「結婚すると昇進しやすくなる」はあながち間違いじゃないかも
ビジネスの世界でのフォークロア(都市伝説)みたいなものとして、「結婚して身を固めると出世しやすくなる」がある。とくに営業マンなどの場合、なんか知らんが「信用度が増す」のだそうだ。
個人的には別に結婚なんてしなくてもいいものだと思っているので、それまではこうした話は眉につばをつけながら聞いていたものだが、最近、アブラハム・マズローの欲求段階説をあらためて勉強してみるうち、これはあながちとんちんかんな話でもないかもしれないという気がしてきた。このエントリーでは、私がそう思った理由について述べていく。
アブラハム・マズローと「人間性心理学」
まずはアブラハム・マズローの欲求段階説を理解していこう。
アブラハム・ハロルド・マズローは1908年から1970年まで生きたアメリカの心理学者。名前からもわかるように、ユダヤ系の移民である。ウィスコンシン大学で心理学を学び、のちに「人間性心理学」という心理学のジャンルを立ち上げた。
人間性心理学は人間が持つ肯定的な側面に注目した学問で、
「ロゴセラピー(人が自らの「生の意味」を見出す手助けをすることで心の傷を癒す手法)」
「ゲシュタルト療法(「過去に何をしたか」を問いただすのではなく、「いま、何をしているか」に着目し、問題点に気づかせる)」
などの手法を用いるのが特徴だ。しかし、マズローのもっとも大きな功績は、人間の欲求を分類し、そこにそれまでの心理学では捕らえきれていなかった欲求を見出したことだろう。フロイトなど従来の心理学では、空腹といった単純な特定の欲求を満たす欠乏動機が行動の原因であるとしていたが、マズローはそれだけでは説明できない人間の成長への欲求を「存在動機」と呼び、より高次の価値を求める人間を研究しようとしたのである。
つまり、人間はただ食欲や性欲や睡眠欲といった「足りない欲望」が満たされるだけで満足する存在ではなく、「成長したい」「理想の自分になりたい」というほかの動物が持っていない高次な欲求を持っていることを主張したのだ。このことから、マズローの欲求段解説は『マズローの自己実現理論』とも呼ばれる。
マズローの欲求段階説(自己実現理論)とは
ファイル:Maslow's hierarchy of needs.png - Wikipediaより
社会人なら誰しも一度は、上のピラミッド図を見たことがあることと思う。文字が全部英語なのでちょっと分かりづらいが、下(赤い部分)から順に説明していく。
・生理的欲求 (Physiological needs)
食欲や性欲、睡眠欲など、生物が本来備えている本能的な欲求のこと。現代の日本社会では一応セーフティネットが充実していることになっているので、よほどのことがない限り、この欲求が満たされない人は存在しない「はず」である。
・安全の欲求 (Safety needs)
他者・他の動物や自然災害、事故などから身の安全を守りたいと感じる欲求のこと。また、資本主義社会においては経済力(つまりお金の有無)もここに分類される。とにかく、「安心して暮らしているか」ということだ。この部分、最近は年金制度の不安などがニュースにもなるため、万全かといえばそんなこともない。ただ、働いて毎月暮らしていけるだけの給料をもらって生活をしている人なら、とりあえずは満たされているはずだ。
・社会欲求と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
社会や組織、他の人間(異性など)から「必要とされたい」と思うこと。ここらへんから、普通に社会人として働いている人でも満たされていない人が出てくる。会社のお荷物になっていると感じていたり、恋人が欲しいと願っているのにいない人などだ。この欲求が満たされない状態が続くと、次第に「生きている意味」を見出せなくなる。うつ病の原因の最たるものとされる。
・承認(尊重)の欲求 (Esteem)
富、名声、権力、影響力など、「自分は他の人間よりもすごい」と認められたいと思うこと。ただし、じつはこの中にも2段階ある。最初の段階は、「他人に自分はすごいと認めさせたい」と思う状態。次の段階は「他人の評価は関係なく、自分で自分は特別だと思いたい」という状態だ。
マズローはとくに、この第2段階に達することが大切だと説いている。Facebookで自分の記事に「いいね!」がたくさんつかないと不安になったり、誰かにほめられないとやる気が起きない人は、まだ低いレベルにいることになる。ちなみに徒花も、まだこの第1段階にいるところだ。やっぱり他の人がどう思っているかは気になってしまう……。
欠乏欲求を乗り越えた人が達するレベルとは
さて、ここまでが「足りないものを満たしたい欲求(欠乏欲求)」で、個人的に世の中を見回してみると、実際問題、承認欲求の第2段階まで満たせている人は少数であるように思われる。次は、これまでとはまったく次元の異なる欲求が待っている。
・自己実現の欲求 (Self-actualization)
これまでの欲求のすべてを満たした者だけが持つのがこれ。「もっと高みを目指したい」「自らの能力を生かして創造的なことをしたい」などの思いを抱く。最大の特徴は「自分で自分の目標を定められる」こと。これまでの欲求は「お金持ち」「有名人」など、社会で広く認められている、つまり最初から設定されているゴールを目指す欲求だったのが、いよいよ自分でゴールを設定するようになるのだ。
世の中の「生き様がカッコいい!」といわれている人、たとえばYAZAWAこと矢沢永吉とかは、おそらくこのレベルに達している。だから、まだそのレベルに達していない多くの人々から羨望のまなざしで見つめられるのだ。ちなみに、この段階に達している人は次のような特徴があるという。
1.現実をより有効に知覚し、より快適な関係を保つ
2.自己、他者、自然に対する受容
3.自発性、単純さ、自然さ
4.課題中心的
5.プライバシーの欲求からの超越
6.文化と環境からの独立、能動的人間、自律性
7.認識が絶えず新鮮である
8.至高なものに触れる神秘的体験がある
9.共同社会感情
10.対人関係において心が広くて深い
11.民主主義的な性格構造
12.手段と目的、善悪の判断の区別
13.哲学的で悪意のないユーモアセンス
14.創造性
15.文化に組み込まれることに対する抵抗、文化の超越
およそ人間の精神がたどり着ける最高到達点「自己超越者」
一般的に言われている欲求段解説はこの5段階だが、じつは晩年、マズローはこの自己実現からさらにもうひとつ上のレベルがあると唱えた。それが「自己超越」(Self-transcendence) の段階で、この段階に達している者は自己超越者 (Transcenders)と呼ばれる。特徴は以下の通りだ。
1.「在ること」 (Being) の世界について、よく知っている
2.「在ること」 (Being) のレベルにおいて生きている
3.統合された意識を持つ
4.落ち着いていて、瞑想的な認知をする
5.深い洞察を得た経験が、今までにある
6.他者の不幸に罪悪感を抱く
7.創造的である
8.謙虚である
9.聡明である
10.多視点的な思考ができる
11.外見は普通である (Very normal on the outside)
このレベルになるともはや「仙人」といっても過言ではない。社会の数%くらいらしいが、このレベルに達している人がいるらしい。こうした人々は、もはや「自分」と「他人」の区別をつけていない。「自分」というとても小さな存在から意識が広がりすぎているのだ。
そのため、「相手/社会の幸せ」が自分の幸せであると心から感じる。当然、「目立ちたい」「有名になりたい」という欲もないから、私のようにブログで自分の考えを主張することもない。だからこうした人々はとても目立たないらしい。こうした自己超越者は科学では説明しきれないスピリチュアルな体験をしたりもするようだ。
「結婚すると昇進する」がありえる理由
というわけで、ここで最初の話題に戻る。「結婚すると昇進しやすくなる」という話だ。
結婚とは、家庭を持つということだ。そして、まぁ場合によるだろうが、家族というのはどのようなときでも互いに肯定してくれるものだ。仕事でミスをしたりしても、それで家族からの評価が下がるわけではない(もちろん不倫など、夫婦間の協定を破るような行為をした場合はその限りではないが)。
つまり、結婚して家庭を持つということは、つねに自分の存在を肯定してくれる場を確保した、ともいえるわけである。その時点でつねに「社会欲求と愛の欲求」が満たされている状態となるので、自然と働く人は次の「承認の欲求」――「出世したい」「給料を増やしたい」「社内での評価を上げたい」という欲求――を持つようになり、そのためにがんばるので、結果的に昇進しやすくなるのではないだろうか。
もちろんこれは、「家族がつねに自分を肯定してくれる」ことが大前提にあるため、家庭内別居状態だったり、なぜか家族から憎まれたり、なにか失敗するとすごく責められるような家庭においてはあてはまらない。逆に、結婚していなくても自分を全肯定してくれる人物(パートナー、友人など)がいる人は、やはり昇進しやすくなると考えられる。
よく結婚相手としてふさわしい人物の条件として「相手の欠点やダメなところも許せる」というのがいわれるが、たぶんこれは正しい。相手が自分のすべてを肯定してくれ、そして自分も相手のすべてを肯定できれば、きっとそんな2人はお互いを補完しあいながら精神的な高みを目指していけるのだ。
柄にもなくロマンチックな結論になったが、まぁつまり、そういうことだ。あと一応最後に私が最近読んだマズロー本をいくつかピックアップしておくが、『マズローが伝えたかったこと』はイマイチだったので読まなくていいと思う。
※マズローの自己実現論は客観性に乏しいという理由から批判的な意見も少なくないことを追記しておく
それでは、お粗末さまでした。