本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『ベストセラーコード』(ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ著)のレビュー

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 人工知能が小説を書き上げる未来というのは、おそらくそう遠くない将来に実現するでしょう。

www.fun.ac.jp

私はなんだかんだ10年近く編集者として本づくりに携わってきましたが、結局、人間がおもしろいと思うもの、興味を持つものには特定のパターンがあって、あとは細部を工夫したり、組み合わせを工夫したりして、目新しさを演出し、うまくプロモーションすることが大事だと思っています。

セレンディピティという言葉もありますし、名著『アイデアのつくり方』にも書かれていますが、新しいアイディアというのは既存のモノ同士の新しい組み合わせに過ぎないのです。

 

乱読のセレンディピティ (扶桑社文庫)

乱読のセレンディピティ (扶桑社文庫)

 
アイデアのつくり方

アイデアのつくり方

 

 

文章というのは突き詰めていえば、言葉の組み合わせにすぎません。

そして、すでに人間によって紡ぎ出された言葉と物語は無限に近いほど存在します。

であれば、そうした言葉と物語を組み合わせ続ければ、延々と新しい物語をつくることは不可能ではないと思います。

 

そして、歴史は繰り返すともいいます。

ファッションの世界もそうですが、トレンドや「好まれる作品」の傾向はだいたいパターン化しています。

国民全体が長寿になったとはいえ、人間の寿命はせいぜい80年くらい。

半世紀くらい前にブームになった作品をベースにして現代風に焼き直しをしたりすれば、そのときのメイン購買層の人々には「新鮮」に映るものです。

 

ただもちろん、ランダムに組み合わせてもそれが「おもしろい」物語になるかどうか、あるいは「売れる」物語になるかどうかはわかりません。

おもしろいかどうか、売れるかどうかの方程式は解明されておらず、端的に言ってしまえば、出版社の編集者などの勘やセンスに委ねられているのが現状です。

これが何を意味するのかというと、勘の悪い編集者の手によってボツにされてしまった作品や、あるいは改悪されてしまって低評価の憂き目を見ている作品も少なからず存在するということです。

 

実際、『ハリー・ポッター』シリーズを生み出した作家J・K・ローリングは、ブルームズベリーという出版社から本を刊行するまでに12社からボツにされています。

それでも諦めなかった彼女の執念もすごいですが、それだけ多くの出版のプロの目が節穴だったということを示す例でもあるでしょう。

ただ、ここが難しいのですが、じゃあブルームズベリーより前に別の出版社が『ハリー・ポッター』の刊行を決めたとしたら、果たしてそれが21世紀を代表するベストセラーになったかどうかはわかりません。

たとえば、たまたま担当になった編集者が

ハリー・ポッターなんてダサい名前は変えよう。額に稲妻マークがあるのもカッコ悪いから、星の傷型にしよう」

なんて言い出して、その意見にローリングが折れていたら、おそらくここまでのヒット作にはならなかったと思います。

 

さて、今回紹介する本は、そんな出版業界の未来の一端を垣間見れるようなスリリングで刺激的な一冊でした。

こちらです。

 

 

本書はスタンフォード大学の准教授で、計量文献学とテキストマイニングの第一人者である著者がフリージャーナリストと協力して、世の中の「ベストセラー」とよばれる本のテキストデータをコンピュータにぶち込み、「どんな言葉が」「どんな順番で」「どのくらいの頻度で」使われているのかを計測し、ベストセラーの条件を見つけ出そうとする仮定と、その結果の一部をまとめたものとなっています。

 

もちろん、彼らはアメリカ人なので、調べた大賞はアメリカで刊行された本ばかりで、当然ながら英語で書かれたものです。

また、ノンフィクションやハウツー本などは対象から外されていて、フィクション、小説に限定されています。

そのため、べつにこの本を読んだからといってベストセラー小説が書けるようになるとか、ベストセラーの企画が立てられる……というわけではありません。

 

ただ、この本でまとめられているデータを読み解いていくと、おそらく日本の書籍市場でも通用する、「売れる本」の傾向のようなものも読み取ることは可能です。

そこで、本記事ではそこの部分をちょっとまとめておきましょう。

 

やたらトピックを詰めこむな

まずテーマ、というか売れる小説で描かれているトピックについてです。

人の注目と興味を引くものといったら「セックス」「ドラッグ」「ロックンロール」などが想像されますが、こうした要素はベストセラーのおよそ0.001%くらいしか占めていませんでした。

じゃあ、なにが多かったのか?

これには正解はありません(がっかり)。

 

ただ、黄金律はあります。

・知っていることを書け

・本全体の3分の1は「1つのトピック」に偏らせろ

ということです。

 

作家にはそれぞれ得意なトピックがあります。

それは往々にして自分の得意分野、つまり「知っていること」です。

自分にセックスの経験があまりない、あるいは興味がないのにセックスの話を盛り込んだって、おもしろい本にはなりません。

また、「このほうが売れるだろう」とあまりにもいろいろなトピックを詰め込みすぎるのもダメです。

売れる作家はもっとも大切な30パーセントにひとつかふたつのトピックしか入れていないのに対して、売れない作家はたくさんの項目を詰めこむ傾向があるということだ。後者は、3分の1に達するまえに少なくとも3つ、あるいはそれ以上を書きこむ。40パーセントの時点で、ベストセラー作家は4項目を織り込み、それ以外の作家は平均で6項目を詰めこんでいる。数字を並べすぎだと思われるかもしれないが、この点が読書体験や物語のまとまりに与える影響はきわめて大きいので、ここは強調しておきたい。物語の核心をより少ないトピックで伝えるということは、大切なところに集中しているということであり、無駄な話はそぎ落とされることになる。そこからうかがえるのは、秩序と精密さを重視する作家の姿勢であり、経験の豊富さである。

こうして見てきたなかで重要なのは、トピックはジャンルを超えるということだ。本を書きたい、あるいは出版したい、あるいはベストセラーを予測したいというなら、まずは業界にしっかり根づいているジャンルという概念を忘れることだ。どんなジャンルの小説にも結婚は出てくる。愛や犯罪もしかり。ジャンルによってその割合は異なるかもしれないが、鍵となるトピックが原稿のなかにあるということが大切なのである。たくさんの小説を研究してわかったのは、ジャンルは足かせになるということだ。忘れたほうがいい。それができたら、コンピュータの予測モデルのような思考のスタートラインに立ったと言える。

 

主人公の感情で「波」をつくるべし

基本的に読者は主人公に感情移入するものです。

主人公がよろこべば自分もうれしいし、主人公がピンチに慣れば自分もハラハラする(そうでない小説もありますが)。

ずっとホノボノした、なんの事件も起こらない平和な小説はまったくおもしろくないものですが、主人公の感情がジェットコースターのように上がり下がりを繰り返すのがベストセラーに共通する傾向のようです。

 

このプロットラインの流れにはいくつかのパターンがあり(本書では7つ紹介されています)、とくにどれが優れているというものはありません。

たくさんのプロットラインを分析してみて、ベストセラーは基本的な三幕構成のいずれかの形をとっていることがわかった。しかし、これがいちばんというものはなく、「穴に落ちた男」が「貧乏から金持ちへ」よりも有利だということはない。おおまかなプロットラインは必ずしも重要ではないが、シーンごとの鼓動がどのような形になっているかは重要だ。大ヒットする小説には力強い鼓動がある。

 

意味のない言葉をグダグダ書くな

トピック、ストーリーラインときたら、次に文章ですね。

 

ここで、スティーブン・キングの名作『シャイニング』(深町眞理子訳、文藝春秋)の出だしを見てみましょう。

 

シャイニング(上) (文春文庫)
 

 

鼻持ちのならん気どり屋のげす野郎め、というのがジャック・トランスのまず感じたことだった。

 

この一文だけで、主人公がジャック・トランスという人物であること、そしてジャックは口が汚い、つまりあまり育ちがいい男ではなさそうだということがわかります。

そしてどうもジャックは「鼻持ちのならん気どり屋のげす野郎」と出会って、その人物を気に入らないながらも、そのことを面と向かって口に出せない状況にあるようだ、ということがわかるわけです。

 

なぜジャックは声に出して言わないのか。何があったのか。なぜいらだちを伝えることができないのか。売れる本のなんたるかを熟知しているキングは、読者をいきなり人間同士の対立に放りこむ。冒頭のたった6語で、いがみ合うふたりの登場が予想されるのだ。文体をものにしようとするなら、ここはしっかりと理解する必要がある。最初の一文はつかみであり、つかみには声と対立が欠かせない。そして、それらを生み出せるかどうかは、言葉の選択と構文(シンタックス)にかかっている。

 

一方、売れなかったとある小説の出だしはこんな始まり方でした。

 

夜の町には眠りながら涙を流し、何も語らない男たちがいるのが私には感じられる。

 

『シャイニング』と比べると、なにがいいたいのかサッパリわからない文章ですね。

 

ここには行動もなければ交流もなく、ベストセラーの冒頭文が持つ推進力がない。並ぶ単語はどれも空虚だ。「夜」「眠り」「何も語らない男たち」。男たちは自分の涙を見ることすらない。読者に語りかけるI(私)は誰なのか。その存在は読者を動かす力を持っているか。読者は彼の存在を信じられるか。

おそらく答えはノーだろう。

 

ちなみに、ベストセラーの場合、「?」はそこそこ使われますが、「!」はあまり使われません。

 

たとえば、バーで男が飲んでいるシーンを想像してください。彼は最近彼女に振られたばかりです。そこでこの男は、カウンターの隣で飲んでいた友人の男に「これからは一度に5人の女と付き合おうと思っている」と伝えました。ビールを飲んでいた友人はむせび、相手に言います。

 

A「それで無傷でいられたら、驚きだなあ!」

B「なるほど、それで無傷でいれたら、驚きだな」

 

すぐわかると思いますが、ベストセラー作家が使うのは「B」のような言い方です。

 

主人公に主体的に行動させる

ベストセラーの主人公は男女問わず、かならず何かを必要として(need)いて、それを表明している。かならず何かをほしがって(want)いて、読者は主人公が求めているものを知る。needとwantは、ベストセラーには欠かせない動詞なのだ。あまり売れていない小説の場合、needとwantが使われる回数は明らかに少なくなる。ベストセラー小説の世界では、登場人物は自らの主体性(エージェンシー)を自覚し、コントロールし、表現する。使われる動詞は迷いがなく、自信が伴っている。

一方、あまり売れない小説の主人公たちは、なにを目的としているのかがわからず、行動もせず、語りもしないし、達成もしません。

彼らは立ち止まり、じっと待って、邪魔をしたり、あきらめたりします。

読者というのは、たとえば主人公がピカレスク(悪人)であろうと、なにか目的を持って積極的に行動してほしいと望むものなのです。

そうでない主人公だと、イライラしてきます(もちろんこれは売れる小説の主人公の傾向であり、そういう主人公がいいとか悪いという話ではありません)。

 

これは主人公のキャラクターだけに言えることではありませんが、読者はある程度、物語がどのように進むのかの予測が立たないと小説をなかなか楽しめません。

たとえその予想が著者によるミスディレクションだったとしても「予想ができる」ということが大事なのです。

その点で、主人公がちゃんと自分が目指している方向を明らかにしてくれるのは、読者のストレスを軽減させることにつながるのでしょう。

 

というわけで、以上です。

 

最初にも述べたように、これらのデータはあくまでもアメリカのベストセラー(しかもハリポタなどの児童文学は除外)だけで計測されたものであり、発展途上な部分もあるので、どのくらい日本の市場において参考になるのかはわかりません。

ただ、この本で明らかにされたことは、じつはすでにベストセラーの条件としてハシラれているものでもあり、すごく目新しいことというわけではないのです。

これは本書の解説を書いたビジネス書のベストセラー『統計学が最強の学問である』の著者の西内啓さんもいっていますが、大事なのはこうしたことがデータというエビデンスで示されたことなのです。

 

統計学が最強の学問である

統計学が最強の学問である

  • 作者:西内 啓
  • 発売日: 2013/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

だれか、同じように日本でベストセラーを分析し、アルゴリズムで解析してほしい。

そうなったら、現在の編集者は軒並み職を失うことになるかもしれないけど……。

 

後記

この本を読んでいて、本書の中で紹介されていた『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』を買って読み始めてしまいました。

 

 

この本、読書が好きな多くの人から「下品だ」「最悪な内容」「ひどい本」と酷評されながらも、なぜかみんなブツクサ文句を言いながらシリーズの3作目まで読んでしまう、曲者のベストセラー作品なのです。

私もまだ読んでいる途中なのですが、あらすじをザックリ説明すると、

「女子大生が超絶イケメンな社長に出会って恋に落ちるんだけど、その社長がドSな性癖で、同意の上で性奴隷になってSMセックスしまくる」

という物語です。濡れ場濡れ場のオンパレードのようです(私はまだそこまでたどり着いていません)。

アメリカの業界では「ママのためのポルノ」と名付けられているとか。

すでに説明したように、ベストセラーではセックスがあまり主要トピックに取り上げられることはないのですが、この作品はストーリーライン、主人公の感情の起伏グラフが見事で、しかも文章もうまいので、グイグイ引き込まれてしまうのです。

たしかに、読んでいると「いい出来事」と「悪い出来事」が交互に起こり、ポンポンと物語が進んでいきます。

先日読んだ『戦国自衛隊』も、舞台設定やテーマは壮大なんですが、その割にストーリーが軽快に進んでいくので大変読みやすい一冊でした。

 

新装版 戦国自衛隊 (角川文庫)

新装版 戦国自衛隊 (角川文庫)

 

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。