本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『ヒトの目、驚異の進化』(マーク・チャンギージー)のレビュー

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・人間の目は他者の感情を見抜く

・人間の目は透視をする

・人間の目は未来を予見する

・人間の目は死者の意思を読み取る

 

こんなふうなことが主張された本があったら、まあトンデモ科学本かちょっとうさんくさいスピリチュアル系の本ではないかと勘ぐってしまいますが、本書ではこれらのことが科学的な調査をベースにして、しごく真面目に語られています。

 

 
著者のマーク・チャンギジーカリフォルニア工科大学で理論神経生物学の研究員をしている人物。カバーのそでに写真が載っていますが、なかなかイケメンですね。

 

「理論神経生物学」というのはネットで調べてみても説明がないのですが、人間の認知・知覚に関して研究をする人のことみたいです。

 

本書は冒頭で述べた、人間の目が持っている4つの「超人的能力」について解説していくのですが、ここではそのあらましを説明してみましょう。

 

人間の目は他者の感情を見抜く

人間の目は多種多様な「色」を認識します。

人間がなぜこんなに細かい色を識別できるのか?

従来の説では「実っている果物が熟しているかを判断するため」などと言われていましたが、チャンギーじーさんはそれに対して懐疑的です。

そうではなく、むしろ「相手の肌の色の変化を識別するために、細かい色を識別できるようになったのではないか」ということなのです。

 

「肌色」というのは、――いまはもう差別的なニュアンスを含むのでクレヨンの色などでも使われなくなってしまったようですが――別の言い方がなかなかできない色ですね。いろいろな色が混じり合っています。

 

そして、この肌の色は相手の健康状態や心理状態、感情などを如実に表すものなのです。人間の目は相手の肌の色を変化を見抜くことで、相手の感情を洞察している……ということです。これが「人間の目は他者の感情を見抜く」と言う主張の正体です。

 

ちなみに「黒人の場合はどうなんだ」というツッコミに対しても、著者はちゃんと説明していますので詳しくは本書を読んでみてください。

 

人間の目は透視をする

多くの動物は「2つの目」を持っています。

しかし、人間のように「2つの目がどっちも前を向いている動物」は多くはありません。多くの動物は右側面と左側面に1つずつ目がついていて、より広い視野をカバーできるようにしています。

 

じゃあ、なんのために人間の目は前方に向けて2つついているのか。じつは、ちょっとズレた位置に2つの視点があることで、「片方の目では見えない前方部分をもう一方の視線でカバーしている」のだとチャンギジー氏は主張します。

 

たとえば、左目をつぶって、右目だけでグッと左端を見ると、「自分の鼻」が邪魔をして視野の一部を塞いでしまいます。しかし、左目ではその部分を問題なく見られます。そのため、私たちの目は自分の鼻を「透過」して向こう側を見ることができるのです。

これが「人間の目は透視をする」の正体です。

 

人間の目は未来を予見する

錯視というやつがありますね。たとえば、こういうやつです。

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どちらも先の長さは同じなんだけど、下のほうがなぜか長く見える。これは別に私たちの目が欠陥を持っているからではなく、「そう見える必要がある」からそうなっているわけなのです。

私たちの網膜がとらえた情報が脳に送られて処理されるには時間がかかります。それはコンマ何秒というレベルの話ですが、リアルタイムで送られた情報は、脳で処理されているときにはすでに「過去」のものになってしまうのです。

人間が「現在」を知覚するには、「コンマ数秒後に起こるだろう」ことを先読みする必要があります。これができないと、私たちは飛んできたボールをキャッチすることも難しくなります。

これが「人間の目は未来を予見する」の正体です。

 

人間の目は死者の意思を読み取る

少し考えてみると、私たちは四六時中、死者の考えを耳にしている……たんに、文字を読むことで。表記法が発明されると、死者は突然、生者に語りかけられるようになった(逆方向のコミュニケーションは遅々として進まないが)。あなたにしてみれば、私は死者も同然で、あなたは今この瞬間、霊読の技能を行使している。偉い!

私たちの目は文字を……紙に書かれた何千という小さな形を素早く処理して意味を読み取ることができるように進化してきています。私たちはものを見たとき、その特徴をシンボル化して表記するように見ているというのです。

これが「人間の目は死者の意思を読み取る」の正体です。

 

 

ということで、ここではかなりザックリと説明しましたが、実際の書籍ではもっともっと細かく、それぞれの能力について説明してくれます。専門的な言葉も多く、読むのはなかなか大変かもしれないけど、刺激的でおもしろい一冊です。

 

  

後記

ボヘミアン・ラプソティ』を見ました。

 

ボヘミアン・ラプソディ (字幕版)

ボヘミアン・ラプソディ (字幕版)

  • 発売日: 2019/04/17
  • メディア: Prime Video
 

 

伝記ものの映画ってけっこう好きで見たりするんですが、逆に世間で盛り上がりすぎると見る気が失せてしまう天の邪鬼な性格のため、鑑賞がここまで遅くなってしまいました。

いい映画でした。やっぱり音楽の力というのは偉大ですね。とくにクイーンの楽曲は印象もさまざまな名曲がいっぱいあるので、耳馴染みのある音楽があるだけで、各シーンをおもしろいものに仕立て上げられるのかなと。

ちなみに私はエンドロールで流れた「Don't Stop Me Now」がなんだかんだ一番好きです。

 

今回はこんなところで。

それではお粗末様でした。

『折りたたみ北京』(ケン・リュウ編)のレビュー

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SFというのはその性質上、著者が作品を書いた当時の社会を反映させたものになると思うわけです。

筒井康隆御大の古い短編小説などを読むと、当時の日本社会のことがなんとなく想像できますね。

 

くたばれPTA (新潮文庫)

くたばれPTA (新潮文庫)

  • 作者:筒井 康隆
  • 発売日: 2015/12/22
  • メディア: 文庫
 

 

当たり前だけど、「すでに現実世界で実現しているもの」を題材にしてもSFにはなりえませんから、時代とか著者の住んでいる国によって、傾向が出てきます。

 

というわけで、じゃあ現代に生きる中国人SF作家はどういう作品を生み出しているのでしょうか。

中国といえば経済発展が著しく、深センなんかだと現金はほとんど使われていないくらいキャッシュレス化が進んでいるらしいです(行ったことないから話に聞くだけだけど)。

でもその一方、農村と都市部の格差は日本以上に開いているとか、共産党による一党独裁一人っ子政策が続いているとか、なかなか興味深い国です。

 

中国のSFといえば、去年は『三体』が大きな話題になりました(まだ読んでない)。

 

三体

三体

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: ハードカバー
 

 

今回紹介する中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』も、当然ながらこの『三体』ヒットの裏で発売されたもので、『三体』の著者である劉慈欣(リウツーシン)さんの2つの作品が収録されています。

 

 

当然ながら、作家さんによって作品の色はまちまちなので、簡単に紹介していきましょう。

※ちなみに、登場人物は当たり前ながら中国人名が多いのですが、登場するたびにふりがなを振ってくれているのは親切ですね。あとやっぱり、中国語本来のよみがなのほうがかっこいい気がします。

 

[陳楸帆(チェン チウファン)]

『鼠年』

やたらと大きなネズミ(ネオラット)を退治するためにかき集めらた若き軍隊の物語。大きな力に翻弄される、力ない者たちの悲愴。まあまあ。

 

麗江(リージャン)の魚』

神経症の治療のために麗江を訪れた男と、そこで出会った女の物語。経済成長を優先させるがために人間の「時間感覚」すらも操作する社会。まあまあ。

 

『沙嘴(シャーズィ)の花』

ボディフィルムという、社会的地位を示すディスプレイを身にまとうことが当たり前の社会。その修理工と娼婦。男女のいざこざ。まあまあ。

 

[夏 笳(シア・ジア)]

百鬼夜行街』

ロボッたちだけが暮らす街でひとり一緒に生きる人間の少年の物語。微妙。

 

『童童(トントン)の夢』

要介護状態の祖父と介護ロボットの物語。ほのぼのとしたハッピーエンド。まあまあ。

 

『龍馬夜行』

人間がいなくなった世界で一人放浪の旅を続ける龍馬ロボットの物語。微妙。

 

[馬伯庸(マー・ボーヨン)]

『沈黙都市』

人々の思考と行動を制限するため政府から「健全語リスト」以外の言葉の止揚が禁じられた世界物語。これはいいディストピア。おもしろい。

 

 

[郝景芳(ハオ・ジンファン)]

 『見えない惑星』

二人の語り手がこれまで訪れた惑星とそこに暮らす人々を語る物語。うーん、微妙。

 

『折りたたみ北京』

時間帯によって3つのエリアが交互に現れる北京を舞台にした物語。割と王道的な話で嫌いじゃない。

 

[糖匪(タン・フェイ)]

『コールガール』

不思議な力を持つ少女の物語。ちょっとよくわからんかった。趣味じゃない。

 

[程 婧波(チョン・ジンボー)]

『蛍火の墓』

太陽が光を失い、新天地を求めてさすらった末に時間の流れが止まった<無重力とし>に流れ着く物語。よくわからん。

 

[劉慈欣(リウ・ツーシン)]

『円』

秦の始皇帝が不老不死を得るため、荊軻(けいか)に命じて全軍を動かし、円周率を計算させる歴史SF。これはおもしろい。発想もおもしろいし、物語としても高品質。

 

『神様の介護係』

これがこの本のなかで一番好きな話。ある日、いきなり「人類を創生した」と名乗る神々が現れ、高齢になった自分たちの介護を地球人たちにお願いする物語。しかし、後半になると神様たちが地球にやってきた本当の目的が明らかになります。ギャグテイストとシリアステイストが見事に融合した傑作。

 

 

総括ですが、まあいろいろバリエーションに富んだ作品が多いので、どれか気にいるものがあるのではないでしょうか。

 

 

後記

アルカディア』を見ました。

 

アルカディア(字幕版)

アルカディア(字幕版)

  • 発売日: 2018/11/02
  • メディア: Prime Video
 

 

カルト宗教を信奉する村から脱出した兄弟がひょんなことから村に戻ることになるんだけど、その村で不思議なことが起こる・・・・・・という物語。

ストーリーだけ聞くとなかなかおもしろそうなんですけど、実際、村の秘密とか、どういうことだったのかというのがいまいち明かされないまま終わってしまいます。

あと全体的に暗く、B級臭がする。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

 

『シン・ニホン』(安宅和人・著)のレビュー

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昨今のビジネス実用書は二極化が進んできています。

めちゃくちゃ簡単な本と、めちゃくちゃ難しい本です。

 

簡単な本はとにかく図版やイラストを使い、改行をたくさんして余白を多くし、大きな見出しなどをたくさん挟んで、いわゆる「文字文字しさ」を軽減させています。

とにかくわかりやすく、サクッと読み切れるというやつですね。

 

いま私が電子書籍で読み進めている『ワーク・シフト』でも書かれているのですが、スマートフォンによって四六時中インターネットに接続するのが当たり前になりつつある現代の私たちの時間は「細切れ」になっています。

 

 

よほど、本当に質の高い内容のものでない限り、私たちはおそらく、以前よりも「没入」することができなくなっている。そうなっている人が多いのでしょう。

しかし残念ながら、ほとんどの実用書はそこまで没入できるほどインタレスティングではないし、つくり手としてはできるだけ読者の母数を大きくしたいという欲求にかられてしまうから、内容が薄くてもとにかく誰でも読める本を目指してしまいます。

 

そうではない、めちゃくちゃ難しい本は洋書に多いです。

さきほど挙げた『ワーク・シフト』とその続編である『ライフ・シフト』もそうですが、『サピエンス全史』『ファクトフルネス』などなど、難しめの売れている本は大体洋書のイメージです。

 

 

そうしたなかで、ニューズピックスパブリッシングという2019年に生まれたばかりの出版レーベルは、どうしても薄くて軽いものになりがちな日本のビジネス書とは一線を画した、骨太で難易度の高い……ちょっと意地悪な言い方をすれば「意識の高い」本を生み出そうとしているといっていいでしょう。

 

『D2C』という本も読みましたが、こちらもおもしろい本でした。

 

 

※ちなみに、間違えやすいレーベルに「ニューズピックスブックス」というのがあります。こちらは2017年にニューズピックスとと幻冬舎がパートナーシップ契約を結んで生まれたもので、こちらはまたちょっと毛色が違います。こちらは『メモの魔力』『ハッタリの流儀』などが該当します。

 

メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)

メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)

  • 作者:前田 裕二
  • 発売日: 2018/12/24
  • メディア: 単行本
 

 

※さらに余談ながらニューズピックスパブリッシングが創刊されるときに幻冬舎の社長とひと悶着起きたりしたのですが、まあそれは業界関係者でなければ全然関係ないことなので、ここでは割愛します。 

 

今回紹介するのは、ニューズピックスパブリッシングから刊行された『シン・ニホン』という本です。

 

 

この本もかなり骨太です。

著者は『イシューからはじめよ』という、これまた重厚なビジネス書(25万部超)を書いた人で、現在は慶応義塾大学の教授を務め、内閣府のプロジェクトにも関わっているすごい人なのです。

 

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

  • 作者:安宅和人
  • 発売日: 2010/11/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

本書ではズバリ、平成の30年にわたって緩やかに衰退してきた日本という国が、これからの世界でどうやって行けばいいのかということを、様々な統計データを紐解いてファクトを指し示しながら、クールに論じた一冊となっています。

 

正直言って、前半は読んでいると暗澹たる気分になってきます。

少子高齢化はもう止められないし、労働生産性は低いし、教育の分野もおそまつだし、データの処理能力もない、人材もいない、育てる環境がない……と明るい話題がないですね。

そうこうしているうちにアメリカがネットサービスのプラットフォームを抑えにかかっているし、中国は中国でぐいぐい発展を続けていると。

(個人的には、日本を地政学的に見ても巨大な国土を持つアメリカや中国と比べることがそもそも間違っているような気がしないでもないですが)

 

日本は「フェーズ2」に賭けるほかなし

ただ、ひとつ希望が述べられるとすれば、「そもそも歴史的に見ても、日本は現在のようなフェーズが得意な国ではないんだから、この次に来るフェーズで頑張ればまだ巻き返せるよね」という部分ですね。

これについては、P113「日本に希望はないのか」というところにあります。

 

確かに今の日本はイケていない。技術革新や産業革新の新しい波は引き起こせず、乗ることすらできなかった。企業価値レベルでは中韓にも大敗。大学も負け、人も作れず、データ×AIの視点でのさん大基本要素のいずれも勝負になっていない。近代になって以来、先の大戦終戦前から敗戦直後を除けば、もっとも残念な20年だったと言ってもよい。そのため、もうやはり希望はないのかとこの何年か繰り返し聞かれるのだが、まったくそうではない、というのが僕の見解だ。

18世紀から始まるいわゆる産業革命をざっくり振り返ってみると、3つのフェーズに整理することができる。

第一のフェーズは、新しい技術やエネルギーがバラバラと出てきた時代。およそ100年ほども続いている。電気の発明や蒸気機関などはこの時代の産物だ。

第二のフェーズは、この新しい技術が実用性を持つようになり、さまざまな世界に実装された段階だ。エンジンやモーターなども小さくなり、クルマやミシン、家電などが続々と生まれた。

第三のフェーズは、この新しく生まれてきた機械や産業がつながり合って、航空システムのような複雑な生態系(エコシステム)と言うべきものが次々と生まれた段階だ。土管(通信回線)、通信技術、端末がつながり合うインターネットもこの段階で生まれている。

 

そもそも日本はこのとき鎖国をしていて、フェーズ1をまったく経験しないまま、明治維新と文明開化を経て急速に西欧諸国に追いつき、フェーズ2になってからまくりあげていった。

 

フィーチャーフォンが主流だった時代、日本で独自の進化を遂げた携帯電話のさまざまな機能は「ガラパゴスケータイ(ガラケー)」と自虐的に呼ばれたりましたが、そこからiPhoneという黒船がやってきてまたいろいろぶち壊されているのが現状だと思えば、むしろビッグデータやAIが実際の社会で実装されるようになってきたタイミングこそ、日本が得意とするタームであり、挽回するチャンスなんじゃないの?ということですね。

 

まあなるほど、それはたしかにそうかもしれないな、というのがありますね。

落合陽一さんの著書『日本再興戦略』でも、日本という国はやたらと公平性を重視する…つまり一律に変えようとする圧力が強いからこそ、社会に新しい技術を実装するときには一気にやろうとするというのが、強みになりうるという事が書いてありました。

 

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

  • 作者:落合 陽一
  • 発売日: 2018/01/31
  • メディア: 単行本
 

 

「仕事」とはなにか?

本書ではそれ以外にもいろいろ、日本がどうするべきかが述べられているわけですが、かなり高度な内容なので私も理解しきれいないところがありますので、ここでの紹介は避けておきます。

気になる人は、ぜひ本書を購入して読んでみてください。

 

私が本書の中でもうひとつおもしろかったのは、ぜんぜん枝葉末節の部分なのですが、「仕事とはなにか」ということについての著者の解釈です。

 

仕事とは何か、何を行うことが世の中で価値を生み出すことなのか。これについて答えられる人は少ない。戦前のように尋常小学校を出てすぐ世の中に出る時代ではないものの、何をやることに意味があるのかは、少なくとも中等教育の前半(中学)あたりでまず落ち着いて考えておくべきだ。

ちなみに「仕事とは何か?」ということを、学生だけでなく社会人も含め、これまでずいぶん多くの人に聞いてきた。すると、お金をもらうこととか、時間を売ること、人の役に立つことなどの答えが返ってくることが多い。では失職して失業保険をもらうことや年金をもらうことは仕事なのか、成果報酬の人は仕事をしていないのか、人に親切にすることは仕事なのか、と聞けばさすがに誰もが違うとわかる。

 

ここで、物理の公式を著者は用います。すなわち

 

仕事=力×距離

 

つまり、「どれだけ大きな存在に対して、どれだけ変化(移動距離)を起こしたか」ということが物理でいう「仕事」であり、じつはこれは、現実社会における仕事の定義にも当てはめてみることができるかもしれないということなのです。

資本主義社会においてはお金をたくさん稼いだ人が評価されますが、それは「社会の血液」とも称されるお金を、それだけたくさん動かしたということだからですね。

 

ビジネス書の格差は社会の格差なのか

ニューズピックスパブリッシングの本について、先に私は「意識高い系」という表現をしたし、冒頭では「めちゃくちゃ簡単な本と、めちゃくちゃ難しい本への二極化が進んでいる」といいました。

 

この『シン・ニホン』はいま、すごく売れています。

もちろん、買った人の中で最後まで読んだ人はあまりいないと思いますし、私を含め、著者の主張・メッセージをすべて理解できている人はほとんどいないと思います。

でも、読まない人はそもそもこの本を読まないし、存在すら知らない人もいるでしょう。

それが悪いということはないと思うけれど、じつはこういうところでひっそりと「知識の格差」みたいなものが起こっているのかもしれないな…というのを感じたりするのです。

 

格差というと、多くの人は金銭的な者を思い浮かべると思うけれど、私がそれよりも格差として深刻だと思うのは、「知識」とか「意識」の格差です。

読書量に関しても、本を読む習慣を持っている人はますます本を読むけれど、そもそも本を読まない人はまったくといっていいほど読まない。

同じ読書家であっても、どれだけ難しい本、長大な物語に挑戦するかは異なります。

まあ、だからといって興味のない、最後まで読みきれない本を無理に読んでも意味ないですけどね。

 

後記

『ハッピー・デス・デイ』みました。

 

ハッピー・デス・デイ (字幕版)

ハッピー・デス・デイ (字幕版)

  • 発売日: 2019/09/20
  • メディア: Prime Video
 

 

わがまま奔放な女子大生が自分の誕生日にお面をつけた殺人鬼に殺されてしまうのですが、死ぬとその日の朝に戻って、同じ一日を繰り返すという、ホラータイムリープものですね。

だんだん慣れてきた主人公は誰が自分を殺すのか、いろいろな手段を使って犯人を追求していくため、ミステリー的な要素もあり、おもしろかったです。

 

物語はテンポよくすすみ、結末には意外性もあって、最後はちゃんとハッピーエンド。

後味は良いですね。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

『絵を見る技術』(秋田麻早子・著)のレビュー

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私は毎年、その年に読んだ本の中からとくに良かったものを10冊選んで紹介し、さらにその10冊のなかから「ベスト・オブ・ベスト」を1冊選んでいます。

 

しかし、2020年版の「ベスト・オブ・ベスト」は、もうこの1冊で決まってしまったかもしれません。

そのくらい、素晴らしい内容の本に出会ってしまいました。

 

絵を見る技術 名画の構造を読み解く

絵を見る技術 名画の構造を読み解く

 

 

著者の秋田麻早子(まさこ)さんは美術史研究家で、麹町アカデミアでビジネスパーソンに向けて絵を見る技術を教えているようです。

本書が、初の著書です。

装丁は超ベテランの装丁家・水戸部功さん。いいデザインです。

 

私たちは自分が好ましいと感じたものを言語化できない

さて、絵でも、音楽でも、小説でも、マンガでも、映画でも、私たちはそれらを鑑賞して「なんとなく」でその良し悪しを判断しています。

「なんか好き/なんか嫌い」

「なんかいい/なんか悪い」

「なんか面白い/なんかつまんない」

 

ただ私たちは「なぜ、自分がそう感じるのか?」ということを言語化できません。

言語化できないということは、「頭の中で整理できていない」ということであり、「他の人にそれを伝えられない」、あるいは「自分でそれを再現できない」ということです。

このあたりの重要性については、最近のビジネス書でもよく語られるテーマです。

 

「言葉にできる」は武器になる。

「言葉にできる」は武器になる。

 
言語化力 言葉にできれば人生は変わる

言語化力 言葉にできれば人生は変わる

 

 

たとえば私の場合、文章に関してだけは、

「なぜ、この文章は読みやすいのか」

「なぜ、この文章は独特な癖があるのか」

「なぜ、この本は面白いのか」

「なぜ、この本は読むのに時間がかかるのか」

ということについて、歩いていど言語化することができると自負しています。

だからこそ、ブログを書いてそれを表現してるわけですね。

 

ただ、じゃあそれが他のメディア、つまり音楽や絵画、映像、マンガになると、それができなくなります。

映画やマンガについては、ストーリーの部分については言語化できるけど、それ以外の表現方法については私にそれに対する知見がまったく足りないので、うまく言語化できません。

 

とくに絵画の場合は、言語による情報が「タイトル」以外になく、そのタイトルでさえ後世になってから画家の意思とは無関係につけられたこともよくあるため、参考にはなりません。

私は西洋絵画が好きで、ちょいちょい上野の美術館に行ったりするし、やっぱり自分の中で好きな画家、好きなタッチの絵があります。(具体的に言うと、印象画などの輪郭がぼんやりした絵よりもルネサンスやあるいはシュルレアリスムのようなものが好きです)

 

たぶんそういうこともあって、私は西洋美術をテーマにした本もよく読むわけですが、そういう本の多くは

・このアーティストはどういう生涯を送った

・この絵のテーマは神話のこの場面が描かれている

・この絵が書かれた背景にはこういうことがあって云々

ということが説明されています。

 

ada-bana.hatenablog.com

ada-bana.hatenablog.com

 

もちろんこれらのことを知るのも楽しいです。

ただ、今回紹介する『絵を見る技術』は、そういう「額縁の外」の情報についてアレコレ語ったものではなく、あくまでも絵の中で描かれたものから画家の意図を読み解き、自分の趣味嗜好とは別の次元から絵画を鑑賞できるようにするものです。

 

たとえば、こちらの絵。

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「カード遊び」ポール・セザンヌ(1890-95年)

主役はもちろん2人の男性ですが、服装に注意してください。

左の男性は黒いジャケットにグレーのズボン。

右の男性は白めのジャケットにズボンは黒です。

持っているカードは、左の男性は白っぽく、右の男性が持っているのは黒っぽい。

かぶっている帽子のつばの向きも、左の男性は下向き、右の男性は上向きです。

 

つまりこの二人、すごく細かいところでテレコ(互い違い)の色彩が使われているわけです。

もちろん、だからといって別にこの二人が敵対関係にあるとか、そういうわけではありません。

ただ、一枚の絵の主題として二人の男性を同じ用に描く場合、このくらいの色彩の違いを使ったほうが絵としてのバランスが良くなるということを、セザンヌは考え抜きながら描いているということです。

言われなきゃ気づかないけど、これがされているかいないかで、パッと見で受ける印象が変わってくる。

おもしろいですよね。

 

ちなみに鑑賞者の視線は、自然と2人がもっているカードに注がれるように誘導されています。

男性の目線がカードに注がれているし、中央に建てられたボトルや襟の角度、テーブルの足の間のスペースなどが、マンガで使われる集中線のような役割を果たし、自然と視線がカードに言ってしまうようにデザインされているのです。

 

それからこちら。

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「システィーナの聖母」ラファエロ・サンティ(1513-14年)

美術を習っている人は「主役が画面の真ん中においちゃダメ」と教えられるらしいです。というのも主役ど真ん中の絵は全体のバランスを取るのがめちゃくちゃ難しいからとのこと。

ただ、ラファエロは「主役ど真ん中」の手法を極めた巨匠で、まさにこの絵画がお手本のようなものとなっています。

 

この絵では中央の聖母子に従う形で、左側に聖シクストゥス、右側に聖バルバラを置いた左右対称のスタイル。

そして左右はうまい具合に「見た目の重さ」のバランスをとらないといけません。

聖母のベールが右側にはためいているから、聖シクストゥスの袖も大きめにはためいています。そして、聖バルバラの横の緑のカーテンも左側より大きめにはためいています。

さらにポイントは左下の教皇冠。絵画では四隅から鑑賞者の視線が逃げ出してしまわないように注意が払われています。上2つの隅はカーテンが守り、左下はこの教皇冠が、右下は見上げる天使の視線と聖バルバラのアイコンタクトによって視線を上に誘導しているのです。

 

メインの登場人物3人は大きさ的に差があるわけではないけれど、聖母子だけがしっかりと正面を見ているから、この2人が主役であることがはっきりと分かるし、衣類の動きの統一性とそれぞれのキャラクターの視線によって大きくグルリと絵を一周させるような視線の動きを誘導します。

さすが名画と呼ばれるだけのことはあり、そうとう鑑賞者のことが考え抜かれているわけです。

 

なぜ名画は名画と呼ばれるのか。

この本を読むと、その理由が理路整然と語られていて、なるほど納得感があります。

美術を見るとき、ちょっと見方が変わるかもしれませんね。

 

絵を見る技術 名画の構造を読み解く

絵を見る技術 名画の構造を読み解く

 

 

後記

LINEマンガで『魔女と野獣』の1巻を読みました。

 

魔女と野獣(1) (ヤングマガジンコミックス)

魔女と野獣(1) (ヤングマガジンコミックス)

 

 

全体的な雰囲気は嫌いじゃないです。

シャーロック・ホームズが歩いていそうな時代のロンドンっぽいような雰囲気ですね。

スチーム・パンクのような感じもありますが、魔女や魔法使いが普通に出てくるような世界観です。

魔女によって呪いをかけられた主人公が、その魔女を探していろいろな事件を解決するという話の模様。

派手なバトルシーンが多いですが、若干テンポが悪いかな。

 

いまのところ5巻まで出ているようです。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

『科学する麻雀』(とつげき東北・著)のレビュー

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私が麻雀にハマっていたのは大学生の時だったのですが、あまり(というかまったく)強くありませんでしたので、まあ友人たちからすればカモだったと思います。

最近は本物の雀卓を囲んで麻雀をやる機会はすっかりなくなったのですが、麻雀そのものは好きなので、オンライン対戦ができる麻雀のアプリゲームはよくやっています。

 

私がやっているのはコレです。

www.mahjong-toryu.com

 

すっかりリアル麻雀から遠ざかっているので単純に比較はできないでしょうが、自分の中の感覚としては、大学生時代の自分よりもは強くなっている気がします。

 

なんで強くなったのか、ということを考えると、それはやっぱり「オリる」ということができるようになったからじゃないかなと。

大学生の自分だったら、「テンパイしている」というだけで、2000点くらいの手であっても相手のリーチに突っ張ってしまったりしたわけですが、いまではたとえマンガン手をテンパイしていても、あまりにも危険な匂いがプンプンする牌をつかんでしまったらベタオリすることもあります。

 

さて今回紹介するのはこちらの本です。

 

科学する麻雀 (講談社現代新書)

科学する麻雀 (講談社現代新書)

 

 

もともと、こちらの本を先に読んだのですが、

 ↓

場を支配する「悪の論理」技法

場を支配する「悪の論理」技法

 

 

これ、もうちょっとハウツー的な本かと思いきや、かなり理屈っぽくネチネチと「悪の論理」を振りかざす人々のことを説明するのにかなりのページを使っていて、なかなか読むのにエネルギーがいりました。

 

で、著者はどんな人なんだろうとプロフィールを見たところ、『科学する麻雀』というのがあり、むしろこっちのほうが代表作っぽかったので、興味を惹かれたわけです。

なるほどこんな本を書くような人だったら、麻雀についてかなりネチネチと研究して最適解を出していそうな感じがするなあと。

 

結果として、この『科学する麻雀』はかなりおもしろかったです。

とはいえ、本書において多くのページ数が割かれている各種データの分析手法については完全に飛ばし読みしてしまいました。

私と同じように、「あれこれの分析はいいからとにかくハウツーだけ手っ取り早く知りたい」という人は、本書の第3章「最強の麻雀講座」だけ読めばいいでしょう。

 

今回はその第3章のなかから、私がとくに「なるほど」と思ったエッセンス中のエッセンスだけを抽出してまとめます。

本書を読むのすら面倒くさいという人は、この記事のポイントだけ意識するだけでも技量がアップするかもしれません。

 

麻雀は「オリるゲーム」である

降りることは大変重要である。麻雀で一番明確に技術差が感じられるのが「正しく降りているかどうか」である。下手な人はとにかく放銃が多い。親のリーチに対して、ぼろぼろのイーシャンテンにもかかわらず「前に出る」などと言いはじめる始末だ。

普通、麻雀というのは全局のうち半分近くはベタオリするゲームなのだ。なぜならば、4人いるうちで最も配牌とツモがよかった人が和了するのが麻雀であり、自分だけが毎局毎局上がれるゲームではないからだ。大半の「上がれないとき」には確実に降りて失点を防ぐのが正しい打ち方なのである。

 

安全牌についてはS~Fランクで著者が本書で一覧表にしてくれていますが、その内容は特に驚く内容はありません。

当たり前ですが、聴牌している人間の捨てた現物牌がもっとも安全で、次に「単騎待ちしかできない字牌」「スジの1・9」などが続きます。

 

それよりも大事なのは「降りると決めたら徹底的に降りる」を意識すること。

誰かのリーチが掛かってからなぜかほしい牌をツモってテンパイしていってしまうことは多々あるけど、そうした場合でも、冷静に自分の特典を考えると「どう考えても勝負するような手ではない」場合が多い。

そうした悪魔の誘惑を断ち切って聴牌を捨ててベタオリすること。

降りるのか、それとも突っ張るのか、その判断を早めに下すこと。

そしてその判断をできれば機械的に下してしまうこと(たとえば先制リーチされてしまったら、基本的には降りるとか、自分の中でルールを決める)。

 

良形テンパイは即リーが基本

本書では「リャンメン以上」「ノベタン」「字牌シャンポン」「字牌単騎」を良形と呼んでいます。

 

良形テンパイで先制の(つまり他家の攻撃がとくにない)場合、リーチしてはいけない状態はほとんどない。(中略)

とおくにダマで3ハン以下の手ならば「全部リーチすべき」と考えるべきだ

重要なことは、「どのような状態なら手変わりを待つべきか」を細かく覚えることではない。

「ごくまれな例外を除き、すべてリーチ」と理解すること。これが麻雀における第一の知である。

 

リーチをすると「一発」「裏ドラ」がつき、他家の牽制にもなります。

ついつい、リーピンのみの手だったりするとタンヤオやドラがつくまで待ちたくなるものだが、先制攻撃できるのなら先制攻撃してしまったほうがいいということ。

 

タンヤオや三色、一通など、もうちょっと待っていれば高い手になりそうなときがあるかもしれないけれど、基本的にはそれを待つのは悪手。

深く考えずさっさとリーチするべし。

 

相手からの先制リーチは、降りる

相手がテンパイした場合(明示的にリーチしてきた場合や中順移行に3フーロした場合)に攻めるか降りるかの判断は、麻雀においてもっとも重要な判断の一つである。

一番に考慮すべきは、「現在自分がテンパイかどうか」ということである。これは「自分の手が高いかどうか」よりも重要である。他家の攻撃がある状況下でマンガンテンパイイーシャンテンという状態は、現在3900テンパイよりも劣るのだ(これは、相手の攻撃がない場合には、必ずしも成り立つとは限らないから注意されたい)。

 

まず自分がテンパイしている場合は、自分が親か子か、得点が高いか安いかによって判断が変わってきます。

このあたりは、本書を読んでみてくださいね。

 

問題は、自分がノーテンの状態で他家からのリーチが掛かった場合。

結論だけ述べれば、リーチした人間が子であっても、自分がイーシャンテンで7700点以上の得点が見込めないのであれば降りるべし、というのが正解。

それ以外の場合はさっさと降りを決め込みましょう。

 

判断基準を固定させる

本書では他にも

・チートイツでリーチするべきか

・ポンテンとメンゼンはどちらにするか

・待ちを広くするためにテンパイを崩すのはアリか

・どうしても安牌がない場合はどうるのか

などなど、判断に迷う部分での「基準となる思考法」が紹介されています。

 

これは本書の冒頭で述べられていることですが、麻雀で強くなるために必要なのは

「判断基準を固定して打つ」

ということです。

 

麻雀はただでさえ、考えなければならないことが多いゲームです。

自分の手はもちろん、相手の捨て牌、鳴き状況、順位と点差、残りのツモ数などなど。

しかも、往々にしてあまり考える時間は多くありません。

ポンやチーをしたいなら、反射的に発声しないと間に合わない。

 

私も実際に麻雀をやっているときに感じるのは、疲れていて集中力が落ちていると、格段に負けることが多いということです。

麻雀はもちろん運の要素もありますが、それ以上に連続して行われる思考と判断をいかに「ミスしない」かということに尽きるんじゃないでしょうか。

 

とりあえず読んでいてリアル麻雀がしたくなりました。

 

後記

新しいアニメがスタートしましたね。

私は「ドロヘドロ」と「ID: INVADED イド:インヴェイデッド」を見ています。

 

dorohedoro.net

id-invaded-anime.com

 

ドロヘドロはあの狂った世界観がいい感じでアニメで再現できていていいと思います。EDテーマがけっこうコロコロ変わるのがいい。

 

「イド~」のほうは、私は知らなかったので1話を見始めて知ったのですが、舞城王太郎が原作・脚本をやってるんですね。

こちらも初っ端からわりと視聴者置いてけぼりな、ブースター全開な感じで始まりましたが舞城王太郎ならまあそうなるだろうなと。

ただ、見ていてくとだんだん話の構造がわかっておもしろい。

飽きさせない展開です。

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。