『思うことから、すべては始まる』(植木宣隆・著)のレビュー
発売前から業界内では話題になっていた本なので、すぐに読みました。
本書は戦後2番目(当時)の大ヒットとなった春山茂雄著『脳内革命』(410万部)を編集し、現在はサンマーク出版という会社の社長を務めている人物による編集論の本です。
サンマーク出版という会社は、都内に住んでいる方であれば、たとえ出版関係者ではなくても名前を目にする機会が多いのではないかなと思います。
山手線や中央線などのドア横に大きな広告をよく出している会社だからです。
そもそも、電車にこのような広告を初めて出したのはサンマーク出版で、それが絶大な効果を発揮したために他者が真似しているのが現状です。
サンマーク出版は社員数50名程度の中小出版社で、もちろん講談社、集英社、小学館、KADOKAWAなどと比べると売上高自体は小さいと思いますが、1995年からの25年間で8冊ものミリオンセラー(100万部突破)を出してきたスゴい会社です。
このあたりの本を出している会社です。
100万部という数字、マンガなどと比べるとどうしても大したことがないように思いますが(マンガだと数百万部はザラにあります)、上記のような実用書の単行本の場合、最近は初版5000部くらいからスタートするのが普通です。
そのうち、一度でも増刷するのが10%程度と言われていて、1万部を超えればまあ優秀な方、3万部を超えれば「ヒット」と言ってもいいくらい、10万部を超えれば「ベストセラー」などと呼ばれます。
そうしたなかでミリオンセラーを排出しているだけでもスゴいのですが、サンマーク出版のもっとスゴいところは、こうしたミリオンセラーを「無名著者」でやっている点です。
私もなんだかんだ10年近く編集者をしてきてしみじみと実感するのですが、やはり本を売るためには著者のネームバリューというのはかなり大きな要素です。
最近は減少傾向にありますが、書籍の発行点数が増え続けて毎日新しい本が書店に送り出されているため、書棚の入れ替えは高速で行われます。
そのため、新刊として発売して1~2週間くらいで動きが鈍い本はどんどん返品されてしまうのです。
それを防ぐ1つの手段が著者の知名度であり、知名度が高いからこそ初速が出せて、そのあとも売り伸ばしやすくなるという事実があります。
サンマーク出版の場合、稲盛和夫さんはちょっと別格ですが、たとえば近藤麻理恵(こんまり)さんなども出版された当時は世間的にまったく知られていない人でした。
ほかの著者の方も、タイトルは知っているけれど、著者名は覚えていないというケースが多いのではないでしょうか。
言ってみれば、それだけしっかりしたコンセプトと、時流・世間のニーズをガッチリつかんだ本を生み出しているということでしょう。
本書はそんな会社の社長が編集論、本の作り方に関して持論をまとめているわけですから、実用書の編集をしている人間であればまず間違いなく読む本だと思います。
さて、本書のベースになっているのは「サンマーク出版かるた」というものです。
これはサンマーク出版内で共有されている出版の極意のようなもので、「いろは」順で本づくりの心構えをまとめたもの。これまで公にはされていませんでした。
どれも大変ためになる内容なのですが、私がとりわけ感銘を受けたものをいくつかピックアップしてご紹介しましょう。
残りの内容はぜひ本書を読んでみてください。
「ま」まずは「そう思うこと」から
これはタイトルにもなっている項目です。
一冊の本が出来上がるとき、もちろん著者の思いが先にある場合もありますが、ビジネス実用書の場合は「こんな本を世に送り出したい」という編集者の思いがすべての始まりになります。
私も経験がありますが、いい企画のときは頭の中にふんわりと一冊の本が浮かび上がってくるんですよね。
だから、この項目をタイトルにした意味はよくわかりますし、すごく納得できます。
「あ」圧倒的な「量」が「質」へと転化する
このあたりは見城徹さんの著書『たった一人の熱狂』に通じるところもあるように思いますが、とかく編集者は著者に連絡をする前に徹底的なリサーチをするものです。
著書を全部読み込むのは当然として、インタビューやウェブの記事、動画などを見て、それを自分なりにまとめてから提案したりします。
とくに人気の著者の場合、各社から執筆依頼が届いているわけですから、その編集者が単に思いつきで連絡をしてきただけなのか、それとも「こいつ、本気で自分の本を作りたいと思ってるんだな」と思ってもらえるかはこういうところで差がついたりします。
このあたり、本当に大変なことも多いし、相手によってどのようなアプローチを取るべきかは異なるのですが、編集者の仕事の醍醐味でもあるのです。
編集者が書いた編集術の本なので、編集という仕事をしている人にとってはたいへん役に立つ内容ですが、まあ企画職、ディレクション系の仕事をしている人にも役に立つ内容ではないでしょうか。
同じく編集論なら、こちらの本もおすすめです。
後記
最近はアンジャッシュ渡部建さんの不倫騒動がありましたが、その流れで知り合いの女性ライターさんとセックスについての話になり、そこでメチャクチャ考えさせられたので自分の考えをまとめる意味でも書いておきます。
その女性ライターいわく「セックスがしたくないわけじゃなくて、自分のことを好きでもない男とセックスするのが嫌」なのだそうです。
これはなかなか言い得て妙な発言です。
よく「好きじゃない男とセックスはしたくない」という意見は聞いたりしますが、これをもっと正確に表現すると、まさに彼女が言ったように「自分のことを好きじゃない男とセックスはしたくない」というほうが正しいと思うのです。
私は男なので女性の気持ちはわかりませんが、まず大前提として99%の男は恋愛のモチベーションとして「セックスしたい」があります(そうじゃない男もごくごくごくごくごく少数いると思いますが)。
合コンとかナンパとか恋愛工学とか出会い系サイトとかで男が甲斐甲斐しく動き回るのはこの生まれながらにプログラミングされた本能に基づいているのですが、だいたいそういう恋愛シーンでうまくいかない男性というのは「好き」と「セックスしたい」の順番が逆になっていることが多いと思うのです。
とはいっても、別に「セックスしたい」という気持ちが悪いわけではありません。
問題は順番です。
つまり、「好きだからセックスしたい」のか「セックスしたいから好きだと言っている」のかでは、天と地ほどの差があるということです。
もてない男というのは後者の道を爆進しているケースが多く、それを小手先のテクニックや話術などでカバーしようとして失敗します。
んで、私はこの話をしていて、本づくり(というかビジネス全般)にも似ているかもしれないと感じました。
編集者であれば「売れる本を作りたい」という野心を持っています。
これは、恋愛において「セックスしたい」と考えるのと同じです。この気持を持つこと自体は悪いことではありません。
でも、「売れる本をつくるにはどうすればいいのか」だけを考えていると、どうしても売れる本はつくれないのです。
すごく綺麗事のように聞こえてしまいますが、「どうすれば読者の役に立つ本になるか」「どうすれば読者が楽しめる本になるか」ということを考えて本づくりをしていると、その本は売れたりするのです。
女性も読者も賢いですから、そういうのは見抜かれます。
もちろん、若いとどうしても「セックスしたい」「仕事で成果を出したい」「売れるものをつくりたい」という気持ちが先に出てしまうものなので、そこはしょうがないところもあると思います。
偉そうに語っている私も、この年齢になってやっとそのあたりのことが腑に落ちるようになってきました。(とはいえまだまだ修行中)
難しいですね。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。