健康ってすげえ~『困ってるひと』のレビュー~
ネコよりイヌ派の徒花です。
もくじ
今回紹介するのはこちら。
先日、風邪を引いてひっそり40度くらいの熱を出しながらもモソモソ仕事していた徒花は、日曜の夜には吐き気と強烈な頭痛と熱に意識が朦朧としながらぼんやり「死」を考えたが、まぁ、普通はこのくらいの状況か、災害にでも見舞われない限り日常の中で「死」を意識することはない。*1
とにかく、この日本社会において「死」はあたかもフィクションの中でだけ起こるイベントのように扱われていて、死が身近に感じられないわけだ。しかし、本書の著者は違う。彼女はまさに、私たちと同じ日本で暮らしながら「今日もなんとか生きている」をガチで続けている人なのだ。
著者と本書について
著者の大野更紗(おおの・さらさ)氏は1984年生まれの女性で、上智大学の大学院にいた2008年に筋膜炎脂肪織炎症候群を発症した。これはいわゆる自己免疫疾患(体を守るはずの免疫細胞などが自分の体を攻撃してしまう病気)の一種で、現在にいたるまで原因も治療法もまったくわかっていない、いわゆる「不治の病」である。
そして本書は、そんな大野氏が病気を発祥してから執筆時点にいたるまで、どのような波乱万丈を繰り広げてなんとか「生きてきたか」がつづられたエッセーなのだ。これを読んでいると、40度の熱が出るくらいたいしたことないなーなどと思えてしまう。
知性とユーモアがほとばしる
このように内容だけ述べると、いわゆる「難病モノ」である。ガンが多いが、自閉症とか、うつ病とか、もしくは『五体不満足』とか、そういう重たい病気や障害を持った人がどうやってその病気と対峙し、強く生きているかをつづったエッセーのひとつに分類されるだろう。
しかし、この『困ってるひと』がすごいのは、かなり壮絶でとんでもない体験をして、本人はかなり精神的に大ダメージを受けたであろうにもかかわらず、ほとんどそれを感じさせない「笑えるエッセー」になっている……という点だ(帯文にも「エンタメ闘病記」という不思議なカテゴリが命名されている)。まず、どう考えても「困ってる」のレベルを超えた状態なのだが、にもかかわらず『困ってるひと』というタイトルにしたセンスもすごい。ちょっと一部、引用しよう。
全身が腫れ、どこもかしこも触られただけで針に刺されたような激痛が走り、手足は潰瘍だらけ、脂肪織炎だらけ、すべての間接がブリキになったように強烈に軋み動かない、目は乾き腫れ、口の中は炎症で真っ赤、髪の毛も抜け、三十八度以上の熱も下がらず、齢二十五歳にして、すっかり「石化」したわたくし。身動きするだけで、イターイ! 寝返りすら、ウテナーイ! 杖にすがるように腰を曲げ、足を引きづり、もはや無残で目も当てられない。
具体的な情景がリズミカルな文章にノリながら、するすると頭の中に入ってくる。事実だけ読むとかなり悲劇的で恐ろしいのだが、テンポの良さと軽妙な言葉遣いからは悲壮感はあまり感じられない。
普通、難病モノの文章は、「自分はこんなにも大変な思いをして苦しくて大変だったんだ」ということを読者に伝えるものになっているのだが、本書の場合、ある意味で執筆している大野氏はこのときの自分を客観視して冷静に状況を見つめているのである。
個性豊かなセンセイ方と恐怖の「検査」
とにかく著者の病気(筋膜炎脂肪織炎症候群)はめちゃくちゃ珍しい病気なので、普通の病院で見てもらっても誰も原因がわからない。ということで、大野氏はいろいろな病院をたらいまわしにされながらいろいろな先生に出会うのだが、彼らがそろいもそろってクセモノぞろいなのである。
発言が宇宙クラスにぶっ飛んでいるプロフェッサー、貫禄たっぷりだけど超やさしいクマ先生、超正論をバッティングマシーンのように容赦なく叩きつけて説教をしてくるパパ先生。そしてこれらのセンセイを超越するくらい、常に頭と口が高速回転しているC-3POのようなキテレツ先生など、個性豊かだ。
そんな先生たちとセットになっているのが、文章で読むだけで身の毛がよだつ「検査地獄」である。私は注射すら嫌いなので採決もご免こうむりたいところだが、本書では世にも恐ろしい検査が続々と大野氏に襲い掛かる。
たとえばそのひとつが「骨髄穿刺(こつずいせんし)」……名前からして恐ろしいが、腰に釘くらいの大きさの針をぶっさしてねじ込み、腰骨から骨髄液を「ヒュッ」と採取するのだ。こわすぎる。
また「筋電図」というのもある。これは体中の筋肉に電極のついた針をブスッと突き刺しすのだ。さらに「神経伝道検査」は体中につけた電極に電流を流すという、もはや拷問でしかない検査もある。
そして極めつけは「筋生検」……すなわち、麻酔なしで筋肉を切り取る検査である。麻酔をすると筋肉が変形してしまうとの事だが、もはや「処刑」といっても過言ではない。生きるって、死ぬより大変なんだなぁ。
おわりに
もちろん、検査だけで大野氏の苦難が終わるはずもない。結局、難病だから治療法は誰にもわからないし、完治もできないからずっと付き合い続けていくほかない。かなり波乱万丈な出来事がマシンガンのようにぶっ放され続けるわけだが、そこらへんの孤軍奮闘振りはぜひ本書を読んでもらえれば幸いである。
おそらく読み終えるころには、いかに自分の毎日が恵まれて幸福なものであるか、身をもって感じられるはずだ。だが、そういう教訓チックなことよりも、純粋に「読んで楽しい難病モノ」である点こそが、本作最大の魅力であることを忘れてはいけない。
また、彼女はほかにもいくつか書籍を出しているので、気になったらこちらも読んでみるといいかも。
では、今回はこんなところで。
お粗末さまでした。