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本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『邪馬台国はどこですか』を読んだら期待を裏切られた

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パクチーが食べられない徒花です。

もくじ

今回紹介するのはこちら。

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

 

鯨統一郎氏について

現在はミステリ作家として活動している鯨統一郎(くじら・とういちろう)氏のデビュー作で、1999年のこのミス8位に選ばれている。ちなみに、鯨氏は覆面作家で、経歴などはほとんど明らかにされていない。

私が鯨氏の著書をちゃんと読んだのは『哲学探偵』が初めてだった。

哲学探偵 (光文社文庫 く 10-11)

哲学探偵 (光文社文庫 く 10-11)

 

軽い語り口と読みやすい文章には好印象を抱いたが、いかんせん、ワンパターンな物語の展開とトリックのショボさが目立ち、あまりおもしろいとはおもわなかった。しかし、本書もKindle Unlimitedに選ばれていて、レビュー評価が高かったので、再チャレンジしてみようと思い、読んでみた次第である。

邪馬台国はどこですか?』の概要

いわゆる「歴史ミステリー」もの。歴史の謎に光を当て、それに対して独自の見解を小説の物語に乗せて展開する構造になっている。

ただし、最後の「付記」にあるように、その見解は鯨氏のものではない。小説中に登場している「宮田六郎」という人物がバーで語った持論をおもしろがったマスターがしきりに発表することを勧めたので、マスターの知人であるK氏に書いてもらったという経緯があるらしい。もちろん、この付記も信用できるものではない。このように書いてあるものの、宮田は結局架空の人物で「鯨=宮田」である可能性も否定できない。そこは確認のしようがないし、これも単なる私の深読みなのかもしれない。

バーを舞台にひたすら語りだけで織りなされる

舞台はとあるバーで、そこに集まった3人の客+語り部であるバーのマスターの計4人しか登場人物はいない。連作短編となっていて、話の展開はワンパターン。在野の研究者っぽい宮田氏が驚くべき持論を展開し、それに対して大学で歴史を研究をしている早乙女静香(さおとめ・しずか)が反論しながらも、最終的にはみんな宮田の言うことに納得して終わる……というのがテンプレになっている。

宮田の奇抜な持論だけに焦点が当たるようにシンプルなつくり――といえば聞こえはいいが、結局、ひとつの小説としての完成度は低く、単に宮田氏の考えを小説という読みやすい入れ物に収めているだけの作品に過ぎない。

キャラクター設定も安易だ。静香は(酒のせいもあるのかもしれないが)大人の女性とは思えないほどやたら攻撃的で、初対面の時から宮田にかなりの罵声を浴びせる血気盛んな女性。やたらその言動が子どもじみている。静香の師匠である三谷敦彦教授は物静かで宮田の考えに理解を示すことが多いが、最後まで同意するだけで自分の考えは主張せず、まったく物語上、必要のない人物になっている。

宮田の主張

じゃあ、本作の魅力はなにかといえば、それはもちろん、宮田が展開する歴史の謎に対する突拍子もない自論である。以下、ネタバレしすぎない程度に、宮田が作品内で展開している論を簡単に紹介していく。

ブッダは悟りなんて開いていなかった

『悟りを開いたのはいつですか?』で展開。仏教の始祖ゴータマ・シッダールタ菩提樹の下で悟りを開いたとされるが、じつはそのときにも悟りなんか開かなかったんじゃないかという、いきなりの問題発言から始まる。さらに、「そもそもなぜブッダは修業を始めたのか?」というところの考察もおもしろい。

邪馬台国岩手県にあった

邪馬台国はどこですか?』で展開。邪馬台国は古代日本にあった女王・卑弥呼の治める王朝だが、その場所は未だによくわかっておらず、畿内説と九州説が主流となっている。だが宮田は、邪馬台国は岩手にあったのだと断言する。邪馬台国の場所を定める最大の材料は『魏志倭人伝』だが、みんな、その読み方を間違っているというのだ。個人的には「鬼=星」説がおもしろかった。さらに、宮田は大和朝廷邪馬台国の関係性にもかなり突っ込んでいく。

聖徳太子推古天皇は同一人物である

聖徳太子はだれですか?』で展開。聖徳太子は謎の多い人物だが、宮田は当時の女性天皇推古天皇のもうひとつの人格である……と主張する。つまり、聖徳太子というのは架空の人物で、そもそもそんな人はいなかったというだ。さらに宮田は当時の有力者だったと思われている蘇我一族についてや、天皇家についても切り込んでいく。なかなか刺激的である。

織田信長は自殺した

『謀叛の動機はなんですか?』で展開。本能寺の変で臣下の明智光秀に裏切られ、天下統一あと一歩のところで死んだ織田信長について、じつは自殺だったのだと宮田は主張する。さらに宮田は織田信長が生前にやってきたことを例に出しながら、じつは小田塢信長が抑うつ状態にあったとまでいうのである。そして本能寺の変は、彼がとある人物に敗れたことが大きなきっかけになったというのだ。

明治維新の陰の首謀者は勝海舟

『維新が起きたのはなぜですか?』で展開。明治維新はさまざまな人の思惑が錯綜し、時代の流れとして自然発生的に起きたものだと考えられているが、じつは、とあるひとりの男の計略だったと宮田は主張する。その人物こそが、幕臣であり、江戸城無血開城に尽力した勝海舟だというのだ。さらに彼は、勝がじつは催眠術の心得があったというとんでもないことを言い出す。ここらへんはちょっと、説得力に乏しいが……。

イエスの復活は仕組まれていた

『奇蹟はどのようになされたのですか?』で展開。キリスト教が誕生するきっかけになったイエス・キリストの処刑とその後の復活劇は、すべてイエスと12使徒によって計画されたトリックである……と宮田氏は言い始める。さらに、ゴルゴタの丘で処刑されたのは実はイエスではない、というのだ。誰がイエスの代役を務めたのかは、いちおうここでは伏せておこう。

松永の怪しいポイント

というわけで、本書は純粋に歴史ミステリーを楽しむ作品なのだが、読んでいる途中、私はどうしてもこんな考えに囚われてしまった。

「この作品は、表面的には宮田氏の主張を淡々と述べ続ける歴史ミステリーの体裁を取っているが、じつは連作の中でさまざまな伏線が敷かれていて、最後の最後、いかにも“ミステリ小説”らしい結末を迎えるのではないか」

私がこのように考えてしまった一番の要因は、語り部であり、読者の代弁者ともいうべきバーのマスター・松永の挙動にいささか不審な点があったためである。以下、私がひっかっかったところを挙げていこう。

●ワインの怪

松永は第1話目『悟りを開いたのはいつですか?』の冒頭で、静香から「ワインはないの?」と聞かれて、慌てていた。「ワインという酒の存在を失念していた」と述べている。さらに、第4話目『謀叛の動機はなんですか?』でも再び静かにワインを尋ねられ、「まだ入れてないの?」と催促される。ワインの存在は最終話『奇蹟はどのようになされたのですか?』でひとつの重要なファクターになっているのだが、肝心のこの話の中ではワインは登場しない。

なぜ松永はワインの存在を失念していたのか? なぜ一度いわれても、店にワインを仕入れないのか? そもそも松永はこのバーを開いてどのくらいになるのか?

ここらへんのことが、もしかするとなにかの伏線なのかもしれないと私は勝手に思い込んでしまったのである。

●松永の熱意が異常

松永は宮田と静香の議論を聞いていくうちにどんどん歴史に熱中していくようになるのだが、いささかその熱の入れようが異常に感じるところがある。本を読んで自分で勉強をし始めたくらいならまだわかるが、一番不自然さを感じたのは最終話『奇蹟はどのようになされたのですか?』だ。

これまで、2人の議論は基本的に宮田のちょっとした一言から始まっていた。口火を切っていたのは宮田なのである。しかしこの話においては別で、松永が静香に「奇蹟の存在を信じますか?」と尋ねたことから、宮田の弁論が始まるのだ。さらに松永は、資料を投影するための映写機まで店に準備し始める。普通、いくら2人の話がおもしろいからといって、ここまでやるだろうか? なにか、松永には「この2人になんとしても歴史の議論をしてもらわなければならない理由」でもあるのではないか? ……そんなことを考えてしまったのである。

●殺人事件の話題

私が一番反応してしまったのが、第4話謀叛の動機はなんですか?』の冒頭部分の会話である。少し引用しよう。

「残虐でやりきれない事件が多発しているっていうのに、よく浮かれていられるわよね」

松永は一瞬、自分のことを言われたのかと思ったが、おそらく静香は、このところ続いて起きている若年者に対する殺人事件と、それを気にしないかのような街のにぎわいのことを言っているのだろう。

「このところ続いている」という言い方が、私としては非常に引っかかった。じつは、彼らのやり取りはこの、街で起きている殺人事件となにかリンクしているのではないか……そしてその真相にバーのマスターの松永がなにかしら関係を持っているのではないか……と考えてしまったのである。

●やたらたくさん料理が出てくる

これは、なにか疑念を抱いたわけではないが、どの話でもやたら酒のつまみの名前が具体的にたくさん出てくることがひっかかった。だから何がどうしたというわけではないが、何かしらの意図があってこんなにたくさんの料理名を出しているのかな?などと考えてしまったのである。

結局、なにも起きませんでした

というわけで、徒花としては最終話にかなりの期待を抱いて読んでいたのだが、――なにも起こらずに終わった。。。

もしここで、宮田あたりがいきなり探偵役になって松永の犯罪をいきなり理路整然と暴きだし、じつはここまで読んできた中の伏線を回収していったら、私は大喜びしただろう。さらに、ひたすら存在感のなかった三谷教授がじつはここでキーパーソンとなり、彼のちょっとした一言がなにか決定的なことにつながっていたりしたら、私は思わず膝を打っただろう。

だがなにもなかった。なにもなかったのだ!!!

本書が東京創元社から出版されていて、このミスにもランクインしていたということで、個人的にはそうした展開を期待していたのだが、あっさりとその期待は悪い方向に裏切られ、私は失意のうちに本を閉じたのであるKindleだから実際にはウィンドウを閉じたのだが)

おわりに

これはミステリ好きの病理ではないだろうか。「ミステリマニアという病い」とでもいおうか。物語を見ていると、なんでもかんでも「これはなにかの伏線なんじゃないか?」と考えてしまう……。そして、そうではないと知ると、勝手にフラストレーションを感じてしまうのだ。ちょっと反省しよう。

ちなみに、本書を読んで歴史ミステリーの魅力にはまったら、ぜひ『逆説の日本史』シリーズを読んでみることをおススメする。これも、かなりおもしろい。徒花はまだ古代黎明編しか読んでいないが。

逆説の日本史〈1〉古代黎明編―封印された「倭」の謎 (小学館文庫)

逆説の日本史〈1〉古代黎明編―封印された「倭」の謎 (小学館文庫)

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。