本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『シンギュラリティ・コンクェスト』のレビュー~人工知能と人間の調和を描くハードSF~

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公私ともに急速に忙しさが増して読書ペースが鈍化している徒花です。

 

もくじ

 

本を読むきっかけというのはさまざまある。人に薦められたとか、本屋でたまたま目についたとか、Amazonの「ほしいものリスト」を見返してみたら身に覚えのない本が入っていたのでどんな本かもう一度チェックしてみたらたしかにこれはおもしろそうだからやっぱり買っちゃおう…………とか。

ちなみに徒花は天邪鬼なので、やたら売れていたり、人気作家だったり、人から強く薦められると読む気がなくなってくる。

 

『技術的特異点の克服』

 

それはともかく、今回紹介する1冊はこちら。

 

シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ) (徳間文庫)

シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ) (徳間文庫)

 

 

「シンギュラリティ」というのは、日本語では「技術的特異点」などと呼ばれる。人工知能が人間の知能を超え、社会が、もう後戻りできないくらいに急速な発展を遂げはじめるポイントのことだ。

過去、イギリスで始まったとされる産業革命や、インターネットの誕生によって人間の暮らしは劇的な変化を遂げたが、人工知能が人間の知能を超えることは、それらよりも何倍も強いインパクトを以て、人間社会を根本から変えるものになる。

 

そして「コンクェスト」は、「征服」と訳される。

つまり、本作品のタイトルを日本語に訳すと「技術的特異点の克服」みたいな感じだろうか。

人工知能が人間を超えてしまった社会で、人類がそれを乗り越えていく本格的なSF作品となっている。

 

なんでこの本を読んだのかというと、個人的に最近、人工知能について興味を持っていて、いろいろ調べていたからだ。

そのなかでシンギュラリティという言葉を知り、Wikipediaの該当ページを読んでいたら、火の鳥攻殻機動隊と併せて本作のタイトルがあり、Amazonで調べてなかなか好評だったので読んでみた。

 

文庫版で500ページを超えるなかなかのボリュームだが、おもしろかった。シンギュラリティという壮大なテーマを掲げながら、エンターテイメントして盛り上がるシーンも演出している。

 

山田優(やまぐち・ゆう)氏について

1981年生まれで、東京大学で物理学を専攻修了。

本作で2009年の第11回日本SF新人賞を受賞し、作家としてデビューする。

 

2011年に刊行した『アルヴ・レズル -機械仕掛けの妖精たち-』が第7回BOX-AiR新人賞を受賞し、本作は即座にアニメ化されている。

これは、『シンギュラリティ・コンクェスト』のなかにも出てくるとある事件、「アーリー・ラプチャー」をテーマにしているものだ。また、本作はコミカライズもされている。

 

アルヴ・レズル―機械仕掛けの妖精たち― (講談社BOX)

アルヴ・レズル―機械仕掛けの妖精たち― (講談社BOX)

 
アルヴ・レズル-機械仕掛けの妖精たち- (シリウスKC)

アルヴ・レズル-機械仕掛けの妖精たち- (シリウスKC)

 

 

また、山口氏はネットマガジンにコラムを書いていたりもしている。内容は結構難しいけど。

 

あらすじと作品の雰囲気

 

2030年代、宇宙と地球の夜空は濃青から紫へと変貌を遂げた。その事象は「全天紫外可視光輻射(AUVR)現象」と呼ばれ、人々は不安と狂騒にかられていく。研究の結果、脅威が明確になり、各国協力の下、地球軌道上にある基地「エデン」で人工知能メサイアを開発し、対応させることに決定した。

そんなある日、エデンに1機の戦闘機が襲来。イスラエル宇宙軍の将校・セラア少佐はエデンに迎撃を指示するが、その戦闘機は防御をやすやすと突破してエデンに突入。同機を操縦していた謎の少女は瞬く間にメサイアに勝ってエデンを掌握した。彼女は、日本軍の物理学者・榑杉(くれすぎ)が生み出した人工知能を搭載したアンドロイドだったのだ。榑杉はメサイアではなく、彼が生み出した少女型のアンドロイド・AMATERAS――通称・天夢(あむ)にAUVR現象の解明をさせるように世界に働きかけるため、この襲撃を行ったのだった。

この事件を受け、ISCO(国際時空保全機構)は改めてメサイアと天夢のどちらにAUVR現象の解明を任せるか決めるため、コンペを行うことを決定。しかし、その裏では人工知能の発展に強固に反対するISCO内部の勢力も独自の動きを始めていたのだった――。

 

舞台設定こそだいたい20年後の設定だが、夜空は紫色になっているし、宇宙に巨大な研究施設はあるし、日本の沖ノ鳥島シリコンバレーに並ぶ世界有数のハイテク都市になっていたりして、隔絶感がすごい。

そのうえ、ISCOという、現在でいう国連に代わるような組織の中で人工知能を推奨するエデン派と、反対するノア派に分かれて戦っているのが物語の中心的な動きになっているし、AUVRとかEMPEとかATBとか、オリジナルの言葉とともに物理学系の専門用語が百花繚乱しているので、読み始めると面食らうところがあるかもしれない。

 

しかし、そういった小難しい用語は、ぶっちゃけそんなに理解できなくても問題はない。実際、私はあんまり理解しないまま読み進めた。

とにかく、本作の核となっているのは「人類は人工知能とどう向き合っていくべきなのか」というところなので、そこだけ理解していればよい。

 

それ以外の部分では、けっこうキャラクターが立ててある。

天夢は人工知能を搭載したアンドロイドではあるが、生みの親である榑杉博士に恋心を抱いている(そしてかなりのやきもち焼き)

セラアも彼にモーションをかける。そして、榑杉の元カノである日本自衛軍の日向美玖も、なんか榑杉にまだ未練があるっぽい。榑杉、モテモテだな! 

三角関係ならぬ、四角関係である。内容については著者のインタビュー記事もあるので、こちらも参照のこと。

 

山口優さんインタビュー

 

ただ、個人的には表紙のデザインがイマイチ

うえのインタビューでも書かれているのだが、冒頭、読み始めると、どうしてもセラアさんが主人公に思えるわけだが、別にそういうわけではないのだ。むしろ、主人公は天夢である。

しかし、表紙では右下のセラアさんが天夢を迎え撃つような構図になっていて、明らかに天夢は敵役だ。

端的に言えば、ちょっと構図がダサい。

天夢の正面のイラストだけを描いて持って来れば、もちょっとマシなんじゃないかなぁなどと。

 

シンギュラリティを乗り越える方法

 

本作においては、メサイアと天夢という、2人(?)の人工知能が登場する。

メサイアは、いわゆる多くの人が人工知能として想像するような存在だ。

肉体は持っておらず、すべての感情とすべての思考を同時に演算しながら、できるだけ少ない労力で最適な結果を求める、経済学的に言えば理想的なホモ・エコノミクスである。

 

一方の天夢は、高度な演算能力を持っている点はメサイアと同じだが、あえて人間と同じサイズの筐体(つまり肉体)を持ち、思考や感情に偏りを持たせている。

榑杉は、天夢を多くの人間とかかわらせることで天夢本人が「自分も人類の一員である」という認識を持たせることで、人間を超越した知能でありながら人間に反逆することがないような存在にしようとした(つまり、シンギュラリティの超越)のである。

 

人工知能を反逆させない方法のひとつ

 

そもそも、人間が「社会的動物」と呼ばれる所以は、成長するとともに「自己を拡張させる」傾向があるからだ。

生まれたばかりの赤ん坊は、「他人を思いやる」ということを知らない。自分のお腹が空いたり、眠かったり、なんか気持ち悪いと、まわりなんてまったく気にせずに泣いて自分の欲求を満たそうとする。

しかし、成長すると、たとえ自分がやりたくないことで「家族のため」「友達のため」「チームのため」「会社のため」と、自分が所属する集団の利益を自己の欲求よりも優先して行動するようになるのだ。

多くの人の「自己」はこのくらいで拡張を止めてしまうが、世の中には、さらに大きな集団まで「自己意識」を拡大させるようになる。

そうなると「自分が暮らす地域社会のため」「自分が暮らす国のため」「世界のため」「人類のため」など、普通では考えられないくらい「自己を拡大」させることがありうるのだ。(もちろん災害時など、特殊な状況では、限定的に自己を拡大させる人もいるが)

 

人工知能が映画バイオハザードターミネーターのように反逆を起こさないようにするには、人工知能を人類とは別の存在と規定せずに、人工知能を生れたときから人類の一部と認識させ、人工知能の「自己」を拡大させていく方法を採用すればいいのではないか、というのが本書の骨子となっている。

なお、自己の拡大では、個人的に資本主義経済以降のことをテーマにしているこちらの本もなかなかおもしろくておススメ。

 

ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~

ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~

 

 

人間とは何か?

 

人工知能の到来によって人類とは異なる知性が登場したとき、人類が考えるべきは「なにをもって人間とするか?」ということである。

ちょっとネタバレになってしまうので反転するが、メサイアは終盤、「人類の本質は思考である。だから、脳さえ保存しておけばいい。コストをかけずにできるだけ多くの人類を保存するために、人類をダウンサイズさせる必要がある」と結論付ける。これに天夢たちは反対することになるのだが、以下、かなり長いが引用してみよう。

 

「二〇二〇年代の科学者たちもそうだった。彼等は、脳に宿る意識が人間の本質だと思っていた。そして、それをコピーし、サーバにアップロードすれば人類は永遠に生きられるのだと。『生きる意志』の問題を早期に予見していた者の一部は、意識とともに、肉体の詳細なエミュレーションをサーバに放り込み、脳―肉体系として人間をサーバのなかでオペレートすればよい、とも言っていた」

「……だが、それは夢想にすぎなかった」

 と、カッツ。レメンゲサウは頷く。

「そう、なぜなら私たちの意志とは、脳に宿るものではないし、ましてやエミュレートされた肉体に宿るものでもないからさ。脳のやっていることは、肉体じゅうの感覚器官から送られてきた刺激を高度に再調整し、記録に残すことだ。そのプロセスそのものが意識と呼ばれるのだが、ここで重要なのは、意識の本質とは刺激に対する調整されたレスポンスでしかないってことさ。その刺激はどこで生まれるのか? それは、私たちの肉体にほかならない。サーバでエミュレートされたのではない、本物の肉体に。エミュレートされた肉体に生まれるのは、あくまでダイアモンドか何かの量子コンピュータ上にエミュレートされた、精密に設定された刺激であって、日々変動するこの宇宙における炭素、酸素、そしてリンなどによって組み立てられた低分子および高分子による、個々の原子のスピントロニクスによる莫大なゆらぎを伴う構造――肉体――に生まれる刺激とは違う」

(中略)

人間由来のウェットな頭脳を持つ者でも、ネットワークとの接続が、肉体への接続よりも増大すれば、その感覚は人類から離れていく――。大量のゆらぎを持った肉体というシステムによって宇宙と接続されているからこそ、私たち人類はさまざまな感覚を持ち、さまざまな意志を持ち、文化と文明の多様性を持ち、対立しつつも補い合って生きていける。換言すれば、『人間らしさ』を維持していける。それこそが人類の効用関数だと思うね」

(中略)

意志は本能とは違う。先天的に与えられたものではなく、個人の体験と情動が生み出すものだ。だからこそ非合理的な要素を含み、だからこそ統一されない。だが、それが多様性を生み、互いに補い合う必要性を生み、そして人間らしさを形作る。同時に様々な環境の変化に対応し、試行錯誤しつつも無限に発展する強靭さも形作るだろう

 

ここらへんの話は、私としては実体二元論のことも思い出した。

実体二元論 - Wikipedia

 

個人的に気になるのは、「どのくらい肉体が残っていれば『肉体を持っている』といえるのか?」というところである。

アニメPSYCHO-PASS サイコパスのように、それこそ脳だけの存在になってしまえば、そこに人間性は失われ、機構のひとつとしてしか存在しえないのはなんとなく理解できる。

 

 

しかし、マルドゥック・スクランブルの「楽園」に出てくるプロフェッサー・フェイスマンのような人物だと、どうなのだろう?

フェイスマンは悪性の腫瘍のため、首から下を切り落として、鳥かごの中、生首状態で生き続けている人物だ。

この場合、視覚・聴覚・味覚といった五感が生き残っているから、彼にはまだ人間らしさが残っている……ということなのだろうか?

 

 

また、私はまだちゃんと見ていないのだが、劇場アニメ『楽園追放』では、文明が崩壊した世界で人類の98%は地上と自らの肉体を捨て、データとなって電脳世界「ディーヴァ」で暮らすようになっている。

この場合、肉体を失った人々はもはや人間とは言えないのかもしれない。興味深い。

 

 

おわりに

 

さて現在、人工知能の話題で注目されているのは基本的にその演算機能についてである。

IBMが開発した人工知能ワトソンは人間と同じように「学習する」人工知能として、最近では渡辺謙さんのCMにも出て知名度が上昇したが、彼もやはり肉体を持たない。

 

そう考えると、本作のような人工知能の在り方として一番理想形に近いのは、もしかするとソフトバンクが開発したPepperくんなのかもしれない

肉体を持ち、自らの肉体で知覚し、そして人と触れ合える。

演算能力とかデータの用量とか、そうした面では劣るかもしれないが、もっとも人間性を持った人工知能を目指している……のかもしれない。

 

【正規代理店品】 SoftBank SELECTION Pepper スタンドペン SB-PP01-SPCA

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そして、人工知能に肉体を持たせ、さらにはキャラクター(性格)を付属させたいという発想は、いかにも日本人らしい。

そもそも鳥獣戯画の時代からなんでも擬人化――つまり人間性を持たせたがる民族なのだ。

もちろん、本作の解決策の発想も日本人である山口氏だから出た解決策なのかもしれないし、そもそも本作で提唱する解決策が本当に、実際のシンギュラリティを乗り越える術であるのかはわからない

非常に興味はそそられるので、今後の実際の人工知能開発にも個人的には注目し続けたい。

 

シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ) (徳間文庫)

シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ) (徳間文庫)

 

  

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。