『屍者の帝国』のレビュー~はじめての伊藤計劃~
伊藤計劃(いとう・けいかく)氏の『屍者の帝国』(河出書房新社)をようやく読み終えた。ので、その感想ともろもろについて。
本書は伊藤氏の著書『虐殺器官』『ハーモニー』とともに2015年に劇場アニメ映画化することが決定している作品。ただし、そのなかでも本書はちょっと特殊なので、まずは著者である伊藤氏について説明したほうがいいだろう。
伊藤計劃とは
伊藤計劃氏は1974年に生まれた日本の作家で、今年で41歳になる・・・・・・はずだった人物。というのも、同氏は2009年の3月、肺がんによって満34歳という若さでこの世を去っているからだ。処女作は2007年に発表された『虐殺器官』なので、デビュー後の作家活動がわずか2年間しかない。ただ、作品の出来が良いことと、著者自身がこのように小説じみた生涯を送ったこともあってか、いまなおカルト的な人気を誇る作家となっている。
作品のジャンルはSFで、評価は高く、各作品は以下の国内外の賞を受賞している。(作品のあとのカッコ内の数字は受賞年)
- 日本SF大賞(日本SF作家クラブ):『ハーモニー』(2009年・大賞)、『屍者の帝国』(2012年・特別賞)
- 星雲賞(日本SFファングループ連合会議):『ハーモニー』(2009年・日本長編作品賞)、『屍者の帝国』(2013年・日本長編作品賞)
- フィリップ・K・ディック記念賞(フィラデルフィアSFソサエティほか):『ハーモニー』(2010年・特別賞)
私はたいそうひねくれた性格なので、「著者が死んだあとの受賞は哀悼の意味も込めた儀礼的なものだろ( `д´)ケッ」などと考えてしまう。そこで、果たして著者が生きている間に受賞した作品はあるのかを調べてみた。そのため、ここからはちょっと余談になる。
2010年以降の賞は調べるまでもないが、問題は2009年のものである。伊藤氏が亡くなったのは同年の3月なので各大賞の発表時期を調べてみたところ、日本SF大賞は3月、星雲賞は8月となっている。日本SF大賞はビミョーなところだが、結果としては著者の死が評価にまったく影響を与えていない受賞は存在しないように思える。(ただし、大賞の発表月はあくまでWebサイトで見ることができたニュースリリースに基づく本年のものに過ぎないので、もしかしたら2009年の発表月がもっと早い or 遅いタイミングだった可能性があることは留意する必要がある。電話すれば詳細は確認できるだろうが、そこまでやるのはちょっと面倒くさい)
大部分の人は死んだ人を悪く言うのをためらうし、とくに志半ばにして早世した人の才能をやたら高く評価してしまうきらいがある(織田信長とか坂本竜馬とか!)。もちろん、生半可な作品では(たとえ著者が死去したとしても)これらの賞を授与されることはないだろうし、私自身も実際に作品を読んで物語の構成力・アイディア・表現力・キャラクターの立て方・エンターテイメント性でセンスの高い人物だと率直に感じたので、伊藤氏の作品が受賞したことに文句を言うつもりはない。が、もしかしたらその受賞の背景には、審査員たちの胸の内に「著者の死」というファクターが影響を及ぼした可能性が捨てきれないことは把握しておくべきだろう。
このように波乱万丈な生涯を送った伊藤計劃氏だが、メタルギアソリッドシリーズを手がけたコナミのゲームデザイナー・小島秀夫氏と親交が深かったようで、小島氏のブログに文章を寄せているほか、PS3のゲーム『メタルギアソリッド4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』のノベライズである『METAL-GEAR-SOLID-GUNS-PATRIOTS』も執筆しているし、Wikiの情報によると2010年に発売されたPSP向けのソフトである『メタルギアソリッド_ピースウォーカー』のエンディングの最後には伊藤氏に宛てたメッセージがあるらしい。ただ、徒花はメタルギアシリーズはまったくプレイしていないので、この事実は確認できていない。
METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS
- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/06/13
- メディア: 単行本
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ちなみに、計劃というペンネームの由来についてはこのインタビューで回答している。「自分自身を計画する」という意味が込められていて、「劃」は「画」の古い字体。なぜ古い字体を選んだのかといえば、ジャッキー・チェンの『A計劃(プロジェクトA)』などの香港映画でそのように表記されていたのが印象的だったからだそうだ。
『屍者の帝国』という作品について
さて、とりあえず著者の紹介が終わったところでようやくレビューに入りたいが、そうは問屋がおろさない。伊藤氏の説明は終わったが、今度はこの作品の特殊性について述べなければならないからだ。
じつは本書は「伊藤計劃氏の著書であって伊藤計劃氏の著書ではない作品」である。な、何を言っているのかわからねーと思うが、この意味は著書のデータの部分に伊藤計劃氏に加え、円城塔という2人目の著者があることでわかる。そもそも本書が刊行されたのは2012年のことであり、すでに伊藤氏は死去しているのだ。本書のあとがき部分にこのいきさつが書かれているが、伊藤氏は原稿用紙30枚程度の試し書きとA4用紙1枚ほどのプロット、集め始めた資料だけを残して旅立ってしまったのである。円城氏はそのあとを引き継ぎ、本作品を完成させた――という次第。
円城氏にこの続きを書くのを打診したのは河出書房新社で伊藤氏の担当をしていた人物ということであり、当初は円城氏は断るつもり(もしくは一度断った?)らしい。
実際、あとがきの中で同氏は「作者の死とともに作品は更新を止めるはずであり、当人の承諾なしに、まるで共作であるかのように続きを書くというのは正気の沙汰ではありえない。」と述べている。
この問題についてはレビューのあとで個人的見解を述べるが、とりあえずこうした葛藤を経て円城氏は伊藤氏を引き継いでこの作品を完成させたのである。(伊藤氏の文章はプロローグのみで、第一部以降はすべて円城氏による執筆である)というわけで、次にこの新たな登場人物である円城氏について説明していくことにする。
円城氏は1972年生まれで現在42歳。伊藤氏より2つ年上だ。2006年に門川春樹事務所が主催する小松左京賞に応募するも最終選考で落選し、同じ作品を早川書房に持ち込んで翌2007年に『Self-Reference ENGINE』でデビューした。このときから同じような境遇だった伊藤氏と親交を深めたらしい。その後、同氏は『オブ・ザ・ベースボール』で文學界新人賞(2007年)、2012年に『道化師の蝶』で芥川賞を授与されるなど実績を残し、実力は折り紙つきと言える。
Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 円城塔
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/02/10
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とはいえ、そんな円城氏といえども、本作を故人から引き継いで共著という形で完成させるのはなかなかハイリスクローリターンな決意に思える。やはり本書のあとがきで述べているように、仲が良かったといっても付き合い始めて2年半ほどだというし、いざ作品を完成させても、批判は円城氏に向かうだろう。
そして、評価が高くても、賞賛の言葉は伊藤氏に向けられる可能性が高い。河出書房新社の担当者が熱心にお願いしたこともあるのだろうが、それにしても、円城氏としては清水の舞台から飛び降りるような決意だったとうかがい知れる。本書はこうしたいきさつを経て広く読者の手に届けられた作品だということを認識し、円城氏に敬意と謝意を表したうえで、ようやくレビューを伝えていきたいと思う次第である。
『屍者の帝国』のレビュー(ネタバレなし)
【あらすじ】舞台は19世紀末、死んだ人間を意識のない「屍者」に蘇生させて労働力として活用することが一般化した社会。イギリスの医学生であるワトソンがひょんなことから諜報機関の一因となり、屍者を利用して世界を混乱に陥れようとする陰謀を阻止し、死者蘇生技術の真実を解き明かすために世界中を回る物語。【あらすじおわり】
本書のテーマは「意識/魂とは何か?」ということである。生きている人間はみずからモノを考え、感情を持っているが、屍者にはそれがない。そこで、生者と屍者を分かつものはなんなのかというものを問い詰めている。もちろん作中にはそれに対する結論がでてくるが、この真実(かもしれないもの)の考え方は、間違いなく伊藤計劃のものであると思った。というのも、私はすでに『虐殺器官』を読んでいるので、そちらで提示されている考えとのつながりがあったからだ(『ハーモニー』は未読)。これはおそらく、遺されたプロットの中にすでに明示されていたんだろう。
とはいえ、本書はとっても読みづらい。理由はいくつか考えられるので、個人的にその要因と思えるものを以下で説明していく。
SFというジャンルはただでさえ専門用語がよく出てくるので、ある程度知識がないとそれぞれの言葉が意味するもの(たとえば解析機関とか)がわかりにくいのだが、本書でそれをさらにわかりづらくしているのが、私が勝手に「厨二病的カタカナ語訳」と称したものの存在である。ちょっと羅列すると、プロローグの時点で「黄燐マッチ=ルーシファ」「骸泥棒=ボディ・スナッチャー/スナッチャー」「乗合馬車=オムニバス」「脳機能の地図=ガル・マップ」などなど。もちろん、本書でしか出てこない固有の専門用語ならばカタカナにして固有名詞化するのはいいのだが、正直、「これもカタカナにする必要があるか?」と首をかしげるような厨二病的な用語の使い方は多い。こうした文章に嫌悪感を抱いてしまう人には本書はあまりおすすめできない。
②疑問符の欠如
これは著者のポリシーなのかもしれないが、本書のセリフのなかには疑問符(?)や感嘆符(!)が全然使われていない。そのため、登場人物たちが会話していても、あるセリフが「相手に問いかけている」ものなのか「確認しているもの」なのか、それとも「説明しているものなのか」がすごく分かりづらい。しかも、登場人物たちが軒並み頭がいいみたいで抽象的かつスピーディに会話が進んでいくので、凡庸な知識と理解力しか有していない私は会話の内容についていくのがなかなか難儀である。攻殻機動隊の人たちが会話しているようなもんだと思ってもらえれば大体イメージ通りだ。
③入り組んだシチュエーション
本書ではイギリス諜報部員に属するワトソン君がアフガニスタンや日本、アメリカなどに渡りながら冒険していくが、各地でいろいろな組織に属する登場人物たちがそれぞれの思惑を持ちながらストーリーの中に出たり入ったりしてくる。そのため、だれがワトソンたちにとって敵 or 味方なのか、そもそもワトソンたちはいったい何をするためにこんなことをしているのかがわからなくなってくる。また、基本的に歴史の流れは実際のものと同じなので、グレート・ゲームというイギリスとロシアの対立や、日本史・世界史の知識がないとついていきづらい。
21世紀のグレート・ゲーム―タリバーン崩壊後に始まった列国のアフガン利権争い (光人社NF文庫)
- 作者: 松井茂
- 出版社/メーカー: 光人社
- 発売日: 2001/12
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といったことをボロクソに書いたが、ストーリー自体はおもしろい。一通りの登場人物が出そろって物語がいよいよクライマックスに向かっていくと複雑な構図はシンプルになっていくし、ところどころでバトルアクションも挟まるので、読んでいて退屈はしないはずだ。また、終わり方もモヤモヤした部分は残るものの、気持ち良いのもので、読後感は悪くない。
そして、登場するキャラクターたちも魅力的だ。基本パーティは学者肌のワトソン、言葉を発しない屍者の少年秘書・フライデー、脳筋で人間離れした怪力のバーナビー(違うタイプの男が四六時中一緒に行動するので、劇場アニメ化したら腐女子の皆さんの作業が捗りそう(^p^))。そこに、ロシアの諜報部員クラソートキン、剣の達人・山沢静吾、不思議な力を持つ(たぶん)美人なハダリー(←このリンク先は若干ネタバレになるかもしれないので要注意!)などが各国でゲストキャラクターとしてパーティに参加してくる。まるでRPGのようである。また、それ以外にも有名小説のキャラクターや歴史上の有名人などが濃いキャラで登場する。総合的に判断すると、ちゃんと読む気力・体力・精神力があるなら、新品で買って損はない作品と言えるだろう。劇場アニメ化が楽しみだ。
ちなみに、これは完全に個人的な所感だが、『虐殺器官』はここまで読みにくくなかったように思う。私は円城塔氏の著書を読んだことがないので、この読みにくさの原因が円城氏の筆によるものなのか、それともストーリーの設定上仕方ないことなのかちょっと判断がつきかねるが、読むならやっぱり『虐殺器官』→『ハーモニー』→『屍者の帝国』の順番が一番いいのかもしれない。もちろん、それぞれの話は別個独立したものなので、どれから読んでもまったく問題はない。私はまだ購入していないが、できれば映画が公開される前に残る『ハーモニー』も読んでおきたいと思う。
それでは、お粗末さまでした。