本で死ぬ

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『火花』のレビュー~その漫才は誰が為に~

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徒花は天邪鬼のヒネクレ者なので、基本的に話題になっているものには手を出さない。なので、第153回芥川龍之介賞受賞を受賞して話題沸騰状態であるピース・又吉直樹氏の『火花』も、私はぜんぜん読むつもりはなかった。

 

しかも私はいわゆる文学作品と言うはさほど好きではなく、どちらかといえばミステリーやSFなどのほうを好んで読む。文学作品はけっこう結末や内容について読者個々人の解釈に任せている部分が多いように感じるから、フラストレーションがたまることが多いのである。私自身の読解力が足りないせいかもしれないが、イマイチ著者が何を伝えたいと思って書いたのか分からなくなることがあるので、とくに「純文学」とよばれるような作品は(避けるとまではいかなくとも)積極的に読んでこなかった。

のだが、思いがけず会社の人から貸してもらった。出版社に勤めていると、話題の本はたいてい誰かしらが持っていてまわされていく。そして「タダなら読みます」と貧乏気質な私は借りた本を超速で読み終えたので、今回は少し出遅れはしたものの、『火花』のレビューをしてみよう。

又吉直樹氏について

例によってまずは著者の紹介から始めていく。

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吉本興業株式会社 芸人プロフィール | ピースより。左が又吉氏。ラクガキにとくに意味はない。

1980年、大阪府生まれ。上にはお姉さんが2人いるらしい。小学生のころからサッカーをやっていて、高校はサッカーの強豪校に入り、インターハイにも出場している。現在の文学者然とした風体からは想像できないが、なかなかのサッカー小僧だったようだ。

高校卒業後、1999年にNSC東京校の5期生として入学。2003年まで、中学校以来の同級生・原偉大氏と「線香花火」というコンビで活動していた。解散の理由は、原氏のお笑いに対する熱が冷めてしまったことが原因。ちなみに原氏は現在、雑誌編集者として活躍しているようである。元相方が奇しくも出版業界で働いているのは、なにか因縁めいたものを感じるところである。ちなみに、コンビ名である「線香花火」の由来は、こちらのページに又吉氏自身がつづっている。

「広辞苑刊行60年キャンペーン」moreinfo

さて2003年に「線香花火」が解散したあと、同期で仲の良かった綾部祐二氏に説得されて結成したのが「ピース」である。コンビ名の由来は吉本興業にせかされてノートに書いてあった言葉をとったらしい。

人気に火がつくのは結成から7年が経った2010年のころ。テレビでもよく取り上げられるようになり、同年にフジテレビで放送が開始されたバラエティ番組『ピカルの定理』のレギュラーに抜擢されたことで露出を増やす。さらにキングオブコントで準優勝、M-1グランプリ決勝に初進出、オリコンの「ネクストブレイクを期待するお笑い芸人」アンケートで1位に選ばれるなど、実力のある若手お笑いコンビとして次第に世間で認知されるようになっていった。

www.fujitv.co.jp

ブレイクした当初から又吉氏の読書家ぶりは注目されていて、自ら好きだと公言している太宰治町田康などの巻末解説文を書いたり、2009年には文筆家のせきしろ氏とともに自由律俳句集『カキフライが無いなら来なかった』などを出版している。

カキフライが無いなら来なかった

カキフライが無いなら来なかった

 

その後、2011年に初の単独著書となるエッセー『第2図書係補佐』を出版。表紙にも大きく写真を使い、このあたりから広く一般にも「読書家・又吉」としてのイメージが定着していった。

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

 

その後、2012年に別册文藝春秋12年5月号で初めて自身の短編小説『そろそろ帰ろかな』が掲載される。これが、又吉氏にとっての処女作だ。さらに同年の9月号には『夕暮れに鼻血』を発表。にわかに小説化デビューの機運が高まっていったのである。

別冊 文藝春秋 2012年 05月号 [雑誌]

別冊 文藝春秋 2012年 05月号 [雑誌]

 

そして2015年3月、満を持して初の中編小説単行本『火花』を刊行。本作は芥川賞を受賞して、世間からも高い評価を受けている。ちなみに最新刊は、俳人堀本裕樹氏と共著で作った『芸人と俳人』。これは読み物ではなく、初心者に向けた俳句の入門書となっている。

芸人と俳人

芸人と俳人

 

 

『火花』のレビュー(ネタバレあり)

というわけで、ここから話題の『火花』の話をしていこう。

火花

火花

 

まずはあらすじから。いちおう、一番びっくりするところは伏せているが、けっこうなネタバレになるので未読の人は気をつけていただきたい。

スパークスというコンビを組んでいた売れない芸人・徳永は、熱海の花火大会で先輩芸人・神谷と電撃的な出会いを果たす。徳永は神谷の弟子になることを志願すると、「俺の伝記を書く」という条件で受け入れられた(神谷とコンビを組んだわけではない)。奇想の天才でありながら人間味に溢れる神谷に徳永は惹かれていき、神谷は徳永に独自の笑いの哲学を伝授しようとする。
やがて神谷との出会いから数年が経ち、徳永は少しずつ芸人としての収入を増やしていくが、4歳上の神谷はいまだ泣かず飛ばず。それでも「先輩芸人は後輩に奢るもの」というルールを貫く神谷は消費者金融にも手を出し、次第に手の終えない借金を抱えるようになっていった。
だが、成功したかに見えたスパークスのいきおいも衰える。出演したテレビ番組の終了とともに仕事が減り始め、徳永は安定した生活を望む相方から解散を申し込まれたのだ。芸人としての限界を感じた徳永は、解散とともに自らの芸人生命も絶つことに決めた。
そんなとき、神谷の相方・大林から「神谷がいなくなった」と知らされ、連絡が取れなくなる。そして芸人を辞めて会社員として働き始めた徳永のもとに突如、神谷から連絡が入った。そして、久しぶりに出会った徳永は、衝撃的な変貌を遂げた神谷の姿だった……。

語り部は弱小プロダクションに在籍する芸人・徳永だが、基本的に物語りは破天荒かつ独特のお笑い哲学を持つ大手事務所の芸人・神谷を中心に進む。普通に考えれば語り部である徳永に著者である又吉氏が投影されていると考えるのが妥当だろう。ただ、笑いの哲学に関して徳永と神谷の間で意見の食い違いがあるところもあるが、ここらへんは笑いについての哲学についてまだ答えを見出しきれていない又吉氏本人の考えが表れているようにも感じる。

文章は非常に読みやすい。最初は「一文が長すぎるきらいがあるのかな?」とも思ったが、読み進めてみると全然そんなことはなかった。風景や心理の描写が入るが、言葉の選び方も洗練されているし、その描写が長ったらしくなることもないので、嫌味には感じない。台詞回しも軽やかで、読んでいる中ではほとんどストレスを感じなかった。ところどころボケを突っ込んでちょっとした笑いに誘うのも、物語を読み進める中でアクセントとなっていて心地よい。

個人的に本書で大きなテーマとなっていると感じたのは「お笑い芸人は誰のために活動するのか」ということ。言動がむちゃくちゃな神谷の行動原理は一貫していて「自分が面白いことをする」ということだったが、だからこそ彼は芸人としてまったく芽が出なかったのではないだろうか。彼の「面白い」と感じるポイントは、おそらく世間のそれと乖離していたのである。

そんな神谷と対照的に描かれているのが、鹿谷というピン芸人だ。彼は芸人1年目とキャリアは短いながらも、キレ芸を含めたズレた言動が受けて、あっという間にテレビで脚光を浴びていく。ただ、おそらくではあるが、鹿谷自身は自分がやっていることが「面白い」とはこれっぽっちも思っていないだろう。だが結局、「本人は面白いと感じていないこと」が彼を成功者にしたのである。

鹿谷自身はもしかするとそれを快く感じていないかもしれないが、なんだかんだ彼はその状況を受け入れられている。だが、神谷にはそれがどうしても我慢できないことなのだ。神谷が一番大切にしているのは「観客を笑わせること」ではなく、「自分が楽しむこと」だった。「自分が楽しく、観客も笑う」という状況がお笑い芸人にとって理想であることは確かで、それを目指そうと妥協を許さず、つねに「自分が面白いと感じること」を追求し続ける神谷の考え方は尊い。それは、p116~117の徳永のセリフに集約される。ちょっと抜粋してみよう。

「神谷さんと同じように、僕だって、僕だけじゃなくて、全ての芸人には自分の面白いと思うことがあるんですよ。でも、それを伝えなあかんから。そこの努力を怠ったら、自分の面白いと思うことがなかったことにされるから」

「捨てたらあかんもん、絶対に捨てたくないから、ざるの網目細かくしてるんですよ。ほんなら、ざるに無駄なもんも沢山入って来るかもしらんけど、こんなもん僕だって、いつでも捨てられるんですよ。捨てられることだけを誇らんといて下さいよ」

まぁ結局、神谷自身は最後までそこで妥協することができなかったからこそ、本編のラストでなかなかとんでもないことになっているのだが、本書は「その漫才は何のためにやっているのか?」という疑問をすべての芸人に対して突きつけているのである。……と思う。最終的に語り部である徳永がそんな神谷の姿を見て何を感じていたのかは、イマイチよく分からなかったけど。

本書についていろいろ賛否両論はあるだろうが、それでも本作はやはり酸いも甘いもかみ分けた芸人本人だからこそ書ける内容であり、文章的にも(それこそ芥川賞を取れるくらい)高いレベルで、小説という形にまとめたものである。おそらくこれは世界でも類を見ないのではなかろうか。その意味において、本書はほかの本には変えがたい価値を持ているのだ。たぶん。

 

そういえば、本書の中ではときどき聞きなれない食べ物が出てくる。徒花は新潟県出身だったので「へぎそば」は知っていたが、わからなかったのが「肉芽」「鬼まんま」である。

調べてみると、「肉芽」は物語の中にも登場する、吉祥寺に実在する居酒屋・美舟が提供しているオリジナル料理で、どうやら豚肉とニンニクの目を傷めた料理らしい。別に、人間の体に取り付いたどこかの吸血鬼の細胞のことではない。

超像可動 「ジョジョの奇妙な冒険」第三部 50.DIO Ver.Black(荒木飛呂彦指定カラー)

超像可動 「ジョジョの奇妙な冒険」第三部 50.DIO Ver.Black(荒木飛呂彦指定カラー)

 

いっぽう、ネットで検索してもまったく分からないのが「鬼まんま」だ。これは徳永と神谷が一緒に鍋を食べたとき、「〆は雑炊か乾麺か」とたずねられて、神谷が返した返事である。「まんま」といっているくらいだからおそらく鍋の残り汁を使った雑炊のことを指しているのだろうが、いまいちよくわからない。誰か知っている人がいたら教えてほしい。

 

というわけで、お粗末さまでした。