登場人物の9割がクズ!~『デブを捨てに』のレビュー~
ザリッとした舌触りで背中が粟立つから、木製のスプーンでアイスを食べるのが苦手な徒花です。
もくじ
今回紹介する本はこちら。
本書を端的に説明すると「登場人物の9割がクズな短編小説集」である。いろいろなクズがクズな状況でクズなことをしている、まさに「クズの宝石箱や!」。また、登場人物が基本的に社会の最下層にいる人たちで、ゲロはするわ暴力は放つわなので、お上品な人にはあまりおススメできない。
本書のサイズはノベルズと同じくらいで、カバーのついていない洋書のペーパーバックのようなつくりをしているのがちと珍しい。
著者の平山夢明について
著者の平山夢明(ひらやま・ゆめあき)氏は学生時代にホラー映画を自主制作し、デルモンテ平山名義で『週刊プレイボーイ』でZ級ホラー映画(B級、C級とは比べ物にならないくらいクソな出来栄えの映画)の評論を書き、レギュラーゲストに京極夏彦氏を迎えたラジオ番組『バッカみたい、聴いてランナイ!』のメインパーソナリティーを務める経歴を持っている。サブカルが服を着て歩いているような人物だ。
執筆する本は多岐に渡っていて、本書のようなクズまみれの偏屈文学からエッセー、アンソロジー、ホラー、サスペンスまでさまざまなジャンルを執筆する。意外なところでは、アノ『テラフォーマーズ』のノベライズ作品を書いたりもしているのだ。
テラフォーマーズ 悲母への帰還 (JUMP j BOOKS)
- 作者: 平山夢明,貴家悠,橘賢一
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2016/04/19
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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さらに、代表作のひとつである『独白するユニバーサル横メルカトル』は2007年版のこのミス1位に選ばれたりもしている。そのうち読んでみる。
文章そのものは優しい
ヘンな人だが、文才は漲っている。登場人物は総じてクズのロクデナシではあるものの、文章表現で奇をてらうような奇策を弄するわけではない。物語の展開も含めて、ヒジョーに読みやすく、意外にも読者には優しい。
また、帯文だといろいろなことが書きたてられているが、じつはそこまでぶっ飛んだ作品ではない(ぶっ飛んだ文章や物語が読みたい人は、町田康とか木下古栗とか舞城王太郎でも読もう)。登場人物はクズだが、いずれの人物も作中でそれなりに神(作者)の鉄槌が下されるので胸糞が悪くなるわけではないし、読んでいるとむしろ「クズもクズなりにタイヘンだな」と思えてきてしまうから不思議だ。
笑える箇所もあるが、爆笑できるものではない。それに、「シュールな笑い」と表現するには突き抜け方が物足りない。「乾いた笑い」と表現するのがちょうどいいだろう。
不条理なシチュエーションや展開もあったりするが、それなりに説明してくれるので、読者を置いてけぼりにしないヘンな親切さもある。これを「絶妙なバランス感覚」と評するか、「中途半端」と一刀のもとに切り伏せるかは、読者の感性にゆだねられるところだ。
各話紹介
では以下、収録されている作品のあらすじと、徒花の所感を手短にまとめていく。あと、その作品の中で一番クズだったキャラクターを選ぶ「勝手にクズ大賞」も発表する。ネタバレはないのでご安心を。
「いんちき小僧」
あらすじ:
コンビニでキャラメルを万引きしたおれが公園で女にビンタされていると、知らない男にキャラメルをねだられ、あらかた食べられた。ふて寝していて小学生の男の子に起こされたおれは、さっき男――ジュンイチローと一緒に雑草をヤクと偽ってぼろ儲けする計画に加担することになる。その計画は、あの坊主――キチザが考えたものだという。おれはジュンイチローとともに、この商売をしばらく続けた。
だがある日、いつものようにニセモノのヤクを売っていたところで、男たちに連れ去られる。連れられた場所には、ボコボコにされて椅子に縛り付けられたジュンイチローの姿があった。そしてあろうことか、ジュンイチローは計画がすべてキチザの仕組んだものであると、簡単に吐露したのだった……。
本書に収録されている話の中では、一番わかりにくいかもしれない。最後、結局なにがどうなったのか、ここらへんは読者の想像に任せるようなものにもなっている。ただ、ご想像の通り、ロクな終わり方ではないことは確かだ。クズ大賞受賞はもちろんジュンイチローくん。おめでとう! 最後にお気に入りのセリフを引用しよう。
「このアンテナに、あんたのアンテナをぴったりくっつけさえすりゃ、後は自然とエニシングゴーズさ」
「マミーボコボコ」
工事現場で日雇労働の仕事をしていたカモやんは、同じ職場のおっさんにある相談を持ちかけられる。昔に捨てた自分の娘から「帰ってきてほしい」という手紙をもらったので、その付き添いをしてほしいという。しかも、『感動の対面』としてテレビ局の取材も入るらしい。
しかし、家についてみると驚いた。娘一家は上は21歳から下は2歳まで、7男5女の子どもを抱えてボロアパートに住む大所帯だったのである。しかも、父親は働いている気配がない。どうやら、定期的にテレビの「貧乏大家族番組」に出て、それを生活費代わりにしているようだった。おっさんは、番組のテコ入れのために呼ばれたのだ。家庭内は完全に崩壊しており、金はない癖に夫は太りきった娘を絶え間なく妊娠させ続ける。だが、息子のひとりが警察に捕まってしまったことで、番組の打ち切りが決定するのだった……。
なんだかリアリティがあって、実際に日本のどこかにこんな家族がいそうな感じ。誰からも歓迎されていないのに、なんだかんだで孫たちがかわいいおっさんの悲哀が光る。肝心のクズ大賞は、あっさり家族に見切りをつけた番組プロデューサーもなかなかいい線をいってるが、ちゃんと働いているだけマシ。ということで、栄光に輝いたのは娘の夫・太乃士(たのし)くんに決定だ。おめでとう!
「顔が不自由で素敵な売女」
友人・マンキューの飲み屋でロクに働きもせずに世話になっていた俺はある日、口臭便所のような臭いのするヘルスで頭のてっぺんが禿げているハラミという名前の女にちんこをくわえられていた。なぜかなつかれ、ハラミは友人の店によく訪れるようになった。
そんなある日、俺の知らない無愛想な男が突如、マンキューの店にやってきた。どうやらその男とマンキューは面識があるらしく、やたら気を遣っている。どうやら昔、マンキューはあやまって同級生の女の子を死なせてしまったらしく、男はその女の子の父親で、いまだにマンキューの不幸を願ってつけねらっているらしかった。連日やってくる男にさまざまないやがらせをされ、すこしずつ、マンキューの精神は狂っていく。
そんな折、ハラミが耳を失って店にやってくる。養ってやっているヒモの男にやられたらしい。そして、事件は起こる……。
途中まではドロドロしていて読んでいて何とも気持ちの悪い話だが、ラストになると急転直下、スカッとした(?)終わり方になるのが特徴的な物語。
そして驚いたことに、読み返してみるとこの話、主要な登場人物の中にクズの中のクズがいない。語り部の「俺」はろくに働きもせずに友人の世話になっている点で十分にクズなのだが、これまでの話のクズどもと比べるとどうにも見劣りしてしまう。ということで、難しいが、クズ大賞はハラミのヒモにしておこう。おめでとう!
「デブを捨てに」
ジョーは借金の期限までに金を工面できず、腕を折られそうになっていた。だがその直前、親分のゴーリーが、おもむろにこう提案する。「うでとでぶどっちがいい?」。
ジョーは意味がわからないながらも、腕を折られるよりはとでぶを選択する。聞くと、ゴーリーの愛人が生んだ娘がとんでもないデブで、視界に入るのも見苦しいから処分したいという。その輸送役にジョーを指名してきたのだ。というわけで、ジョーはとんでもないデブを処分所に捨てに行く珍道中に旅立つことになったのだった。
だが、金がない中でデブは終始食い物を要求し、空腹のあまり車内で嘔吐。そのうえガス欠や車の故障があり、ジョーはすっかり途方に暮れる。そんなとき、彼らは「大盛りチャレンジ」を開催しているラーメン屋を見つける。果たして、デブによって旅を続けることができるのか?
自分が父親(ゴーリー)から処分されることに気付いていながら、「それで父親が幸せになるのなら」と、ジョーにいろいろ協力するデブがけなげ。珍道中の最中にはいろいろなことが起こるが、最後はなんともきれいな大団円になってしまうのだ。個人的にはちょっとうまくまとまりすぎてしまった感じもするが、とりあえず、読後感は以外にも爽やかである。
さて肝心のクズ大賞は、ゴーリーの右腕で、そしてジョーの腕を狙うケムリくん。最後は悲惨な目に遭ってしまったようだが、本作におけるクズは君だ。おめでとう!
おわりに
では最後に、本書全体を通じて「クズグランプリ」を発表しよう。
(ドラムロール)ジャン!
グランプリは、『マミーボコボコ』の太乃士くんだ。おめでとう!
無責任に嫁を妊娠させまくり、子育てはもちろん一切せず、プロデューサーにはへいこら頭を下げるという、強きを助け、弱きをくじくその態度の徹頭徹尾ぶりたるや、かえって清々しい。そのうえ番組が終了するや小さい子どもに暴力をふるってボールのように扱う非人道的な振る舞いは、まさに誰もが嫌悪感を催すクズの中のクズである。
ちなみに本書、けっこう好評だったのか、「“最悪劇場”第二幕」として、今年6月末に同じようなテイストの新刊が刊行されている。なんかもう、タイトルと装丁だけで、どんな感じのことを意味しているのかが予想できる。
また、同じようなテイストだと、『暗くて静かでロックな娘』も近そうだ。期待していたのとは違ったが、案外おもしろかったので、近々、いろいろ読んでみたい。
今回はこんなところで。
それでは、お粗末さまでした。