本で死ぬ ver2.0

基本的には本の話。でもたまに別の話。

『亜愛一郎の狼狽』のレビュー~切れ味鋭いコミカルミステリ短編集~

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小説のなかの名探偵に奇人・変人が多いのはなぜなのだろうか??

もくじ

憶測だが「天才=変人」という方程式が関係しているような気がする。つまり、ヘンな人が登場すると「でもこの人、じつはすごい頭がいいんでしょ?」と読者は勘ぐってしまうわけだ。現実世界でヘンな人に出くわしたらそっと離れるけど。

そんなことはどうでもよくて、今回はやはり個性的なキャラクターがインパクト抜群な名探偵・亜愛一郎が主人公のこちら。ちなみに、亜愛・一郎ではなく、亜・愛一郎(あ・あいいちろう)という名前である。彼の紹介は、著者を紹介した後におこなう。

亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)

亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)

 

泡坂妻夫について

1933年、東京都生まれ。2009年に75歳で死没した。1976年に『DL2号機事件』が幻影城新人賞を受賞し、デビューする。本作は今回紹介する著書に載っている。本名は厚川昌男(あつかわ・まさお)で、ペンネームは本名のアナグラム(文字の順番入れ替え)だ。

作風はシュールで、遊び心にあふれている。基本的に殺人事件が発生するシリアスな物語なのだが、登場人物たちはどこか飄々としていてコミカルだから、かなりお気楽に楽しめる。また、著者本人も非常に遊び心があるため、キャラクターの名前にもちょっとひねりがある(たとえば、本書に収録されている『掘出された童話』には、「一荷(いちに)」という人物が登場するが、これは「一荷さん」とさん付けにすると「123」になる)

また、彼が生み出した名探偵は幾人かいるが、じつはすべて同一世界の話らしく、別シリーズにほかの作品の登場人物がひょっこり登場することがある。そして、ちょっと前にけっこう話題になり、一部の本屋でもけっこう平積みされていたりするのがこちらの本だ。泡坂氏の本で今一番有名なのは、これじゃないかと思う。

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)

 

これは、ヨギガンジーという胡散臭いヨガの先生が探偵役となっている作品で、本自体にあるトリックが仕組まれている。そのため、「ネタバレ厳禁」という、ミステリ好きの食指を刺激する文言が付けられている本だ。かくいう徒花も、泡坂先生はこの一冊から入った。オススメだ。

『亜愛一郎の狼狽』全体のレビュー

本書は泡坂氏の記念すべきデビュー作『DL2号機事件』をはじめ、全部で8つのミステリ短編集が収録された一冊である。主人公はすべて亜愛一郎だが、亜以外には共通して登場するキャラクターはいない(ただし、なぜか毎回「三角形の顔をした老婆」が登場する。彼女は事件には全く関係ないチョイ役だし、いなてくても問題ないので、著者の遊び心だろう*1

いずれの作品でも、かならず誰かしら死ぬ。徒花は「殺人事件のないミステリーなんてターメリックの入っていないカレーみたいなもん」だと思っているので、ここら辺は好ましい(もちろん、世の中にはターメリックを使わないグリーンカレーも存在するが)

とはいえ、前述したとおり、だからといって物語が暗くなったり、深刻になったりすることはない。また、じつはトリック自体はたいしたことがないし、読者を誤解させるようなミスリードもないので、真相を知っても、案外驚きはないかもしれない。ただ、不可思議な状況における誰かの死の真相を、亜がぺぺっと解決して終了するのだ。なかには、動機とか犯人の関係性とかがまったく明らかにされないまま終わるものがあるので、あんまりそういうのを気にしない人は気に入ると思う。

名探偵・亜愛一郎について

彫の深い、ハッキリとした目鼻立ちをした超美青年のカメラマン。オシャレで、センスのいいシャツとネクタイを着たイケメンであるため、若い女性は見惚れるようだ。ただし、ものすごくどんくさいし、間抜けで、およそ運動神経と呼べるものは皆無。そして、珍しい雲や虫を撮影するのが好きな変人である。だいたい、ほかの登場人物たちにあきれられる。

ネットで検索すると「ブラウン神父型のキャラクター」といった紹介が出てくるが、個人的な記憶にブラウン神父がそんなにドジだったような印象がないので、そのうちブラウン神父ものを読み返してみようと思う。

推理方法は基本的に直観と想像によるものだし、亜自身がビビリで小心者なので、積極的に事件を解決したり、犯人を追及したりはしない(ただし、謎を究明することに興味を持ってはいるようだ)。そのため、ほかの登場人物たちからせがまれて、渋々と事件の真相を語り始めるパターンが多い。名探偵というと自信過剰だったり、自己中心的だったりする場合が多いが、亜はそういうキャラクターではない。

各話レビュー

では以下、本書に収録されているそれぞの物語のあらすじと、感想を簡単に述べていく。ネタバレはしないのでご安心を。

『DL2号機事件』

あらすじ

ある日、DL2号機に爆弾を仕掛けるという予告があった。羽田刑事は空港で警戒に当たったが、変なカメラマン・亜を含む集団がいるばかりで、結局、予告された飛行機は爆破されずに無事着陸した。しかし、爆破予告を犯人からの電話で知っていた搭乗者、柴は羽田刑事に「警備が足りない」と文句を言う。彼に言わせれば、爆破予告は自分を狙ったものだというのだ。しかし結局、空港では何も起こらなかった。

その後、柴は「自分は殺される」という訴えを警察に出したため、羽田刑事は仕方なく柴の家を警戒する。そこで羽田刑事は再び亜に出会い、柴のことを説明した。そして、「柴は最近、交通事故を起こしたばかりの男を運転手として雇った」ということを聞いたとき、柴の家から血だらけの男が飛び出してくる。それは、柴に雇われた新しい運転手・緋熊だった。その瞬間、亜はすべての真相を理解する。

短い物語なのだが、できるだけ簡単に(しかもネタバレしないように)あらすじを書こうと思ったら思った以上に難しくて苦しんだ。一見すると複雑な話のようだが、真相を聞くと、事件の構造はかなりシンプル。しかし、だからこそおもしろい。

『右腕山上空』

あらすじ

とあるお菓子メーカーが自社の宣伝のために気球を飛ばすことにした。気球には芸人・ヒップ大石が乗り込む。そして、気球は空を飛び立ち、すぐそばの右腕山上空へと飛び立った。お菓子メーカーの部長・塩田は、雇われたカメラマン・亜とともにヘリコプターに乗り込み、気球の様子を見守っていた。

しかし、そこでヒップ大石と喋っていた無線が急に応答しなくなる。不審に思ったヘリコプターが近づくと、なんと、気球の中でヒップ大石が手に拳銃を持ち、死んでいるのを見つけた。もちろん、気球にはヒップ大石以外に人は乗っていない。果たして、本当にヒップ大石は気球で自殺をしたのか――。

トリック自体は全然大したことはない。物語自体もあまりひねりがないので、本書のなかでは凡作。

『曲った部屋』

あらすじ

役所の課長・小網は部下が「自分はお化け団地に住んでいる」という話を聞き、その団地に向かうことにした。途中、昆虫を撮影しているカメラ男・亜が出会い、勝手についてくると、どうやら部下の知り合いである雑誌編集者・黄戸の仲間で、部下の知り合いだという。亜は我に返ると人通りのいないところで独り写真撮影しているのが不気味に感じ、小網についてきたらしかった。

いろいろ話を聞くと、そもそもお化け団地は「たぬきの茂平」と呼ばれた議員が新しい街を作りたくて建てたものらしいが、団地ができたとたんにコロリと亡くなり、計画はとん挫したということ。そして、そんな「たぬきの茂平」の道楽息子は部下の部屋の真上で、茂平の妻の家政婦をしている女と一緒に住んでいるということだった。

1か月後、小網の部下が、自分の上のフロアで殺人事件があったと報告する。殺されたのは底波という、前科もある一人やもめの男だった。なぜ殺されたのか、まったく見当がつかない。だが、再び団地を訪れ、部屋を見た亜は瞬く間に事件の真相と、犯人の狙いを解明するのだった。

これもけっこうちゃんとあらすじを説明すると厄介なストーリーだし、じつは事件の構造も厄介だったりする。だが、おもしろいし、本書に収録されている話のなかではちょっと薄暗い、不気味な物語。

『掌上の黄金仮面』

あらすじ

とある田舎に巨大な弥勒菩薩観音像があった。拳銃を持った男女の銀行強盗犯の行方を追っていた藻糊刑事がちょうどその像の下にいたとき、黄金の仮面をかぶったサンドイッチマンがその観音像の掌の上に立ち、いきなり札束をばらまきはじめる。よく見るとその札束はニセモノで、男は新しくオープンする店の派手な宣伝をしているらしい。呆れる藻湖刑事だが、その瞬間、男の体がぐらりと揺れ、掌から地面に落下。男は銃殺されていた。たまたま刑事はそばでカメラを持っていた亜を見つけるが、彼は雲の写真ばかりを撮っていて、残念ながら決定的瞬間は写していなかった。

到着した監察医が遺体を調べると、銃創の形からして、下から撃たれたものではないという。そこで藻湖刑事は観音像のそばに立っていたホテルに向かい、像の正面に位置する部屋に急行する。するとなんと、そこに泊まっていたのは銀行強盗として指名手配されていた男・藤波だった。しかも、同室のバスルームでは相方の女が殺されている。藻湖刑事は女を殺した藤波がサンドイッチマンも殺したのだろうと考えるが、彼の持っているコルトBMスペシャルではとても観音像の掌の上に立っていた男にマトモに狙いをつけることはできない。でははたして、誰が、どうやってサンドイッチマンを殺したのか? ふらりとホテルに現れた亜がポロリと「見られたと思ったのでしょうが」と口にするのを聞いた藻湖刑事は、無理矢理、亜に真相を吐かせるのだった。

こちらも不可解な事件だが、真相を知ればかなり単純。奇抜な舞台装置を使ったいかにもな感じのミステリーで、まとまりがいい。

『G線上の鼬』

あらすじ

タクシー運転手の浜岡は、同じタクシー運転手仲間の金潟と話をしていた。最近頻発しているタクシー強盗についてだ。その直後、亜を乗せて走っていた浜岡の前に、必死の金潟が駆け込んでくる。金潟はくだんのタクシー強盗に襲われ、逃げてきたというのだ。警察官とともに現場へ戻ると、タクシーは金潟が逃げ出した場所にまだ止まっていて、なかで犯人の男が死んでいた。

現場をよく調べると、金潟が逃げた以外の足跡が見つからない。警察は金潟が殺害したものと判断するが、金潟は断固として否定。亜は金潟にさまざまなことを聞き、あっというまに事件の真相を解明する。

事件全体の構造だが、じつは1話目の『DL2号機事件』と似ている。トリックというよりも、人間の心理を突いた「まじかよ」的なオチ。でもまあ、酒の力もあってか、全体的に緩い作品の雰囲気が「まあいいか」と納得させちゃう。おもしろい。

『掘出された童話』

あらすじ

挿絵画家の一荷が以前仕事をしたことのある個人出版社・青蘭社を訪問すると、そこには亜が来ていた。亜は青蘭社が以前に出版し、一荷が挿絵を描いた絵本を読んでいる。どうやら、その本にある誤植が気になったらしい。だが、磯明編集長の話によれば、それは誤植ではないという。

聞けば、その本を担当した編集者・手縒は誤植に気付いて修正してから本を完成させたのだが、完成したものを絵本を依頼した会社社長の池本に見せたところ、誤植の状態に戻せと言われ、刷り直したというのだ。気になった一荷と亜は、その謎の解明を行う。

すでに青蘭社を退職した手縒や、雑誌編集者の黄戸などに話を聞くが、一荷には理由がわからない。だが、亜はその本が実は暗号であることに気付き、もうその解読方法もわかったという。そんななか、どうやら亜と同じく謎に気づいていたらしい手縒の死の知らせが届く――。

暗号の解読と事件の真相解明がメインなので、実はこの話の終わり方はちょっとスッキリしない。いきなり最後でホラー小説のようなテイストになる。そのため、若干消化不良気味。

『ホロボの神』

あらすじ

太平洋戦争で従軍した中神は、久しぶりに自分の戦地、ホロボ島に赴く船の上にいた。その戦場で、恐竜の化石探しに向かっていた亜と知り合い、自分が経験した不思議な物語の話を始める。

当時、ホロボ島で厳しい潜伏活動を行っていた中神のいた部隊は、しだいに現地住民と交流をするようになる。彼らは石と棒を組み合わせることで表現できる、独自の神をまつっていた。

そんななか、酋長の妻が病気で死亡し、彼女の遺体は祠堂に安置される。だが、そこで酋長がなぜか遺体と夜を過ごすことを決めるのだった。本来、原住民族は遺体を恐れるものだから、たとえ身内でも死体と一緒に過ごす風習はないはずだ。いぶかしがりながらも、酋長の飲みどおりにするが、翌朝になると遺体のそばで酋長が死んでいた。死因は、妻の遺体が握っていた拳銃で、それは部隊の体調から盗まれたものだった。

見張りをしていた部族民に聞いても、祠堂には誰も入っていないし、誰も出てきていないという。どう考えても酋長の自殺のように見える。

しかし、話を聞いた亜は、自殺ではなく殺人だと看破。その真相を語り始める。

ギャグ要素は少なめで、本書に収録されている中ではシリアスな作品。ヒントを言うと、トリックは物理でも、心理でもない。相手が原住民族だからこそ実行できるものだといえるだろう。

黒い霧

あらすじ

小さな温泉郷で水商売をしていた匡子は、おかしな客に朝まで付き合わされていた。午前3時すぎに現れた、気象局に勤めているという男は、そんなに酔っているわけでもないのに悪ふざけを連発し、女の子たちをすし屋に連れ出し、朝になってもホテルでマージャンを打とうと誘ったのだ。すし屋までは付き合った匡子だが、麻雀の前に彼と別れた彼女は、明け方の町をぶらついていた。

そのとき、街が騒がしくなる。どうも、カーボンの粉を入れた袋が破裂し、商店街中が真っ黒になってしまったのだ。偶然出会った亜の推理によれば、カーボンの袋は待ちの上を走る線路に仕掛けられていたもので、始発電車が通ると袋が落下して破裂する仕組みになっていたようだった。

しかし、こんなことをしでかした犯人の目的がサッパリわからない。だが、亜によれば、これはいたずら目的でも、商店街に恨みがあるわけでも、商店街が汚れることで利益を得るわけでもない。ちゃんとした理由があるのだと語り始める。

本書のなかでは一番好きな話。とはいっても、トリックそのものがおもしろいわけではない。コミカル色が強く、しかもちょっと解決の仕方にひねりが加えられているため、なんとも泡坂妻夫らしい作品なのだ。終わり方はかなり好みである。

おわりに

この亜愛一郎が主人公の物語はシリーズものになっていて、以下のような続編がある。けっこう気に入ったので、今後も読んでいこうと思った。

亜愛一郎の逃亡 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

亜愛一郎の逃亡 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 
亜愛一郎の転倒 (創元推理文庫)

亜愛一郎の転倒 (創元推理文庫)

 
亜智一郎の恐慌 (創元推理文庫)

亜智一郎の恐慌 (創元推理文庫)

 

今回はこんなところで。

それでは、お粗末さまでした。

*1:※と思ったが、このエントリーを書いている途中に、雑誌編集者の黄戸さんは複数の話に登場していることに気づいた