本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

なぜ学校の世界史は覚えにくいのか? ~『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』のレビュー

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最近は本当に、どの会社の編集者もTwitterとかYoutubeをチェックしていて、人気のある人を探している。

 

もくじ

 

理由は簡単で、フォロワーというファンがどのくらいいるのか、目に見える形で客観的に判断できるからだ。

たとえば単純に計算して、Twitterのフォロワー数が30万人いる人だったら、その1%である3000人くらいは本を出したら買ってくれるんじゃないかな? という皮算用ができる。

 

芸能人の本でもなかなか売れない

 

ここで重要なのは皮算用できる」というところだ。

もちろん数は多ければ大いに越したことはないのだが、出版社は純粋にビジネスとして本を出しているので、出版するかしないかの判断基準は突き詰めて考えれば「売れるか、売れないか」しかない。

その際、「具体的にこのくらいは売れそうだな」という予測が立つか、それともまったくわからないかは、天と地ほどの差がある。

 

……とはいえ、そう単純に計算できるわけでもないのが難しいところであり、また出版というビジネスのおもしろいところなのだが、SNSでフォロワー数が多いからといって、その人の本が売れる……というわけでもない。

これは考えてみれば当然の話で、「SNSで文章を読む層」と「本を読む層」にはかい離があるし、SNSは基本無料でその人の情報を受け取れるが、本は有料なので、格段にハードルが高くなるからだ。

たとえばテレビでよく出ている超大物芸能人が本を出したからといって、売れるわけでもない

このあたりの人選び、テーマ選びこそ、編集者のセンスと技量が試されるところである。

 

チャンネル登録者数3万人のYoutuber

 

さて今回紹介するのはこちらの本。

 

 

いま、かなり売れている本だ。

著者の山﨑圭一氏は「ムンディ先生」の愛称で知られるYoutuberである。

しかも、「現役の効率高校教師」でもある。

チャンネル登録者数は現時点で3万人を突破し、一番人気の動画だと26万回以上再生されている。

 

とはいえ、これはYoutuber全体で見ると、決してものすごく多い数ではない(いやもちろん普通の人からすれば多いけど)

ただ、歴史モノはビジネス実用書ではつねに一定のニーズがある「鉄板テーマ」のひとつで、10~60代まで、どの年代層でも買ってくれる可能性がある裾野の広さがある。

そのため、本書のカバーでも著者名のところが「ムンディ先生こと山﨑圭一」と表記されている。

これは、Youtubeでもともと著者のことを知っていた若い層から、Youtubeをまったく見ない高齢層まで、広くカバーすることを狙った表記となっている。

 

歴史には学びやすい「順番」がある

 

さて、では内容はどうかというと、これもおもしろい。

本書の特徴は「はじめに」に書かれているとおり、以下の3つがある。

 

・すべてをひとつのストーリーにする

・「主語」を極力変えない

・年号を使わない

 

2つ目のポイントがちょっとわかりづらいかもしれないが、これについてはしっかり図で説明してくれる。

 

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左側が、よく学校の授業で習う歴史の順番。

そして右側が、この本での順番だ。

 

一目瞭然だが、従来の世界史は「年号をできるだけ前後させない」というルールを原則にしているので、地域が頻繁に変わり、全体の大きな流れがつかみにくい。

そこで、著者は独自の順番をつくり、それに基づいてこの本では説明してくれる。

具体的には「大航海時代」で世界がひとつになるまで「ヨーロッパ」「中東」「インド」「中国」の4つのエリアごとにきっちり分けて説明し、以降は「欧米」「中東・インド」「中国」の3エリアに分けてそれぞれ説明していく。

 

これにより、できるだけエリア赤割る回数を減らしつつ、世界史をひとつの大きな物語として捉えることができるという仕組みだ。

年号を一切使わないのも、あくまでも物語としてまずは理解してほしいという思いから来ている。

 

歴史は現代までつながっている

 

もうひとつ本書の特徴的な部分は、歴史を学ぶことを楽しむ以外に、歴史を学ぶことで世界を理解し、共用の一端を身につけさせるという目的がある点だ。

たとえば

 

・中国の南宋時代、女真族国家との対立を金で解決しようとした秦檜(しんかい)は、中国ではいまだに「売国奴」というイメージが強く、杭州銅像に罵声が浴びせられたりする

・フィリピンという国名は、かつて植民地支配していたスペイン王フェリペ2世」が由来

・トルコやイランが親日国なのは、日露戦争でロシアからの圧迫が和らぎ、「自分たちもロシアに勝てるかもしれない」という思いが建国の礎になっているから

 

などなど、普通の歴史の教科書にはかかれないが、じつは現在まで続いている世界各国の因縁などが小ネタ的に挟まれている。

これは歴史が現代まで連綿と続いている物語であることを示すと同時に、歴史を学ぶことの意義を感じさせる部分なんじゃないだろうか。

このあたりは、学生というよりも社会人の人たちの「学びなおし需要」にこたえた側面であるといえる。

 

大判で350ページを超えるなかなかのボリューム、さらに2色刷りで地図や図版もそこそこ入っていて、これが1,500円というのはなかなか安いと思う。

歴史に興味がある人は、ぜひ一度読んでみてほしい。

 

 

今日の一首

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45.

あはれとも いふべき人は 思ほえで

身のいたづらに なりぬべきかな

謙徳公

 

 

現代語訳:

私のことを「かわいそうだ」と言ってくれる人もいないだろうから

私はむなしく死んでいくんだろうなあ。

 

解説:

相手の女性がつれない態度を取ってきたから、「つらい!しぬ!」と相手の同情を買うために詠んだ歌。面倒くさい男だが、当時はこんな風に実らぬ恋に苦しんでいる男性こそ「風流を理解している人」とされていた。「いたづら」は「むなしい、死ぬ」という意味がある。

 

後記

ビジネス書の編集者だと知っている人も多いのだが、ビジネス書のあり方を変えた大人物に神吉晴夫(かんき・はるお)という人がいる。

光文社の「カッパ・ノベルス」の創始者で、現在もビジネス書でヒット作を出している出版社「かんき出版」の創業者だ。

 

神吉氏の最大の業績は「創作出版」という新しい編集者の働き方のスタンスを明示し、そしてそれで実績を残した点だ。

従来の編集者は「作家先生からいただいた原稿を基本的にそのまま出版する」というスタンスだった。

しかし、神吉氏は「企画やコンセプトをまず編集者がつくり、それに見合った著者を探して、本を売るために口を出す」という新たな編集者と作家の関係性を確立させたのである。

 

文芸書の領域ではどうなっているのかよく知らないが、少なくともビジネス実用書の世界では、この手法はいまや常識となっている。

このあたりから、編集者は「売る」ということに意識を向け始めた。

 

さてそんな神吉氏は、ありがたいことに、「ベストセラー作法十か条」というものを構成の編集者に向けて残してくれている。

 

1. 読者の核を20歳前後に置く
2. 読者の心理や感情のどういう面を刺激するか
3. テーマが時宜を得ている
4. 作品とテーマがはっきりしている
5. 作品が新鮮であること。テーマはもちろん、文体や造本に至るまで今までお目にかかったことがないという新鮮な驚きや感動を読者に与える
6. 文章が読者の言葉遣いであること
7. 芸術よりモラルが大事
8. 読者は正義が好き
9. 著者は読者より一段高い人間ではない
10. 編集者は常にプロデューサー・企画制作者の立場に立たねばならない。先生の原稿を押し頂くだけではダメ


最近はさらにこの動きが進み、編集者の活躍の幅は広がりつつある。

なかでも編集者の仕事領域をさらに拡大させている人物が、幻冬舎の箕輪厚介氏だろう。

箕輪氏はTwitterで7万人を超えるフォロワーを持っていて、いまや「箕輪さんの編集した本だから買う」という読者層すらいる。

さらに自らオンラインサロンを開いて幻冬舎の給料以上の副収入を得たり、テレビ番組のコメンテーターとして出演するなど、自らが広告塔になって本の販促にいそしんでいる。

2018年にはついに自著も出した。

 

死ぬこと以外かすり傷

死ぬこと以外かすり傷

 

 

ご存知のとおり、出版業は斜陽産業で、日本国内に限れば、本を読む人が減ることはあっても増えることはまずない(ただし、単行本の売上そのものは雑誌ほど急落しているわけでもない)

また、出版の市場は過去の作品をずっと積み重ね続ける性質を持っているので(とくに最近は電子書籍によって旧作が復刊することも多い)、商品そのものはすでに飽和状態である。

 

そうしたなかでは、単にプロデューサー視点に立って、神吉氏の教えに従って「売れる本」をつくるだけでは不十分で、いかにして自ら編集した本を告知し、インターネットなどを使って周知させていくかが大切になる。

今回のエントリーの冒頭では、フォロワー数の話をしたが、それは著者だけではなく編集者にもいえることである。

そのために、従来は黒子に徹して表舞台に出てくることの少なかった「書籍編集者」という人々が、いまでは実名を出して積極的にSNSで情報発信しているケースが増えている。

これまでは編集者が人気のある著者候補を探す時代だったが、これからは人気のある編集者個人がプロデュースを求められるようになる可能性も十分にありえる。

 

出版業界はいま、おそらく大きな転換期に来ていて、新たな出版のあり方をいろいろな人が模索している。

幸いなのは、出版業界がテレビや新聞とは異なり、かなり多様性のある業界であるという点だ。

テレビや新聞は限られた会社が市場を寡占し、新しいことをしようとしてもなかなか実行できないこともあると思うのだが、出版社は東京を中心に中小さまざまな会社が入り乱れ、しのぎを削っている。

また、わりと個々人が自由に発信して活動できるような環境であることも多い。