本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『22世紀の民主主義』(成田悠輔・著)のレビュー


ブログの最終更新が昨年の5月になっていて驚きました。

私もいい年になってイロイロ忙しくなってしまったのがおもな理由ですが、このところちょっと余裕も出てきたので、ぼちぼちブログのほうも再開していきます。

ということで、再開の第一発目はこの本。

 

 

右側が丸いフレーム、左側が四角いフレームという変わったメガネだけで認識されているのではないかと思われる気鋭の研究者、成田悠輔さんの本です。

20万部以上売れている超ベストセラーですね。

成田さん自身もメディアへの露出が多く、バラエティ番組にも出ていたりするので、本は読んでないけど顔は見たことがあるという人は多いのではないでしょうか。

ただ、じゃあ成田さんがなにやっている人かというのは、知らない人が多数であろうと思われます。

 

書籍末尾のプロフィールによると、成田さんはアメリカの超名門イェール大学の助教授で、専門は「データ・アルゴリズム・ポエムを使ったビジネスと公共政策の創造とデザイン」とあります。

『22世紀の民主主義』というタイトルですが、べつに成田さん本人は政治学者ではないです(このことは本書の冒頭部分でも述べられていますが)。

どちらかというとデータサイエンティストと呼ぶほうが適切なんじゃないかなあという感じです。要は、世の中のいろいろなデータを分析して、それをもとにビジネスとか政治の問題解決方法を考える人、という感じでしょうか。

ポエムについては、私はよくわかりません。

ただ、こんな記事も書いているのは見つけました。

 

成田悠輔評「タコになりたい」 フェミニズムズ/FEMINISMS展

artnewsjapan.com

 

そろそろ本の内容に入りましょう。

 

本書では冒頭、現代社会において民主主義に限界が来ていることが問題提起されます。

特に日本では「シルバーデモクラシー」とも呼ばれるように、人口割合において30%近くが65歳以上の高齢者で占められています。

もっと大雑把にいうと、日本ではおよそ3人に1人くらいが高齢者であるのが現状ということですね。

なので、ふつうに現行の選挙制度のままで政治家を選ぼうとしても日本が変わることはものすごく難しいわけで、そのシステム部分を根本的に変えないと日本は変えられないよね、という理屈です。

このことは、日本人であれば肌感覚として理解していることと思います。

 

 

で、ここで最初の「民主主義」に戻ります。

そもそも一人一票の投票によって政治家を決めるのが現状の民主主義なわけですが、そこで成田さんが得意とするデータ分析によって、民主主義的な国ほど、経済成長が低迷しているファクトが明示されます。

なぜ民主主義の進んだ国のほうがうまくいきにくくなっているのかというと、成熟した民主主義国家のほうが、世の中の変化に柔軟に対応できないことが多いからです。

 

これは企業で考えてたほうがわかりやすいかもしれません。

創業して間もないベンチャー企業は、だいたい社長によるワンマン経営が行われています。

社長ひとりが「ゴチャゴチャうるせえ。いいからこのビジネスに金と人員をぶっこめ」と号令をかければ、それを言われたとおりにやるのがベンチャー企業なわけで、そういったギャンブル的性質の強い行動がうまく実を結べば、そのベンチャー企業は大儲けできるわけです。

でも、このベンチャー企業が成長して大きくなり、社長が代替わりしたりすると、社長ひとりの権力が弱くなり、たくさんいる役員・幹部たちと長々会議をして、大事なことをみんなで相談しながら決めなければいけなくなります。

こっちのほうが民主主義的な意思決定だといえますが、だからこそマーケットのすばやい変化に対応できなくなったり、リスクを負った思い切った決断がしにくくなります。
これが国家レベルで起きているのが現代の日本であるわけです。

 

……というような現状の問題を説明したあと、じゃあ成田さんはこの現状をどうすればいいと考えているのか……が本書の白眉になります。

とりあえず成田さんは「民主主義との闘争」「民主主義からの逃走」「まだ見ぬ民主主義の構想」の3つの道を掲げ、最終的には3つ目の方法を提唱します。

このあたりのことはとても丁寧に書かれているのでぜひ本書を読んでほしいところですが、結論だけかいつまんで説明すると、成田さんが提唱するのは「無意識データ民主主義」の構想です。

 

要するに、現行の民主主義制度の問題点は「何年かに一度だけ行われる選挙における一人一票の投票行為」でしか民意を反映させらないことにあるのであって、民意が雑にしか反映されていないことにあると述べます。

新しい民主主義を構想するには、選挙の投票だけでは汲み取れないもっときめ細やかに、人々の願望とか評価をデータとして吸い上げ、それに基づいて政治的な意思決定を行う必要があるわけです。

とはいえ、人間の政治家がそういう民意データを集めて分析するのはもちろん無理なので、その辺りの分析はアルゴリズムを組んでコンピュータにやらせようぜ、ということですね。

ちょっとここで、本書の冒頭の要約の一部を引用します。

 

無意識民主主義=
(1)エビデンスに基づく目的発見

(2)エビデンスに基づく政策立案

 と言える。こうして、選挙は民意を汲み取るための唯一究極の方法ではなく、(1)エビデンスに基づく目的発見で用いられる数あるデータ源の一つに格下げされる。
 民主主義は人間が手動で投票所に赴いて意識的に実行するものではなく、児童で無意識的に実行されるもにになっていく。人間はふだんラテでも飲みながらゲームしていればよく、アルゴリズムの価値判断や推薦・選択がマズいときに介入して拒否することが人間の主な役割になる。人間政治家は徐々に滅び、市民の熱狂や怒りを受けとめるマスコットしての政治家としての役割はネコやゴキブリ、デジタル仮想人に置き換えられていく。

 

本書のサブタイトルは

「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」

というものですが、その意味はここに集約されています。

 

これはビジネスに例えれば、「紙の新聞からウェブ上の新聞メディアに変えよう」というような感じでしょうか。

紙の新聞がどれくらいたくさんの人に読まれているのかは、ハッキリ言ってよくわかりません。

なぜなら、紙の新聞から得られるデータは「購買数」だけだからです。新聞のなかでどこのページがいちばん読まれているのか、何曜日がいちばん読まれる時間が長いのか、などの細かいことはわからないわけです。

これがウェブメディアになると、全体のアクセス数だけはなく、記事それぞれのアクセス数から、滞在時間の長さ、曜日・時間帯による傾向などがわかります。

また、そもそも読者はどこから流入してきたのか、ある記事を読んだ読者はほかにどんな記事を読んでいるのか、ということもわかるので、そうしたきめ細やかなデータを分析することで、メディア全体のアクセス数をアップさせるための施策をいろいろ考えることができるようになるわけです。


とまあ、本書の内容をかいつまんで説明するとこんな感じですが、本書の魅力は大きなところは、やはり、著者である成田悠輔さんのキャラクターにもあります。

完全に本人がエクスキューズ(言い訳)だと言っていますが、冒頭の部分で「政治も、政治家にも、選挙にも、私はまるで興味が持てない。どうでもいい……」と言っています。

じゃあなんでこんな本書くねん!というツッコミに対する成田さんの返答は本書を読んでもらうとして、とにかく読んでいるとしばしばクールを通り越したニヒルさというか、「知らんけど」という言葉が聞こえてきそうで、それが私なんかはおもしろいというか、魅力的に感じるのです(そういう感覚が嫌いな人も居るだろうけど)。

 

内容がないようであるだけに、どうしても「読みやすい」とだれにでもオススメできる本ではないですが、まじめとふまじめが絶妙なバランスで両立している成田さんの思考の一部分を垣間見れるような本書は、たぶん一読の価値はあるんじゃないでしょうか。

知らんけど。

年末年始はコレを読んどけ <2021年版>

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ギリギリになりましたが、今年も私が読んだ本のなかからとくによかった10冊を選んでまとめておきます。

今年はわりと年末年始の休みが短めというか、実質一週間くらいしかない人が多いのではないかと思いますが、新型コロナのオミクロン株が流行の兆しを見せていますので、自宅でまったり過ごすという人は、ぜひ本選びのお役に立ててください。

 

そういえば今年はけっこう、Audibleも利用したりしました。電車に乗っているときとかはけっこう便利ですね。

 

 

さて、2021年に読んだ本は12月30日時点で「142冊」でした。

例年はだいたい200冊くらいは読んでいるので少なめです。

今年は公私ともにだいぶ忙しく、ブログもまともに更新できませんでした。

何が忙しかったのかというと、仕事でヘンに偉くなって管理職になってしまったのと、子どもが生まれたことです。

とくに子どもが生まれるとほんとうに、これまで読書とかに充てていた時間がすべてなくなるなど、生活リズムが激変しますね。

また、子どもの成長に応じて少しずつこのリズムが変わるのも厄介なところです。

なので、細切れの時間で本を読むことはできても、それをブログに書きまとめる時間がなかなかつくれませんでした。

 

そんなわけで、いままでは、わりとブログで紹介した本の中からオススメの10冊をセレクトしていましたが、今回はタイミングを逃してブログに書けなかった良書も多かったので、それにこだわらず、紹介していきます。

 

もくじ

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『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(奥山真司・監修)のレビュー

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地政学というのはわかるようでよくわからない学問であります。

実際、本書の冒頭、「はじめに」で監修を務めた奥山真司さんも次のように述べています。

 

地政学とは何なのでしょう。研究者によっていろいろな答えがあると思いますが、私は「国際政治を冷酷に見る視点やアプローチ」と考えています。

 

それがどういう学問なのか自体が「研究者によっていろいろな答えがある」のは学問としてどうなのかというツッコミを入れたくなります。

が、まあそこは置いておいて、いわゆる自然科学や数学のように明確な答えがあるものではなく、どちらかというと哲学とか経済学のようなものだと捉えれば問題ないのではないでしょう。

地政学を学んだからといって、一般の人がなにがどうなるというわけでもありません。

でも、地理の一環として知っていると国際紛争とか大国の思惑みたいなものがなんとなくわかるようになるかもしれません。

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『かがみの孤城』(辻村深月・著)のレビュー

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本をつくる仕事をしていてつねづね思うのは、「売れる本にするのであれば、内容を難しくしすぎてはいけないなあ」ということです。

ビジネス書とか実用書だと、これはとくに顕著です。

そもそも著者はなんらかの道のプロフェッショナルであり、一般の人よりもたくさんの知識と経験を持っているという点で特異な人物です。

だからこそ本を書けるわけです。

私は文芸書の編集者ではないので小説については門外漢ですが、おそらくこの法則は小説にも当てはまるのではないかなと思います。

それを感じたのは、『謎解きはディナーのあとで』を読んだときでした。

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『知識ゼロからの日本絵画入門』(安河内眞美・著)のレビュー

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私は仕事でビジネス実用系の本を作っているので、仕事の一環として最近売れているビジネス書とか実用書とかもよく読むのですが、最近はちゃんと「読む」ことがめっきり減ってきてしまいました。

この理由を考えると、単純に私が年をとってしまったことがあるのかもしれません。

結局、ビジネス書とかハウツー本で書かれていることは同じことの繰り返しであり、既知の情報ばかりになってきてしまったので、「おもしろい」と感じる機会が減ってきてしまったのです。

なので、そういったビジネス書はあくまで仕事のための資料、マーケティングの素材として淡々と「目を通す」だけになりました。

よほどおもしろいものであれば別ですが、そうでなければわざわざレビューを書いたりブログで紹介しようという気にもならなくなりつつあるのは、進歩なのか精神的後退のはじまりなのか、自分では判断がつきにくい部分でもあります。

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