現代
元祖ホームズは19世紀のロンドンを舞台に活躍していたが、本作のホームズたちが走り回るのは21世紀のロンドンである。ここらへんの設定は、まんまドラマ『シャーロック』に基づいている。ただ、こちらのエントリーでも書いたとおり、徒花はドラマのおもしろさがよくわからなかった。なお、現代ではあるがパラレルワールドのような世界であり、この世界ではコナン・ドイルの作品が誕生していないという設定になっている。
●登場人物が基本的に女性
これが本作における最大の特徴。主人公のホームズはシャーロックではなく「シャーリー」だし、相棒のワトソンはジョンではなく「ジョー(イギリスとかだと女性名でジョーがありうる)」となっている。
のみならず、シャーロックを頼るヤードのレストレード警部はアジア系のバツイチ子持ち女性「グロリア」だし、宿敵モリアーティ教授も「ヴァージニア」という名前のオールドミスとなっている。もちろん、ホームズの兄・マイクロフトも、本作ではミシェール・ホームズという名前の「お姉さん」となっている。
なお、作中の設定では、ジョー・ワトソンが小説を発表するのだが、女性同士だとバレるので、主人公を男性にして発表しよう――ということになったようだ。
●SF要素を追加
舞台が現代になっていたり、登場人物を女性にするという設定はこれまでも行われてきたらしい。しかし、それに加えてSF的な要素を付加したのは本作くらいではないだろうか。なにしろ、ホームズたちの暮すベイカー街221bの管理を行っているのが、電脳家政婦のミセス・ハドソンなのだ。ハドソン夫人は数年前に他界してしまったのだが、AIによって復活し、ホームズの身の回りのお世話をしているのである。このミセス・ハドソンがかなり万能で、それはもういろいろなことをやってくれちゃう。
あらすじと感想
あらすじ:
アフガニスタンの紛争で軍医として勤務していたジョー・ワトソンは負傷してロンドンに戻り、職を探すが、なかなかいい勤め先が見つからない。そこで彼女が知り合いの編集者・ミカーラに相談すると、フラットシェア相手を探している変わり者の人間がいると紹介され、シャーリー・ホームズに出会い、ふたりは共同生活を始めるのだった。
そんな折、レストレード警部がとある事件の相談のため、ホームズを訪問する。同じ日に離れた場所で、複数の女性が同時に死んだのだ。しかも、死因はどれも「一酸化炭素中毒」と思われる、不可思議な事件である。しかし、現場を巡ったホームズは即座に事件の真相を解明し、犯人を割り出す。しかし、その背後には大きな陰謀が隠されていたのだった――。
まず事件のトリックだが、これは純粋におもしろかった。トリックでがっかりさせられることはないので、そこは安心。また、テンポが良くて話がスムーズに進むうえ、文章も読みやすいのでサクサクと読み進められる。こういうのは大事だ。
さらに、登場キャラクターがどれも非常に個性的で、かつ嫌みったらしくない。もちろん、基本的には本家ホームズの関係性にリンクしているのだが、著者オリジナルの設定もかなり濃厚に絡んでいて、そこがかなりおもしろい。ワトソンはただの傍観者ではなくかなりの曲者だし、ホームズとモリアーティ教授の関係性も、単なるライバルというわけではなく、かなり複雑な関係性だ(ここらへんは下手に説明するとネタバレになる)。こういったキャラクターの作り方は、さすがにライトノベルをたくさん書いてきた著者だけあって、かなりうまい部分だった。
残念な点といえば、物語が完結していないという点。これは、ある意味でシリーズもののライトノベルの1巻目のような終わり方……といったら分かりやすいかもしれない。一応、事件そのものは一件落着するのだが、かなり続編に含みを持たせている感じで終わってしまっている。かといって、続編が出ているわけでもなく、今後出版される予定が決まっているわけでもなさそうだ。個人的にはかなりシャーリーとジョーの物語の続きが読みたいところだが、続くのだろうか……。
しかし、総合的に判断すると、ミステリーあり、冒険活劇あり。テンポもキャラクターもストーリーもよいので、エンタメ小説としてはかなり高品質なのではないだろうか。ちなみに、解説を書いているのは以前にこちらのエントリーで紹介し、やはりホームズのパスティーシュ小説を書いている北原尚彦氏である。
おわりに
本書は2本立てとなっており、表題作のほかに『シャーリー・ホームズとディオゲネスクラブ』という外伝的なストーリーも収録されている。こちらはどちらかというとホームズの姉・ミシェールがメインの登場人物だ。ミシェールもかなり癖のある人物として描かれている。ディオゲネスというのはギリシャの哲学者のことで、過去のエントリーですこし紹介していた。いやほんとに、この作品はひさしぶりに続編が出てくれないかと切に望む作品であった。出ておくれ。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。