『東大なんか入らなきゃよかった』(池田渓・著)のレビュー
私は基本的に天の邪鬼な性格なので、世の中の大きな流れに棹さすような本が好きなんですが、今回紹介するようなそんな本です。
「東大」ってやっぱり日本人にとっては不屈のブランド力を持っていて、定期的にテレビとか書籍で盛り上がったりするんですよね。
出版業界でも、ここ最近、「東大」の名前を関したビジネス書とかが氾濫しています。
そんで、そういう本からちょこちょこヒットが生まれたりするので、そういう本がまたたく間に書店にあふれかえるのです。
かくいう私も上司から「なんか東大の企画つくってよ」と振られてちょっと辟易としていたりするのですが、まあ、スタンフォードとかハーバードの人を連れてこいといわれるより、まだまだ東大の著者を見つけるのは容易いですね。
とりあえず東大の教授を日本語で調べればいいわけですから。
で、『東大なんか入らなきゃよかった』は、まさにタイトルのとおりなんですが、なにかと持ち上げられやすい東大生の知られざる苦労というか、「東大に入ることのデメリット」をここぞとばかりに紹介する一冊です。
著者も東大を卒業したライターさんで、東大を卒業したさまざまな人たちへの取材を重ねながらまとめられています。
コンセプト的には、数年前に大ヒットになり、ドラマ化もされた『宝くじで1億円あたった人の末路』に近いかもしれません。
こういう、一見幸せそうで、成功を掴み取った人たちの不幸話というのは、「そうではない人たち」の琴線を刺激するんだと思います。
「他人の不幸は蜜の味」とはよくいったもんです。
その「他人」が、世間一般で称賛され、羨ましがられるような人であればあるほど、その蜜は甘く感じるのです。
本書ではこんな感じの「東大生苦労話」が語られています。
●がんばって勉強して東大に入ったけど、学力の差が激しすぎて凹む
●東大生は裕福な家庭が多くて人脈、金遣いにギャップを感じて凹む
●国家公務員になって死ぬ間際までこき使われて凹む
●一般企業に就職したら慶応大学の卒業生からいじめにあって凹む
●院生になったら稼げなくてやばい
くわしい話は本書を読んでみていただきたいのですが、私が感じたのは
・やっぱり無理やり頑張ってもあまり幸せにはなれなそう
・プライドが高いと生きていくのが大変そう
ということでした。
本書では東大生を「天才型」「秀才型」「要領型」の3つに分類しています。
このなかで苦労するのが「要領型」で、要するに東大の入試をテクニックを駆使して突破してきた人たちなので、基本的な頭のつくりというか、学びに対する貪欲さがあまりないわけですね。
ただ、「秀才型」もけっきょく努力し続けないといけない、失敗できないと言った強迫観念を抱えている人が多そうなので、東大に入ることが幸せなのかというのは改めて考えていまいます。
あともうひとつ。
本書に登場するのはもちろん、東大を卒業したはいいけれど人生が何かしらうまくいっていない人たちばかりなのですが(ということはもちろん、世の中には東大を卒業して楽しい人生を謳歌している人もいるわけです)、そこで人生がうまく言っていない人たちからは、どうにも「プライドの高さ」が感じられてきます。
よくいえば、メタ認知能力が高いんだと思います。
自分が他人からどう見られているか、自分がどのように評価されているのかを過度に気にしてしまう。
そこに「東大生」「東大卒」という属性が付加されてしまうと「東大なのに~」というネガティブギャップが発生してしまい、それが彼らを苦しめるのです。
ビジネス書なんかではたまに言われますが、初対面のときの期待値は低ければ低いに越したことはないのです。
相手になめられる、ちょっと小馬鹿にされるくらいの立場のほうが、じつはいろいろなことから自由になれるように思います。
ちょっと仕事で実績を出してしまって、上司からの期待が高まったり、知らない人が自分のことを知っていたりするのは、私は窮屈に感じます。
その意味で、東大というのは否が応でも相手の期待値を引き上げて、それに見合った言動で答えなければいけないプレッシャーがあるというのは可愛そうだなと思ったりもするのですが、よくよく考えれば、べつにそういう期待に答えなければならないという義務があるわけではありませんから、結局は本人の捉えようの問題なんですよね。
たとえば、東大に入ったはいいけれど友だちとの会話で気後れしたという人がいます。
「あるとき、学食の同じテーブルで同じ格安の380円の日替わり定食を食べていたクラスメートたちと家の話になったんだ。そしたら、A君はNECの役員の息子、B君も帝人の役員の息子、Cさんは国立大学の教授夫妻の娘だということが分かった。うちの両親は中卒だし、おやじはずっとまともに働いてなくて家に貯金なんて1円もなかったから、がくぜんとしたよ。場違いなところにきてしまった。失敗した。そう痛感したね」
大学生だからしかたないともいえますが、捉えようによっては、東大に入ったことによって、貧乏人だった自分が、そういう力を持った人脈とつながれるすごいチャンスを手に入れたともいえるわけです。
しかし、彼の場合は自分の両親と友人たちの両親を比較して、勝手に気後れしてしまっているところで、ちょっともったいなさを感じたりもしました。
いろいろと自分を省みる学びにもなるし、東大の意外な裏話なども読めるので、なかなか楽しい一冊です。
東洋経済オンラインで記事化も始まって、売れ行きも好調みたいですしね。
後記
『連ちゃんパパ』がLINEマンガで全話無料だったので、毎日コツコツ読んでました。
ちょっと前にTwitterでも「主人公がクズすぎるマンガ」として話題になっていましたが、まさにそのとおり、主人公はクズですし、登場人物の8割くらいはクズです。
いい人そうに見える人に限って総じてクズです。
自分のことしか考えず、欲望を抑え込むことを知らず、他人の迷惑を顧みず、子どもだろうが赤ん坊だろうが容赦なく突き落とす人間ばかりです。
しかし、かえって登場人物のクズっぷりが清々しいというか、「人間ってとことん落ちてもなんとかなるもんなんだな」と思えたりします。
(もちろんフィクションなので、実際にはどうにもならないことのほうが多いと思いますけど)
ある意味、このマンガの主人公たちって、東大を卒業した人たちと間逆なんですよね。
自分のことをクズで同しようもない人間だと自認し、周りの人たちから煙たがられていることを自覚しながら、「知るかボケ」という勢いで生きているのです。
まあ、見習うところはないですけどね。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。